続・革命を越えて(前編)
ジャルジェ将軍はオスカルを男として育てた事を、心から後悔していた。衛兵隊を率い
てバスティーユ攻略に率先して加担し、あげくに行方不明になってしまったのだから。陛
下に対し申し訳がたたず幾度みずからの命を断とうとした事か…こんな事ならむりやりジ
ェローデルと結婚さすのだった、とつくづくわが子に腹が立った。いつかの舞踏会の夜、
ほとんど朝帰りに近かったというのにどうしてオスカルはジェローデルをえらばなかった
のだろう。最近の事だが彼が宮廷貴族の娘と婚約したといううわさが流れてきた。彼はか
れなりに自分にあったすばらしい女性を見つけたのだろう。
しかし、父親としての本心は生きて、もう一度オスカルに会いたかった。別れの言葉す
ら言わず出て言ってしまったのだから… 革命が起こる事が目に見えていたからこそ、そ
の前に 軍から足を洗い、平穏な生活を送らせてやろうという親心をオスカルは知っていた
のであろうか? 今となってはもう遅い。
ジャルジェ夫人もまた心を痛めていた。もう帰って来ないかも知れない末娘にむしょうに
会いたくてしかたがないのであった。しかし、夫の立場を考えるとなかなか会いたいとは
言えない夫人であった。たとえ反逆罪になっているとしても生きていさえすれば必ずここ
に帰ってくると、夫人は信じていたかった。
しかし、ばあやは別だった。オスカルさまの事は、きっとアンドレが死んでも守ってい
るよ、と信じて疑わなかった。明日にでも二人そろってひょっこり戻ってくるような気が
してならなかったのだ。
「アンドレ、私は帰りたくない!」
オスカルはジャルジェ家が近付くにつれてだんだん気が重くなってきた。どうせ父に何か
言われるのが目に見えている。へたをすると血の気が多い父の事だから剣を抜いてくるか
もしれない。しかしアンドレの決意は堅かった。
「俺は旦那様に正式におまえを妻にしたいとお願いしてみるよ。だからどうしてもお会い
しなければならないんだ」
もう家は目の前だった。アンドレはたずなをひいて馬を止め門をくぐっていった。王室に
逆らったという事もあり白昼堂々と屋敷には帰れなかったが、庭を歩いていると懐かしさ
が込み上げてきた。いつしかオスカルはアンドレに寄り添い腕に抱かれていた。アンドレ
は彼女の涙を優しくふいてやった。
ばあやは相変わらず元気で戸締まりの点検をしていた。若い召使が点検を済ませている
のだが、自分もしなければ気がすまないのだ。やっと全てが終わり、自分の部屋に帰って
来たら窓の外に人影が見えるではないか。ばあやはあわてて暖炉の火箸を握り締め、窓に
近寄っていった。
「おばあちゃん、俺だよ」
その人影がしゃべった。アンドレが窓の外に立っている。
「アンドレ!!」
ばあやは真夜中だと言うのに大声を出した。帰ってくるとは信じていたが、それの半分は
強がりであったから現実となると一瞬夢ではないかと疑った。が、急いで窓を開けた。
「アンドレ… まあ! お嬢様も! さあ、早くお入りなさいまし」
二人は窓からなかに入って行った。
「ただいま、おばあちゃん」
アンドレはばあやを抱き上げてキスをした。オスカルもばあやに抱きついた。
ばあやは嬉しくて嬉しくてしかたがなくってただ、泣いていた。
「さっそく旦那様にお知らせしなければ!」
ばあやはやっと我に返り、部屋をでていこうとするのをオスカルが止めた。まだ両親に会
う心の準備ができてなかったのだ。アンドレもまた同じ気持ちだった。
「おばあちゃん、今夜はここに泊めてくれないか」
アンドレは明日の朝、覚悟を決めてジヤルジェ将軍に会うつもりなのだ。
「あんたはいいけどお嬢様をこんな所にお泊めするなんて… 第一こんなベッドしかないん
だよ」
「ばあや、私達のことなら心配いらないよ。これでも床で眠るのは慣れているのだから」
オスカルは笑って言った。
「なんですって! 床で寝るですって… アンドレ、お前がついていながら… 」
ばあやはアンドレを責めた。
「ところでおばあちゃん、何か食べ物を持ってきてくれないか。あまり食べてないんだ」
アンドレの言葉にばあやはあらためて二人の姿をながめた。アンドレは質素な服を着ている。
オスカルも平民そのものの服装だ。顔色も悪い。
「お嬢様、苦労なさったのですね。お痩せになったんじゃありませんか? もともとほっそ
りとした体型なのに… まかせてくださいまし。このばあやが台所でごちそうを作ってさ
しあげます」
