舞踏会編(2)



 小さな抵抗はあったものの、オスカルはてきぱきと何でも処理し、兵士達も前の
こしぬけ貴族の隊長よりもずっと良くやっていると認めざるをえなかった。しかし、
決して貴族であるオスカルを信用しているわけじゃなかった。ほとんどの者が、活
の為に入隊しているのだから。たとえ隊長が誰であろうと従わざるをえなかったの
だ。

「ブイエ閣下、お呼びですか」
ある日、オスカルは父の古い友人であるブイエ将軍に呼ばれた。近衛連隊長の地位
を捨て衛兵隊B中隊長になってひと月が過ぎようとしている時だった。貴族支配の
乱れと相次ぐ増税でフランスは揺れていた。パリの町はテロや騒動が続けさまに起
こり、オスカル達は連日特別警戒に狩り出されていたのである。
「忙しい所すまないが、ぜひ君のB中隊にやってもらいたい事がある」
「はい?」
ちょっと想像がつかない。
「現在スペインのアルデロス公御一家がフランスに見えておられる。その御一家は
郊外をご旅行なさる予定なのだ。だからその護衛にB中隊をと思ってな」ブイエ将
軍は命令を下した。
「閣下、お言葉を返すようですが私はもう近衛隊ではありません」
ただでさえ休日が少なくなっている衛兵隊士の為にもオスカルは言いかえした。
「わかっている。だが、近衛は他の事で手がいっぱいなのだ。それにどの隊も皇族
を扱える者がおらん。だから君にたのむのだ」
「 … はい 」
オスカルは小さな声で返事をした。命令とあらば拒めない。それが彼女の立場であ
り、おかしてはいけないものだった。

 B中隊本部に戻ったオスカルは兵舎の近くで娘を見つけたのだ。そまつな身なり
をしているが、かわいい娘なのだ。
「誰かをお探しですか?」
彼女は馬から降りて近付いた。その娘はビクッとして持っていた荷物を落とした。
明らかにおびえているのがわかる。
「ディアンヌ、来てたのか!」
アランがよって来た。
「兄さん、兄さん!」
ディアンヌは兄の後ろに隠れた。
「私は何か失礼な事をしたのだろうか?」
オスカルと目を合わそうとしないディアンヌをアランはたしなめた。
「ディアンヌ、今度の隊長だ。安心しな、オスカル隊長は女だ。前の隊長とは随分
ちがうぜ」
ディアンヌはあわてて兄の前に出てスカートをつまんだのである。
「あの、失礼しました。いつも兄がお世話になっております。でも女性だなんて… 」
彼女は上品に挨拶をした。兵士達にも人気があるらしく、さっきから建物の陰にい
る兵士が増えている。大柄な兄には似ず、小柄でかれんだ。もともとおとなしい娘
らしい。
「こちらこそ面倒をかけています。じゃ、ごゆっくり。ディアンヌ嬢」
オスカルは立ち去った。
「兄さん、あの方が以前話してた隊長さんなの?すてきだわ。私、あんなに美しい
人、見たことない。それになんて豪華なブロンドの髪… おまけに兄さんみたいな
人達の上に立つ隊長さんだなんて… あこがれてしまうわ」
ディアンヌはオスカルに会って少し興奮しているみたいなのだ。
「おいおい兄さんみたいな人達とは聞き捨てならないな。俺たちゃ真面目な兵隊さ
んだぜ。それにあんな男みたいな隊長だれがあこがれるもんか。それよりどうだ? 
母さんの病気は」
そう言ってアランは大きな包みをディアンヌに渡したのだ。それは彼女にとって非
常に大事なものであり、それがないと生きていけないという代物だったのである。

「出発は4日後の早朝、なるべく御一行の邪魔にならないように護衛する事。場合
によって野営もありうる。装備は遠征用だ。ん、どうした? フランソワ・アルマ
ン?」
倒れかかったフランソワをオスカルは支えた。貧血なのか顔色が悪い。いや、彼だ
けじゃない。この隊に来て思ったのだ。なんと顔色の悪い兵士が多いのだろうと。

