思春期交差点A(閃礼央1年冬)
それぞれの恋心編2

 遅れて道場入りした礼央はいつもの基礎練習をはじめていた。
最近は道場の男子とも折り合いよく過ごせている。礼央自身の突っ張りも道場の男子の
負け惜しみも消え、割といい雰囲気になってきていたのだった。
「火月、最近遅いな」
相手の男子が聞いた。女子では相手になるものがいないので彼女の相手はいつも決ま
って男子になっていたのである。今日の相手は「王狼館3バカ」と勝手に礼央が名づけた
うちの1人だ。余談だが、帽田、山中、村上がその男子の名だった。
「ああ、ちょっと学校で・・ヤボ用」
礼央は適当にごまかす。別に話してもいいのだが皇閃の名を出すと話が長くなりそうだ
からだ。
「おまえの学校、竜炎のヤツもたくさんいるんだろ。何か言ってくるヤツもいるんじゃねぇ?」
何かとは男子と偽って大会に出た事だ。
「まぁな」
礼央は適当に返事した。確かに色々聞いてくる竜炎生はいたが予選にすら出なかった
ような奴らだったからだ。
「でもあたし、もっと強くなりてーな」
組み手をしながら礼央はポソッと言った。
"それ以上・・"
と帽田は思った。帽田とは3バカの中で一番背の高かった男子である。
「師匠もあたしがもっと伸びるって言ってたしー」
師匠とは王狼館の館長の父親であり、蛇蝎拳を礼央に伝授した人物だった。彼は礼央
にもう少し肉体的に成長したら教える技もあると話していたのである。
「いいよな、お前は選ばれて」
帽田はため息をついた。
「強い奴はもっと強くなる。残された奴は指を加えて見てるだけか・・俺らも師匠に教わ
りたかった」
彼はつい本音が出てしまったのだ。顔は笑っているが目は心持ち寂しそうだ。きっとこの
思いは帽田だけのものではないだろう。

礼央は初めて気がついた。
"女だからじゃなくて・・"
そんな思いだった。
知らないという事は罪なものなのかも知れない。

「・・・」
何かを言おうとした。
しかしふいに湧き出てきた妙な感情にその言葉はさえぎられた。
  !!!
その時くり出された拳をさけた礼央は足が絡まってその場に転倒したのだ。

「火月!」

帽田の声に何人かの門下生が駆け寄った。
うつむいて足首を抑えている礼央は無言だった。
「大丈夫か?」
「礼央―っ?」
しかし大丈夫だと言う返事はない。
「痛い・・」
礼央は当たり前のセリフをはいた。しかし彼女らしくない。
"オイ"
と山中と村上が帽田を小突いた。
"火月、泣いてるぜ"
「ゴメンなー」
帽田はおろおろして礼央に謝った。礼央が普通の女子のように泣くなんて想像すらしえ
ないものだったからだ。
「あんた、悪くねぇ・・」
礼央は小さな声で答えた。
「あたしが油断してたんだから」
礼央は立ち上がろうとした。
しかし立ち上がれない。
ひねっているのか激痛が走るのだ。
とっさに一番近くにいた帽田が支えた。
「すまん」
もう一度、帽田がいった。
「しつこいっつーの!」
本来ならここで彼女の蛇蝎拳が飛ぶところだろうが、今日はできない礼央だった。



 木枯らしの吹く中を二人乗りの黒い自転車が走っていた。
帽田の愛車の座席に乗せられた礼央は家に送ってもらっていたのである。
「あんた、優しいんだ」
背中につかまった礼央が礼を言った。
「いや・・」
と、言いつつ案外素直な礼央に新しい発見をし、顔があかくなる彼なのだ。何より背中
に当たる胸の感触がなまめかしい。
と、その時・・・


