銀色物語10
"父上は自分の犯した罪の深さに自害されたのだ・・"
プラスチックはそう思っていた。苦しそうな死に顔は今尚プラスチックの瞳に焼き
付いている。ヘケートはあのまま母に連れられて自分の住みかに帰ってしまった。
父の遺言状も見つかりそこには自分に王位をゆずり、18歳になるまではナイロン
卿に政治を任すと言う内容だった。
"ナイロンは油断がならない男だ。僕にはもう味方がいない・・・"
プラスチックはうなだれたままで自室にこもっていた。
今になってヘケートの存在の大きさに気付く。彼女の前で平気でサファイヤが好
きだと言っていた自分が恥ずかしいプラスチックだった。
"ここには誰もやって来ないんだ"
城内が騒がしい。駐屯しているレイランドの兵士達はゴールドランドに向かうため
の準備を怠らない状態だ。迫っている目の前の現実にプラスチックは逃げたい衝動
にかられていた。
"だめだ・・僕は・・"
彼は行動が伴わない自分にあせっていたのである。
サファイヤは夜になると一路レイランドに向けて馬を飛ばしていた。事の始まり
は全てジュラルミンやナイロンにあると思う。しかしその確固たる証拠がない。お
まけにジュラルミンは自害したと聞いている。
"きっとウソだ。ジュラルミンは自害なんてしやしない! きっとナイロン卿に・・・"
サファイヤは証拠はないものの確信していたのだった。
"でも今はそれどころじゃない! レイランドの国王はこの事態をどう思っておられ
るのか? ゴールドランドに真実を確かめられたのか?"
それにはレイランドにゆく必要があると感じたのであった。彼女はチンクをシルバ
ーランドに残していた。それとなくプラスチックを守るように頼んでいたのである。
「ナイロン卿、本当にゴールドランドはレイランドを攻めようとしてるのか?」
プラスチックが聞いた。
「本当でございますとも! その証拠に国境付近では兵がにらみ合いを続けており
ます。なんせ、この城とゴールドランドの城は至近距離にありますからな」
国王代理のナイロンは流暢な口調で言った。彼にしてみればプラスチックを言いこ
めるなんて朝飯前なのだ。
"もうどうする事もできないのか?"
プラスチックは自分の非力さに泣きそうになった。いつも自分はそうだった。言い
たい事もいえないし、やりたい事もできなかった。そして今もそうだ。
"このままだと本当に戦争だ! 誰かが死ぬ・・・ 何人も何十人も・・・いや、
もっと犠牲者が出る! ぼくはもう誰にも死んで欲しくない。父上だけでたくさん
だ・・ きっと父上は戦争に反対だったんだ!"
それは間違ってはいないだろう。ジュラルミンも又、犠牲者でありナイロンにだま
されての宣戦布告だったのだから。事実彼はシルバーランドの国王の地位で満足し
ていたのだから。
「どうすればいい・・・?」
プラスチックはいてもたってもおられずに・・・
「ヘケートに会おう!」
彼は彼女のいる魔の山に行く事を決意したのである。
「プラスチックさま。こんな時にどちらへ? かわりの者でもよろしいのでは?」
ナイロンがプラスチックに聞いた。彼の行動は逐一ナイロンに報告されている。た
いして気にもとめていないナイロンだが、一応はこの国の王なのだから当然の対処
だった。
「僕はヘケートに会いに行く! 彼女に会いたいんだ」
ナイロンはヘケートが魔女の娘である事を知っている。魔女が連れて帰る時に知っ
たのだが。
"まずいな・・・"
彼は自分の計画がばれるのを恐れていた。かつてサファイヤの父を殺害した時に用
いた毒薬を作ったのはヘル夫人だった。そして今回のジュラルミンを殺ったのも・・・
今は何にも言ってこないが相手は魔女だ。サファイヤを棺桶塔に閉じ込めている間
は安心だと思っていたのだが、できれば始末をしたいと考えていたのである。
「それでしたらヘケートさまを城にお呼びしたらいいのでは?」
頭のいい彼はとっさに判断した。こう言えば必ずプラスチックは反対するだろう。
"まずい・・・ヘケートが魔女だとばれてしまう!"
