銀色物語14
ここに来ればサファイヤに会えるかも知れないという甘い予測があった。
しかしこうも簡単に彼女に会えるとは思いもしなかった。
フランツはサファイヤに言いたい事がたくさんあった。
会えば冷静でいられないだろうとも思っていた。
しかしそうではなかったのだった。
「サファイヤ、落ち着いて。君の母上はきっと救い出せるから。今はともかくここから出よう」
フランツはガマーに巻かれたブラウスを見て、彼女の肩に自分のマントをそっとかけようとした。
"この肩に重圧をかけてしまったんだ"
フランツは彼女がレイランドにまで行き、戦争を食い止めてくれた事を知っている。
「サファイヤ・・ ありがとう・・ 」
フランツはマントをかけるついでに彼女を抱いていた。
言いたい事はこんなことじゃなかった。
危ないことばかりして、自分に心配をかけて、ちっともじっとしていなくて、気が強いくせに意
外と素直で・・
それから・・・
もっともっと自分勝手な文句はあった。
しかし目の前のサファイヤは今まで以上にかわいいし、何と言っても今は自分だけのお姫さまだ
し・・・
それに、笑顔も泣き顔も怒った顔もみんなひっくるめて愛している。
「フランツ・・ ボクは」
彼女は何かを言おうとしている。しかし口をつぐんでしまったのだった。
近衛兵がいなければとっくに泣いているのだろう。
「うん、わかっているよ、サファイヤ。でも今はともかくここから出よう。ガマーも心配だ」
フランツは右手で彼女の頭の角度を変えて左から覗き込むようにキスをした。
サファイヤが少しでも安心するように軽く、と、心に言い聞かせながらも長いキスになってし
まったのだ。
近衛兵たちはサファイヤが自分たちの王子にとってどういう存在かを察していた。
なぜなら王子の教育係で"じい"と呼ばれている公爵から、王子に意中の人がいて国王公認であ
ると聞いていたからだ。
だから彼らは二人からすっと離れ、後ろを向いて窓の外を眺めていたのであった。
「フランツ王子!!」
突然近衛兵が叫んだ。
「どうした!?」
邪魔をされたフランツが、やや不機嫌そうに聞く。
「誰かがこっちに向かっています! 5人・・ 」
何もないところに建っている塔だから、こういう時にはよくわかる。
「おそらく敵だろう。油断をするな!」
フランツも窓際に近寄り彼らの姿を確認したのだった。
"それにしても間抜けな侵入者だな。きっとナイロンの奴、王妃をさらった後だから誰もいな
いと思っているのに決まっている。もっとも夜になるまでは誰もやって来ないと踏んでいた
のだが・・"
「馬を隠すんだ。奴らは安心して入ってくる」
フランツが命じた。
「きっとボクがここに帰ってくるのを待ち伏せする気なんだ」
サファイヤがフランツに言った。
「そうだと思う。逆に僕らが待ち伏せしたらいい。どうせ金でやとわれた殺し屋に違いな
いから証人にしてしまおう」
フランツはいたずらっぽく笑ったのだった。
「よーし、それじゃボクも・・」
サファイヤが剣を手に取った。
「どうせ君は守らせてくれと言ってもそうしてくれないんだろ?」
と言ってフランツも剣を構えている。
「そう言うこと! ナイロンなんかに負けないぞ」
彼女を先頭に抜け道に入り、正面の扉の内側で侵入者を待ち伏せた。
「君たちは奴らの退路を絶つんだ。僕は姫と奇襲をかける」
フランツが彼らに手で合図をした。
「サファイヤ、いいね」
「はい!」
「僕が右に行く」
「ボクは左だ」
二人も二手に分かれて息を殺していた。
「 !! 」
声も出さずにサファイヤが先頭の殺し屋の剣を叩き落した。