 原田と歩いているとバス停に送って行くはずだったのが瓦礫が丘公園についた。
「おかしい・・」
いくら考えてもそこにはバスはやって来ない。なんせ町が一望できる高い場所なのだ
から。
「折角だからおめーも食えよ」
閃はベンチにすわり原田のクッキーを差し出した。
「はぁ」
と言って原田は一つ、つまんだ。
まさか閃とふらりきりでこんな場所に座るだなんて思っても見なかったのだ。
知らぬ者から見ればれっきとしたデイトである。
"閃さんと話をしているんだ"
彼女の頬に赤みがさしている。大胆なくせに純情であり何よりかわいい原田。
「ありがとな」
閃が言った。
「え?」
「クッキー、手作りってなかなか食えねーからさ。じーちゃんは作ってくれねーじゃん」
閃はおいしそうにほおばりながら言った。
「嬉しいです。少しでも喜んでいただけて」
原田は嬉しそうに言った。彼女のささやかな自慢はお菓子作りが得意だという事だ。
「いい嫁さんになるじぇ〜」
閃は他意はなく言った。しかし彼女は少しだけ自分よりに受け取ったのだった。
「あ!」
閃が立ち上がった。
「バスだ」
木立の下にバスが止まった。
「なんだーっ。バス停、すぐ下だった」
閃は原田に下をみるようにというような仕草をした。
「あはは・・ホント。ここから近いですね」
彼女は隣りの校区とはいえ比較的近いのでバスでなくても良かったのだが、閃がバス
で帰るものと信じ込んでいるのでそのままにしていたのだ。


 原田が乗ったバスを見送った時、閃の目に飛び込んできたのは礼央の姿だった。

「何しとるんじゃぁーーっ!!」

閃は猛烈にダッシュした。

自転車はさして飛ばしていなかったので簡単に追いつける。
「どうしたんじゃー?」
驚いたのは帽田だった。突然あらわれて自転車と平行に走っていく者がいたからだ。
"こいつ、皇閃!"
焔豪大我とともに優勝した男だけに知名度は高い。その男が形相を変えている!
「山田ぁ!」
閃は形相を変えて礼央を呼んだ。
「なんで違う学校の男の自転車に乗ってるんじゃー?!」
真横にある顔に向かって訪ねる閃に帽田は恐怖を感じていた。
"こいつ・・・"
閃の目が恐い。
まるで火月礼央を誘拐してると決め付けているかのような目で見ているのだ。
「足、痛めて歩けねぇからこいつに送ってもらってるんだ!」
礼央は答えた。
「足ぃ? どして?」
「稽古中にくじいたの!」
「おめーが?」
やっと納得したのか閃はおとなしくなった。そして同じペースで自転車に付いて来る。
「どこまで付いてくんだ?」
「山田んちまでじゃ」
「いいって!」
「よくねぇ!」
「どーして?」
・・と、礼央が聞くとしばらくの沈黙があった。
蚊帳の外の帽田はひたすら自転車をこいでいる。

 ここに来て閃は返事に窮していたのである。
今まで経験した事のない感情が礼央に対して起こってくる。
彼女をはっきり異性だと感じた時から何か変なのだ。
その<変>とは。
"・・・んーーー。そっか!"
閃は1人で納得した。
自分のどこかでパチンと音がして何かがはじけたのだった。

「おりゃ、山田がすっげー気になるんじゃ!!」

閃は大声で言った。
大声をまともに受けた帽田はその言葉で全てを理解した。
"皇閃は火月が・・・"
誰にでもわかる展開だった。
一方、礼央はと言うと・・・
「 ・・・ 」
赤くなった頬を閃に見られまいとそっぽを向いたのだった。


バスから降りた原田はゆっくりと家に向かっていた。
「はぁ・・」
と、ため息をつく。
「閃さんに近づきたいなぁ・・」
小さく口に出して原田はぼやいていた。
今まで自分は才能がないのだからとか護身に少し役立てばいいとかで、あまり激しく
打ち込んでいなかった自分が恥ずかしくなる。
「強くなりたい!」
原田はここではっきりと決意した。
確かに格闘に限らず何にでも生まれ持ったセンスがある。
しかしそれも努力で埋められるかもしれないのだ。
「火月さんは女子なのに男子の部でベスト8になれたんだ」
原田の脳裏に礼央の顔が浮かぶ。
「まぁいきなり火月さんみたいに・・とはいかないけど・・」
せめて自分の所属するボクシングジムで、今まで倒せなかった人に勝ちたいと思う原
田だった。
「そしていつかは閃さんの隣りに・・」
似合う自分でありたいのだと願ったのである。

 帽田に礼を言い、見送った礼央の隣りに閃はいた。
「なぁ」
閃が声をかけた。
「今度、秋葉道場にこねーか?」
「はぁ?」
唐突に言われてもどうしてだかわからない礼央は首をかしげていた。
「勝負しよーじぇ!」
閃が言った。
「あたしと?」
「ああ、約束したじゃん。あん時」
そう言って閃はニコッと笑ったのだった。
「そ、だから足。早く治ればいいな」
「うん」
礼央もつられて笑っていた。

何もないけど何かが始まった・・・

お互いにそんな気がする冬の日だった。

        終


      




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