舞踏会編(1)



   「近衛連隊長閣下に対し… かしらーっ、右! 捧げーっ銃!」
ジェローデルのリンとした声が響く。
オスカルは近衛連隊長として最後の閲兵式であった。
「連隊長、どうして我々をお見捨てになるのですか」ジェローデルはオスカルに聞いた。
「べつに見捨てる訳じゃない。私は黒い騎士を取り逃がした、それでいいじゃないか」
彼女は冷静に答えた。
「衛兵隊は近衛に比べたら平民を集めたずっと格下の部隊、我々は隊長をそのような所へ
行かせたくありません!」
我々が、と言うよりこれはジェローデルの個人的な意見だった。しかし彼女は無視し、部
屋から出て行ったのである。
“私は王宮の飾り人形なんかではない。私は……私は、生きて、考えて行動する人間であ
りたい。無抵抗な人形はいやだ… ”
 オスカルは数日前、アンドレから受けた愛の告白を思い出していた。幼い頃よりの大事
な友だと思っていた自分をずっと愛してくれていたアンドレ。気づかなかった自分、いや、
気づくのが怖かったのかも知れない。しかし、彼の暴力的な愛の告白に事実心が揺れてい
た。アンドレが、あれ程自分を出したのはあの時が初めてだった。
 私はフェルゼンを愛している。いや、愛していたと言った方がいいかもしれない。しか
しフェルゼンがアントワネット様を愛していると知っているからこそ彼を安心して愛する
事ができたのではないか。本当は真正面に向かって人を愛するのが怖くてあえて彼を恋愛
の対象に選んだのではないか。それでは自分が真正面から向き合う相手とは?
 オスカルは少し顔を赤らめた。

「 …アゼル、マドモアゼル・ジャルジェ」
ジェローデルは呼びかけた。
廊下には誰もいないと思っていたのに彼だけは追ってきていたのだ。
「お前だけだ、私をマドモアゼルと呼ぶのは」
返事になっていない。しかしジェローデルは喜んだ。B “ひょっとしてオスカルは自分の事を? そういえばほほが少し赤らんでいる。その為か?
 近衛をやめるのは。近衛にいるのがつらいのか?”
自分の世界に入ってしまったジェローデルを無視し、オスカルは外に出た。

 アンドレは待っていた。彼はジャルジェ将軍のいいつけで衛兵隊B中隊に入る予定で
ある。たとえジャルジェ将軍に言われなくともそうするつもりだったのだが…
 アンドレがたずなを渡す時、軽く指が触れた。オスカルはそっとアンドレの手をにぎ
ったのだった。「アンドレ… おまえがいてくれたからわたしは自由に動く事ができる…」
オスカルはそれだけ言ってほっと一息ついた。ずっと気まずい雰囲気で、同じ屋敷に住
みながらも会話ができなかったのだが今、やっと彼と喋ることができたのを嬉しく思っ
たのである。彼女は手を離し、馬に飛び乗った。そしてアンドレを残し勢いよく門の外
に駆け出して行ったのだった。
“これであいつの顔をまともに見ることができる”
もう彼を怖いとは思わなかった。今まで彼に対し打ち消してきたものが、素直に一つず
つよみがえって来る。今、オスカルの心は穏やかだった。彼の強引な愛の告白が、堅かっ
た自分の殻を破ってくれたような…
 そんな気がするのだ。

 アンドレは自分の馬の所に行こうとした。目の前をジェローデルが、にこやかに笑み
を浮かべ通って行く。軽く会釈をしたが無視された。いや、無視されたと言うより自分
がいることに気づかなかった、というほうが正しいだろう。
“いったいなにを考えてるんだ?”
アンドレは彼の後ろ姿を見てつぶやいた。

