舞踏会編(3)



 今日はオスカルからブイエ将軍の元へ参じた。
「う… む、むずかしい相談だな、これは」
彼は言った。
「そこをなにとぞ、ブイエ将軍のお力で… お願い致します」
オスカルは頼み込んだ。
「しかし、もう逮捕されてしまっているし… 」
ブイエ将軍はしぶったのだ。
「ぜひに! アルデロス公護衛の手柄に免じてお見逃しを… 」
オスカルは再度頼んだのだ。
「うむ… 」
「では、隊員の不始末は隊長である私の責任! 私を処分なされたら…」
オスカルは剣を抜いた。
「いや、いかんね。君は父上とよく似ている。気が短くていさましくて…」
「ブイエ将軍、私からもお願い致します。なにとぞオスカル隊長の願いをお聞き届
け下さい」
突然ジェローデルがカーテンの影から出て来たのだ。彼はオスカルより先に小用で
この場に来ていたのだ。ほんとうの小用で… オスカル隊長が本当に女性として出
席するのかどうか聞きに来たという… 彼女は人の気配を感じてはいたが、まさか
ジェローデルとは思いもしなかったのだ。
「ジェローデル、君だったのか」
オスカルは驚いた。
「オスカル隊長は立派に任務を遂行されております。あのB中隊で、先頭に立ち指
揮ができるのは隊長をおいて他にいないとうわさされております。ぜひ、ぜひとも
彼女の願いを!」
ジェローデルはここぞとばかり援護した。ワラにもすがりたいオスカルはジェロー
デルの援護が嬉しかった。
「お願い致します、閣下!」
ふたりは哀願した。
「 …考えてみよう」
ブイエ将軍は立ち上がった。
「ありがとうございます」
オスカルは深々と頭を下げた。ジェローデルもそれに従った。
「ではジャルジェ准将、来週の舞踏会。楽しみにしているよ」
ブイエ将軍は、奥の部屋に消えていった。

「君が部屋にいるとは思わなかった。ありがとう、ジェローデル」
オスカルは彼に手を差し出した。握手を、と思ったのだが彼はその手をとってキス
をした。
「お礼なんてとんでもありません」
実際ジェローデルは少年のように胸が高鳴っている。今まで色んな女性と接してき
た彼にしてはめずらしい事なのだ。
「どうした? 熱でもあるのか。近衛もずいぶん忙しくなったらしいな。君も気を
つけてくれ」
オスカルは彼の肩をポンと、たたいた。
「送らせて下さい」
ジェローデルは唐突に言った。
「いや、けっこう」
オスカルは断った。彼女には送ってくれる者がいる。
 ブイエ将軍の玄関でアンドレが待っていた。
“どこまでもしつこい男だ” 
口には出さずジェローデルは言った。そしてオスカルはアンドレと帰って行ったの
だった。
“アンドレ君、君はしょせん平民なのだよ”
彼は髪をかきあげながら物憂げにつぶやいた。しかし明らかに、その平民に… な
のだ。トンビに油揚を持って行かれた気持ちがようくわかる彼だったのである。