「まさか、フランソワ・アルマンが栄養失調だと?まちがいじゃないのか」
衛生室の軍医の言葉にオスカルは驚いた。
「しかし隊長どの、彼はまちがいなく栄養失調の貧血です」
軍医は言い切った。
「ダグー大佐、直ちに班長をよんで伝えてくれ。兵士を全員兵営に集め、健康診断
を行う、とな」
アルデロス公の護衛につくにあたり役に立たないようでは困るのだ。ちかごろ世間
はぶっそうになっている。体だけは常にベストの状態でいなければ隊務を遂行する
事ができない。
 健康診断の結果、思った通り健康を害している兵士が多くいた。ただちに給食の
内容はよいものに変えられた。しかし、そんな彼らにも休暇はなかなか与えられず 
王宮警備に狩り出された。それ程今、何が起こってもおかしくない状態だったのだ。
 アルデロス公はベルサイユを出発し、花畑の美しいアランクール村に向かってい
た。そこでに二泊し、ベルサイユに帰る予定なのだ。
 オスカルは隊を二つに分けた。自分が率いる遊撃隊と、ダグー大佐率いる護衛部
隊とにだ。遊撃隊には頭数こそ少ないが、いずれも自らの手で腕前を試し認めた強
者をそろえた。宿舎にあたる小城とそのまわりには多くの護衛兵が取り巻き、いつ
いかなる時にでも飛び出せるようにしていた。一方オスカル達は、外部からの侵入
に備え、待機していたのである。ブイエ将軍からテロリストの活動が、活発になっ
てきていると聞いた。アルデロス公一家が暗殺されれば、貴族達や王室のショック
は計り知れないものがある。狙ってくるのなら夜間に違いなかった。
 村の付近や周囲の空き地で、遊撃隊のメンバーが野営をしていた。橋の上ではア
ンドレとアランが見張りをしている。
「このやっかいな時に御旅行とは貴族の考える事はわかりゃしねぇ」
アランはそう言って小瓶の酒をひと口飲んだ。
「そういうアランも貴族じゃないのか」
アンドレは少しトゲを含んで言った。自分はどんなに低くてもいい、貴族の身分さ
えあればと、よく思ったものだ。
「冗談はよせよ、平民以下の貴族なんて貴族じゃねぇよ。それよりアンドレ」
アランはアンドレの方に向き直った。
「あの女はよした方がいいぜ」
「何の事だ!」
アンドレはむきになる。
「分かってるよ、衛兵隊に入る前からずっとあの女の事で悩んでたのじゃねぇのか、
パリの安酒場でよ。でも あの女、何でもできすぎるんだ。ソツがねぇかわりに余
裕もねぇ。お前にはもっとやさしい女が似合ってるんだよ」
アランは小瓶をアンドレに渡した。アンドレはそれを黙って飲んだのである。誰に
も他人に触れてほしくない部分がある。オスカルの事はその部分だったのであった。
 何事もなく夜はふけ、やがて朝が来た。アルデロス公は村の近くを散策し、再び
村の宿舎に帰って行った。
 突然その近くの家で爆発が起こった。遊撃隊の兵士や外にいた護衛の兵士は現場
をめがけ、いっせいに走ったのだ。
「持ち場を離れちゃいかん!」
オスカルは叫んで宿舎である小城に向かった。案の定、入り口には護衛につけた兵
士が倒れていた。どうやら気絶をしているらしい。しかし寝室は一日目とは違う部
屋にあてていたのが幸いし、テロリスト達は広い宿舎の中を捜しまわっていた。爆
発が注意をひくためだけのものと知って、引き返した兵士達が瞬く間に2人の男を
切り伏せた。オスカルは、アルデロス公の寝室付近にいる男を見つけ、殺さぬよう
に斬りかかった。
「言え! 誰に頼まれた?」
男の腕から鮮血がしたたり落ちている。開け放たれた部屋の中からアルデロス公一
家がおびえた目でオスカルの方を見ている。
「貴族の犬め!」
男は彼女につばをはき、舌をかんだ。
「オスカル、大丈夫か?」
アンドレが駆け寄った。
「死んだよ、そっちはどうだ?」
「2人仕留めた。もうこの城には賊はいない」
アンドレは答えた。おそらく3人だったのだろう。オスカルはアルデロス公に向か
い敬礼をした。
「フランス衛兵隊B中隊々長、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将です。
先程はお見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした」
オスカルは謝った。しかし取り敢えず彼らは無事なのだ。彼女は隊務を遂行し終え
帰って行ったのだった。

「アルデロス公御一家は無事、国に帰られた。衛兵隊諸君の活躍、指揮官である君
のお手柄だ。私は大いに満足している」
ブイエ将軍はオスカルを褒めていた。
「恐れ入ります。アルデロス公には少々怖い思いをおさせして心苦しく思っており
ます」
「うむ、ところで話はかわるが… 」
「はい?」
また特殊任務なのか、と言う表情でオスカルはブイエ将軍を見た。兵士達は疲れて
いる。休暇を与えてやりたいと思うのだ。
「来週私の屋敷で舞踏会を開く事にした。だからぜひ、君に出席してもらいたいの
だ」
「おおせとあらば」
特殊任務じゃなくてよかったと思いつつ彼女はひきうけた。
「それで… だな。できれば女性として出席してくれんだろうか」
ブイエ将軍は言いにくそうに言った。
「それはご命令ですか」
強い口調である。
「いや、そういうわけじゃないが」
「ではお断りします。父が何を言ったかは知りませんがご迷惑をおかけして申し訳
ありません。では、失礼」
彼女はジャルジェ将軍が何を考えているかがわかるだけに不快だったのだ。父の気
持ちはわからなくもない、しかし受け入れられないものもある。

