リボンの騎士のページ



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 ヨーロッパの王国シルバーランドと隣のゴールドランドは古くからの友好国だった。
もともとは一つの国だったのだがあるとき兄弟の些細ないさかいの為に二つに分裂し、
中央を流れる河を境に違う国になってしまっていたのである。しかしそれではいけな
いと、いまからさかのぼる何代か前に友好国の誓いをたてて今にいたるのであった。


銀色物語1

 ここにチンクという名の天使がいる。この天使は天使らしくなくて毎日何か楽しい
事がないかと考えて天国で生活をしており、肝心の自分に与えたれた仕事をおろそか
にしているようだった。
「ねぇ、チンク。又天国を抜け出すの? そんな事ばかりやっていると神様が黙っち
ゃいないよ」
と、仲間の天使が止めるのも聞かずにチンクは下界へと降りて行ってしまったのであ
る。決められた時以外は下界には降りられないはずなのだがたまにそうやって禁を破
る者がいたのであった。

 シルバーランドと言う国の大きなお城の中で、国王一家だけ入れる一番高い塔の奥
庭はチンクのお気に入りの場所である。誰もいないのを見計らって彼は幾度となくこ
こに舞い降りて、ひと時を鳥や花や虫たちと遊んでいたのであった。
「あれ? きょうの王様、なんだか変だぞ」
窓の中の国王は頭を抱えて深く何かを考えているようだった。

「子供はもう望まれぬと言われていた。奇跡とも言える出産だ・・ しかしもし、生
まれてくる子が女の子だったら次の王位はジュラルミン大公に移ってしまうのだ」
ジュラルミン大公とは国王の従兄弟であり、かつて自分が長患いをした時に代理とし
てシルバーランドを統治した経験があった。しかし彼はあまりにも自分勝手であり、
国民を苦しめた為にすこぶる不評だったのである。
"あいつにだけは国は任せられない"
もしもジュラルミン大公が私利私欲に走らない立派な人物なら王位は惜しくはなかっ
たのだ。しかし彼の正義はジュラルミンを拒否したのである。
 彼は壁にかかった十字架に向かってつぶやいていた。
「天におわします我らが神よ・・ 我に勇気を与えたまえ」
彼は静かに祈り始めた。
 この国の掟の一つに男にしか王位が継げないとい項目がある。それが今まで改正さ
れなかったのは、国王一家に世継ぎである男の子が生まれていたからなのだろう。し
かし現国王はもう初老の歳であり、王妃はまだ若いとはいうものの懐妊に耐えにくい
体質のようだったのである。
 国王はおもむろに紙を取り出した。そして自分が今まで悩み続け、結論を出したも
のをその紙に記したのであった。
<シルバーランドは男女の差別なく王位につく事ができる>
そのような内容が書いてある紙に国王はサインをした上で印を押した。
「そうだ・・ これでいいのだ」
国王は朝一番にこれを国民に伝えるはずだった。全てがうまくいくはずだった。今に
も生まれそうなわが子に送る最初のプレゼントがその掟のはずだった。なのに・・・

 チンクは顔色がころころ変わる国王がおもしろくて仕方がなかったのだ。たとえ真
剣に悩んでいても第三者から見るとこっけいにしか見えない事が多い。
「青い顔をしてあの紙にどんな事を書いたのかな? 何だか知らないけど奇麗な模様
がついているよ」

チンクは興味津々だった。金で縁取られた固い紙に銀色の王家の紋章がついており、
短い文章の後には朱色の印が押してあったのである。
"それ・・"
チンクはその紙を持ち上げてフワリと宙に浮かしたのだ。
「おおっ!!」
国王は驚いて一歩後ろに引いた。気の弱い彼は又、顔色が変わった。
"ふふ・・今度は赤くなっているよ"

チンクは調子に乗って持ち上げた紙を部屋中に舞い踊らせたのである。
   !!!
と、思った時には遅かった。掟を変えるはずだったその紙はチンクによって燭台のロウ
ソクに中に躍り込み宙に舞いながら灰になってしまったのだ。
「ああ・・・ 何と言う事だ・・・ 」
 すると突然、一天にわかにかき曇り暗雲が立ち込めて雷鳴が聞こえ始めたのだ!
「これは・・・ 」
国王は呆然と立ち尽くしていた。

