明日はきっと!2
秋葉大樹は最大のピンチに立たされていた。
礼央のしつこい質問に学校の広い廊下にいながらまるで監禁されたような錯覚に
とらわれていたのである。
「どーして教えてくれなかったんだよー??」
今日の礼央はしつこかった。
「だって閃君が言っちゃいけないって言うんだもん」
「でも少しぐらい教えてくれても! それにまだ中学を卒業してねーじゃん」
礼央は最後にもう泣き出しそうになっていて、大樹は困り果てていたのである。
"怒っている火月さんも恐いけど泣いてる火月さんはもっとこわいと思う・・"
そう思う大樹だった。
クラスメイトや友達に挨拶もせずに転校していった閃の事だ、手紙も電話もくれない
だろう。転校は彼にとって当たり前の事でありいちいち形式ばった別れをしなくても
いいと思っていたのかもしれない。きっと今までそうだったのかも知れないのだ。
"それにしてもなんだよ!"
礼央は悲しみを通り越して腹立たしさを覚えていた。今まで少なくとも自分は
閃にとって少しくらい特別な存在だとうぬぼれていた。しかし一週間たった今でも彼
から何も連絡はない。大樹すらその行き先はわからないそうなのだから彼の心を確
かめようもないだろう。もっとも知ったところで本気でそれを確かめる勇気はないのだ
が・・
"こんな思いって初めてだ・・・"
瓦礫が丘公園でひとりばんやりしているといつかの閃の姿が浮かんできた。
所詮男子なんて自分の肉体的な力を誇示し、女子をバカにするだけの存在だと思い
込んでいた自分がいた。
しかしそれが大きくくつがえされたのは閃と戦ったからだ。それと同時に芽生えた恋
心は彼女の精神的な成長をも促していたのだった。
"今まであたしはひとりで立っていけると思っていた。でも、けっこう辛いじゃん・・"
礼央は自分の弱さを知る事により強くなっていたのだがそれをまだ感じていない。
けっこうどころかかなりの痛手なのだが、それを認めてしまうと立ち直れなくなりそう
で恐いのだった。
暗くなった公園は静けさが増していた。恋人たちが現れるにはまだ早い時間だが、
女子中学生がひとりでいるには遅い時間になっていた。
もう帰らなくてはと思い立ち上がる。
「明日はきっと会えるよな!」
自分に言い聞かせるように口に出して言った。
そう思わないとやりきれない・・・
3年の3学期は受験で占められていると言っても過言でない。長い人生において最初
に迎える試練の者も多く、本人たちや保護者にとって大きなイベントだった。
頭のいい礼央は少し離れた公立有名校に進学をする為に、ひとりでその学校の下見
に来ていたのである。
「火月君」
礼央の名を呼んだのは少林拳の倉橋正人だった。
「倉橋・・さん」
驚いた礼央はその時初めて彼がその高校だと知ったのである。
「君のうわさは聞いていたよ。きっと私の後輩になると信じているからね」
彼は良く言えば涼しげにほほ笑んだ・・・で、悪く言えば下心を隠してほほ笑んだ。
うわさを聞くと言うより自分から彼女に関する情報を集めていたのだが・・が、そんな苦
労を礼央は知らないし知らなくてもいい事だった。
「まだ決まってないっすけど・・」
礼央はどの先生も太鼓判を押すぐらいの学力を持っていたが、入試にトラブルは付き
物なので侮ってはいなかったのだ。
「学年トップを維持し続ける君が入れないのなら誰も入れないのじゃないかね?」
彼は再び笑ったのだった。
"こいつ・・・どーしてそんな事、知ってんだ?"
彼女はいぶかしげに倉橋を見たのだが生憎彼は良いほうに解釈したのである。
「そう言えば皇友もここを下見に来ていたな・・」
ボソッと倉橋が言った。
"皇!"