 近衛隊も又、多忙であった。世間の不穏な動きが表面化してきている以上、何と
しても王室御一家をお守りしなくてはいけない。華やかな場所が似合うジェローデ
ルは隊務をりっぱに遂行していった。ある意味ではオスカル以上に近衛隊が似合っ
ている男だった。そんな彼は、司令官室でジャルジェ将軍を見送っていた。
「わたしのオスカル・フランソワが女性として出席される舞踏会、ああ… なんて
すばらしい… 」
ジェローデルの胸は燃え上がった。
ついさっきジャルジェ将軍から直接聞いたのだ。今度のブイエ将軍の舞踏会で自分
はぜひとも最初に踊ってみせる、それを思うと体中に熱い血が流れなかなか寝付か
れなかった。

 「よーし、止まれ。そこから分裂行進!」
兵士達が疲れた足取りで、練兵所を進んで行く。無理もない、昨夜遅くまでアルデ
ロス公護衛の任務についていた者が多かったからだ。まだ陽は高かったが今日はも
う終わりにしようと整列させた時だ。馬上で指揮するオスカルは、第2班の兵士に
目が止まった。
「おい、お前。銃はどうした? なぜ銃を持って並ばない」
彼女は聞いた。
「なくしました」
兵士は答えた。
「どこで、いつ?」
オスカルは強い口調でたずねた。
「わ… わかりません。どこで、いつ無くしたかのか… 」
「なに! 大切な銃を無くしてそんなあやふやな事でどうする。思いだすんだ。兵
士がちゃんとした理由もなく、国家より与えられた物を無くせば体罰か懲役だぞ。
思い出すのだ」
「いいんです、体罰でも懲役でも… 」
なげやりな口調で兵士は言った。
「名前は?」
オスカルは尋ねた。
「ラサール・ドレッセル」
「ダグー大佐、武器庫へ行ってラサールの銃を支給してもらってくれ。理由は適当
でよい」
彼女はダグー大佐に命じ、その場を離れた。
 その夜の事だ。オスカルは再びブイエ将軍に呼ばれたのだ。
「ジャルジェ准将、たびたびご苦労だがこれを君にみてもらいたい」
ブイエ将軍は布の袋に入っている銃を取り出した。
「これは… 」
衛兵隊が使っている銃だ。
「昨夜遅く、パリの古道具屋に持ち込んだ者がいたそうだ。銃の番号を調べるとB
中隊の物とわかった。君は隊に戻り、直ちに持ち主を調べ報告してくれ」手渡され
た銃を持ち、オスカルは無言だった。

「ここにラサール・ドレッセルと言う者はいるか?」
荒々しい憲兵の足音が兵営に響いた。
「はい… わたしですが… 」
ラサールはおずおず立ち上がった。
「お前の銃がパリで見つかった。売りに出したのは明白だ。国家に対する反逆罪で
逮捕する」
有無をいわさず彼は連行されてしまったのだ。
 ラサール・ドレッセルは家族の為に銃を売った。自分の年老いた母親に暖かいス
ープを飲ませてやりたい為、アランクール村から帰って来た夜、隊を抜け出しパリ
に走った。本来ならば休暇がもらえるはずであったのが、特殊任務の為それが消え
てしまったので、門番兵が大目にみてくれたのであった。

「あの女隊長が、ラサールを売ったんだ」
「そうだ、憲兵に言い付けたのはあいつだ」
兵士達はざわついた。ただでさえ疲れている。何に対してでも腹が立つ時に、この
事件はおこったのだ。「所詮貴族は貴族だな、俺たちの事なんか考えちゃいないん
だよ」
しかしアンドレはただひとり、オスカルを守ろうとした。
「隊長は… 、自分の部下を売ったりするはずはない」
アンドレのその言葉に対する兵士達の答はうなるこぶしであった。
「くたばっちまえ、貴族の犬め」
「ほれた女に盲目になりやがって」
唇ににじむ血をふきもせずアンドレはなぐりかえした。上背があるアンドレになぐ
られた兵士はもんどおりをうって倒れ、その場にのびてしまったのだ。
「こんのやろうー!」
他の兵士がアンドレをめがけ一斉になぐりかかろうとした時、アランは静かに立ち
上がった。
「よしな、アンドレを責めてもラサールは帰って来ないぜ。反逆罪となれば銃殺だ。
体罰なんかでおさまりゃしねぇ。俺が隊長に話をつけてきてやるぜ」
「アラン何をする」
アンドレはアランに詰め寄った。
「気になるんだったらついてきな」
口の端で笑ってアランは言った。
 