 ジャルジェ家の中の一室、玄関の階段から上がってつきあたりの部屋がアンドレの私
室だった。他の召し使い達とは違う扱いを、彼はこの屋敷に来た時から受けていたので
ある。下の部屋に住む召し使い達は彼の事を女中頭の孫と言うよりもジャルジェ将軍の
お嬢様を守る騎士のようなものとして、その待遇を当然の事として不満を持っていない。
決して貴族の持つそれのように高価な物ではないが落ち着いた調度品、広い部屋、大き
なベットには清潔なシーツがかけられている。アンドレは支払われてゆく給金をあまり
使う事なくためていた。いや、勝手に貯まってゆくと行った方がいいかもしれない。そ
のせいか余分な飾りのないこの部屋はすっきりとしていたのである。
“明日から衛兵隊入りか、近衛隊の時はオスカルの付き人として、ずっとそばにいたが
今度は兵士として行動をする事になるんだな”
火の入っていない暖炉の横のカウチから起き上がり、シャツの胸をはだけた。筋肉質で
きれいな胸だ。衛兵隊の軍服を横目に彼は、わざと汚い上着をはおったのだ。今からパ
リの安酒場に飲みにゆくつもりだったのである。
 彼は習慣的にパリに行く。いやが上にも世間のうわさが耳に入る。あきらかに貴族が
不利な事が痛いくらい分かるのだ。
“オスカルはこの事を知っているのだろうか?”
そう思う事がしばしばあるのだ。

「よう、また会ったな」
行きつけの酒場でよく会う男が来ていた。名だけは知っているが、アランと言う。
「今日はすっきりした顔をしているじゃないか。何かいい事でもあったのか」
え? という顔をしてあわてて顔をなでて見た。意味のない動作だった。
「ところでアラン」
アンドレは話題を変えたのだ。
「俺は今度、衛兵隊B中隊に入る事になったんだ。君は確か衛兵隊だったね」
アンドレはきいた。
「B中隊、なんだ、俺と同じじゃないか。よろしくな、そうだ。まだちゃんと名前を聞
いてなかったな」
「俺はアンドレ・グランディエ、よろしく」
アンドレは手を出した。
「アラン・ド・ソワソンだ」
その手を握って答えた。
「アラン・ド・ソワソン…… 君は貴族だったのか」
アンドレは、どうみても自分と同じ第三身分の平民にしか見えないアランを見て言った。
「ふん、貴族といっても平民以下の貴族はいっぱいいるぜ。俺はその一番下ってとこか
な。おまえこそ裕福そうな平民だぞ。でもま、気にせず今日は飲もうぜ。アンドレ・グ
ランディエ!」

 連隊本部、ここが今日からオスカルの勤める所であった。オスカルに与えられた部屋
には隊士達の名簿が積んである。オスカルは一枚一枚目を通しながらカフェ・オーレを
飲んでいた。横では給仕当番の兵士が部屋の新しい主を見ていた。男にしたら少し小柄
できゃしゃな隊長はギリシャ神話から抜け出てきた神のように美しい。今までの隊長も
やはりきゃしゃで、兵士のいびりにあって司令官室から外に出られず辞めていくような
者が多かった。前の隊長のように兵士の妹に手を出し、アランのことなのだが、彼にあ
ごをくだかれ免職になったとんでもない者もいた。もちろんアランも降等処分になった
が… この美しい隊長も多分似たようなものだろうな、と彼は思った。
「ありがとう、さげておいてくれ」
オスカルはカップをトレイに乗せた。
「あ… はい」
オスカルに見とれていた兵士は隊長の言葉に我にかえりトレイを持った。
少し胸がときめいている。
「どうした? 熱でもあるのか。手がふるえている」
みごとに輝くブロンドの長い髪が目の前でゆれる。
「い…… いえ、失礼します」
兵士はあわてて出て行った。
 B中隊兵舎の中で、フランソワ・アルマンは仲間に囲まれていた。
新しい隊長を見た、だだ一人の兵士は得意で喋っている。
「 …で、歳はわからないけど白せきの美青年ってとこかな?あんなきれいな男、見た
ことねぇよ」