 しかしこれは天の神様のチンクに対する怒りだったのである。
「うわぁぁぁぁ!」
突然天使の輪を引っ張られ、抵抗する間もなく天国に戻されたチンクは大天使から説
教の嵐だった。
「神様も少しくらいの事になら目をつむってくださっていた。しかし今回のお前の犯
した罪は許されないものだ」
「罪?」
チンクは聞き返した。たかが紙切れ1枚を燃やしたくらいでこんな目にあうとは思え
なかったからだ。
「そうだ、お前の行動は今日生まれた一人の女の子を不幸にしてしまったのだ。お前
がいたずらさえしなければ苦労なく成長し、幸せな結婚ができるはずだった娘だぞ!」
大天使はあまり反省の見られないチンクに本気で腹をたてていた。
「ええ、どうして僕だけが? だって誰だってやっているじゃん」
チンクは口をとんがらせて文句を言った。
「ともかくお前は今から下界に降りてその女の子を見守ってやるのだ、いいな!」
それは大天使の言葉ではなくて神様の代弁だった。

 天使の力を奪われたチンクは地上に降りて来た。しかし残存能力として、悪魔に対
してのみ発揮できる魔法は消えていなかった。それと、神様に対するお願いが3つだ
け許されていたのである。
「翼がないって不便だなぁ・・それに僕の足の重い事・・辛いなぁ・・それにしても
僕が不幸にした女の子ってこの国のお姫様だって聞いたけど、どこに行ったら会える
のかな?」
チンクはとぼとぼ町に向かって歩いていた。これからは自分ひとりで生きて行かなく
てはならないのだ。ほとんどが人間と同じになってしまったチンクにとって地上はあ
まりにも厳しい世界だったのである。
 やっと町についたチンクは驚いた。そこにあるお城という建物はあまりにも大きく
て、やっとたどり着いた門には門番が何人も立っていて中に入れない。
「おじさーん、お城に入れてよ。僕はお姫様に会いたいんだよー」
チンクは大声で言った。
「だめだ!」
しかし門番は冷たく言い放ったのである。
「どこの誰かもわからん子供を城の中に入れる訳にはいかん!それにこの国には王女
はいない。早々に立ち去るがよい!」
手にもった槍をドンと鳴らして怒鳴られたチンクはあまりの見幕に退散した
。 "何だよー、これじゃ僕が悪い事をしたみたいじゃないか。僕の事を子供だっていって
るけどあいつらなんて僕よりずっとずっと年下じゃないか!"
と、言ってみてもどうなるものでもない。とにかくチャンスを待たなければ入れそう
になかったのだった。

 人間として生活するにはまず住む場所を見つけなくてはならなかった。食べるもの
の確保も重要だった。そして何よりもっと人間の事を知らなくてはならなかったので
ある。
 チンクはいたずらでやんちゃな天使だが頭のいい天使だった。彼は彼なりに工夫し、
さんざしの森という場所で住む所と食べるものを見つけたのである。やっと落ち着い
たチンクは今までに見聞きして集めた話を思い出していたのだった。
「どうやら思ったより困難だな。お姫様は王女としてじゃなくて王子として育てられ
てるんだ。掟を変える紙を僕が燃やしちゃったせいなんだな・・でも雷鳴を天の警告
だと勘違いしてもう一度書き直さなかったのは神様のせいだぞ。だってあれは王様に
怒ってじゃなくて僕に対してだったんだもん」
そして色んな人間関係や、例えばジュラルミン大公の悪行とか・・ゴールドランドと
の交流の事とかをチンクは知ったのである。
「王女として生まれ、ゴールドランドの王子と結ばれ二つの国は一つになるってのが
ストーリーだったんだね」
チンクは顔を曇らせた。
「やはり僕はとんでもない事をしちゃったんだ・・何だか死んじゃいたい気分っての
がわかるよ」
しかし彼はたとえ死んだとしても再び地上に降ろされて、言い付けを全うするまで天
国に住めないのだった。

