ふ・た・り・の・・(2)
本部室を出ていったリリカたちはヒカルを探していた。
しかしそんなに探さなくてもヒカルはいた。
そこでリリカの取り巻きは彼女を取り囲む。
昼休憩に入っていない中庭に人影はなく、リリカの目的をはたすのには充分
の条件だったのである。
「あなた塔矢君と知り合いなの?」
リリカが聞いた。
どうやらまともな展開になりそうにない雰囲気を感じたヒカルがリリカと向き
合った。
「お前、誰だよー? オレに何か用か」
低い声でヒカルが聞いた。
彼女は一歩リリカに歩み寄る。
思わず一歩、退くリリカ。
「質問に答えてよ!」
リリカが鋭いソプラノで聞いた。
「そっかぁ、お前、塔矢が好きなんだ」
誰にでもわかる図式にヒカルが気がついた。
「葉瀬中のくせに塔矢君に近づかないでよ!」
「お前、塔矢か?」
逆にヒカルが聞いた。
塔矢の意思を無視した言葉にハラがたつ。
「塔矢は誰のものでもねーっ!」
思わず彼のために叫んでいたのである。
パシ・・・ ン
頬を打たれたヒカルがいた。
しかし彼女は怯えていない。
むしろ挑発的だった。
その様子がリリカを余計に逆上させたのである。
「なによ・・・」
もう一度振り上げた手をヒカルがつかんでいた。
逆手にしてひねり上げるヒカル。
リリカの取り巻きはヒカルを取り囲んだままどうしていいのかわからずにいた。
「何とかしなさいよ!」
リリカは取り巻きに命令したが、人質みたいに捕まれたままの彼女をどうするこ
ともできなかったのである。
「オレ、ケンカ強いぜ。どうする?」
からかうようにヒカルが言う。
半分ははったりだが効果はあるようだ。
「痛いじゃない、離してよー!」
「やだっ!! お前オレに殴られたいんじゃね?」
ヒカルは不敵に笑ったのだった。
相変わらずどうする事もできない取り巻きは困っていた。
もうすぐ昼になる。
こんな様子を先生に見られたら説教だけではすまないかも知れない。
他校の生徒を数人で囲い、ただならぬ状態だとなれば進学にも影響するだろう。
「あの・・・」
情けない声を出したのは取り巻きの一人だった。
「リリカ、やめよう・・ あなた、ごめんね」
気弱になった彼女はヒカルに謝った。
「殴ったのはお前じゃねーよ」
ヒカルはきつい目をリリカに向けた。
「自分の巻いたタネは自分で刈り取れよ」
彼女は冷静に言い放ったのだった。
「つまらねー事でも取り返しのつかなくなる事もあるんだぞ」
ヒカルの目は真剣だった。
つかんだ手に力を入れるヒカル。
痛さのあまり涙目になるリリカ。
しかしヒカルはここをどうおさめるのか全く考えていなかったのである。
「進藤」
アキラがすぐそばにいた。
「君が心配で来たのだが・・」
彼はリリカをつかんでいるヒカルの手をほどいたのだ。
「塔矢! いつからいたんだよー?」
「ほんのさっき。でもボクは必要なかったみたいだね」
アキラはリリカを一瞥した。
しかし彼は何も言わない。
さげすみの言葉も叱咤の言葉もないまま彼は視線をヒカルに向けたのだ。
それを人は無視と言う。
「迷子になったの? ボクが葉瀬中の控え室まで案内するよ」
休憩のチャイムを合図にまわりがざわめき始めた時だった。
アキラがスッと手をさしのべる。
彼の手のひらに自分の手を重ねるヒカル。
アキラの瞳が一瞬輝いた。
「ありがとな、塔矢」
小さな声でヒカルが言った。
「どういたしまして」
ほほ笑み返すアキラ。
そして彼は手をつないだままでその場から抜け出したのである。
「何なのよー、あの子!」
本部室に帰ったリリカは悔しさをかみしめて怒っている。
