いつもと違う道(閃礼央中学2年生)




 春になったのだと感じるのはレンゲの花が咲き始めた頃だった。
「なんかさー、こんな陽気だと眠くなるんだよなー」
閃は隣りを歩く大樹にぼやいていた。
1年に引き続き礼央に勉強を教えてもらっているのだが、今日は彼女が道場で公開試合
があるとかで休みになっていたのである。

「な、大樹。今から王狼館にいかね?」
「えー、火月さん・・嫌がらない?」
「へいき平気! なーんも悪い事すんじゃねぇからさ」
そう言った閃の足は王狼館に向けられている。案外最初からその気だったようなきもす
る。
「ま、いいけど」
やれやれと言うように大樹はカバンを持ち替えた。テスト前だから学校に置きっぱなしに
していた辞典類を詰め込んでいるせいで、そうとうな重さになっている。
"しかし閃君ってすごい・・"
大樹はさっきから感心していたのである。
倒立で歩くのは今に始まったことではないが、自分同様重いバッグを両足にはさんで手
指で歩く技はハンパではない。その努力が彼を成長させてるのだと感じざるをえない大
樹だった。

 竜炎道場がバトルインパクトによる門下生獲得に成功してからというものは、それをま
ねて小さな道場でも練習試合や一般公開・参加型の練習(オープンスクール)が開催さ
れるようになっていた。
今日は王狼館でもデモンストレーションともとれる試合が行われていたのだった。
「王狼館・・って初めて入るね。今日は一般公開されてるんだ」
大樹は秋葉道場の2倍ほどある王狼館の門をくぐっていたのである。
「そーだな、俺も初めてだ」
と言いつつ目は礼央の姿を探している。
"閃君は火月さんが気になってしかたないんだよね"
と、大樹は思う。
反面その態度がおおげさであればあるほど閃の真意がわからず、逆に疑ってしまう部
分があった。
"案外一過性なものなのかな? 閃君の思いって"
大樹は落ち着きなくきょろきょろしている閃を見ながらふっとため息をついた。
そう、大樹は原田羽奈の強い恋心を知っていたから閃が彼女に目を向けることを望ん
でいたのだった。
 と、その時大樹が見た者は・・・

「どした? 大樹。誰か知ってるヤツでも見つけたん?」
閃は大樹が指差す方に目をやったのである。
「あれ、あれって羽奈田でねーの? 見に来てるんだ」
いうが早いか彼は原田の方に向かって手を振りはじめたのだった。

 彼女の顔が赤くなったのは閃が自分に向かって手を振っていたからだ。
「閃さん!」
はにかんでいるくせに真っ直ぐにこちらに向かって来る原田はかなり積極的である。
「おぅ、おめーも見に来たん?」
「はい、友達と・・ここに通っている学校の友達もいるんです。その・・応援に・・」
原田はさすがに閃の視線をまともに浴びられず、うつむいていたのだった。
"うわぁ、閃君。原田さん、顔真赤だよ! どーしよう? 僕ってお邪魔虫だよね?"
はらはらしている大樹がいたが当然の事ながら閃は気がつかない。
「閃さんは?」
原田が聞いた。誰の応援に、という意味である。
「へへ、礼央を見に来たんじゃ。礼央って火月礼央。多分おめーも知ってるヤツだ」
閃はおそらく原田が彼の口から聞きたくないと思われる者の名を口にした。
「火月さん?」
知っているくせにわざと知らないそぶりをするのは彼女の心をあらわしている。
「おう、今は同じクラスなんだ」
「クラスメイトなんですか・・」
「・・ん、そういう事」
「あいつさぁ、拳法だけじゃねーんだ。勉強もいつもトップでよ、おりゃ放課後しごかれて
んだじぇ、勉強」
「あは・・やっぱいるんですよね、天才的な人って。拳法も強くって勉強もできるの」
「確かにその部分もあるけどさ、それだけじゃねぇ。あいつ人が見てねートコで頑張って
ると思う」
原田が見上げた閃の表情がいつもにましておだやかになっている。
"閃さん・・・"
彼女は天才という言葉で火月礼央をかたづけようとしていた自分を恥じていた。
"あたしも強くなる為に努力してるんですよ・・"
と、言いたかったがこの場にはふさわしくないだろうから黙っていたのである。

「あ! 閃君。火月さんだよ」
お邪魔虫の大樹が道場の中央に出て行く礼央を指差した。
どうやら今から組手をはじめるらしい。
彼女のまわりには5人の男子がいる。いや、男子と言うには年をとっている者も混じって
おり、おそらく一般の門下生だと思われる。
それは改めて火月礼央という女子が、この道場におけるスターだと窺い知る場面だった。