プラスチックは一歩引いた。彼はナイロンがヘケートの正体に気がついていないと
信じていたのである。
「いや、彼女は僕が迎えに行く」
彼はナイロンの思った通りの行動をとる気でいたのである。
「そうですか。それじゃ、お気をつけて・・でも護衛は付けさせていただきますぞ」
彼は屈強な近衛兵を護衛につけて送り出したのである。彼らはプラスチックが魔女
の娘に会いに行く事を事前に知っていて、気がつかないふりをするようナイロンか
ら言い付かっていたのである。当然そこには姿は見せないものの、チンクの姿があ
った。
家に帰ったヘケートはしばらくは静かにしていたのだ。しかし城にいるプラスチッ
クのことが気がかりで仕様がない。それに行方不明のサファイヤのこともだ。
「鏡よ!」
ヘケートはプラスチックの様子を探ってみた。城で悩んでいるようだ。そして自分を
心配してくれている彼の姿を見て赤面していたのだった。
「サファイヤは・・・」
今度はサファイヤの番なのだ。
「 ・・・?」
それはどこかはわからないが暗い森だった。
「レイランドの原生林だね」
突然ヘル夫人が声をかけた。
「ママ!!」
ヘケートは驚いた。まさか母が後ろにいたとは思わなかったのだ。
「サファイヤはレイランドに向かっているんだね」
彼女はにっこり笑った。
「違うの! ママ!」
ヘケートはあわてて鏡を隠したのだが遅かった。
「ヘケート、これは大事なことなのよ。あなたは大魔女になるの! それが私の願
いなの。大きな魔法が使えて強い力をもって大地までも自在に操れる大魔女になり
なさい!」
ヘル夫人の強い口調にはうむを言わせないものがある。
「ママ・・・」
そのまま鏡の前にへたり込んだヘケートはなすすべもなくうなだれていたのであっ
た。
「私は今からサファイヤを連れてくるからね! ここでじっと待っているんだよ。
もう逃出したら承知しないからね!」
ヘル夫人は小さなペンダントを彼女の首にかけた。
「これは魔女のお守りだよ。お前に何かあったらすぐにわかるんだから・・」
そして彼女は出て行ってしまったのだった。
レイランド城に着いたサファイヤはさっそく城内にもぐりこんだ。食料品を積ん
だ荷物にまぎれ、番兵用の軍服を探し、そしてさらに奥まで入って行ったのだった。
"番兵の数が多い。きっとあそこが王か王子の部屋だ"
天井から様子をうかがっていたサファイヤのカンは正しかったのである。彼女はそ
の部屋の天井に移動したのだった。
「 ・・父上! 僕はまだ信じられません!どうして?」
レイランドの王子、ハーベイは父の行動に反対していたのである。
「僕はフランツ王子と面識があります。だからこそユン大臣の信じているナイロン
卿の方こそ信じられないのです」
「しかし王子よ。ゴールドランドがこの国を狙っていると言うのは事実なのだよ」
と、言いつつ王は迷っている。
「父上、その証拠というのは本当にゴールドランドで書かれたものなのか? ゴー
ルドランド国王はご存知なのか? フランツ王子はどう考えているのか、僕は彼を
信じたいし、何より戦争には反対だ!」
ハーベイはユン大臣を信用していたのだがナイロン卿は好きにはなれなかったので
ある。
「ゴールドランドはこの国を支配しようとは考えてないと僕は信じてます」
彼ははっきりと言い切ったのだった。
王は何も言わずに出て行った。もう遅いのかも知れない。兵はすでにシルバーラ
ンドに送っている。時を見計らって進軍の予定になっていた。陣頭指揮はナイロン
卿だと聞いている。
「フランツ王子、君の真意を確かめたい!!」
ハーベイは切に願っていたのであった。
「 王子・・ ハーベイ王子さま」
サファイヤが天井裏から声をかけた。
「誰だっ?」
鋭い声が返って来た。
「ボクは・・・ 」
サファイヤは迷った。何て名乗ればいいだろう? とらわれの身であるサファイヤ
の名を名乗るわけにはいかないのだ。
「ボクはシルバーランドのリボンの騎士です」
彼女は答えた。
「くせもの! 何がリボンの騎士だ! 僕の前に姿を現せ!!」
ハーベイの声に番兵が入ってきた。
「そこに!」
ハーベイが天井を指差すと同時に見回り兵が天井裏に入ろうとした。
"まずい・・・ あせったか?"
サファイヤはあわててその場からのがれようとしたが遅かった。狭いといってもそ
の部屋の天井裏は子どもの背丈ほどはあった。素早く進入してきた兵士たちは剣を
構えていたのである。
"不本意だが仕方ない!"
彼女は剣を抜いた。
!!!!
剣の火花が暗い天井裏を一瞬明るくする。そこで兵士たちは美しい少年剣士の姿を
見た。
「ボクは戦いに来たのではない! 話しあいに来たんだ!」
彼女は兵士たちに向かってさけんでいた。しかし聞く耳をもたない彼らはサファイ
ヤに向って剣をくりだしていたのである。
しかし冷静になったサファイヤは強い! 瞬く間に相手の剣をたたき落とした彼
女はそこから脱出していったのだった。
"どうしよう・・"
と、考えているのはほんのつかの間だ。
「もうこれしかない」
彼女は衣裳部屋に侵入し、中でも最も上品なドレスを身にまとっていたのである。
誰もが振り向く美貌の姫が、王子の部屋に向って歩いてゆく。腰元をつけていな
いのはいったいどういう事なのだろうと疑う者もいないほどに、彼女は堂々として
いたのであった。
"きっと王子のいい人だろう"
誰もがそう思っていた。中にはうやうやしくお辞儀をする者もおり、サファイヤも
彼らににっこり微笑みこたえていたのであった。王子の部屋はわかっている。
さっき見た番兵が最敬礼をした。
「ごくろうさま」
サファイヤはさっきと同じ微笑みで労をねぎらっていたのだった。
サファイヤのことはすでにハーベイの耳に届いていた。
"父上が僕に無断で婚約者を?"