 地上では15年の歳月が流れていた。しかしチンクにとってほんの一瞬の時間でし
かない。が、チャンスは突然に訪れたのである。
 それは寒くなりかけた晩秋の頃だった。その年は気候が悪く森や野の植物は実を結
ばないのが多かったのである。
「僕・・又、死んじゃうのかな・・」
空腹と寒さで気を失いかけたチンクがさんざしの森で倒れていた。彼が死ぬ時は決ま
って空腹だったので、大天使に連れ戻されては他の天使たちの笑い者になっていたの
である。
 そこに白い馬に乗った少年が通りかかったのだ。
「   ・・君!」
誰かが呼んでいる。ぼんやりとしか見えないのだけれど柔らかくて甘い香りがした。
抱き起こされたような気がするが定かではない。しかしチンクは思わずつぶやいた。
「ママ・・」
と。それは天使のチンクが望んでも手に入れられない宝物の名だ。人間に与えられた
生命の奇跡。地上に降りてからずっとあこがれていたものの名だ。そのママのイメー
ジ通りの感触がチンクの体を包み込んだのであった。

「サファイヤ王子、あの子が目を覚ましましたぞ!」
嬉しそうにうらなり博士が飛び込んで来た。うらなり博士とは国王の最も信頼のおけ
る側近であった。
「そうか、良かった! 随分やせていたしもうだめかと思ったよ」
サファイヤは安堵のため息をついた。彼女は素早く立ち上がりチンクの所にとんで行
ったのである。

「サファイヤ・・姫・・?」
目を開けたチンクが小さな声で言った。
「残念だね、僕はサファイヤ。王子だよ、名無しの小僧君」
サファイヤは明るく笑っていた。
"そうか、女だって事を隠していたんだった"
チンクは反省した。うっかり口を滑らせれば大変なことになる。
「サファイヤ王子・・ 助けてくれてありがとう」
チンクはベッドの中から手を出した。するとサファイヤはその手をぎゅっと握ったの
だ。
「向こうの部屋に食べ物が用意してあるよ。でも最初は柔らかいものから食べなきゃ
いけないよ」
彼女はチンクが小さな子供だと思って接している。
"ぼく、天使なんだけどな"
と言おうとしてもまわりには人がいる。それに体中の力が抜けていてあまりしゃべる
気にはなれないのであった。

 やっとチンクがサファイヤ王女に巡り会う事ができ、ほっとしていた大天使は神様
の前にひざまずいていた。神様からの直々の呼び出しだった。彼は緊張しつつも呼び
出しを受ける理由が見当たらなくて戸惑っていたのである。
 神様は話始めた。チンクの事だった。
「 ・・と言う事じゃ」
彼はチンクに与えられた本当の役目を知って驚いたのである。
「それは・・」
大天使は神様を仰いだ。
「そうじゃ、チンクは最初からその為の試練に耐えておる」
神様は話を続けたのだ。
「チンクが地上に降りたのは悪魔と戦う為なのじゃ。チンクの守る姫はその美しさゆ
えに悪魔がねらって来る。悪い人間から守る者はすでに決まっている。しかし悪魔か
ら彼女を守るにはチンクしかいない」
きっとチンクは神様に期待されている天使なのだろう、そして自分はその踏み台なの
かと・・・
「だからこれからもチンクの手助けをしてやって欲しいのじゃ。それがお前の試練で
もある。お前もまた選ばれた大天使なんじゃよ」
神様はにっこり笑ってうなずいた。そしてふたりで下界の様子を見ていたのだった。

 さんざしの森に住むチンクの元にサファイヤが訪れた。
「チンク、君って不思議な子だね」
彼女は言った。あれから何度かサファイヤの部屋にやって来たのだが、その時は必ず
鳥に乗って空からやって来たのである。
「どうして動物の言葉がわかるんだい?」
サファイヤが聞いた。チンクはまだ彼女に自分が天使だと言う事を言っていない。
「それはね、僕が天使だからさ」
チンクはいたずらっぽく言った。
「君が言うと信じそうになるよ。でもね、ウソをついてはいけないんだよ。ウソをつ
くと苦しいから」
サファイヤは自分の事を言っているようだった。彼女はきっと苦しんでいるのだと思
う。それを考えるとチンクも苦しくなる。
「でも本当にそうなんだよ」
チンクはもう正直に言おうとした。しかし顔がこわばっているのがわかる。
「ははは・・ わかったよ。君は天使なんだね」
サファイヤは軽く流したのだった。

