銀色物語12



銀色物語12

 サファイヤはシルバーランド城に向って駆けていた。途中に現れた魔女が気にかかっ
たが、今はそれよりもっと大事な事がある。
"これを見せればレイランド軍は動きを止める"
彼女はそれゆえに急いでいたのである。
 今まで色んな事があった。フランツ王子との出会い。彼の亜麻色の少女への思い・・
  自分の気持ち。そしてチンクやヘケートたちなんかの人間以外のものの存在。
何も知らなければ何も知らないままで一生を終えるのだろう。自分は偶然それを知って
しまったのだ。与えられた環境に流される者もいる。しかし自分は泳いで行きたいと思
う。何より今は国と国との戦争を避けたいと思っていた。誰だって肉親や隣人の死を悼
まないものはいない。愛する者との別れは肉体の傷より深いものだから・・・
"ゴールドランドからは決して仕掛けない! フランツなら応戦はしても自分から攻撃
しない!"
そう信じていても不安は消えないのだ。今になってハーベイ王子に会った時の緊張と魔
女の出現による疲労がどっと押し寄せてきた。
"フランツ・・・"
と、呼んでみた。答えるはずがないのに彼の声が聞こえる気がする。あたたかいものが
胸の中に広がった。その時サファイヤは自分が泣いている事に気付いたのだった。

 リッター将軍に迷いが生じていた。
"私はレイランドの為にここにいる。ゴールドランドを倒すのも国を守るためなのだ。
しかしこの不安は何だ?"
彼は何かが間違っているような気がしてならなかったのだった。
「リッター様」
声のする方をふりかえると城下町から帰って来た兵士たちがいた。
「実は・・・」
彼はその時、はじめてサファイヤ王子の存在を知ったのである。シルバーランド国内に
は彼女に対する信望があった。聡明で美しい王子だが女であるがゆえに捕らえられ、棺
桶塔に幽閉されているらしい。
"私にはわからない・・"
猛将とうたわれた彼だが今回だけは自分自信を信じられなくなっていたのである。
「下がってよい」
短く言って彼は兵士たちを部屋の外に出した。今は思考が停止しているような気がして
来てしばらく横になろうと思うのだった。

 朝日が差し込む窓辺に一人の少年が立っていた。番兵が立っているドアからじゃなく
バルコニーから入ってきたのだろう。しかしあまりにも堂々とした立ち姿に、リッター
は何も言わなかったのだった。
「はじめまして。リッター将軍」
サファイヤが最敬礼をした。侵入者のくせにどうしてこんなにも落ち着いているのかわ
からないがどうやら敵ではないようだ。
「レイランドのハーベイ王子からお手紙を預かっています」
少年にしては線が細く美しい。彼はじっとサファイヤの顔を見つめていた。
「おまえはレイランドの者か?」
彼は聞いた。
「いいえ、しかしこの手紙はまちがいなくレイランド王子のものです」
彼女は手紙を差し出した。きっちりとした書体は確かにハーベイ王子のものだ。
「どうしておまえがこれを?」
彼は聞いた。しかし彼女は答えない。話せば長くなるし、何より早く手紙を読んで欲し
かった。
「急いでいます。リッター将軍」
サファイヤは言った。普段ならこんな口のきき方はしない。それにリッター将軍とて一
国の軍事全般の最高責任者だ、彼女の失礼な態度に腹をたてて当然の事なのだ。が、彼
はサファイヤにさからえない威圧感をいだいていたのである。
 彼は手紙を受けとりうやうやしく掲げてから封を切った。
「 ・・・・!! 」
読むや否や彼の態度は変わった。
「あなたがサファイヤさま・・・」
リッターはひざまずこうとした。
「おやめください。ボクはただの侵入者です。ここにいるのがわかれば・・」
彼女は言葉を詰まらせた。母が無事ではすまない。そんなギリギリの行動をとりつづけ
ているサファイヤなのだ。
「サファイヤさま、あなたを信じます。もうすぐレイランド王から正式な文書が届くで
しょう。たとえナイロン卿が何かを言って来ても攻撃はいたしません」
彼は約束したのだった。
「ありがとう! リッター将軍!!」
サファイヤの顔から憂いが消えた。少なくともゴールドランドとレイランドは戦わない、
レイランドに協力しているシルバーランドもまたしかりであろう。