後継ぎの王子であるからありえない事ではない。もしそうなら邪険には扱えないし、
見た事のないような美貌の持ち主だと聞いていたので男としては黙っていられない。
「どうぞ」
身だしなみを整えたハーベイがサファイヤを中に招き入れた。
「失礼いたします・・・」
サファイヤは開かれたドアの中に入っていったのだった。
人払いされたハーベイの部屋にサファイヤはいた。
"これはカケだ・・・"
彼女はハーベイを信じるしかないと思っている。
「君は誰なのですか?」
ハーベイが聞いた。当然だろう。もっとも見知らぬ相手にしては丁寧すぎるくらい
の対応なのだが・・・
「私は・・・」
サファイヤは迷った。さっきのように"リボンの騎士"と名乗るわけにはいかない。
しかし自分は今や棺桶塔の囚人の身分だった。
「ん?」
ハーベイがいぶかしげな表情になる。
「私は・・・ かつてシルバーランドの王子であったサファイヤです」
しかし彼女は正直に答えたのである。
「あなたが・・・」
ハーベイはうなった。とても王子には見えない。どこから見ても生まれついての姫
だった。
「あなたの事は大臣から聞いています。どこかの塔に幽閉されているとか。しかし
どうしてこんな所に? それにどうやってここまで?」
彼はサファイヤをじっと見つめて話しかけたのだ。それは少しのウソも見逃すまい
とするのではなく、彼女を見つめていたい衝動だった。
「ゴールドランドはこの国との戦争を望んではおりません!」
彼女は顔をあげてきっぱりと言った。
「フランツ王子が・・ ゴールドランド国王がこの国を攻める意志があるのは間違
っています。あなたの国の大臣が見たというゴールドランドの密書ははたして本物
かどうかお確かめになったのですか? すべて・・・ 」
サファイヤはうつむいた。
"偽物だという証拠がない・・・"
ナイロン卿がでっち上げた証拠はないのだ!
「すべて?」
ハーベイが復唱した。
「証拠がありません。しかし戦争がはじまろうとしています! フランツは卑怯者
ではないからきっと前線で戦います! 彼なら自分の国を守る為に不本意ながら戦
います!」
彼はサファイヤの目を見ていた。綺麗なだけでなくて強い光も宿していた。
「リボンの騎士・・・?」
ふいにハーベイが聞いた。
「 ・・・ 」
サファイヤは答えなかった。
「あなただったのですね」
さっきのくせものが、である。
「あなたはフランツ王子を愛しておられるのですね」
今度の問いに素直にうなずいたサファイヤは泣き出しそうになるのを必死でこらえ
ていたのである。
「強いお姫様だ・・・」
さっき、番兵や見回り兵を倒したのはこのサファイヤなのだ。ハーベイは彼女の両
肩に手を置いた。
「あなたを信じます。しかしレイランドの兵はシルバーランド国王代理の手にゆだ
ねられている。僕はいまから父上を説得するからあなたは国にお帰りなさい」
彼はサファイヤに一通の手紙を手渡した。
「これをあなたの国にいるレイランドの指揮官に渡してください。リッター将軍が
彼の名です」
ここまで来ることができる姫なら自分の城に侵入する事ぐらいたいしたことではな
いだろう。それに彼女ならばきっとやりとげる。
「僕が城の外まで送ります。そこからは・・」
彼は優しく微笑んだ。
「ありがとう、ハーベイ王子」
サファイヤはその手紙を受け取りレイランド城を後にしたのである。
見送ったハーベイはほっとため息をついた。
"何てうらやましい男なんだ・・・"
彼は命をかけて敵の城に乗り込んできたサファイヤに敬意を表していたのである。
"でもこれは、すべて大臣の言葉を鵜呑みにしていた自分たちが悪い"
それは自分の国だけでなくシルバーランドにも言えるだろう。さっきの姫が幽閉さ
れた後は大公が国王となりすぐに自害したと聞く。その後に息子が王となったそう
だが政治は代理の者が中心だと聞いている・・・ 確かにその者はナイロン卿!"
彼はあらためて自分と政治のかかわりについて考えていたのである。そして他の国
との関わりをも。その中にゴールドランドやシルバーランドとの関係もあった。
"これは・・・"
いまは幽閉されている身だか知らないが、自由に外に出ると言う事は協力者がいる
と言うことだろう。
"あの姫ならひょっとすると・・・"
彼は誰でも行き着く答えを出したのだ。
"あの姫の方が今の王より慕われている・・それならば"
ハーベイは個人的な感情を除外してもなお、サファイヤに分があると感じたのだっ
た。
終