キャッチ! 編(片桐→礼央 中1)
夕暮れだというのに片桐は学校に残っていた。
いつもなら竜炎道場に直行なのだが今日は休みなのだ。
したがって彼を慕って寄ってくるやんちゃな仲間と一緒に屋上でたむろしていたという
わけなのだ。
彼は最近では随分マシになったものの兄と同様恐れられており、その行動は乱暴な
ものだった。もっとも兄の方は地元の中学に通わず近くの町の私立中に通っている
のだが。
で、帰ろうとして教室にカバンを忘れているのに気がついて取りに行ってみると、隣り
のクラスに誰かがいる。
"あん? 何やってんだ?"
片桐は思わず開け放たれた窓から中をのぞいたのだ。
"あれ・・"
教室の後の壁に貼られた習字を机に乗り、背伸びをしながらはがしていたのは礼央
だった。どうやら彼女は日番らしく書きかけの日誌が乱暴に置かれていた。
「火月」
片桐の言葉にふり向く礼央。
その顔には珍しくあせりが見える。
「おまえ、背が届いてねーじゃん。俺がやってやる」
「いいって」
「なんでおまえ、一人で残ってんだ?」
礼央の断りを無視した片桐が聞いた。
「だってもう一人のヤツが早引けしたから仕方ねーじゃん。たまたま用事がたくさんあ
る日だったってコト」
片桐がはずす半紙をまとめながら礼央が答えていた。
「それよりあんた、何してたんだ?」
「別になにも・・今日は道場がねーからココにいたってわけ」
彼は上を指さした。
「あたしなんか稽古があるのに用事が多くてさ、もう道場に行く時間がねーよ」
彼女はふっとため息をついた。
"どうしてこいつが・・"
片桐は斜め上から礼央を見下ろした。いつも感じるのだがこうしていると少し気が強
そうな秀才で、とても拳法をやっているようには見えはしない。
"美人じゃねーけどかわいいな"
気がつくと礼央に目がいく片桐は自分の気持ちを自覚している。
「ありがと、助かったよ」
礼央は礼を言った。見ると手に日誌を持っている。後は鍵をかけて職員室に持って行
くだけになっているようだ。
「なぁ火月、おまえさー・・」
片桐は何かを言おうとした。それは本当に何かでありはっきりとした言葉にはならな
いかも知れない。
「ん?」
礼央が聞く。しかし・・
「片桐さーん!」
廊下の端から彼の仲間が呼んでいた。どうやら帰って来ない片桐を探しているようだ
った。
"チッ・・"
と、舌をならしたもののホッとした所もある。
「じゃーな」
片桐は仲間の待つ方に向って走っていく。
「おいっ!」
礼央が呼んだ。
「今日、作ったんだ。お礼!」
彼女はクッキーの入った包みを投げた。
「おうっ!!」
ふり向いてキャッチした片桐は軽く片手を上げてニッと笑ったのだった。
"まいったな、これ、手作りかよ・・"
素早くしまい込んだポケットが熱くなる。
"らしくねーなー。ああ、らしくね"
さっきは漠然と礼央の真意を聞き出そうとしていたように思う。
その中に皇に対する思いとかも含まれていたように思う。
「片桐さん、どうしたんスか? あの火月と何か?」
「そうそう、あいつ、勉強できるし運動神経もいいし。でも性格がキツ過ぎ!」
「顔もそこそこなのにあれじゃーね。片桐さん、何か言われたんですか?」
「いや、何でもねーよ。竜炎の公開試合のコトを聞かれただけだ」
片桐は適当にごまかしたのだった。まさかこいつらに本心はいえない。
「帰るぞ」
ひと言だけ言って片桐は歩き出した。
後にいつもの数人がついて来る。
道場のない日のいつものパターンだった。
ただ、今日だけは前に礼央が早足で歩いている。
いますぐ追うと簡単に追いつける。しかしそれはできはしない。
だんだん離れて行く礼央。
"しかたねーじゃん・・"
心の中でつぶやいた片桐は何もなかったようにポソポソ歩いていたのだった。
終
↓
↓
↓
↓
↓
(ちょこっと続き)
キャッチ!編・続編
家に着いた片桐はクッキーを食べていた。
これを作っているときの礼央が目に浮かぶ。きっとエプロンをして三角巾をつけてメリケ
ン粉をこねて・・・
"うめぇ・・"
彼は幸せにひたっていた。
しかしその幸せは10個ぐらいしかない。
"そうだ、冷凍庫に入れりゃ長持ちする"
彼は2つだけ食べて残りを冷凍庫にしまったのだった。これを少しずつ味わって食べる。
われながらいい考えだとほくそえんでいる片桐。
しかしそれは甘かったのだ。
"なにぃ〜、クッキーがたったこれだけか! 秀人のヤツ、俺の分までおやつを食べた
な!"
後から帰ってきた貴人が礼央のクッキーをひとつ残らず食べてしまったのだった。
「兄さん!!」
冷蔵庫の前に座り込んでいる貴人の後でワナワナ震える片桐!
しかし返ってきたのは謝りの言葉じゃなくて、おやつを食べられたと勘違いした兄の
拳だったのであった。
終