「白鳥さん、ありがとう!」
チンクはお城の中まで運んでくれた白鳥に手を振っていた。
「え・・ と、サファイヤの部屋は・・ もう、全くお城って複雑なんだから」
チンクは小部屋の多い廊下で迷っていた。すると女中部屋の中から太い男の声が聞こ
えてきたのである。
「ナイロン、こいつは信用できるんだろうな」
その声の持ち主はジュラルミン大公だった。
「そりゃもう、ジュラルミン大公様。この女中は私の古くからの知り合いの娘でし
て・・決して大公様を裏切りませんよ」
ナイロン卿は自信たっぷりに言い切ったのである。
「いいな、お前はサファイヤ王子の部屋に忍び込みそこで見た事を全て俺に知らせる
んだぞ、いいな。もし見張りの者に見つかったらこの大公様の短剣を見せるのだ。王
子様へのプレゼントだと言ってな。王子は中庭で剣の稽古をしておられる。くれぐれ
もへまをするんじゃないぞ!」
ナイロンは女中に命令した。
「はい、ナイロン様。必ず」
彼女は深々と頭を下げて部屋から出て行ったのである。

"わっ! 大変だ。もしもサファイヤがうっかり着替えでもしたらばれちゃうよ"
チンクは女中の後をつけて行った。そして彼女が見張りをごまかしうまく隠れたのを
見届けてから中庭に向かったのだった。
「サファイヤ、サファイヤ!」
稽古が終わり木陰で休んでいる彼女の後ろの茂みからチンクが声をかけた。
「あれ、チンクじゃないか。今日はどこから降って来たの?」
「そんな事どうだったいいよ! 大変なんだ、サファイヤ。君の部屋にジュラルミン
大公の手下の女中が隠れてるよ」
チンクはサファイヤの耳元で言った。
「どうしてだかわかるだろ!」
今度はやや大きな声だった。
「チンク!」
サファイヤがチンクの手を引っ張って歩きだした。彼を詰問しようともここではでき
はしないのだ。
「いたた・・ サファイヤ、どこに行くんだよぅ?」
しかし彼女は黙ったままで城で一番高い塔の階段をどんどん昇って行ったのである。
「さぁ、入って」
サファイヤがドアを開けた部屋は国王一家しか入っては行けない塔の部屋だった。
「ここは・・・ !」
チンクは驚いた。
「ここだ! 僕がいつも来ていた奥庭から見える部屋だ・・ 」
彼は窓に駆け寄り空を仰いでいた。
「 ! 」
今度はサファイヤが驚いた。チンクが窓から顔を出すといっせいに蝶が舞いながら集
まってきたのである。軽く差し伸べた手には小鳥たちがさえずりながら止まったのだ
った。
「チンク・・ 」
その時サファイヤはチンクの背中に淡く輝く透明の翼が見えたのである。
 突然、光りが中庭に集まった。そしてまばゆい輝きの中にぼうっと現れたのはチン
クの教育係の大天使だったのである。
「大天使様!」
チンクは思わず叫んだのだった。
「チンク・・ お前の本当の使命はこれから始まるのだ・・ 油断はならぬ」
大天使はサファイヤに近付いて来た。
「乙女よ・・ 」
彼は話しかけた。サファイヤはひざまずいて彼の言葉を聞いていた。
「チンクを信用するが良い。これはそなたを守るために人間になっているに過ぎぬ。
これの前ではもう乙女である事を隠さずとも良い」
サファイヤは顔を上げた。後ろにはいつの間に入って来たのか国王と王妃が同じよう
にひざまずいている。
「はい・・ 」
サファイヤはうなずいた。しばらくじっと目を閉じて・・ そして再び目をあけた時
には大天使の姿は消えていた。まばゆい光りはまだ残っていた。あたりに漂う暖かな
感覚は、確かにここに大天使がいたのだという事を物語っていたのである。

「チンク、いつかは疑ってごめんね。君は本当に天使だったんだ」
サファイヤは謝った。
「いや、本当は僕が謝まらなくちゃいけないんだ。サファイヤをこんな運命にしてし
まったのは実は僕のせいなんだから」
チンクは自分がこの部屋で国王に書類を燃やしてしまった事を彼女にわびた。そして
サファイヤに、人間の協力者が現れ助けてくれる事も伝えたのである。
「で、僕は何もできないけど悪魔が来た時には役に立つからね」
チンクは恥ずかしそうに言った。実際天使とは言うものの今まで何の役にも立ってい
ないのだ。
「悪魔が来るのですか?!」
王妃は驚いてチンクの両肩に手をかけた。
「さっき大天使が僕に教えてくれたんだ。サファイヤは悪魔にもねらわれてるんだよっ
て」
それを聞いた王妃は顔をおおって泣き出した。
「どうしてサファイヤが悪魔なんかに・・ 私たちがこの子を王子と偽っているから
なのですか?」
国王は王妃を支えるように抱いていた。
「全てはわしのせいじゃ、わしが・・ 」
国王がまだ何かを言おうとしたのをサファイヤがさえぎった。
「やだなぁ、お父様、お母様。僕はそんな弱虫じゃありません。僕は王子なんですよ。
ジュラルミンの悪巧みだろうが悪魔の陰謀だろうが平気です」