“王宮の飾り人形”、黒い騎士であったベルナール・シャトレが近衛隊士の事をそう呼
んでいた。もちろんオスカル自身も含めての事だ。
“私は決して飾り人形ではない”
鏡に向かってつぶやいた。いつかジェローデルに聞いた事がある。
お前は自分の容姿に自信があるか、と。すると彼は即座に答えた。
「近衛隊に入隊するにはある程度、整った容姿が必要とされます。入隊を許されたとい
う事は、少しは自信を持ってもよいのではないか、と思っておりますが」
しごく当然、という顔であった。近衛兵士ならほとんどの者はそう思っている事なのだ
ろう。でも自分はそんなのは嫌なのだ。あくまで容姿は上っ面にすぎない。かんじんな
のは中身なのだから…
“さて、気を引き締めて構えないと”
赴任早々なめられてしまう。
「よし」
オスカルは気合を入れて練兵所に出た。彼女の横にはアンドレのかわりに副隊長である
ダグー大佐がいる。整列した兵士を見渡すと、確かに近衛隊とは随分違っていた。粗野
で目付きが鋭くなぜか顔色の悪い兵士が目につくのだ。その中でアンドレの姿はひとき
わめだっていた。
“アンドレ… ”
オスカルはほっとしたような表情になって来るのを驚きとともに感じていたのである。

 とても立派なものとは言えないが、とりあえず閲兵式は終わったのだった。
「なんだって?あの隊長は女?」
男らしいのを通り越したぐらいがっしりした体つきのメルキオールは驚いた。他の兵士
達も不満を漏らしている。閲兵式を終えた後、兵士の一人がダグー大佐にオスカルの事
を聞いたらしいのだ。
「女の指揮で動くなんざまっぴらだ。なぁ、アラン」
メルキオールはアランに同意を求めたのである。彼が皆の大将である事は間違いないの
だ。ベットにころがっていたアランはめんどくさそうに起き上がったのだ。
「そうだな、確かにおもしろくないわな」
「だろー。で、どうするんだ?アラン」
ごつい体のメルキオールもこのアランには頭が上がらないらしい。このアランこそB中
隊きっての剣の使い手であり、度胸も人気もかねそなえているのである。
「どうもしねぇよ。お前ら、好きなようにやりな」それだけ言ってアランは又、寝っ転
がってしまったのだった。それは彼に取って黙認という事なのでメルキオールは安心し、
新しい隊長への対策を練るのだった。
 次の日の訓練は最初から大荒れだった。オスカルが練兵所へ行くと、アンドレを除く
兵士が誰も出ていない。それは彼らのオスカルに対する反抗だったのである。
 兵営の中にある娯楽室では酔っ払った兵士達がオスカルの悪口を言っていた。
「真っ昼間からなんだ、このザマは」
オスカルは思いっきりテーブルに乗っている酒瓶とコップを払ったのだ。木っ端みじん
に壊れた酒瓶が、床じゅうにちらばった。
「何をしやがる。もったいねーじゃないか」
ひとりの兵士が文句を言った。かなり酔っているみたいなのだ。
「諸君は衛兵隊の兵士ではないか、いつ、いかなる場合にそなえての訓練ではないのか。
さぼるにはそれなりの理由があるのだろうな」
オスカルが言い返した。
「当たり前だ」
小柄なミッシェル・ヴェールがどなった。
「早い話が俺たちは、女の命令なんざ聞きたくねぇんだよ」
「女の隊長だから嫌だと?そんなものは理由になっていない」
オスカルはあくまで強気だ。
「こわい物しらずの隊長さんよ、このB中隊は特別荒っぽいのが売り物なんだ。そのお
美しい顔にケガでもさせちゃいけねぇって… なあ、みんな」
班長のアランが言った。
「そうだ、女は衛兵隊にはいらねぇ」
みんながはやしたてる。
「女だから荒っぽいのが嫌いだとはかぎらんぞ。諸君がどのくらい荒っぽいのか見せて
もらいたいものだな」
オスカルの落ち着いた態度にメルキオールは腹をたてたのだ。
「おもしれぇ、見せてやろうじゃないか。なぁ、アラン」
彼はアランをちらりと見たのである。しかし彼はとりあわない。
「おめぇがやりな。俺は女子供は相手にしねぇ主義なんだ」
「よし、話は決まりだ。メルキオールと言ったな。お前が班の代表だ。銃でも剣でも受
けてたつぞ。私が勝ったらこれから先、私の命令に従ってもらう。もし私が負けたら直
ちにこの隊を辞める。いいな、では練兵所で待っている」
その言葉を残してオスカルは出て行ったのである。後に残った隊士たちはメルキオール
をはやしたてたのである。彼らは新しい隊長に対する嫌悪感というよりどうして女が、
という興味の方か強いのだ。そして貴族のオスカルがどこまで立ち向かって来れるのか
楽しみでもあったのだった。

