続・革命を越えて(後編)



 ジャルジェ将軍がふと目をさますと横にいるはずの夫人の姿が見えなかった。まだ真夜中
である。しばらく待っていても夫人は帰って来ない。まさか賊が?
このごろ頻繁に貴族の屋敷が襲われている。いくら将軍家とはいえ例外ではないのだ。この
屋敷も窓ガラスを割られた事がある。ジャルジェ将軍はあわてて起き上がり階段を駆け降り
玄関に走って行った。しかしカギがかかっている。落ち着いて耳をすますとどこからか、話
し声が聞こえてくる。それはどうやらばあやの部屋のようだ。“ばあやが、具合でも悪くな
って召使たちが介抱しているのか”と思い、ジャルジェ将軍はドアを開けた。
「何かあったのか?」
と、言って部屋に入って行ったジャルジェ将軍の見たものは、すっかりできあがっただんら
んだった。
「オ… 、オ… 、オスカル──ッ! お前… 」
ジャルジェ将軍は絶句した。オスカルは母親を味方につけたこともあって根性がすわってい
た。それでなくとも民衆とともにしばらく過ごしたかいあって、いままでにないたくましさ
を身につけていたのである。
「父上、ただ今戻りました」
オスカルは冷静に言った。ジャルジェ将軍の心は、父親と将軍の地位に挟まれて揺れていた。
父親としてオスカルを抱き締めてやりたい、しかし娘は反逆罪を犯している。彼の顔色は赤
くなったり青くなったりして、手は震えていた。しかしオスカルはそんな父におかまいなし
で腕をのばし父の胸に飛び込んでいった。
「父上、心配おかけして申し訳ありませんでした。バスティーユでの事で父上の気を患わせ
たのは充分にわかっております。しかし、今一度おあいしたかった」
完全なオスカルの先制パンチであった。だいたい産まれてこのかたオスカルが父に対しこん
な事をした事がなかったのだ。ジャルジェ将軍は正直言って嬉しかった。
彼は“父親”を選んだ。
 落ち着いているオスカルに比べ、アンドレの緊張は頂点に達していた。それもそうだ。自
分の屋敷の使用人が、娘に手を出し孕ませてしまうとは。おまけに結婚したいだなんて言い
出そうとしているのだから… 
「アンドレ、お前もよく生きて帰ってきてくれた。お前たちが帰って来なかったら、私は自
分を責めていさぎよくこの身の始末をつけようと思っていたのだ」
ジャルジェ将軍は大きなため息をついた。アンドレは再び覚悟をきめた。
「旦那様、お話ししたい事があります」
ジャルジェ将軍はアンドレの思い詰めた表情に、ただならぬ気配をかんじた。
「どうしたのだ? そんな顔をして」
アンドレはきりだした。
「旦那様、私は旦那様の御好意でこの屋敷に呼ばれ長い年月を過ごしてまいりました。平民
でありながらどこに出向いても貴族のような扱いを受け、何不自由なく今日に至っておりま
す。しかし、衛兵隊に入隊し、パリの町を巡回するうちに民衆の生活に触れ、自分なりにこ
のままで良いのだろうかと思うようになりました。そして一月前、旦那様には申し訳ないと
は知りながら王室を裏切り、バスティーユ攻略に加担したのです。そしてもう一つ、これに
関しては私はどんなに旦那様に責められてもしかたのないことですが… 」
アンドレは一息ついた。
「どういう事かな?」
ジャルジェ将軍は聞いた。さっきのセリフはこれから話す事の前置きだったのだろう。苦し
そうな顔をしながらも彼はうつむく事なく真っすぐ自分の方を見ている。アンドレがこれ程
真剣な表情を見せたのは、初めてのことであった。
「旦那様、私はずっと以前よりオスカル様を愛しております。今までずっと忌まわしい身分
の違いを呪いながらずっと我慢してまいりました。しかし今日はオスカル様に求婚する一人
の男となって旦那様の前に立っております!」
ジャルジェ将軍はアンドレをじっと見つめた。アンドレはひれ伏す事なく堂々とした態度で
ある。
「厚かましいことは充分に承知しております。しかし私はオスカル様をぜひ私にいただきた
く思っております」
アンドレは深々と頭を下げた。ジャルジェ将軍はオスカルの方をチラリと見た。ずっと以前
から愛し合っていたのだろうという事は、想像がつく。この自分に似て頑固な娘をその気に
させるとは… 
「アンドレ、お前達が出て行く前に私が言った言葉を覚えているか?」
ジャルジェ将軍はアンドレに言った。
「はい、確かオスカル様をたのむと… 」
彼は答えた。
「そうだ。そしてその後、私はもっと言葉を続けたかった。お前が貴族であったならば間違
いなく私は、お前とオスカルの結婚を許していただろう。いや、心からの祝福を送っていた
はずだ、とな」
「はい… 」
否定とも肯定ともとれるが、とりあえず激怒する事なく話は聞いてもらう事ができた。ジャ
ルジェ将軍は誰か貴族の子息を… と、考えていたことがあった。アンドレはいい男だが、
平民という身分がどうしても引っ掛かっていたのである。しかし、今なら… と将軍は思う。
しばらく沈黙が続いた。オスカルは突然部屋から飛び出していった。ジャルジェ将軍は驚い
た。確かに彼女は顔をおおっていたような気がする。
“私が反対していると思ったのか?”
彼はオスカルが泣いて飛び出して行ったのだと思っているのだった。
「見て来てやりなさい」
ジャルジェ将軍は夫人に向かって言った。将軍以外はなぜ出て行ったかを知っていたのだが…
「これからどうするつもりなんだ?」
ジャルジェ将軍は二人が再び大きな流れの本流に飲み込まれる事を恐れた。
「私の父が住んでいた家に戻るつもりでおります。旦那様のお許しさえいただければ」
ジャルジェ将軍はちょっと間を置いてふっと笑った。
「私はもう一度、同じ言葉をくりかえすよ。オスカルをたのむ、とな」
彼はアンドレに手を差し出した。アンドレはその手を握った。
「はい! 旦那様」
アンドレの言葉もまた同じであった。大きな社会の嵐の後に起こった小さな嵐は終わった。
ずっと横でおとなしく聞いていたばあやも安堵のため息をついた。

