それぞれの恋心編1(閃礼央1年冬)

 大会後の原田は自分にめばえた恋心を知っていた。
今までにそんな経験はなかったものの、思春期の女子は男子より敏感な心を持っている。
「皇閃さんが好き・・・」
彼女は大会の予選で助けられた時からそれを自覚していたのである。


 恋する乙女は強い!
一昔前の女子なら一歩も二歩も引く所を、今どきの女子は踏み出すのだ。
「閃さんをもっと知りたい!」
そう思う純粋な気持ちが今日の原田にその行動をとらせたのだった。大会後、すぐに入院し退院して
きたものの季節はもう冬。クリスマスまであと少しといったところである。


「えー? 皇閃? 確か3組だったよな」
それは校門で聞かれた1年の学年章を付けた男子だった。
「3組ならもうじき終るぜ」
どうやら聞かれた男子は閃と同じクラスではなかったらしい。
「ありがとうございます」
原田ははにかみながらもしっかりした声で礼を言い、そのまま校門で彼を待っていたのである。手に
は小さな紙袋。もちろん閃に渡す為のクッキーが入っている。大会の時につぶされてしまったケーキ
のかわり・・・と、こじつけて持ってきたものだった。



「で、これはどーなるんじゃ?」
閃は礼央の前で頭をかかえている。目の前には数学の問題集が置かれていた。担任の先生に頼まれて
ひまな時間に彼に勉強を教えている礼央なのだ。
「さっきも言ったろ? あったま悪りぃ!!」
礼央の容赦ない声が飛ぶ。
「でもよー、おめー、自分が簡単にわかるからって誰もがそんなにすぐ分かる訳ねーんだぞ!」
と、閃は主張する。
「ごめん」
あまりにもあっさりと礼央が謝るので少々拍子ぬけした閃がいる。
「なんだよー、山田ぁ?」
「謝っちゃわりーか!」
今度は礼央が突っ込む。
「いや、悪くねーけど・・ 」
」 と言ってノートに目をやると同時に礼央が立ち上がり閃の隣りに座ったのだ。
「だ・か・らぁ、これをこうやって・・・」
彼女は閃のノートに解答をサラサラと書いた。そしてかみくだいて説明を始めたのである。
「・・・・そうか」
閃がうなった。
「よーく聞くとわかるんだ」
閃が自分に感心している。今までずっと1人だったから、誰かに教えてもらう事がなかったのだ。
「山田ぁ、おめー天才!」
そう言って突然礼央に抱きついた閃。
「わっっ!!」
抱きつかれた礼央は驚き大きな声を出して振りほどこうとした。しかし閃の腕力は強く微動だにし
ない。
「いた・・」
振りほどき損ねた礼央が二の腕をさすっている。
「ごめん、つい・・」
今度は閃が謝る番だった。
「女の子って柔らかいからかげんができなくてよー」
閃は頭をかいている。心持ち顔が赤いのはいつかのおっぱいを思い出しているからだろう。瞬時に
止めたものの、そのふくらみは手に感触として残っている。
「へへへ・・・」
閃は照れ隠しに笑っていた。
礼央といると暖かくなる。無意識に彼女に触れたいと感じていた。さっきの行動もその現われだろ
う。しかしそれがどうしてなのか、まだ閃は気がついていない。
いや、何か普通でないものを感じているのだが、どうしてだか納得していない。
「いってーな! でも今日はこれで終り!! あたし道場があるから」
そう言って礼央は教科書を片付けた。
閃もそれにならっていた。



 放課後の教室はガランとして寂しくなる。それをうめるかのように運動部の掛け声がグランドか
ら聞こえていた。
「山田は学校のクラブに入んねーんだな」
ふと閃が言った。
「入ってたら道場にいけねーじゃん」
「そっか。そーだよな」
「何? 変なの」
礼央は小首をかしげて閃を見た。
「あんた、学校好きなんだ」
「好きだじぇ」
そのくせ1ヶ月も休んで特訓してたんだよなー、と突っ込みたくなる。やはり学校よりも稽古の方
がもっと好きなんだろうと思う礼央だった。



 待っている時間は長い。
しかしその時間を色んな空想でうめていた原田はまだ校門にいたのである。
「あれ? うな田だろ?」
原田の存在に気づいた閃が声をかけた。
「閃さん」
嬉しそうに手をこすりあわし彼女は閃の前に立つ。
礼央の制服とは違い明るい紺色で赤いリボンがついている。短いスカートに白いソックスが彼女の
綺麗な顔によく似合っていた。
「へー、うな田。制服に合うじゃん。学校、近いんか?」
「はい、瓦礫が丘中のとなりです」
彼女は頬を赤らめて答えた。どうやら閃と話をするのが照れくさいらしい。
"でもこいつ、結構積極的だよな。大会の時もずっと側にいたし"
なぜか心の奥がチクッと痛む礼央だった。どうして彼女がここにこうしていたのか何となくわかる
礼央だから。
それがわかる礼央が原田と同じ感情を閃に対し持っている事をうっすら気づいている。
"いやだなー、こんな気持ち"
あやふやな心は自分には似会わない。と、礼央は勝手に思っている。もっと自分は何に対してでも
はっきりとしていたい、しかしそれが出来ないでいる矛盾。
"ワケわかんねー"
しかし・・・