 ラサール・ドレッセルを欠いた第2班は、ぎこちなく隊務をこなしていく。第2
班だけではない。衛兵隊そのものが、オスカルが赴任してきた時の状態に 戻って
しまった。
「おい、ディアンヌだぜ、ディアンヌだ!」
兵士達が嬉しそうにしゃべっている。面会日にディアンヌの姿を見ることが、この
男臭い衛兵隊士のささやかな楽しみになっているのだった。いつもこの娘が来ると、
隊に花が咲いたようになる。女に縁のない男達は、ディアンヌを女神のごとく崇拝
していた。かつてジャルジェ家に住んでいた、ロザリーという娘に似ている… と、
アンドレは思った。そこにいるだけで、まわりの者をなごませてくれる… そんな
春風のような娘だった。
「よう、ディアンヌ、しばらくだったな」
アランは大きな包みを彼女に渡した。隊の食料もその中に入っているのだろう。
「兄さん、また たくましくなったみたい」
彼女はコロコロ笑いながら受け取った。
「ん、お前? お前こそ何かあったのか。いつもとちがうぞ」
アランは兵士達には見せたことのないような、優しい顔付きでたずねた。ディアン
ヌはうつむき、顔を赤く染めたのだ。かわいいしぐさである。
「兄さん、あたし… あたし、結婚するの… 兄さんに似て、背の高い人… 」
アランは少し驚き、やがて納得したかのように彼女を抱き寄せ祝福した。
「なんだと、このやろう。そんないい奴いつの間に見つけやがったんだ。今度の休
暇には必ず帰るから、そいつをうちにつなぎ止めといてくれよな」
「はい… 」
ディアンヌは顔を上げた。
「今まで本当にありがとう、兄さん… あたし、幸せになります… 」
ほろりと流した涙にジンと胸が痛い彼は兄ばかだったのである。
「うそ… 」
盗み聞きをしていた兵士達はがっかりしていた。
「ひどいよ、ディアンヌちゃん。俺達をおいてよぉ」
「相手の男め、くたばっちまえ!」
一応にそんな思いである。それほど彼女は魅力的であり、隊の皆のあこがれだった
のだ。

 アンドレはアランがオスカルを殴って以来、ずっとアランに腹をたてていた。し
かしディアンヌのことを聞いて、心からお祝いの言葉をのべたのだった。彼はそん
な男なのだ。
 ディアンヌは門のところでオスカルとすれちがった。会釈するディアンヌに彼女
は声をかけた。
「おめでとう、ディアンヌ。お幸せに」
「ありがとうございます」
彼女は小さな声でお礼を言った。相手が女性だとわかっていても、なぜか話しずら
い。しかし、きょうは別だった。この胸にあふれる喜びを誰にでも話したい、そん
なディアンヌである。
「あの… もうすぐなんです。兄さん、休暇はもらえますよね。どんなに忙しくて
も、兄さんには式に出てもらいたいんです。とってもやさしいにいさんなの… 私… 
真っ白の花嫁衣装を着るんです。すてきなドレスなの、髪も結い上げて… 兄さん
に見てもらいたい… 」
ディアンヌは声を詰まらせた。純情な娘なのだ。
「女ならば… 」
オスカルは思った。女ならば、それが本当の最高の幸福なのだろうか、と。

