オープンスクール・大我 編
"あの子に違いない・・"
普段からポーカーフェイスの大我だが、この時ばかりは少しだけ表情が変わった。
それは白羽を見舞った医務室での出来事だ。カーテンで仕切られた向こうに彼女
は眠っていたのである。運んできた奴が誰かに呼ばれてドアの外に出た時のぞいた
ら火月礼央がいたのである。
大我はずっと前から礼央の事を知っていた。
"彼女に違いない・・・"
彼はテレビで見かけた拳法少女に興味を持っていた。しかも自分の住んでいる町の
少女だ。
いつかは会えると思っていたのだがまさかこんな場面での出会いとは思わなかった
のだった。
小さな少女の頃はテレビにでいていたのだが、いつのまにかニュースで結果だけを
流すのみになっていた。
それは女子レベルを越えている内容だった。
"確かに自分の力を試す為に出場したのがうなずける"
大我の興味は男女差というより力の弱い者がどうやって戦い、勝利をおさめるかに
つきた。
"柔よく剛を制す・・・"
彼はポソリとつぶやいた。体の小さなものや力の弱い者でも相手の力を利用し、大
きな者をも倒す・・・かつて日本柔道界が目指していた言葉だった。
しかし今では体重制になり、その言葉だけがむなしく残っている。
しかし大我はその言葉が好きだった。いつかは大柄な父に勝つ日をどんなに夢み、
励んできた事か・・
"自分が父を超える体格になっても俺は大きな柔でいたい"
そう思っている自分の目の前に彼女はいた。
準々決勝に出場した彼女は堂々と予選や本戦1回戦を勝ち抜いてきたつわものだっ
たのだ。
おそらく腕力では予選に出た者を含めても1番弱いだろう。
しかしそれは当然の事なのだ。
そのリスクをしょってまで本戦にコマを進め敗れた彼女。
" ・・・・ "
何も言わず、見下ろしていた大我の胸に去来した思いはいったい何だったのか・・・
何より苦痛に耐えるその姿に美を感じるのは不謹慎かも知れないとも思う。
その火月礼央に再び会えたのは偶然ではなかった・・・
父、竜炎の館長はオープンスクールを発表したのだった。つまり、月に1日無料
で希望するもののみを竜炎に招き、練習や試合をさせて門下生に刺激を与え、かつ
新しい伸びる芽を育てるのが目的だった。
もちろん多少の利益がからんでおり、自分の道場にその者がうつる可能性を予測し
てという部分もあった。
「山田吾郎です」
と、彼女は男子の部で自己紹介をした。王狼館という道場からのただ一人の参加者
だった。
おそらく彼女が女子だと知っているのは自分だけに違いないと思う。
当然父もそのことを知らない。
"おもしろい! 火月がどこまで通用するか見せてもらおう"
決して意地が悪いのではない。何かがあれば即座に彼女を救いたいと思っている。
ただそれまでは彼女の望む通りにしたいと思っているのだった。
そのチャンスは早速やって来た。片桐貴人が火月につっかかって行ったのである。
「運のいい奴・・ 」
と、片桐貴人、こと片桐兄が火月に言った。当然その言葉が気に入らない火月。
「なにを・・ 」
彼女は闘争心をかきたてられたようだ。
「ふん、ベスト8だか何だか知らねぇが、おまえみたいな奴でも運がよけりゃなれ
るんだな」
それは明らかな挑戦だった。つまり自分は火月より強いのにベスト8になれなかっ
たと言いたいのだろう。
"おもしろいな。しかし甘いぞ、片桐。お前は私と互角だった"
傍観者を決め込む倉橋が腕組みをして見つめている。
そして大我。
"私闘というべきか稽古というべきか・・ しかし火月の試合が見たい"
多くの門下生やオープンスクールに参加した者が勝手に組み手なんかをして館長の
来るのを待っている。
"そうだ、あれは稽古の延長なのだ"
大我は自分に言い聞かせたのだった。
対峙する山田と片桐兄。
最初に仕掛けたのは片桐兄だった。息をつかさぬ連続パンチの雨を山田は確実にかわ
している。
その1発でもヒットすれば彼女の骨は砕けるだろう。
大我は大会での彼女の試合を見ていなかった。
だからこそ倉橋同様くいいるように見ていたのである。
" ・・・ "
不思議な感覚だった。どうしてそんな事をするのだろうと思う。
"火月わざと隙を作っている?"
そんな感じなのだ。彼女の戦い方とは本来ああいうものではないだろう。しかし今、
片桐兄と戦っている火月は相手の戦いのパターンを記録するため挑発しているように
見えた。
「余裕だ・・・ 」
大我の隣りにいた倉橋が言った。
「余裕だと?」
大我が聞き返す。彼は倉橋を知らない。しかし自分と同じ事を感じている隣りの男を
ただ者ではないと感じたのである。
「どうしてそう思う?」
大我は倉橋に聞いた。
「山田は片桐相手に単に練習しているにすぎない。
試合と思うならもっと早く仕掛けるはずだ。
体力もパワーも数段上の奴に対し、もっと早くケリをつけようと思うのが常識だ。
きっと山田はここで戦いのパターンを研究しているに違いない」
倉橋は山田から目を離さぬようにして大我に答えたのである。
「俺もそう思っていた。山田の試合を見た事がないが、今見るが限りでは余裕が感じ
られる内容だからな」
大我もまた、前を向いたままで答えたのである。
自分と同じ分析者、冷静に見ている目がここにもあったと大我は感じていたのである。
しかし急展開があった。
あれほど余裕を持っていた火月が一瞬の油断で体制を崩したのである。
「何をやっている?」
大我は思わず口に出して言った。
ちょうどそれは自分の父である館長が道場に入ってきた時の事だった。
その父をチラッと見た山田が隙を突かれたのである。
「わぁっ!!」
左顔面と水月に連続でパンチをくらった火月が苦しそうな声を出していた。
もっともまともに入ったのではなく当たりそこないのパンチだったが・・・
「しつこい野郎だ!」
片桐兄は大きく振りかぶり火月に向かって振り下ろした。
!!!!!
スッと身を沈めた火月が正確に急所を突く。
軽い音が片桐兄を襲った。
ふわっと浮いた片桐兄の股間をくぐり、彼の背面に出た火月がすかさず背中を刺す。
苦痛で振り向く片桐兄はパンチを繰り出そうとしたがムダだった。
その時には火月の指が眉間の急所に決まっていたからだ。
片桐兄はそのまま失神したらしい。
「あれに私はやられたのだ・・・」
倉橋は独り言のように言った。
しかし大我を意識していたのは事実である。
大我もまた聞いて納得しているのだが何も言わなかったのである。
片桐の弟が兄に近づくのを尻目に大我と倉橋はその場を後にした。
あの後、火月が父の方に向っているのが見えた。挨拶か何かだろう。
彼女は顔面から出血しているもののたいしたことはないだろうと思う。
"所詮、片桐は踏み台にしかなれない奴かも知れない。
己のパワーだけに頼った攻撃では大成はしない。あの分だと小柄な弟の方が大化
けするだろうな"
大我は兄を支えている片桐弟を見て感じたのだった。
今日からオープンスクールが始まる。
あの皇閃も参加すると聞いている。大会で見知った連中も多くいる。
"先が楽しみだ"
大我は火月の行く末も含め、そう思うのであった。
終