「あたし道場に行くからあんたその子を送ってやんなよ」
礼央の口から出た言葉は自分の気持ちを裏切った。閃に渡すつもりであろう紙袋を大事そうに手に
している原田を前につい、いい人を演じてしまう彼女。
「ああ、いいけどよー」
閃は不思議そうな面持ちで返事をする。


 礼央は軽く手をあげて2人の前から去った。
駆け足になったのは早くそこから去りたい衝動にかられたせいかも知れない。でも去る理由などな
い。
"わっかんねー"
再び湧き上がる感情。
閃といると楽しくなる反面不思議な気持ちにもなる。勉強を教えていながらたあいない話をするの
もいいものだ。
少なからず閃の事を気に入っている自分がいるのを否めない。しかしそれは原田にも言えるのだか
ら・・・
だからこそフェアでありたい気持ちがあるのかも知れない。他校だからチャンスの少ない彼女の為
に時間を譲るという。
と、勝手に解釈した礼央は道場でいつもの稽古を始めたのだった。


「閃さん、これ」
と、原田はクッキーの入った紙袋を差し出した。
ちょうど小腹のへる時間だけに、その甘い香りが閃の鼻から入り腹の虫を呼び起こしていた。
「いいのかぁ? けっこうたくさんあるじゃん」
閃はチョコや紅茶、アーモンド入りのクッキーの入った紙袋をのぞいていた。
横を通った同級生が何をしているのかというように2人を眺めながら通り過ぎてゆく。かわいい顔
立ちの原田は人目を引く。ましてや思春期真っ只中の中学生にとって男女が何やら話をしていると
言うだけで気になるのだ。それが他校の女子であれば余計である。
確かに嬉しくないといえばウソになる。健康な普通の男子中学生なら誰でもかわいい女の子からク
ッキーをもらえばそう思うだろう。

が・・・

「皇、彼女かぁ?」
通りすがりのクラスメイトが冷やかした。
「いいなぁ、彼女持ちは」
その言葉に原田は真っ赤になってうつむいた。
「おい、そんな事言っちゃうな田に悪ぃじゃん」
閃が言い返した。
「うな田さんだって?」
「ホントは原田、でもうな田!」
閃はもう一度、言い返した。その間も原田はずっとうつむいたままで閃のたくましい手を見ていた
のだ。
友人の話によれば山田吾郎は火月礼央だという事だった。つまり皇閃と同じ学校であり、2人はそ
れを知らずに本戦で闘った事になる。
"この手で・・・"
さっきの火月礼央と対戦したのだと。
自分ならとてもじゃないけど皇閃どころか火月礼央の足元にもおよばない。
「ん? どしたん?」
うつむいたままの原田に閃が聞いた。
「いえ、さっきの・・火月さんはいいんですか?」
逆に原田が聞く。
「ああ、道場に行くって言ってたし」
それが不本意なのか表情を曇らせた閃だった。
「ご迷惑ですか?」
「へ?」
閃がわけがわからないというように聞き返す。
「火月さんに悪いです」
原田の言葉で何か思ったのか、閃が手を横にふって何かを否定した。
「じぇんじぇん!!」
しかし何を否定したのかわからない。
「あいつ、学年でトップなんだ。先生が俺に勉強教えるようにって言ってよー」
閃はなぜか得意そうだ。
「学年で・・」
"とてもかなわない・・"
原田は素直に思った。正直言って成績は悪くはないが良くもない。
「だからこうやって居残りで教えてくれてるんじゃ」
閃は饒舌だ。
「完璧な人ですね。とてもかなわない」
「ああ、努力してると思う。いつも一生懸命なんだぜ。おりゃ勉強はあんまりした事ねーけどあ
いつ、道場から帰ってもきっと頑張ってやってるんだと思う」
閃はひと息いれた。
「完璧に近づくためだと思う」
原田ははっとしたように顔をあげた。
「つまり完璧じゃねぇってコト」
そこで閃はいつものようにニッと笑って原田の肩をポンとたたいたのだった。
「一生懸命なヤツってなんかいい」
おそらくそれは礼央に向けられた言葉だろうと原田は思った。彼女は中途半端な自分と比較され
たようで悲しくなってきたのだった。
"私も閃さんに近づきたい・・ 閃さんに意識してもらいたい!"
原田は強く思ったのだった。
                
      
                                     2に続く


      




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