 ブイエ将軍の屋敷では、盛大に舞踏会が行われていた。ジャルジェ将軍の頼みを
快くひきうけ、彼の娘であるオスカルの為に未婚の貴公子達を招待した。彼女の美
貌は貴族達の間で知れ渡っており、貴公子達にとって近寄りがたい存在だったオス
カルと話ができる、と言う事もあり 瞬く間に人数はふくれあがっていた。一方オ
スカルの結婚に反対する貴婦人グループもあったが…
 ジャルジェ家では、多くの召し使い達が走り回っていた。馬車がきれいに飾られ
御者までもが正装した。ばあやは今、はやりのデザインで作られた紫のローブを出
して来た。色の白いオスカルに、よく似合うだろう。
「ばあや、もっと他のドレスはないのか? そうだ、白い色がいい」
オスカルは注文をつけた。
「はいはい、わかりましたよ、じゃ、これでようございますね」
ばあやは上質の薄絹を、幾重にも重ねた上品なドレスを用意した。
 アンドレは自分の部屋でその騒ぎを聞いていた。今日の舞踏会はジャルジェ将軍
がしくんだと言う事は明白なのだ。自分に貴族という身分さえあれば、今すぐにで
も婚約者になるため立候補するのに… 目の前にある越えられない壁が辛かった。
耳をふさいでも召し使い達の嬉しそうな声が入ってきてアンドレをますます苦しめ
ていった。そんな舞踏会の場所に自分が供をするなんて、とても耐えられそうにな
かったがジャルジェ将軍じきじきに、「オスカルを頼む」と、言われてはいやとは
言えなかった。
もう時間は迫っている。ともかく用意をしなくてはならないのだ。アンドレは並ん
でいる衣装の中で、最も上品な茶色の上着を手に取った。レースをふんだんに使っ
たシャツの胸元にはトパーズをつけ、髪を整えた。黒葡萄色の髪、黒曜石の濡れて
きらめいているような 唯、ひとつの瞳。落ち着いた物腰は、どこから見ても立派
な貴公子である。しかし彼は悲しいかな平民だった。
「アンドレ、お嬢様をたのんだよ」
ばあやが彼を呼びに来た。
「今行くよ、おばあちゃん。オスカルはもう支度できたのか?」
「こら、オスカルさま、だろ」
「はいはい」
このセリフのやりとりは昔から変わらない。アンドレは下に降りた行った。
 純白のドレスを身につけたオスカルは、アンドレを待っていた。薄くおしろいを
はたいた顔は乳白色にけぶり、ピンクのルージュが優しかった。いつも軍服を身に
つけているとは思えぬ程、ドレスがよく似合う。生まれついての貴婦人のようにオ
スカルは女らしくたおやかであった。
「いこうか」
アンドレは声をかけた。
「うん」
オスカルは小さくうなずく。
「オスカル、最初の曲はジェローデルとだぞ」
ジャルジェ将軍は念を押した。
オスカルはそれには答えない。アンドレは彼女の手を取り供に馬車に乗り込んだ。
今夜一晩、彼はオスカルの部下ではなく本来の従僕に戻ったのである。
 舞踏会に出席する人はますます増えていった。独身のものばかりではなく既婚者
までもがオスカルの姿を一目見ようと集まって来た。女性としてのオスカル・フラ
ンソワが見られるなんて、かつてないことだったのだから。
「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ様、ご到着ーっ!」
その声にみないっせいにふりむいた。誰もが想像した以上の貴婦人がそこに立って
いた。豪華なブロンドの髪に白いバラの花を飾り、大きく開けた胸にはダイヤが光
っていた。
 声をかけるには気高く美しすぎて、誰もが息を呑んだ。
「オスカル、俺の役目はここまでだ。適当に時間をつぶしてから馬車の所で待って
いるよ」
アンドレはオスカルの手を離した。何だか急に心細くなりあたりを見渡すと、貴公
子達の視線が自分に集まっているのがわかる。
「マドモアゼル・オスカル、一曲お相手を」
ジェローデルが彼女の手を取った。オスカルはうなずいた。これは父との約束であ
った。
 メヌエットが流れ出し、彼女はそれにあわせて踊っていた。ブイエ将軍はそれを
見て満足している。他の貴公子達も我先にオスカルにダンスを申し込んだのだ。ジ
ェローデルは自分一人のオスカルであってほしかったのだが、そういう訳にはいか
ない。次に自分の番がまわってくるまで、とりあえず一番近い貴婦人でがまんした。
 このつらいパーティをアンドレは見たくなかった。飲み物すら口に入らない程神
経がまいっている自分がなさけない。
“オレのオスカルが他の男の為にドレスを着るなんて… ”
それを止められない自分がみじめだった。馬車の中にいるのにもあきてしまったア
ンドレは、将軍家の広い庭を歩いていた。歩くことで自分の心がなぐさめられると
はおもわないが、とりあえずただ歩いたのだ。
 夜も深まりますます舞踏会は盛り上がって行った。一息ついているオスカルにジ
ェローデルは飲み物を持って行った。
「マドモアゼル・オスカル、他の者はともかく私はあなたがドレス姿で現れるとは
思いませんでした」
ジェローデルはグラスを差し出した。それを彼女はオスカルは黙って受け取った。
「そのドレス姿になったきっかけのひとつに私の存在が許されているのでしょうか」
ジェローデルはたずねた。しかしオスカルは何も答えない。
「あなたは気付いておられないでしょうが、あなたの軍服姿はあまりにも痛々しい。
兵士達の中にあって、その姿はそうぜつなまでに美しくて… でも
今日は違う。あなた本来の姿とは、今のあなたの姿なのです」
ジェローデルは一歩、オスカルの方に近付いた。
「黙れ!ジェローデル、これは… 私本来の姿ではない。私は… 私は武官とし
て… 」
オスカルは言葉が詰まった。
「あなたは強がっています。背伸びはやめて素直におなりなさい。なぜあなたは
女性としての幸せに、背をむけようとなさるのですか。どうしてがまんばかりな
さるのです。暖かい暖炉や、やさしいまどろい。ほしいと思ったことがあるはず
です。平凡な生活を… 」
ジェローデルはオスカルの手をにぎった。
「この胸でよければいつでも、いつまでも、あなただけを受け止める用意ができ
ております。あなたのすべてをこの私に預けてはくれませんか?」
ジェローデルは甘い言葉をささやいた。オスカルは一瞬、彼の言葉に酔った。
「愛しています。美しい方… 」
彼はオスカルをそっと抱き寄せ口づけをした。しかし、彼の唇がふれたとたん彼
女は我にかえったのだ。彼女はジェローデルの腕を振り払った。
「マドモアゼル!」
彼の声が後ろからひびく。オスカルはテラスから中庭に下りた。

