銀色物語11
ナイロンは自分のついたウソがばれるのを恐れていた。まさかここまでとんと
ん拍子にすすむとは思ってなかったのも一つの要因である。
"オレは運がいいのか?"
とも思う。しかし偶然が重なっただけかも知れない。知恵者だと人から言われる
のにはそれ相応の努力も必要なものだと彼は自ずからの体験で感じ取っておいた
のだ。
"あの魔女と魔女の娘を殺ってしまえばばれない!"
彼はそんな大それた事を実行しようとしていたのだった。
"悪魔だとて所詮、生き物には違いない。それならばオレは人間の悪魔になって
やる"
彼女たちさえいなければ、自分が国王やジュラルミンを毒殺したのがばれない、
そう考えていたのである。ナイロン卿はレイランドの最高指揮官である将軍を私
室に呼んだ。
「この山は天然の要塞になっております。地下にも洞窟がひらけており山の中
は空洞で・・・ゴールドランドとの国境ですから非常に地理的条件がいいのです。
しかしあそこには悪い魔女が住んでおりましてな。レイランドは信仰の厚い国と
お聞きしております。ぜひとも全てを任された将軍さまの判断にゆだねたく存じ
ます」
そう言われると悪い気がしない将軍は魔女を退治すると決めたのだ。そして地図
上のハルツ山に大きな×印が入ったのである。
ヘル夫人のいないハルツ山にプラスチックが通いはじめていた。だからこそナ
イロンは魔女の不在を知ったのである。
"そうか・・あの娘は利用できる"
ナイロンは自分の思惑通りに進んでゆくことに快感を感じていた。
「リッター将軍、実は・・」
ナイロンはヘケートをエサにヘル夫人をおびき出そうとしたのだ。
「小娘を捕虜に? その者が魔女だと?」
最初はいやがった将軍だが、彼女を捕らえない事は神に対する冒涜と感じナイロ
ンにしたがったのである。
その日、いつものようにヘケートはプラスチックを待っていた。魔の山の入り
口は地下に作られている。もっともヘケートたちは空から入ることが多いのだが・・
その空からの入り口に一羽の鳥が降り立った。シルバーランド城から飛んで来た
ものなのだ。足には小さな筒が結わえられており、プラスチックの印が押してあ
ったのである。
「プラスチックが?」
突然まいこんだ知らせは彼が病気になったという内容だった。彼女はあわてて飛
び出しナイロンの手中に落ちてしまったのである。
待ち受けていたリッター将軍はハルツ山の付近でヘケート捕らえ大きな十字架
にはりつけた。その十字架の天辺にはレイランドの信仰の象徴である小さな十字
架がかけられており、魔力の弱いヘケートでさえその十字架から抜け出せないよ
うな恐ろしいものだった。
"ワナだったのね・・・"
彼女はナイロンが自分のたくらみをばらされまいとして自分を捕らえた事を知っ
た。
"プラスチック・・・ごめんね、私・・"
彼女は身動きできない体で彼の名を呼んでいた。しかし彼は今ごろ自分の家に向
っているだろう。
その時ヘケートの首にかけられたペンダントが壊れた。そして・・・
行きは長く感じられた道だが今は違っていた。サファイヤは見張りがいる街道
を避けて、あまり人の通らない国境を超えていたのである。
"間に合って・・"
彼女はシルバーランド軍が進軍していないように祈っていた。兵力はゴールドラ
ンド軍の方が少ない。しかしニ国の兵をまとめるのは難しい。ほぼ互角の戦いと
なるのは目に見えていた。
"もう少し時間があれば戦争は避けられる!"
彼女はハーベイが軍を引く事を祈っていた。それにはナイロン卿を目の前に引き
ずり出さなければならないのだった。
"真偽を確かめる!"
それにはプラスチックの協力が必要だ。ジュラルミンの遺書があると言うがその
筆跡をプラスチックは確かめたのか?
"この戦争がたった一人の男の計略で始まったとすればなんと愚かしいことだろ
う?"
彼女は馬を飛ばしながら考えていた。
その時!
