眠り姫の時間(6)
今日も決まった時間にアキラは来た。
やはり棋譜を取り出し手をさすり・・
そしていとおしげにヒカルの顔を見ていたのだった。
塔矢!
ヒカルがアキラを呼んだ。
しかし返事はない。
いくら髪をひっぱても頭を殴っても足を蹴っ飛ばしてもアキラはびくともしないのだ。
そうだ、オレは興奮したら鏡にうつったんだ!
ヒカルはいつかの自分思いだしたのだった。
しかし母は手鏡とかスタンドミラーは必要ないからと置いていてくれなかった。
だから個室にあるのは洗面台とバスのミラーだけ。
塔矢! オレだよっ、オレ!!
ここにいるんだよーーー!
ヒカルは声の限りに叫んでいた。
「え・・・?」
アキラが何かを感じてふりかえった。
ここぞとばかりに洗面台の前でアピールするヒカル。
鼻に指を突っ込み口を開け、片手で耳をひっぱっているヒカル。
その時アキラは見た。
これ以上はないというぐらいに人を小バカにしたようなヒカルの顔を。
「ふざけるなーーーっ!」
と、大声じゃないけどアキラの声が個室に響く。
塔矢ぁ・・
見つけてくれたんだぁ!
ヒカルは嬉しくなってアキラに抱きついた。
オレ、ここにいるよー!
塔矢、オレを見て!
ヒカルはアキラに抱きつこうとして近づいた。
もう自分だけがアキラを一方的に好きなだけじゃない関係・・・と思っている。
しかし彼女の体はアキラを突き抜けたのである。
「進藤? 君はそこにいるのか?」
アキラが聞いた。
まだ興奮しているヒカルの意識は鏡にうつっていた。
もちろんアキラとて同じだが、彼はまだ信じられないというようなのだ。
オレを元に戻して!
と、ヒカルが訴えた。
ゆっくりと口を開き、アキラが理解するのを待ちながら。
「君を元に? どうしてっ?! どうやればいいっ!!」
アキラが聞いた。
彼は鏡の中のヒカルを見つめている。
キスだよーーっ! 塔矢。
おまえが必要としてて!
オレが本当にこっちに戻りたいと思ったら帰れることがわかったんだ!
ヒカルは身振り手振りで話をした。
キスにはとらわれないが、必要とされる最低の条件を満たしていれば自分は帰れると思っ
ている。
この病院でも長い介護に疲れ、打ち捨てられたに等しい者たちを見て来たヒカルだった。
そんな者の命の日は短いような気がする。
でも自分は違うのだ。
今、本気で戻りたいと思っている。
アキラも両親もみな、自分がもとに戻ることを望んでいる。
戻りてーよーーっ!
ヒカルは「キ・ス」という口をした。
カ行独特の口をし、ス行の口は特に唇をとがらせていたのである。
しかしアキラの脳内変換はキスをエッチっと解釈したのであった。
「わかった」
と、アキラは答えた。
「ボクは君を好きだよ。ボクは君と今からふたりでふたりの歴史を紡ぎたい!」
プロポーズと同じ意味合いのアキラのセリフに赤面するヒカル。
しかし前置きの後の行動まで予測しえなかったのであった。
「進藤・・・」
アキラはヒカルの掛け布団をはいだ。
彼女のパジャマ前をはだけた。
ズボンに手をかけた。
ちょっと、ちょっとストップ!
ヒカルは焦っている。
キスするのになんでぇ〜?
しかしアキラはその手を止めない。
「ボクが望み、君が望むのなら・・・」
入口のドアノブに紐をかけ、一次的に外から開かぬようにしたアキラはヒカルに迫っていた。
こんなことはいけないことなんだ・・・
しかしボクはやめない。
こんな時にもボクは正直だ。
君を思う気持ちがボクをこの行為にいざなっている・・・
アキラは一縷の望みをたくしてヒカルを抱いたのであった。
とう・・や・・
おまえ・・オレの体をっ!
「進藤・・好きだ・・・進藤!」
不慣れなアキラは単純にヒカルとくっついたのだった。
ああーーっ! オレの体にオレはいねーんだよーーっ!
つーか何をするーー!
おれ、ここで見てるんだぜーーっ!
って・・・ あれ?
「う・・・ ?」
「進藤?」
「塔矢? ・・」
ヒカルは自分に覆い被さっているアキラを下から見上げていた。
「夢・・・なのかな? 塔矢がオレといる・・オレは・・」
「あ・・・!!」
今度はアキラの声。
「ごめん・・」と、アキラは謝った。
「出ちゃった・・」
「ばか〜っ!! おまえって!!」
「責任はとる」
「あったりまえだぁ!」
意識と合体し、ついでにアキラと合体したヒカルの行動は早かった。
まず、嚥下できないヒカルが流動食を撮る為に鼻から胃に通されたマーゲン
チューブを無理矢理引っこ抜いた。
これには後で看護師からきつーく注意されたのだが・・
そしてもう必要のなくなったオムツをはずし、アキラの持っていたミントガムを
噛み、髪を整えスリッパをはいた。
「ただいま・・ へへ・・」
あらためて挨拶するヒカルにアキラが大きく手を広げ抱きしめたことは間違い
ない。
「おまえがさ」
アキラの腕の中のヒカルが言った。
「オレを必要としてくれたから戻ってこられたと思うんだ」
「ん?」
「だからぁ、オレ、見えてたんだぜ。おまえがずっと来てくれてたの」
「来るよ・・」
「待っててくれてありがとう・・」
「ん・・」
「オレの命をありがとう」
「うん・・」
「オレの心をありがとう!」
「ああ・・」
数日後、多くの病院スタッフに見送られ退院するヒカルがいた。
彼女の隣りにはしっかりと手を握るアキラの姿があったとか・・・
終