彼女は朝日の中に身をひるがえした。
「ボクもあなたを信じています!」
と言って、バルコニーから近くの木に飛び移る様子を見て彼はうなっていた。どう見て
も一度や二度の体験では出来ない行動だ。
"機転といい、行動力といい・・・"
彼は国民の信望が厚いといううわさが本当の事だと感じていたのである。そして何より
ナイロン卿に対する疑いが強まったもの事実だった。

 懐かしい城の中を堂々と歩けないのは悲しいものがある。かつては自分の部屋だった
所には誰かが住んでいるようだ。彼女は懐かしさのあまりその部屋に近づいたのだった。
"ヘケート!!"
サファイヤは驚いた。彼女と別れてから随分月日がたっている。彼女は静かに眠ってい
るように見えた。
"それじゃヘケートはお母さまに会えなかったのかな?"
彼女の母に連れ去られそうになったのは、つい2日前の事なのだ。
"てっきり家にかえっているのだと思っていた"
あの時、どうして魔女が去っていったのか考える余裕がなかったが、きっと家に急いで
帰るのかも知れないとは感じていた。
"でもヘケート、顔色が悪い・・・"
心配になったサファイヤは窓から部屋に入ったのだった。
「 ・・・ 」
やはり疲れているように見える。朝日があたった蒼い顔は彼女を心配させるのに充分で
あった。
「 ・・! 」
ヘケートが目をあけた。
「サファイヤ?」
しまった、と思ったが遅かった。
「サファイヤなのね?」
ヘケートが声をかけた。
「うん・・」
としか言えない。
「病気・・・なの?」
サファイヤが聞いた。気の利いた言葉が出てこない。
「サファイヤ・・・」
ヘケートは突然顔をおおって泣き出したのだ。
「どうして? どうしたの? ヘケート」
訳がわからず彼女の側に座りなだめるしかないサファイヤなのだ。そしてしばらくの嗚
咽の後にヘケートは全てを話したのであった。
「ヘケート・・・」
今度はサファイヤが泣いていた。父を亡くした時の事が鮮明によみがえる。慰めの言葉
が出てこないうえに悲しくて仕方がない。二人はしばらく抱き合って泣いていたのだっ
た。
「ごめんね、ヘケート。ボクにかかわったばかりに・・・」
決してサファイヤのせいではないのだが自分が悪いように思えて来る。
「でも良かった・・・ヘケートが生きていてくれて・・・」
サファイヤはチンクの助けとプラスチックの勇気に感謝したのだ。
「今はゆっくり休んで・・プラスチックによろしくね」
彼女はそういい残して自分の部屋をあとにしたのである。これから先のなぐさめはプラ
スチックの役目だろう、そう思うのだ。
"ナイロン卿! ボクはおまえを許さない!!"
彼女は新たに湧き上がる怒りに震えていたのである。彼女は感情を殺しながらナイロン
卿の陰謀をあばく証拠を求めていたのであった。

 フランツはレイランド軍とシルバーランド軍に動きがないのを不思議に感じていた。
相変わらず国境には両軍とゴールドランド軍がにらみ合っている。しかし攻撃を仕掛け
てくる気配は感じられないのだ。
「おかしい。どうしてなのだ?」
フランツは伝令の兵士に何度も疑問をぶつけていた。すぐにでも攻撃をしかけるような
ことを言ってきたわりには静か過ぎる。
「臆したか?」
とは思えない。彼はシルバーランドに放っていた斥候の帰りを待っていたのだった。
「フランツ王子さま」
棺桶塔に送っていた斥候の兵士が帰って来た。
「やはりサファイヤさまはおられませんでした」
兵士は言った。
「 ・・・ 」
思った通りの結果だった。
"どこに行った? サファイヤ!"
きっと彼女の事だから、じっとしてはいまいと思っていたのだが。戦争が始まらない今
となっては一番に彼女の安否が気にかかる。
"僕をこんなに心配させて・・・今度会ったら・・・"
彼の心臓が音をたてている。
"僕は冷静でいられない!"
フランツはこみ上げる思いを止められず重厚な机をたたいていた。
 音をたてて花瓶が割れる。
"サファイヤ!"
フランツは今、王子である立場を忘れていたのである。
「フランツ王子さま!」
今度はシルバーランド城に送っていた斥候の兵士が帰って来た。
「レイランド軍に戦意はありません! 敵将のリッター将軍が自国の軍に命じたそうで
す!」
今度は思わぬ結果だった。
「レイランドが?」
王子の立場の戻ったフランツが聞き返した。
「レイランド王子が戦争を止めたとか・・ 詳しくはわかりませんがサファイヤ姫がレ
イランドに乗り込んだとかで・・・」
「何だって!!」
フランツは大きな声を出した。
「あの・・そうリッター将軍が言ったとか。酒場で聞き出したことですから詳しいこと
はまだ・・」
彼は言葉をにごしていた。
「わかった。ご苦労!」
フランツは短く言った。少し腹をたてている。
"王妃さまに何かあったらどうするのだ?"
フランツはいらついていた。そして少し冷静さを取り戻すと・・
"リッターは何を考えている! こんな単純なことがわからないのか! 側近が酒場で
話していただと?"
彼はすぐにでも棺桶塔に飛んでゆきたい衝動にかられていた。しかしそれはできない事
だった。
"どうして僕は王子なんだ?"
フランツはいまさら言ってもしかたのない事をぼやいていた。大切な人の母を助けにい
けない自分がみじめに思えて来る。
"僕ははっきりとした方法で決着をつけたい"
彼はなによりそれが先決がと感じたのであった。