「探したよ! サファイヤ姫!」
突然ヘル夫人が空か舞い降りてきた。
「さぁ、いっしょに私の家においで!」
彼女はサファイヤの体を宙に浮かせたのである。
「いやだ! 何をするっ!」
サファイヤは抵抗した。
しかしムダだった。
「早く帰らなくてはいけないんだ!!」
彼女は悔しさの為に大声でさけんでいた。
「そうそう、その"負の心のエネルギー"、魅力的だわ。ぜひヘケートに与えてや
っとくれ」
ヘル夫人はサファイヤを自分の乗っている大こうもりに乗せようとした・・
「え?!」
突然ヘル夫人の動きが止まった。
「まさか・・・?」
彼女はうめいた。
何かが彼女をそうさせた。
"ヘケートが危ない!!"
突然放り出されたサファイヤは地面にたたきつけられた。何が起こったのかわか
らないサファイヤは去って行く魔女の後姿を呆然と見ていたのだった。
魔の山ハルツが見える丘にその十字架が立っていた。貼り付けにされたヘケー
トは、なすすべもなくぐったりとして夕日を浴びていたのである。十字架の下に
はナイロンとリッターが連隊を率いて構えている。彼らはヘル夫人を待っていた
のだった。
思った通りにヘル夫人は帰って来た。しかも怒りに身を震わせている。彼女は
いきなり連隊に向っていかずちの呪文を放った!
兵士たちの体が一瞬にして吹っ飛んだ。
「魔女! 聞くがよい!」
リッター将軍が大きな声で言った。
「それ以上魔法を使うとお前の娘は火あぶりだ!」
彼は自分で卑怯な事をしていると言う不安はあった。しかし神というものの存在
が彼の後ろめたい気持ちを打ち消してくれるような気がしていたのだった。
「こんな非力な娘をタテにするなんて見下げたもんだね。所詮、人間とはその程
度のものなのかい」
彼女は悪態をついたが状況は変わらない。
「風よーーーっ!!」
今度の呪文で突風がふいた。さっきより優しい呪文だがヘケートの十字架の下に
積み上げられた枯れ木が吹っ飛んだ。しかし肝心のヘケートに対しては魔法がい
っさい効かないのだ。リッター将軍の十字架はそれほどまでに強力で、魔女の呪
文をはね付けるもののようだった。
「ヘケート!!」
ヘル夫人は娘の名を呼んだ。その声にヘケートが反応した。ずい分長い間はりつ
けられていたのですっかり疲れきっていたのだ。
「ママ・・・」
答える声がかすれている。
「ごめんなさい・・ ママ・・」
彼女は謝った。それは何に対してかわからないヘル夫人なのだ。
「弱気になるんじゃないよ! きっとママが助けてあげるから!!」
彼女は娘を励ましたのである。
その日のプラスチックはいつもより遅れてヘケートの家に向かったのである。
彼はヘケートが気にいるような果物や髪飾りを買い、いそいそとハルツ山に馬を
走らせていたのだった。
「 !! 」
ハルツの山には誰もいなかった。しかし地面に残るおびただしいひずめの痕跡は
軍隊が通った証拠でもあった。
「ヘケート!!」
鈍感なプラスチックでも事の重大さがわかった。
「どこだ? どこに連れて行かれたんだ?!」
彼はヘケートを求めていた。
プラスチックには常にチンクが身を隠してくっ付いていた。そして今日も彼は
上空から彼を見守っていたのである。
「あの丘に続いているよ!」
突然プラスチックの前にあらわれたチンクがヘケートを見つけて彼に知らせた。
「君は! サファイヤの側にいた・・」
彼はチンクを知っていた。いつか森の中で彼女とともに水浴びをしていたのはこ
のチンクなのだ。
「早く行かないとヘケートが死んじゃうよ!」
彼はプラスチックをうながしたのであった。
ヘル夫人はヘケートを貼り付けにした大きな十字架に手をふれた。大魔女の彼女
にとって自殺行為なのだ。しかし彼女は娘を助けるためなら平気だったのだ。
「止めて! ママ! 死んじゃう・・」
ヘル夫人の体から煙が噴出した。彼女は信仰心の込められた十字架に極端に弱い。
「なんともないさ、これくらい・・」
十字架の前では魔法は使えない。それでも彼女は十字架につかまってヘケートの
手をほどこうとした。
「 ・・・ 」