“ちがう… ジェローデルではないのだ!”
  アンドレの顔が浮かんだ。彼の手の温もりを思い出した。幾度となく顔をうずめ
た広い胸を心に感じていた。
 オスカルは馬車の方に走って行った。もう、この場所にはいたくない。

 月が出ていないせいか、降るような星空だった。屋敷の中から音楽が流れてく
る。アンドレは、ほっとため息をついたのだ。
「また馬車に戻るとするか」
頭に両手をおき、つまらなさそうに星空を見上げた時、人の近付く気配を感じた
のである。まっすぐこちらに向かってくる。馬車に戻る人のようだ。どうやら舞
踏会に飽きた者が抜け出してきたのだろうと思い、彼は道をあけようとした。
「アンドレ… なのか? 」
思いがけない事だがまちがいなくオスカルの声である。
「どうした? こんなにはやく… おい!」
アンドレが語りかけるより前に、オスカルは彼の胸に飛び込んで来た。
「アンドレ… アンドレ!!」
オスカルは突然、せきをきったように泣き出した。こんなに感情をむきだしにし
て泣くオスカルは初めてだった。何が何だかわからないままアンドレは彼女を強
く抱き締めた。
「オスカル」
アンドレは何か気の利いた言葉をかけなければ… と思いながらもあまりに突然
にオスカルが心開いて飛び込んできたのだからとまどい、ただ抱き締めた。アン
ドレの腕の中で、さっきジェローデルにささやかれた言葉がかけめぐる。しかし
この胸の方が数倍も暖かい。
<
 オスカルは少し落ち着いてきた。
「アンドレ、いつかの言葉どおり私を愛してくれているか?」
彼女は問いかけた。いつかの感情を剥き出しにして愛を告白したアンドレの真剣
な表情が浮かんで来る。
「愛していると言っただろう?」
アンドレはうなずいた。
「私はかつてお前に愛されているのを知りながら、フェルゼンを愛した… そん
な私でも… 」
彼女の言葉が途切れたのだ。
「愛しているから… 」
アンドレの目はあくまでも優しい。ほっとしたオスカルはアンドレの胸から離れ
たのだった。
「お前の全てを… 命ある限り」
アンドレは男らしく誠実に、まっすぐオスカルを見つめて言い切った。
「私も… 」
オスカルは言葉が続かない。アンドレは彼女の手を握り再び引き寄せた。
「いつかの誓いをやぶるぞ」
そういって彼はオスカルの唇を奪った。懐かしい香りがする。幼い頃より思い出
を重ね、生きることをわかちあってきた二人だった。アンドレがあまりにも静か
に近くにいたため、愛されていることになかなか気ずかなかったオスカルだが、
彼が衛兵隊に入りジャルジェ家を離れ、初めて淋しさを知り、やっと自分も又、
彼を深く愛しているという事に気づいたのだった。
 今オスカルは心の底から女である喜びに浸っていた。
「このドレス、お前だけの為に着たかった… ブイエ将軍にラサールの釈放を頼
んだ代償ではなく、ましてや他の男達と踊る為ではなく… でも、この姿を誰よ
りもお前に見てもらいたかった… 」
オスカルは結果的に父の思惑どおりの行動をとった事を悔いた。
「充分だよ、お前のその気持ちだけで俺はもう充分だ」
オスカルはアンドレを見つめた。
「アンドレ… 、少しだけ私に夢を見させて欲しい。お前の両親の眠る村で…
  小さな家の暖炉の横にお前がいて… 私は慣れない手つきで繕い物をしている… 
そんな、ささやかな生活を私はしてみたい」彼女はこの降るような星空に酔って
いた。普段ならこんな事は決して言わない彼女なのだが今夜は別だった。少しだ
けディアンヌと自分をダブらせているような気がしなくもない。
「この俺でよければその夢をかなえてやるよ。こんな俺でよければ… 」
そして彼は静かに彼女の背中に手をまわしたのである。
 主役の欠けた舞踏会ではあったがまだ続いていた。逃げたオスカルを追ってジ
ェローデルは暗い庭の見当違いの所をウロウロしていたのだ。
 一方ジャルジェ将軍は夜がふけても娘が帰って来ない事を喜んでいた。しかし
相手はジェローデルではないのだが…
 
