風に・・・



   中学2年になると恒例の自然学校がある。近くの野外施設で2泊3日を過ごすわけなのだ。

"嫌だな・・"

礼央は心底思った。決して自分を過大評価していないのだが、女子としてはしっかりしてい
る方だし恐い物は少ないと思っている。しかしどうしても駄目なものがあった。

"どうして肝だめしなんてあるんだよ?"

それは野外施設内のルートを何箇所かまわり、ゴールにまで行くというどこにでもあるもの
なのだ。

「2人づつペアになって行動するように。男女は問わない」

と、先生が説明するとたちまち自分の相手探しの声があちこちであがっていた。


「礼央―っ! 俺と組もうじぇ!」

いつもの声がどんなにありがたいかこの時になってつくづく感じた礼央は差し出された閃の
手を取ったのである。


・ ・・・・・

「珍しいな」

スタートしてからすぐに閃が言った。

「何が?」
「いや、おめーにも恐いもんがあったって事」
「 ・・・んな事・・ 」

しかし礼央の声に迫力がない。

「手のひらの汗でわかっちまうんだよな」
「 ・・・ 」
「もっと寄って来ていいじょ!」

閃は嬉しそうに言った、が。背中にケリをいれられたのだった。

「ってーな! 本当に素直じゃねーんだから!」
「ほっとけ!!」

と、言いつつ手はしっかりと閃の腕にからまっている。

"かわいいな"

閃は思わず口に出しそうになったがやめておいた。だいたい照れ屋の礼央は褒め言葉に素直
じゃない。
本心から言おうとしても拒否されてしまうセリフも数多いのが現状だったのだ。

「 あ・・・ 」

別に何のことはない。暑い夜に似合わない涼しい風がふいた。

「風が・・・ 」

一瞬、閃が立ち止まる。

「え?」

礼央は不思議そうな顔を閃に向けたのだ。

「風だったんだ・・ 」
「何が?」
「いや、あれは・・・ 」

閃は何かを言おうとしている。

「変な奴。皇らしくねーな」

礼央は口をとがらして閃をにらんだのだ。しかしその反応に彼は答えない。
珍しくシリアスな表情を無窮の夜空に向けたのだった。


 少し間を置いて閃が声を出した。

「こんな風が吹く夜は出るんだよなー」
「何がっ!!!」

だいたい想像がつく礼央は悲鳴に近い声で言った。

「なぁ、礼央。夜に道を歩いてて自分によく似た奴を見かけたことはねーか?」
「ないっっ!」
「それが自分にそっくりな奴でよ」

閃が大袈裟な身振りで話し始めた。

「そっくりっ、つってももっともっとガキなんだけどな。そいつがこうやって・・・」

閃は礼央の首筋にそっと触れた。

「きゃーーーーっ!!!!!」

大声を出す礼央。

「んで、か細い声でおにぃちゃん遊んでぇ・・・って言うんだじぇ。嫌だっつってもそ
いつは離れなくってよ」

もう一度首筋に触れる閃。

「やめろよっ!!」

礼央は手刀を繰り出したがむなしく宙を切った。しかし閃はまだ続けている。

「でもそいつのかーちゃんが迎えに来て俺から離れて行くんだ」

そこまで話して閃はふっと口をつぐんだのだ。



しばらくの沈黙を破ったのはさっきのような涼しい風だった。


「なーーんてさ、それ単なる俺の夢」

明るく言った閃の目が心なしか潤んでいるようだ。
しかし礼央は気がつかないふりをしていた。
きっと彼はいつか話してくれた弟の事を思い出しているのだろう。

"皇・・ "

閃を思う礼央の心が苦しくなる。

閃は口にださないだけで、消えてしまった命の重みを幾度となく感じたことだろう。
生きていれば・・・と言う思いは消える事はない。
小さな子供であった時代でもそれなりに死を感じることができるのだろうと漠然と思った
礼央だった。

   ・・・・・・


 突然泣き出したのは礼央だった。

「礼央・・」
「ごめん・・ 皇。辛いのはあんただったのに・・ でもあんたの弟ってさ。お母さんを
独り占めできたじゃない。それだけでも幸せだったのかも知れないよ・・ よくわかんねー
けどあんたを残して死んでいったお母さんがかわいそう・・」

礼央は素直に閃の胸に顔をうずめていた。女だからいつかは母親になる日が来るかも知れ
ない。残された者も辛いけど、死んでゆく母も辛かっただろうと礼央は感じていたのである。



「おめーって優しいな」

閃がいつもの顔で言った。

「何のことだよ?」
「何でもねぇ。さ、行こうじぇ!!」

閃はごく自然に礼央の肩を抱いていた。

「ああ」

短く返事をして閃の腰に手をそえて2人は歩き出した。



それはお互いの鼓動が聞こえるほどの静かな夜だった・・・



                                  終



  

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