ばあやは自信たっぷりに言ったものの、その腕前はアンドレが知っているかぎりでは下手だ
った。
「ばあや、せっかくのところ申し訳ないが、私は果物だけでいい」
「俺はパンとワインでいいよ」
ばあやはげんこつでアンドレの頭をなぐった。
「あんたになんか聞いてないよ。でもお嬢様、たくさんお食べにならないともっと痩せてお
しまいになりますよ」
ばあやは心配顔だ。オスカルとアンドレは顔を見合わせて笑った。
「あのね、ばあや。これから言うことを気を落ち着けて聞いてほしい」
オスカルはばあやの肩に両手を置いてしゃべり始めた。
「あと半年ほどで、ばあやはひいおばあちゃんになるのだよ」
「… え?」
ばあやは何の事かわからずきょとんとした。
「おばあちゃん、ボケたんじゃないだろうな、俺たちに子供が産まれるんだ」
「ええ〜〜〜っっ!?」
ばあやはのけぞった。
「だからオスカルを連れて、村に帰ろうと思っている。その前に旦那様にお会いしてオスカ
ルとの事を許していただきたいと思っている」
「 ……… 」
「ばあや、大丈夫か?」
オスカルは思った通りの反応をするばあやが少し心配になった。ばあやは老いて固くなった
頭を一生懸命使っていた。そうだ、この屋敷を出て行った朝、二人はアンドレの部屋から出
て来たんだった。その時不自然に見えなかったから、もっと以前から二人はそうなっていた
のかも知れない。しかし、こんな世の中とはいえ身分が違うし… ああ、でも…
「おばあちゃん、とりあえずなにか持って来てくれないか。オスカルが調子悪いから… 」
そうなのだ。つわりの時は、少しでも食べなくては気分が悪くなるものだった。ばあやは半
世紀以上前の記憶をたどりながら自分がつわりの時の事を思い出していた。
ジャルジェ夫人は少し前から何か胸騒ぎがしていた。下の部屋で物音がしているような気
もする。女の直感で何かを感じていた。昼間の疲れでぐっすり眠っているジャルジェ将軍に
気づかれぬよう、そっと部屋を抜け出した。階段を降りて行くと確かに何か物音がする。召
使たちは寝静まっている時間なのに… と、思いつつおそるおそる台所に近づいていった。
「誰かいるのですか?」
ジャルジェ夫人は声をかけた。と、同時に台所のドアが開いた。ばあやが目を丸くして立っ
ている。腕にいっぱいの果物とパンをかかえながら… ばあやはあっさり観念してオスカル
たちが帰って来たことを夫人に告げた。
何もしらないオスカルはばあやのベットで横になっていた。さっきから気分が悪くてしか
たがなかったのだ。アンドレはいつもそうだが心配そうに彼女を見つめている。すると…
「オスカル? オスカル、帰って来たの?」
ジャルジェ夫人が飛び込んで来た。
オスカルはびっくりして飛び起きた。アンドレも祖母だとばかり思っていたのがジャルジェ
夫人だったのに驚いた。
二人は久しぶりにジャルジェ夫人と対面した。明日、ゆっくりと気を落ち着かせながら会お
うと思っていたのに心構えもできぬまま、母親が入って来たのでオスカルは胸がいっぱいに
なってしまって何も言えなかった。
「オスカル、あなたときたら… ずいぶん心配したのですよ… 」
「 …… 」
二人は声もなく抱き合った。
「アンドレ、感謝します。オスカルを無事に連れて帰って来てくれて… 」
ジャルジェ夫人にそう言われてアンドレは男らしく覚悟を決めた。
「奥様、申し訳ありません。明日ちゃんとお話ししようと思っておりましたが…オスカルを…
いえ、オスカルさまを私にください!」
アンドレは夫人の前にひれ伏した。
「オスカルさまは今、私の子を身ごもっておられます。全て私の責任です」
アンドレは再び頭を下げた。
「母上、アンドレは悪くない。アンドレは今まで… 」
オスカルが弁解しようとするのを夫人は止めた。
「アンドレ、お立ちなさい。私はこうやってあなた達の姿を見ることができただけで満足で
す。生きていさえすればそれに勝るものはありません。私にもう一人孫ができるのですね。
まさかオスカルの子供が抱けるとは思ってもいませんでした。アンドレ、オスカルをお願い
しますよ」
世が世ならばこんなことは決して許される事ではなかったが、革命が起こり貴族には不利な
世の中になってきている。しかし、アンドレならば安心して我が子をたくす事ができると、
夫人は思った。それに見ず知らずの貴族の男に、とてもオスカルをまかす事はできないし、
彼女を扱えるとも思えなかったからだ。
続