ヘル夫人の言葉が消えた。十字架に触れた手が溶けかかっている。白い煙に包ま
れながらも彼女はヘケートにしがみつこうとしていたのだった。
「もう止めて・・・ママ・・ 」
泣きながら母を止めようとする彼女の言葉は悲鳴にもならないのだ。今になって
どんなに母が自分を愛してきたのかがわかるヘケートはもう声さえ出なかったの
である。
「僕がヘケートを助ける!」
その時飛び出したのはプラスチックだった。チンクの知らせであわてて駆けつけ
てきたのだ。
「僕なら平気だ! ヘケート、ヘケート!」
彼は十字架によじのぼろうとした。しかし運動神経のトロいプラスチックには無
理のようだった。
チンクはさすがに苦笑した。きっとフランツならこんな事にはならないだろうと
思う。しかしそう言ってはいられない。
「天のお父様! プラスチックがヘケートを助けるのをお許しください! そし
て誰にも邪魔されずにヘケートを助けさせてください! これが僕の二つ目のお
願いです!」
チンクは神に祈ったのだった。
「ヘケート・・・」
ヘル夫人が消え入りそうな声で言った。
「ママ!」
彼女は叫んだ。
「どうして・・・お前に大魔女になって・・・欲しかったかわかるかい・・」
ヘル夫人は微笑んでいるかのように見える。
「ママ・・」
声を出すのも辛そうなのに、どうして母は微笑んでいるのだろう?
「でももう・・いいんだよ・・」
彼女は目を閉じた。
「大魔女にならなきゃ・・・お前は私より先に年をとって死んでしまうから・・
お前にはもっと・・もっと生きて・・何より幸せになって欲しかった・・」
ヘル夫人は十字架の下にしがみついているプラスチックを見た。母としての優し
い表情になる。彼女はそれで全てを察したのである。
「良かった・・・お前より先に死ぬ事ができて・・」
そしてもう一度、ヘケートに微笑みかけたヘル夫人の体は消えてなくなってしま
ったのだ。
悲しいくらいに静かな最期だった・・・
"どんな時でもお前の事を思っているよ・・・"
そんな声がどこからともなく聞こえたような気がした・・・
その時、十字架に光が射してきた。
「わぁ、天のお父様!」
チンクが嬉しそうに声をあげた。光の中に懐かしい声を聞いたからだ。
『チンクよ・・・ 』
それは人間にも聞こえる神の声だった。
『二つ目の願い・・・しかと聞きうけたぞ。魔女とは言え魔に染まっていないそ
の娘の命・・ それはそこの青年にまかせよう・・・』
光がプラスチックのまわりに集結し、彼の体がその中でふわりと浮いた。
「プラスチック!」
ヘケートが叫んだ。
「ヘケート! ヘケート!」
プラスチックは必死で彼女の縄をほどき、浮いた体のままで横抱きにしたのであ
る。
「ごめんね。遅くなって・・」
彼は謝った。母をなくしたばかりの彼女に気の利いた言葉がかけられない自分が
なさけない。
「神が現れたもうた・・・」
リッターは心の底から驚いた。自分は神の声を聞いたのだ。自分が今、捕らえて
母親の魔女をおびき出し、二人とも殺そうとした事実は消えやしない!
「ああ・・神よ・・」
彼は光に包まれたプラスチックとヘケートを交互に見、そして天を仰いでいたの
である。
"くそ・・・こしゃくなチビめ。あれはサファイヤの所にいた小僧じゃないか!
どうしてこんな所にいるんだ? まさかサファイヤが?"
ナイロンは計画が失敗したのに腹がたった。それよりチンクの事が気にかかる。
彼は即座に部下を棺桶塔に送ったのであった。
茫然自失気味のリッター将軍は戦意も失せ、シルバーランド城に引き上げたの
である。ナイロンはそれに従わざるを得ず、プラスチックとヘケートを護衛しな
がら城に向ったのだった。誰もヘケートを魔女だとは言わない。神に認められた
元魔女・・・そんな風にとらえていたのである。
"僕はやはり何も出来なかった・・・僕はとうてい追うにはなれない! サファ
イヤ! 早く帰って来て欲しい。そして誰が何を言おうと君に王位を返す!
きみこそ女王にふさわしい!!"
プラスチックの決意はかたかったのであった。
終