 昨夜遅くまでアンドレと過ごしたオスカルは、いつもより遅い朝食をすませた
のだ。アンドレは彼女の馬を連れて外で待っている。
「オスカル、急ごう!」
アンドレはせかしたのだった。
「ああ… 」
そう返事をしてオスカルは耳たぶが赤くなるのを感じた。アンドレが眩しい朝な
のだ。
「あはは、オスカルらしくないぜ。何をすましているんだ? いつもどおりでい
いじゃないか。俺はお前の部下なんだから、隊長殿」
アンドレはからかった。
「アンドレ!!」
オスカルは怒って見せたがいつもと変わらぬ彼の態度にほっとしたのだった。

 衛兵隊の兵舎に、突然ラサール・ドレッセルが帰って来た。憲兵隊に挙げられ
銃殺になるはずだったラサールが、無事に帰ってきたのだ。その日の訓練が終わ
り、兵営の娯楽室でたむろしていた兵士達が彼を取り囲んだ。目の下にくまをつ
くり足はふらついている。
「おい、ここに座れ」
ひとりが椅子を持って来た。かなり辛そうだ。机が前に運ばれ酒がつがれた。
「お前、大丈夫か?」
親友のフランソワが寄って来た。
「ああ、ちょっと取り調べがきつくってね… ヘヘ」
ラサールは涙ぐんだ。まさか自分が生きて帰れるとは思ってもみなかったのだ。
知らせを聞いたアランが娯楽室に入って来た。
「班長! ただ今帰りました。隊長が… 俺たちの隊長が、ブイエ将軍に俺の事
を頼んでくれたんです」
ラサールは立ち上がって言った。
「隊長が?」
アランはすわれ、という手振りをしながら聞き返した。
「そうなんだ。憲兵の野郎が隊長の悪口を言ってるのを聞いたんだ。憲兵隊に口
出しする生意気な女隊長だっていいやがった」
ラサールはまるでオスカルの忠実な部下であったかのような言い方をした。
「なんだ、告げ口をしたのは隊長じゃなかったのかよォ」
「俺も違うと思ったぜぇ。あの隊長、貴族のくせに骨があるしな」
「ちげぇねぇ」
「女にしとくの惜しいよな、第一あの剣の腕前、カミさんなんかにしたらおっか
ねぇよ」
みんな勝手なものである。ばつの悪くなったアランはアンドレを探したがいなか
った。もし、自分の前に彼がいたらそれみた事か、と言われそうなのだ。
“くそっ”
アランはは気まずくなって頭をかいた。しかし彼は自分が許せない。
「ちょっくら隊長の所に行ってくらぁ」
みなに告げてアランはその場を去ったのだった。

“まいったね。なんて隊長さんだ”
そういえば言い訳がましい事も言わなかったのだ。なのに指令官室で平手打ちに
した上、雨の中に突き飛ばし、あげくに決闘を申し込んだのはまぎれもなく自分
なのだ。本来なら反逆罪でしょっぴかれるのは自分である。おまけに女子供は相
手にしない主義だ、などと仲間内で言っていたはずだ。なのによくもこんな、む
きになってやったものだと腹だたしい。
「隊長、入ります」
アランは指令官室に入って行った。
「ラサールが帰って来たんだ、たった今釈放された。ありがとうな。それに…
  すまなかった」
アランは礼を言った。
「いや」
オスカルはそっけなく答えた。
「これでおおっぴらに銃が売れる。俺が捕まった時も頼むぜ」
「なにっ!」
オスカルはまなじりを上げた。
「冗談だよ、じゃ」
軽く手を上げてアランは出て行った。