それより悲しい。
塔矢アキラに無視されたのがこたえていたのだ。
きっと彼は自分を卑怯者のように見ただろう。
それが一番辛かったのだった。
「おっ! この子」
男子が月遅れの囲碁雑誌を見て声をあげた。
「進藤ヒカル初段だって。なんだぁ、塔矢と同じプロじゃん」
みなの目がその雑誌に集中した。
「なんだって、手合いをさぼってたって? ダメじゃん」
「でも今月号では連勝中と書いてあるぞ」
「けっこう強いんじゃないか?」
「しかしきれいな子だなぁ。これなんかわざと男っぽい格好をしてるけど似合っ
てるぜ」
「やっぱり彼女、アイドルだよな。こんな風に雑誌に載ってるから。だから塔矢
は知ってたんだ」
「ひょっとして塔矢の彼女かぁ〜?」
弁当を食べ終わった男子委員たちは、白藤たちが帰って来ないのを良い事に
談話に夢中だった。
塔矢も帰って来ないし先生もいない。
一方話のネタである進藤ヒカルは・・・
「塔矢ってもてるんだな・・ 」
控え室に続く廊下でヒカルが言った。
あまりにも嫉妬に近い感情がこもっていて、言ってしまってからヒカルはしまった
という表情になったのである。
「ボクは君にだけ好かれたい・・」
ポソッとアキラが告る。
「え・・・ 」
つないだままの手が熱くなる。
「いつの間にかボクの中にいた君にひかれている」
「塔矢・・ 」
まざかというようなセリフにヒカルはかたまった。
「君が好きだよ、進藤。もうずっと前から・・そう、出会った頃からかも知れないけ
どやっと気がついたんだ」
アキラは実にアキラらしい正直な告白をしたのだった。
暖かいものが彼女の斜め上から流れてくるようだ。
「オレも」
ヒカルもそのままの心でこたえたのだ。
「あかり、弁当〜!」
控え室のドア越しにヒカルが声をかけた。
「ヒカル! いつまでトイレ行ってんの!」
あかりが控え室の中から叫んでいる。
ヒカルはアキラと顔を見合わせて苦笑したのだった。
「じゃ」
ヒカルがドアに手をかける。
アキラはそれを軽く制止した。
「 ・・ 」
一瞬なにがおこったのかわからないヒカルだった。
アキラのサラッとした髪がヒカルの目の前に降ってきて片頬があたたかくなった。
"塔矢がオレにキスしてる!"
頬のぬくもりはアキラの唇のもの。
触れるだけの軽いキス。
すっと離れたアキラはふり向かずに本部室に戻っていったのである。
「ヒカル、なにやってるの?」
再びあかりの声がする。
我に返ったヒカルが中に入ったのはそれからしばらくしてだった。
いるというだけで安心する・・
その存在を大事にしたいと思う。
「どうしたの? ヒカル」
あかりがうつむいているヒカルの顔をのぞきこんだ。
「ひょっとしておなかの調子が悪いんじゃないの? 熱もあるんじゃない?」
「ちがうよーー!」
あわてて否定するヒカルに感傷に浸る余地はなかったのだった。
アキラといえども緊張する時はある。
告白する前がそうだった。
そして今、告白して頬にだがキスをして、おまけに碁会所で一緒に打つ約束を取り付
けた今は非常に弛緩状態にあったのだ。
今ではなにが起こっても許せそうな気がして自分が優しくなったように思えてきた。
「ごめんなさい・・」
と、リリカが謝ってきた。
その時アキラはにっこり笑っていた。
彼女は喜んだものの、当のアキラはそれに至る事なんて頭になかったのである。
ほてった頬をしずめるためにヒカルは窓を開けた。
高い高い空で佐為が笑っているような気がして少しだけ涙ぐむヒカルだった。
"幸せそうな顔、してますね。ヒカル"
佐為の声が耳に響いていた・・・
終