「うわっ!! 誰かいる!」
剣を落とされた殺し屋はあせった。
「誰だ? オレはナイロンさまの味方だぞ?」
その中の一人が言った。
「だったら敵なんだけどな」
今度はフランツが剣をくりだして相手の上腕を刺した。
「くそっ! サファイヤ姫の仲間だな!」
殺し屋は本気でかかって来る。
「やはりボクを狙って来たんだな! おまえたちになんかやられないぞ!!」
サファイヤは彼らの中に踊り出て剣を交えていた。
フランツも彼女の邪魔にならない所で応戦している。
「息が合っておられる・・・」
あわてて入り口に向う殺し屋の相手をしていた近衛兵が二人を見て感心していた
のだった。
「お前たちがお母さまを連れ去ったのかっ!!」
サファイヤが最後の一人に剣を向けて聞いた。しかし彼は首を横に振ったのである。
「サファイヤ、さらったのは別の奴に違いない。こいつらは君を殺しに来たんだ」
いつの間にかとなりに来ていたフランツが言った。
「こいつらも城に連れて行く」
彼は近衛兵に向って手をあげた。フランツの意を察して殺し屋たちが縛り上げられ
て馬に乗せられた。近衛兵たちは王子の意中の人が少年の姿をしておりおまけにそ
うとうな剣の使い手と知り驚いていた。それと何より王子好みの美貌の持ち主であ
ることにも・・・
「僕たちも・・」
馬の絶対数がたりないのでフランツはサファイヤと相乗りとなった。
「ケガ人に気をつけてくれ!」
ガマーたちへの配慮も忘れずフランツが声をかけた。
ここからゴールドランドの城までは少し距離がある。夜の闇が迫る広野をフランツ
の一行が駆けていたのだった。
「お母さまはご無事だろうか・・・」
心配そうにサファイヤがつぶやいた。
「君が生きている以上無事だと思う。だからもっと・・」
注意しなければいけないよ、と言いたかったのだがフランツの口から飛び出した言
葉は違うものだった。
「もっと甘えていいのに・・」
この僕に、である。
「君の為ならもっと強くなるよ。だから僕を頼ってよ」
それはフランツの子どもっぽいわがままのようだった。
「いつだって君だけなら受け止められるんだから・・」
今度の言葉はぼやきに近い。
「君が好きなんだよ」
これはもう子どものセリフに近かった。
「フランツ・・」
サファイヤが濡れた目でフランツを見つめている。
それでも彼の飾り気のない愛の言葉は彼女の胸に響いていたのである。
「我慢しなくていいじゃない」
フランツが耳元で優しく言った。
「ごめんね・・ 」
そしてサファイヤは素直にフランツの胸に顔をうずめたのだ。
彼の鼓動がサファイヤを安心させてくれる。
心地よいかたさがしっかりと受け止めてくれている。
いままでにもこういう場面があった。
いつもとかわらない胸の温かさはサファイヤにだけ与えられたものだった。
"僕のサファイヤ!!"
彼は心の中で叫んでいた。ロマンスの舞台にしては物足りなかったのだが二人は二人
だけの世界に浸っていたのであった。
ナイロンは殺し屋たちが棺桶塔から帰って来ないのを、サファイヤが生きているあか
しだと感じていた。
"いったいどこに行った? サファイヤめ・・・"
彼はいらだち、家来に当り散らしていたのである。
「酒をもてっ!! 強い酒だ!」
震える手で酒をつぎ、オードブルの盛られた皿を払いのけてナイロンは怒鳴っていた。
自分自身の終局が訪れる予感がする。
"サファイヤを殺すんだ・・"
そのセリフがあたかも呪文のごとく彼の心で渦巻いている。
"ヤツは必ず王妃を探しにやって来る。そこで待ち伏せだ!"