 入れ違いに入ってきたアンドレは、オスカルにブイエ将軍の居場所を告げたの
だ。
「ありがとう、ではブイエ将軍の所へお礼に伺う前に、ラサールの顔を見に行こ
うか」
「それがいい」
アンドレは従った。ブイエ将軍はこの前の舞踏会で、オスカルが女性として出席
した事を多いに満足していたのだ。今までドレスを着た事のないオスカルが、自
分の屋敷での舞踏会で初めて女性本来の姿を披露したとなると、他の貴族達の見
る目が違ってきているのは確かなのだ。あの夜以降、ブイエ将軍の屋敷に出入り
する貴公子が増えた。今まで付き合いの薄かった者までがやってくる。数々の贈
り物と共に、オスカルとの仲をとりもつよう願い出てくる者もいる。ジャルジェ
将軍からは、できればジェローデル少佐をと頼まれていたが、やはり本人の問題
であるし、他の者を断る事はできなかった。今日も又、そんな貴公子と会ってい
た。

「オスカル・フランソワ准将様がお見えです」
彼の召使が伝えたのだ。
「こちらに通してくれ」
ブイエ将軍が返事をすると、横にいた貴公子の顔がぱっと明るくなった。彼にと
ってはラッキーな事なのだ。

 オスカルはアンドレと共に部屋に入って行った。
「忙しい所、申し訳ありません。今日は先日の舞踏会を中座したおわびと兵士釈
放のお礼に伺いました」
「おう、それはそれは」
ブイエ将軍はなぜか機嫌がよい。
「私個人のわがままを、お聞き入れ下さいまして誠に心苦しく思っております」
オスカルは深々と頭を下げた。アンドレもそれに従ったのである。
「いやいや、そんな事はもうよい。それよりどうだい? このお客人といっしょ
に」
ブイエ将軍は持っていたグラスを高く上げた。
「…… ?」
一瞬オスカルはきょとんとした。が、すぐに断った。
「申し訳ございません。今夜も夜勤がありますので失礼致します」
彼女は再び頭を下げた。アンドレはブイエ将軍に敬礼し、貴公子にも目礼を忘
れなかったのだった。

 今夜も星空の綺麗な夜だった。細い月がぼんやりとかかっている。
 衛兵隊まではそれほど遠い距離ではなかったので、わざとゆっくり馬を進めた
アンドレなのだ。
「アンドレ、いつか… 」
オスカルは語りかけた。
「いつか?」
アンドレは聞きかえす。
「 …  」
しかし彼女は何も言わなかったのだ。あの舞踏会の夜に自分が彼にねだった言葉
を思い出す。照れ臭くてオスカルは星空をあおいだのだった。
「星が… 」
きれいだとでも言いたいのだろうか? アンドレには彼女の隠された言葉は読み
取れない。しかし彼はあえて何も聞かずに彼女と共に、静かに星を眺めているの
だった。

 今、パリの民衆は三部会の再開を要求するデモを繰り返していた。王室の莫大
な借金を返済する為の増税を国民が納得する訳はない。200年前より
中止されていた平民からの代表を議会に送る三部会は、国民の大部分を占める第
三身分の者達にとって唯一の明るい光だつたのだ。
 世間のめまぐるしい動きと共に入ってくるおびただしい書類の山。それに一つ
一つ目を通しながら、今日一日が終わったのだ。オスカルは手に持った書類を机
の上に置き、大きなため息をついたのであった。
 燃える夕日に照り映えてベルサイユが赤く染まっている。沈んで行く陽を見て
彼女は今のフランスの姿をだぶらせた。何かが足元から大きな音を立ててくずれ、
その瓦礫の中から新しい芽が生まれ育ってゆくのだろう。そんな時代の夜明けを
感じつつ、オスカルは夕陽を見つめていた。

                              終


                                     

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