彼女は強気だった。小さな頃から男として剣術、体術の稽古を欠かさず育てられて来
たのである。並の男よりも度胸がそなわっていても不思議ではない。
「チンクがいるから悪魔だって平気です」
そんなに頼りにされても自分がどれだけ悪魔に対抗できるのかわからないのだが、サ
ファイヤの信用を得た事は確かである。
「僕、部屋に戻ります。ナイロンの手下が隠れて探りを入れているみたいだから」
彼女は明るく出て行ったのである。残された二人はただ、サファイヤの為に神に祈っ
ていたのであった。

 いきなり始められた室内での剣の練習に女中は驚いた。彼女の隠れている衣装箱の
隣にかかるカーテンにまでサファイヤの切っ先が迫って来る。彼女はそれでも必死で
目を開けてサファイヤの様子を見ていたのだ。
「サファイヤったら本当に乱暴なんだから。乱暴な男はもてないって誰かが言ってた
よ」
チンクが言った。
「うるさい! もてるような男にろくなヤツはいないと相場は決まってるんだ」
彼女は言い返した。そしてふたりそろってバルコニーに出た時にその女中はこっそり
出て行ったのである。

「チンク、ありがとう」
サファイヤがチンクの両手を取って礼を言った。
「何が?」
チンクが聞いた。
「うん、これからもね。よろしくって言おうと思って」
サファイヤは少し照れているようだった。勝ち気だけど素直で、男みたいだけれど黙っ
ていれば誰よりも美しい姫なのだ。
"そうだ、僕はサファイヤを守る!"
チンクは自分に与えられた使命じゃなくて、自ずからそんな気持ちになって来るのに驚
いていたのである。

 女中はナイロン卿の部屋で見た通りの事を話していた。甲冑や鹿の置物、銀製の装飾
用の槍に磨かれた剣。衣装箱につまった豪奢な王子の服やマント、それはどれをとって
も到底王女の持ち物とは思われない。おまけに室内での乱暴なふるまいは彼女を大いに
驚かせたのだった。
「あんな危険な王子様の部屋になんてもうとても行けません!」
女中はもう協力する意志のない事をナイロンに告げたのだった。
結果的にその言葉は彼女の身の破滅につながったのであるが・・

 チンクはサファイヤの部屋にやって来た国王夫妻からこの城に住むようすすめられち
たのである。しかしチンクは断った。
「天使であるあなたがあんな森にひとりきりでだなんて・・ 」
信仰の厚い王妃はそんな事はできないと言い張った。
「王妃様。僕が天使だって事は誰にも内緒にしてくださいね。でないとサファイヤの側
に来れなくなっちゃうよ」
チンクはくれぐれもその事をお願いしたのである。そして空に向かって何かつぶやくと
一羽の白鳥が降りて来たのである。
「また頼むね」
チンクはそれに飛び乗った。きっとその時のチンクの体は羽のように軽くなるのだろう
。ふわりと飛びたった白鳥は大きく羽ばたき、さんざしの森に向かって帰って行ったの
だった。

"チンク、さっき言いそこねちゃったけどね。君は僕を不幸にしたって言ってたけど僕
は不幸じゃないんだよ。だましているのは辛いけど王子の生活は嫌じゃない。だって僕
、王女の生活って想像つかないもの"
サファイヤは点ほどになったチンクに向かって話しかけていた。
"ただいつまでこの状態が続くのかと思うと悲しくなる時がある。僕が女だってみんな
に言ってしまったらどんなに楽だろう・・"
しかしそれはできない。彼女がありのままで過ごせるのはいつになるのか、誰も知ら
ない事であった。
"でも女だから国の事を考えられないなんて思っているヤツらを見返してやりたい気も
するんだ。泣くのはいやだし人前で泣く勇気もないし・・・"
サファイヤはぼんやりチンクの去った方を見つめ、漠然と未来の自分を憂うのであった。





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