 棺桶塔を留守にしている不安がなかった訳じゃない。しかし自分にはする事があった。
" あ! "
サファイヤがプラスチックの部屋の近くでチンクを見つけた。別れたのはつい最近なの
に随分月日がたったような気がしてならない。
「チンク! チンク!」
サファイヤは呼び止めた。
「サファイヤ!!」
驚くチンク。
「どうしてここに? お城の中は危険だよ。僕でもナイロンに見つからないよう気を付
けているのに」
チンクは嬉しそうに近寄って来た。
「僕ね、サファイヤの約束を守ったよ。プラスチックをちゃんと守ったんだから」
彼は得意そうに言った。
「ありがとう、チンク。さっきヘケートに聞いたよ。チンクがヘケートの命を助けたん
だってね」
サファイヤはチンクを抱き寄せた。
「本当に感謝してるんだ。だって君は本当に天使なんだもの」
彼女の暖かい胸の中はチンクにとっての天国だった。こうやって優しく抱きしめられる
日を彼は待っていたような気がする。それは男女の愛とは違う愛・・むしろ姉弟や母子
に近い肉親の愛だった。
"今度はサファイヤのためにがんばろう。サファイヤが今、こうやって苦労してるのも、
全て僕が王様の大事な掟書きを燃やしちゃったせいなんだから"
彼女の胸の中でチンクは決意した。
"でももう少しでお別れのような気がするんだよ・・・"
サファイヤとの別れは自分の死を意味する。今まで何度も死んで天国に帰っては地上に
送り返されていたのだが、今回だけは違うような気がする。
"僕は地上でサファイヤと一緒にいたいんだ・・・"
彼はそう願ったのだ。しかし彼は人間とは違う。過ぎてゆく時の流れにさからえない人
間と、永遠の命をもつ天使・・やがてもっと悲しい別れの来る日が来る。
所詮おなじ時を持たない者との共存は不幸な結果をまねくようなものなのだ。
"だからぼくはここにいる間、一生懸命愛しつづけるよ。いいだろう? サファイヤ。
僕がいなくなっても僕の思いは君の胸に残るよね?"
そうでないと悲しすぎるのだ。チンクはサファイヤにしがみつく手をゆるめなかった。
「泣いてるの? チンク」
サファイヤが聞いた。
「ううん・・何でもない」
彼はやっと手を離したのだった。
「それよりサファイヤ、僕はナイロンの秘密の部屋を見つけたよ」
チンクはサファイヤに言った。彼は時間の許す限りナイロンの後をつけ、やっと地下室
にある扉を見つけたのである。
「秘密の部屋だって!!」
彼女は聞き返した。
「本当! チンク。それじゃさっそく」
サファイヤの行動は早い。二人は地下へと降りていったのだった。

 その頃、兵士たちが棺桶塔に向っていた。そこにもし、サファイヤがいなければ王妃
は捕らえられるだろう。そしてナイロンの命令で彼女は・・・

                                終
                                 
                                    



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