「よぉ、メルキオール、お前の剣はアランがいなけりゃB中隊一だ。あの大貴族のお嬢
様にひとあわふかせてやってくれよ」
誰かが彼に剣を渡したのである。
「ヘッヘッヘ…… 悪いな、みんな。おいしいとことっちまってよ。ゆっくり勝負をつ
けるとするかな」
彼は下品に笑ったのだった。しかしその笑いは10分後には凍りついたのである。
“強い… 半端じゃねぇ… ”
オスカルの鋭い突きが絶えま無く襲ってくる。そのきゃしゃな体はしなやかで軽い。メ
ルキオールも一応腕はたつのだが、あくまで我流でスキが多いのだ。
「うっ!」
オスカルの剣が彼の腕をかすったのだ。メルキオールの軍服が裂け、血がにじんでくる。
「勝負ありだな」
オスカルは剣を収めたのである。
「おい、だれか。止血をしてやってくれ」
兵士の方にふりむいて彼女は言った。しかし油断していると思われたその後ろ姿に向か
い、メルキオールは飛びかかったのだ。女に負けたのがどうも納得がいかないらしい。
が、オスカルはその左腕をつかみ思いっきり投げ飛ばしたのだった。彼の大きな体は、
オスカルの目の前に砂ぼこりをあげてたたきつけられ彼は気を失った。
「やろう! このアマ!」
他の兵士がいっせいに構えた。まさかメルキオールがやられるとはおもわなかったのだ。
「やっちまえ!」
誰かが叫ぶ。アンドレはとっさに剣をに手をかけたのだった。
「待て! お前ら」
アランが大きな声で彼らを制した。
「約束は約束だ。俺たちの代表は負けたんだよ。とりあえず今日は言うことを聞いてや
ろうじゃないか。ただし明日はわからんぜ」
「 …… 」
オスカルは何も答えない。とりあえず今日はこれでおさまったのであった。

“やはりオレがしっかりしなくてはな”
アンドレは兵舎で寝泊まりする事にした。兵士達のオスカルに対する感情がどうも良く
ないので様子をうかがうためである。
“オレはおまえを守ると決めたんだからな”
一種の恍惚感が彼を支配する。今までもそうだったように彼の人生はオスカルとともに
あるのである。彼女の溜めになるならば、彼は何でもする覚悟だったのだ。

“疲れた… のかな”
初めての日で緊張したせいか屋敷が近付くと急に疲れがでてきたのである。近衛隊と衛
兵隊との差がこれほどとは思わなかったのだ。ただ単に自分が女である、というだけで
なく貴族で女伯爵だから余計兵士達のカンにさわっているのだろう。それ程、貴族が憎
まれているのだと言うことが痛いほどわかった。衛兵隊でもこのような状態だとすれば、
国民の大部分を占める平民は、どう思っていることなのだろうと思う。今までアンドレ
という平民しか知らなかったオスカルは、目の前に大きな壁ができたような気がしたの
だ。でも、とりあえず今夜はばあやに熱いショコラでも入れてもらって一息つきたい。
もう屋敷は目の前だった。