「以前ごっちゃんから聞いた事があります。火月さんは男子と十人組手をするんだって」
「まぁな。礼央のヤツ、バトルインパクトの予選も1回戦も俊殺で決めてたらしいから当然
だろうな」
"礼央のヤツ・・・"
閃の言葉に少し不快感をおぼえた原田がいた、がこれも当然口にはしない。
「でもよ、だから女子の部には居場所がねぇって言ってたぜ。つまり相手がいねぇ。かと
いって男子じゃねぇしよ。男子の部で試合に出れねぇし」
「そうですよね・・火月さんに試合出られたら誰も優勝できないですよね。手加減して戦う
のは本人も相手も辛いだろうし・・」
そう言って原田は困ったような表情で笑っていたのである。
"あ・・やっぱり閃君は原田さんとお似合いだよ。美男美女だもんね"
二人の横にいる大樹は自分までが嬉しくなってきたのだった。なんとなく原田の優しさが
閃を包み込んでくれるようで見ていて気持ちいい。
面倒見の良い火月礼央も捨てがたいが、たまに乱暴に閃を扱う彼女に閉口するところが
あったからだった。何よりあきらかに文武ともに自分より勝っている彼女に対する羨望が
あった。
その点、原田ならば自分が少なくとも武の部分において守っていけるだけの力があると
思うのだ。
これがその方面に鋭い白羽あたりなら大樹が原田に行為をよせており、自分ではかなえ
られないだろう思いを閃にかわって遂げて欲しいとう屈曲した感情を見抜くだろう。

「うおーーい、礼央!!」
と、閃が大声を出した。
当然ふり向く礼央。
「うるせー!!」
と、これも予想された返事。

しかし一瞬のとまどいがある礼央だった。
"どうして原田とヤツがいっしょなんだ?"
礼央は閃の隣りにいる原田が気になった。よく見ると大樹もいるのだがなぜか見えてい
ない。
「あ、バカ! なにやってるんじゃぁ!」
そこには組手でタイミングをはずす礼央の姿があった。しかしあくまで瞬時の事であり、
後はいつもの彼女にもどっていたのだが・・

 
 引き続き行われた男女別の試合に礼央は参加していなかった。これは慣例になって
おり珍しいものではない。道場の隅のほうにおかれたベンチのひとつに腰かけ試合を見
ていたのである。
「ヒマそうだなー」
と、声をかけたのは閃だった。
「おめーだけぼーっとしてるからさ」
閃が礼央にからんでいる。
「しかたねーじゃん。館長が出なくていい、っつーてんだから。それよりあんた、連れを
放っといていいの?」
礼央が聞いた。
「連れって大樹ならうな田といっしょにいるからな。俺は気をきかせたんじゃ」
「気をきかせた?」
「おう、そーよ。大樹はうな田のコトよく話すんだぜ。どだ? 俺って友達思いだろ?」
閃は得意そうに笑って言った。
「ふふ・・ 」
なぜか嬉しくて自然な感情が表情にあらわれた礼央だった。
「あ、いいな!」
閃が言った。
「礼央の顔、いいじぇ! おりゃそんな顔、好きじゃ」
「  ・・・  」
「ほら、そんなこわい顔んなる。おめー、俺の前でもっと笑えよ」
「何であんたの前で笑うんだよ!」
「なんでって・・・そりゃおめーが俺の彼女だかんな。いい顔見たいのがあたりめーだろ?」
「彼女って・・」
「おーよ、ずっと前から俺、言ってるだら? おめーが好きだって」
「おいっ!」
礼央は閃の腕を持って立ち上がった。さすがに好きだ嫌いだというような内容の会話を
王狼館の連中に聞かれたくない。ましてや皇閃はバトルインパクト以来名が通っている。
今でも閃と礼央が話をしているのを興味深く見ている門下生もいたからだ。
「へ?」
「へじゃねぇ! 外に出よっ」
彼女は閃をせきたてた。

「あんたねー、あたしがいつあんたの彼女になった?えー?」
人気のない所に閃を連れてきた礼央が文句を言った。
「じゃ、礼央。俺のコト嫌いか?」
開き直りではなく自然に出てきた言葉に彼女はドキッとした。閃の目がいつになく真剣
なのだ。
「 ・・ 」
"キライじゃねぇ・・"
礼央は思った。
しかし口に出せない。
「おめーの寂しいトコ、わかってんの、俺だけだと思ってるんだぜ」
今度のセリフにも胸が痛い礼央。
「ありがとう・・」
しばらくの沈黙の後で出たものは極めて平凡な言葉だった。
「へへ・・」
少し照れたように閃が笑った。何となく礼央の思いが伝わって来る。
うぬぼれでなく礼央は自分に好意をよせているだろうと思うのだ。
「おい、ヒマなら組手につきあってくれよ」
「今ここでかぁ?」
「ん、そういうこと」
「しかしなぁ」
「何? あんた彼女のいうコトが聞けねーっつーの?」
そう言って礼央はさっきのように笑っていた。
閃の顔がパッと輝く。
「よっしゃーーっ!!」
閃はすでに構えている礼央に向って拳を突き出した。
誰もいない場所に二人の影が躍っている。
それはかけがえのない時間だった。

 その頃、大樹はまわりに集まった原田の友人にかこまれて閃を待っていた。
「閃さん、どこに行ったんでしょう?」
と、原田も心配している。
"閃君、早く帰って来て〜!"
落ち着かない大樹が汗をかいていた。
「皇閃さんのお友達なら秋葉さんも強いんでしょ?」
とか勝手な事をいわれたらたまったもんじゃない。
「ぼ・・僕は強くないです」
「でも皇君といつもいっしょだって羽奈が言ってたしー、いつも組手してるんじゃない?」
「い・・・いえ、閃君は別格で・・」
「うっそぉー!」
と、質問が続く。

"閃く〜ん・・"
困り果てた大樹は、閃が礼央とじゃれあっているのを知らないのだ。
ただ虚しい思いが彼の頭に漂っているだけだった。


                                                     終



BACK



TOP