眠り姫の時間(3)





   女ってけっこう図太い生き物だと誰かが言っていた。
   オレもここに来て、ようやくそれを理解できたんだ。
   意識だけとはいえ行動ができる。
   佐為みたいにオレの所にくっついていなくちゃならないって事はない。
   としたらじっとしてても仕方ないのだ。



看護師の看護は適切で、看護助手との手際よい体位交換とか清拭のおかげ
でヒカルの体はきれいなままでいた。
ベッド上で理学療法士によるリハビリが行われているので筋肉や関節は無事
のようだ。
口腔ケアもしっかりとされており、あらためてちゃんとした病院なのだと思うヒ
カルだった。



ヒカルがいるのは脳神経外科の個室。
相部屋じゃないのは若い女性という事もあり、植物人間状態を他人に見られた
くない両親の配慮である。
サイドテーブルにはフラワーアレンジメントが置かれており、伊角とか和谷とか日
本棋院とかのカードがついていた。
中でも目をひくのは緒方からのスペシャルアレンジメントだった・・



が、ヒカルは退屈だった。
彼女は自分の病室を抜け出し廊下を歩き・・・というよりフワフワ漂いながら院内
に部屋を見回っていたのである。


   ここって年寄りが多いんだよなー。
   夜って結構忙しいんだ。
   だれだ? しょっちゅうナースコールしてんのは。


ヒカルはキョロキョロしながら歩いて?いる。




「いや・・」
「どうしたの?」
夜勤の看護師が一緒に見回っている看護師に抱きついた。
「何か感じたのよ、そこらへん」
ヒカルが通った場所である。
「ああ、オペ室が近いから。よく出るのよねぇオペ室付近は・・」
「そう言えば4階の窓の外に降って来る人影を何人もの患者さんが見てるのよー」
「うわ、やっぱ夜勤は嫌だ。手当てが大きいから仕方ないけど・・」
「いるのよねーーー、ホント」
こわがっているわりには楽しそうに会話しているのを見てヒカルは思わず彼女た
ちに詰め寄ったのである。


   オレは幽霊じゃねーぞ! 


ヒカルは憤慨して頬をふくらませた。
一瞬だけ彼女の姿がトイレの鏡に透けてうつっていた。
それにはヒカル自身が驚いたのだった。


「何か言った?」
「ううん」




そのまま気付かず通り過ぎる看護師を睨みながらヒカルは屋上にでたのである。
新月のせいで星がキレイに見える夜だった。


   わーーーっ!

突然ヒカルが叫んだ。

   おまえ、何をしてるんだぁ!

屋上から身を乗り出している影。
その影にヒカルは抱きついた。
するとその影はヒカルの腕にすっぽりとおさまったのである。

   <誰? 私は死ぬんだから!>

ヒカルじゃない者の声、それはその影からだった。

   おまえ、話せるじゃん。それにオレがおまえに触れられる。どうして?

  ヒカルは驚いた。
手に感触がある。体温までは伝わらないが確かに固形の感覚があるのだ。

   わかった、おまえはオレと同じで意識だけなんだろ? 
   意識同士なら触れられるのかな?
   それよりさ、死ぬなんて事、やめろよ。

ヒカルが悲しそうに言った。
彼女は自分をとりまく人々が悲しんでいる様子を見てきたのだ。

   <あんたは幸せだから生きたいんだろうね>

影が少しだけ笑っていた。

   ああ、とっても幸せ。だから死にたくねぇ。おまえが死ぬなら命くれよ!

   <いいよ>

   うそ! 冗談。おまえ軽いこと言うなぁ。

自分の方がもっと軽いくせに勝手なヒカルだった。

   おまえはオレと同じ意識だけなんだろ?
   この病院にいるの?
   だったら知らない?
   意識だけのオレが元に戻る方法を。
   生きる死ぬはおまえの自由だけど知っていたら教えてよ。

あまりに調子のいいヒカルにあきれて影は大声を出した。

   <そんな方法、知ってたらもうとっくの昔に戻ってるよー!>と。
   <それにどうせ飛び降りても死ねないことぐらいわかってるし・・>

   まぁ、そうだよな。
   でもさ、おまえはどうして死にたいの?

ヒカルが聞いた。




佐為にもそう聞いたことがある。
彼の死は宮廷に激震がはしったのだった。
佐為の君はそれほどまでに人気があり、特に女性たちから慕われていたらしい
のだから。
そのサイは答えた。

   「名誉を守るためにですよ・・ヒカル」

   で、名誉は守れたの?

   「さぁ・・」

   本当は死にたくなかったんだよね?

   「さぁ・・でも私に愛する女性でもいたらこんなことはしなかったでしょうね」

   神の一手より死を選んだの?

   「ヒカルのばかーーっ!!」

そのまま話は流れたのだった。




  ホントウニ

         ホントウハ 



   シニタイヒトナンテ 
                 イナイノデスヨ  




               イキテイタイケド  





       イキテイケナクナル 


             ナニカノタメニ  


                          ヒトハ シヌノデスカラ・・







そんな佐為の声が聞こえてくるようだ。


   <私を看てくれてるあの人に申し訳なくて・・ もう4年も私は戻れない>
   <愛しているから苦しめたくないのよ>

影は再び笑っていた。
さびしそうな影はヒカルに言った。

   <あなたは若いから・・きっと戻れるわ>

   そんなこと言ってねーで戻れる方法をさがそうぜ! 
   それでさ、約束しよう。

   <何を?>

   もしおまえが先に戻ったら、オレの好きなあいつに伝えてほしいんだ。
   オレはおまえのことを好きだったって。
   そして約束を守れなくてごめんって。
   それと・・

   <それと?>

   おまえよりオレが先に戻ったらおまえの好きな人に何かを伝えてあげるよ。
   だから話して。


影は勝手なヒカルに苦笑した。
しかし前向きなヒカルがうらやましくて、そのくせ信じてみたい気になっていた。

   <それじゃ> 影が言った。

   <あなたと過ごした年月の尊さを私は感じてます。あなたで良かった・・
   ありがとう、すべてありがとう。幸せな人生でしたって伝えて欲しい>

ヒカルはその言葉から伝わる愛情を感じていた。

   愛してるんだ・・その人を。

   <愛しているなんて言った事はなかったですよ>

   でもすっげージンとくる。
   きっとその人も幸せだったと思うよ。

   <それじゃ・・>もう一度影の声。

もう夜明けが近かった。
死にたいと言っていた影は病室に帰ってゆく。
きっと今日も愛する人が訪れるのだろう。
死にたい思いは単なる甘えかも知れないとヒカルは思う。


   オレも帰ろう。
   今日もあいつが来てくれるだろうから・・・



                            つづく



 

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