彼の殺意はサファイヤに集中した。
もし、誰かが自分がジュラルミンを毒殺し、偽の国王代理の文書を作り政権を握っていた
と暴露したらそれで終わりなのだった。
"サファイヤが男であったとしたら俺は王位になんぞ興味を持たなかったんだ。すべてサ
ファイヤが悪い! 自分をこの状況に追い込んだのはサファイヤなんだ!"
ナイロンは錯乱気味の頭でそう考えていたのである。
「そうだ、王妃の居場所をサファイヤに知らせなければ・・」
彼は思い立つが早いか側近の近衛兵を呼び寄せた。
「国中におふれを出せ! 王妃の処刑のおふれだ。1週間後、この城の競技場において王
妃の処刑を行うとなっ!」
それを見たら必ずサファイヤは現れる。そこで・・・
ナイロンの頭の中にはプラスチックの存在なんぞ無いに等しかったのである。
駐屯したままのレイランド兵たちは自分の国王の退去命令がないのでまだ客人のままでいる。
神に見放されたかも知れないと落ち込んだままのリッター将軍は貴賓室に閉じこもって出て
来ない。彼は国王からの命令を、神に祈りながら待ちつづけていたのだった。
「プラスチック、大変よ!」
ヘケートが彼の部屋に駆け込んできた。城下町のおふれを見たからだ。
「ほら、こんなのがはりだしてあったの。王妃様が大変なの!」
彼女はおふれの一味を彼に見せたのだ。
「 ・・どうしよう?」
プラスチックは頭を抱え込んでしまったのだった。
「僕には何も出来ないよ・・ 」
彼はさっそく弱音をはいた。緊急事態に対処できないのがプラスチックの弱点なのだ。
「出来ないじゃなくて何かを考えるのよ。あなたは王様なのよ! ナイロンが勝手に代理に
なっちゃってるけど本当は何でも出来る立場なのよ!」
ヘケートはプラスチックに発破をかけていたのだ。実際彼が、サファイヤが見つけた証拠を
うまく利用していたのなら今ごろナイロンはこの城にいられなかっただろう。
しかしそれが出来ないのがプラスチックだった。そういうヘケートも何をしていいのかがわ
からない。
「サファイヤがやって来るわ。でも来たら殺されちゃう」
ヘケートが悲しそうに言った。しかし・・・
「どうしよう・・ 」
やはり彼の口からはその言葉しか出てこなかったのである。
ゴールドランドに帰ったフランツはガマーの手当てを命じていた。
今までの事も聞きたかったしサファイヤや王妃を守りつづけてくれた礼も言いたかった。
「情けない事をしちまった・・・ 」
しかしガマーはそのセリフを繰り返すのみだった。
サファイヤがいくらねぎらっても彼の心は晴れない。
これほど責任感の強い男もなかなかいないだろう。
そんな時に飛び込んだのが、王妃の処刑が執行されるというおふれだった。
「フランツ王子、これがシルバーランドの町じゅうに・・」
大臣のひとりが言った。おふれを一緒に見ていたサファイヤが蒼白になる。
こうなることは分かってはいたものの彼女のショックは大きかった。
「フランツ、ボクはすぐに国に帰る!」
サファイヤははっきりと言った。そう言うだろうと思っていたフランツが彼女の両肩を
抱いた。
「君を止めはしない。でも僕も一緒に行く!」
フランツは真剣な目で彼女を見据えていた。
瞳には真摯に愛する人を思う気持ちが込められている。
「フランツ・・ いつも君の前だと・・ 」
涙もろくなってしまう自分が恥ずかしい。
かつて肉親意外にこれほど心を許した相手はいなかった。
「僕にならいいじゃない」
フランツは彼女のしおらしい態度に酔っていた。それは更なる勇気を彼に与えてくれるのだ。
「君を危険な目にあわしちゃうんだよ?」
サファイヤは聞いた。しかし返事はわかっている。
「君の母上を救いだそう!」
フランツは力強く言い切ったのだった。
そして彼はシルバーランドに乗り込む準備をしたのである。
終