まだ皇という言葉を聞くと胸が痛い。表面は平静を保っていたものの内面はかなりきつ
かったのだ。
「彼は君と同じく文武両道を極めている。きっと合格するに違いない」
彼は遠い目をして友を語ったのである。
"皇友なら皇のトコを知ってるに違いない"
礼央はそう思った。しかし友の住所はわからない。
結局八方ふさがりなのだ。
でも希望はあった。
"皇友やあたしが入学できたら・・"
急に光が見えた礼央は嬉しくなって倉橋にペコリと礼をした。
「もし入学式で会えたなら校内を案内して下さい」
彼女の口から出た言葉に倉橋の心が狂喜乱舞したのは言うまでもない。
"そうだ、きっと又会えるよな!"
隣りで顔をくずしている倉橋に挨拶して高校を後にした礼央の心ははずんでいた。
もしかしたら・・ひょっとして・・
本当に閃に再び会えるかも知れない!
こんなに好きだと感じたことがないほど恋しくて、離れて初めて彼のことをじっくり考え
られて・・
"良かった・・"
帰りの電車に揺られながら礼央は本心からそう思っていたのだった。
当然といえば当然なのだが礼央は倉橋の後輩になった。それと同時に友の同級生
にもなったのだった。半年前より背が伸びた友はさらに綺麗になり、新入生だけでなく
上級生の女性からの熱い視線を一身に受けていたのである。
「火月さん・・ですよね?」
友が疑問型で礼央を呼んだ。前に会ってから半年ぐらいたつ。
「久しぶり」
礼央はにっこり笑って友に答えたのである。
一瞬のとまどいが消えた友は礼央に向かって話し始めたのだった。そう、彼女が一
番聞きたかった閃の事を・・
かつて閃が住んでいた家に今はいるとか、隣りが友の家だとか・・・
入学式から帰ってきた礼央はひとりで泣いていた。一緒に行った母は帰り道で別れて
おり、今は家の中に誰もいない状態だったからだった。この涙はどこからくるのかとか考
えられないぐらい、今は泣きたかったのだ。
これが自分に酔っている状態なのかも知れない・・
!!!
突然鳴った電話の主は閃だった。
「皇!!」
電話口で大声を出した礼央は受話器を落としそうになった。
「へへ・・ 礼央、元気そうだな」
それはいつもと同じ閃の声。
「お前、何? あたし知らなかったんだよ!」
礼央はいきなり怒鳴っていた。
「あんたったら急にいなくなるんだもん、挨拶ぐらいしていけっつーの! それに何?
引越すんなら新しい住所を教えてくれてもいいじゃん! しかも今まで電話1本よこさ
ねーなんてふざけてる・・」
礼央はもっともっと言いたい事があったのだ、が・・
「礼央、ごめんなー。泣いてるんじゃね?」
閃は礼央の姿が見えなくても彼女を感じていたのである。
そして今度は閃がしゃべる番だった。
「あん時さ、オレ、行って来るって言っただろ? だから又お前のトコに帰るって。で
もよー」
しかし閃は言葉が足りなかったのを自覚していたのだ。
「言いたい事はいっぱいあった。でも一番言いたい事が言えなかった」
礼央はだまって閃の言葉を聞いている。
「オレ、いくら考えてもお前が好きだ。会えねーようになってから礼央の言をよく考え
るようになった」
「 ・・・ 」
「父ちゃんも母ちゃんの事を本気で好きだと言ってた」
「 ・・・ 」
「それにさ、礼央」
閃は少しだけ間をおいた。
「明日会おうな!」
閃がはっきりと言い切った。
「え?」
突然の言葉に礼央が耳を疑った。
「そっちに行っからよ」
「え!」
「やっぱりおめーに会って話してーし」
閃はその後ひと言ふた言話してから電話を切ったのだった。
"明日会えるんだ・・"
急な再会になるワケだが礼央は満足だった。
"そう、明日は・・"
かつてそう自分に言い聞かせていた半年前の自分がいた。
今夜は眠れそうになかったがとにかく今は目を閉じよう。目覚めた時には閃に会え
る今日なのだから・・・
終