「隊長、ラサール・ドレッセルが反逆罪でたった今、連行されました。彼の銃がパ
リで売りに出されていたそうです」
ダグー大佐はオスカルに報告した。
「どうしてだ、彼は無くしたと言っていた!」
「しかし、隊長… 」
と、言いかけた時ノックの音が聞こえアランとアンドレが入って来た。
「隊長さんよ、あんたに聞きてぇ」
アランはオスカルの真正面に立った。 
「ラサールをどうして憲兵に渡したんだ。わざわざ銃の番号を調べたりしてよ」
アランはかなり興奮している。
「待て、私はラサールを売ったりはしていないぞ」
オスカルは本当に知らなかったのだがアランには通じない。
「自分の部下を売るなんて、てぇした隊長さんだぜ」アランはオスカルのほほをぶ
った。
「やめろ、アラン。オスカルに何をする!」
アンドレはアランの腕をつかんだ。そしてアランに手をかけようとした時、部屋の
外にいた兵士達がなだれこんでアンドレの体を羽交い締めにしたのである。ダグー
大佐は突然の出来事に、ただオロオロしているだけだった。
「表へ出てもらおうか!」
アランはオスカルのえり首をつかみ、中庭に引っ張り出したのだ。激しい雨が降っ
ている。そして水浸しの地面の上に突き飛ばされたオスカルに剣が投げられたのだ
った。
「残念だぜ、少しはあんたを見直してたのによぉ」
アランは剣を抜いた。本当に残念そうな顔をしているなとオスカルは漠然とおもっ
ていた。こんな時にである。
「いいぞー、アラン。やっちまいな」
兵士達がはやしたてていた。
「あんた、剣が得意なんだってな、抜きなよ。俺はどうしてもあんたが許せねぇん
だ」
アランはあごをしゃくって言った。
「わかった。お前達には何を言っても通じないらしい… 」
覚悟を決めたオスカルは剣を抜いた。
「オスカル… 」
両腕をつかまれたアンドレは手出しができない。ただ見守るしかなかったのだ。降
りしきる雨の中に激しい剣のぶつかり合う音が響いていた。衛兵隊きっての使い手
とされるアランの腕は相当なものだ。邪道とも言える剣で、次々繰り出すオスカル
の切っ先をさばいてゆく。ただでさえ大きい男だがさらに大きく感じられる。
「使える… すごい腕だ… 私は負けるかもしれない… 」
彼女の顔色が変わった。
「見ろよ、隊長の顔。真っ青だぜ」
兵士のひとりが言った。
「いや、アランもだ。あんなアランの顔見たことねぇよ。こいつぁわからねぇな」
気楽な外野である。
 雨がいっそう激しくなっている。二人の勝負を制止しようとしているのか盛り上
げようとしているのかわからない雨だった。
「う… 」
アランの鋭い突きをオスカルの剣が止めた。そのひょうしにアランの剣は真っ二つ
に折れ、空を切ったのだ。彼女は剣に確かな手ごたえを感じ、すかさずのこりの剣
をたたき落とそうと横に払ったがアランの左手が思いっきり彼女の右腕をたたいた
のだ。オスカルは剣を落とした。
「いまだ、アラン、やっちまえ!」
兵士がさらにはやしたてた。しかしアランは動こうとしない。オスカルはアランを
見上げたのだった。「おい、アラン。どうしたんだ、チャンスだったのに」
みんな不安げだ。
「うるさい、騒ぐんじゃない。残念だが俺の負けだ」
アランは左胸を開いた。鮮血がにじんでいる。
「負けてこんな事、いいたかねぇが頼む。たかだか銃を売ったぐらいで銃殺になる
男の事を考えちゃくれねぇか。ここにいる奴らも剣や銃を売った事がある。みんな
家族がいる。生活があるんだ。あんたにゃわからんだろうがみんな、生きていてぇ
んだ。だからよ、そこんとこ分かってくれよ」
アランは左胸をおさえた。
「アラン」
兵士達がアランを取り囲み衛生室に連れて行ったのだ。後に残されたオスカルの横
にアンドレが立っていた。思わず彼はオスカルの肩を抱いた。オスカルはそっと体
をあずけ彼の腰に手をまわした。訳の分からない感情が彼女を支配する。
「 … 」
彼女は黙ってアンドレの胸を借りていた。
“暖かい… ”
それが嬉しい彼女だった。
  
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