 ここ、ジェローデル伯爵家の一室では今、ジェローデル少佐がお気に入りの服を数着
出して来てながめていた。おしゃれな彼は、こうやって色とかデザインに合う小物を選
んでゆくのだ。
「うむ… ボタンは金の縁取りをしたルビーがマッチしている… 」
そんな独り言を言いながら、鏡を見た。部屋には二日前からバラの花が、至る所に飾ら
れその香りでむせかえりそうだった。彼は近衛隊を辞めるとき、オスカル隊長が自分に
言った言葉を思い出していた。
「お前だけだ、私をマドモアゼルと呼ぶのは…… 」
それがどういう意味なのか、よい方にとっていいのか、わるい方にとっていいのかわか
らない。確かに自分は剣も銃も使える方だ。貴婦人達にもよくもてて贈り物なんかも多
い。会話も下手じゃない。しかし近衛隊に入ってからただ一人の女性を思ってきた。な
のにそれが実らないのはなぜか? 
“神よ! マドモアゼル・オスカルの氷のようなまなざしを溶かす勇気をこの私に与え
て下さい”
彼はかたひざを立てて指を組んだ。くだらぬ祈りである。
 ジェローデルは金細工の縁取りをほどこしてある全身が写る大きな鏡の前に立ってい
た。5分程、見つめている。そのうち自分に酔ってきて自信がついてくるのだ。彼はい
つも出掛ける前にそうしていた。仕上げはジェローデル家特製の香水をつけでできあが
りなのだ。彼はにっこり笑って屋敷を出て行ったのであった。

 ジャルジェ将軍は快くジェローデルを迎えてくれた。今日の衛兵隊での出来事をダグ
ー大佐から詳しく聞いていたのだ。最近の世間の動きを、頭のいいジャルジェ将軍は敏
感に感じ取り、親ばかであるとは知りながらも嵐の前にかわいい我が娘を守ろうと考え
ていた矢先であった。
「オスカル嬢を妻と呼びたいのです」
彼は率直にジャルジェ将軍に伝えたのだ。彼がオスカルを愛しており、近衛隊に入る前
に人知れず勝負をして以来ずっとオスカルだけを思って来たという情熱にも将軍はひか
れたのだ。金と力がある色男に見えなくもないが、見かけよりはずっとしっかりしてい
ると思う。適齢期を過ぎた未婚の娘を持つ親の心は複雑であった。

 重い足をひきずって我が家に帰り着いてみると、迎えてくれたのは熱いショコラでは
なく涼しげなジェローデルのまなざしだった。
「お久しぶりです。マドモアゼル・オスカル」
ジェローデルはオスカルを見てほほ笑んだ。
「ジェローデル大尉、私は近衛隊を離れてまだ一週間もたっていないと思うがどうした
のだ? 何か、近衛で困った事でも… 」
オスカルはどうしてここに彼がいるのか不思議だった。意識していなかった者に久しぶ
りと言われても、あまり久しぶりのような気がしない。でも何か用があって来ているの
だろう。
「いえ、見ればお疲れのご様子、今宵はあなたの姿をひとめ見ただけで私は満足です」
ジェローデルは目礼をした。
「は… ?」
オスカルは意味がわからない。
「アンドレ・グランディエ君はいないのですね」
ジェローデルは思い出したように言った。
「アンドレは兵舎だ。しばらくは帰ってこないと思うのだが。彼に何か?」
オスカルは聞いた。
「いえいえ。では、失礼」
否定をしてジェローデルはジャルジェ家から出て行ってしまったのだ。
“何だ? あいつ… ”
彼女は不思議な面持ちで彼を見送ったのだった。
    事のなりゆきを父から聞いたオスカルは驚いた。
「父上、あんまりです。私がなぜジェローデルと結婚しなければいけないのですか」
オスカルは父に詰め寄った。
「ジャルジェ家はもうお前しかいない。そろそろお前も軍から足を洗い結婚し、跡継ぎ
を産んで欲しい、そう願っているのだよ」
父は答えたのである。
「そんな… 父上のお考えがわかりません」
「ジェローデルがいやなら他の若者でもよい。お前に結婚を申し込みたい貴族の若者を
みんな集めて大舞踏会をひらくのだ。もちろん金はいくらかかってもかまわん。位が低
くても良い。盛大にひらくのだ」
「父上… 」
オスカルは閉口した。
「父上、私は舞踏会になんぞ出席しませんからそのおつもりで」
オスカルは荒々しくドアをしめて出て行ってしまったのた。一部始終を静かに見守って
いたジャルジェ夫人は夫に向かって言った。
「あなた、今日は疲れておいでてす。もうお休みになられたら… 」
ジャルジェ将軍はてっきり妻に責められるものと思っていたが、そうではないのを知る
と、逆に不安になった。
「あなたがオスカルを思う気持ち、よく存じ上げておりますわ」
ジャルジェ夫人はにっこりとほほ笑んだ。広い女性である。