 ジャルジェ夫人はオスカルの為にゆったりとしたドレスを出してやった。ウエストをしめ
るような男服ではどうしてもつらいのが目に見えている。夫人は実に嬉しそうだった。いつ
かオスカルの為にあれこれかまってやるのが彼女のささやかな夢だったのだ。ばあやもまた
同じで真夜中だというのにオスカルの部屋の掃除をはじめた。別にこれからここに住むわけ
ではないのだが何かをしてやりたくてしかたがなかったのだ。おりしも降り出した雨のせい
で、他の召使たちに気づかれる事はなかったが…

「旦那様、旦那様はこれからどうなさるのですか?」
アンドレは聞いた。ジャルジェ家はとくに王室とかかわりが深い。
「私か?私はこれからも国王一家をお助けしようと思っている」
ジャルジェ将軍の事だ、おそらく誰が何を言おうと自分の信念を貫いていくのだろう。アン
ドレは言葉をのみこんだ。
「旦那様、どうかご無事で、オスカルさまはいつも旦那様の事を気にかけておられます」
そうだったのか… そういう娘なのだ。似なくても良いところまで自分に似ている。意地っ
張りで心配性で… それを気の強さでごまかしているという。
「わかった。必ずお前達の所に連絡するように心がけておこう」
ジャルジェ将軍は約束した。
 オスカルたちが入って来た。ドレスを着ているとどこからみても女らしくて美しい。それに
年よりもずっと若く見える。
「アンドレ、早く孫を抱かせてもらいたいもんだな」
将軍は冗談交じりに言った。
「はいっ!半年後にはかならず… 」
アンドレは本気で答えた。
「なに〜〜〜っ?」
まさかそこまで… それなら許すも許さないもないじゃないか、と思ったがどうこう言うのは
やぼな事だと留まった。

 アンドレとオスカルの新しい、いちページが開かれた。これから先、どんな運命が待ち受け
ているのか知らないが、二人は手を取り合っていきてゆくのだろう。
“幸せに暮らせよ”
ジャルジェ将軍は二人の為に祈るのであった。

                            終
 

                                     

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