「ばあや、行ってくるよ」
次の朝、オスカルはショコラだけの朝食をすませ屋敷を出た。昨夜はあまり寝ていない。
いままで男として育てられたのに何をいまさらと思う。
“では女として生きればどうなる? 私はいったい何なのだ? 誰か教えてほしい”
しかし答えを見つけるのは自分なのだ。足取りが重いのは衛兵隊の兵士の為か、ジェロ
ーデルとの結婚話のせいなのかはわからない。しかしいつでも前を向き、強く生きよう
と思うのだ。
 新しい隊長が兵士達の抵抗にあう、それは当たり前の事だった。特にB中隊は元気の
いい兵士が多かったせいかたいがいの隊長なら数カ月もてばいいところだった。
 今までの報告書を見ながらオスカルはため息をついていた。さっきの閲兵式の時、兵
士のに中にアンドレの姿を見つけた時、思わず駆け寄りたい衝動にかられたのはなぜか。
“アンドレが遠い… ”
ダグー大佐では彼の代わりにはなれないのだ。
 その頃アンドレは指令官室の前にいた。オスカルのようすがおかしいので心配になっ
たのだ。
「隊長」
ノックをするとすぐに返事がかえってきた。
「アンドレ・グランディエ、入ります」
アンドレが入って来た。
「アンドレ… 」
オスカルは懐かしさを感じたのだ。
「立ってないですわってくれ」
オスカルはドアの横のカウチをすすめたのだった。
「どうしたんだ? オスカル。顔色が悪い」
おおよそ原因は、衛兵隊の事だろうと思うアンドレはさすがにジェローデルとの結婚話
までは見ぬけなかった。
「アンドレ、覚えているか?」
オスカルは唐突に切り出した。
「ん?」
アンドレは何の事かわからない。
「いつだったか忘れたが、森に遊びに行った時の事だ。激しい稲妻とともに雨が降って
来て、近くの洞穴に逃げ込んだ事があった… 」
「ああ、あの時はすごかったな。お前の髪が首筋にはりついて“気持ち悪い”って言っ
てたな」
「うん、そして、お前はハンカチで私の髪をくくってくれたんだった」
オスカルはふっと笑った。
「あれ程、髪をくくるのが嫌だとおばあちゃん達を困らせたお前が、よく素直にくくら
せてくれたもんだとおもったよ… ハハ」
二人は顔を見合わせた。オスカルはさりげなくアンドレの横に座ったのだった。幼い頃
より二人は兄妹以上に魂を寄せ合い生きてきたのだ。アンドレが、あまりに静かにそば
にいたため愛されている事に、また自分が彼を愛している事にずっと気づかなかったオ
スカルだった。そして今、やっとそれわかりとまどいながらも素直に認めた彼女であった。

                                終


                                     

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