銀色物語15
シルバーランドの国民は恐ろしいおふれに驚いていた。
「どうしてお后さまが処刑されるんだ?」
「プラスチック王はナイロン卿のいいなりなんだな。いくらナイロン卿が国王代理とは言えあんB
まりじゃないか!」
「サファイヤさまを逃がした罪と言う事は・・ サファイヤさまは生きておられるのだな?」
「ああ・・ いっそサファイヤさまが女王になられたら・・ 」
彼らは前国王が亡くなってからの生活に嫌気がさしていた。厳しい掟が作られ生活が苦しくなっ
たのが原因だった。おまけにゴールドランドとの友好関係が崩れた上に戦争沙汰にまでなってし
まったのだ。それは親戚縁者の多い両国にとって致命的なものだった。
「全てナイロン卿がいけないんだ!」
「プラスチック王もでくの坊だ!」
彼らの多くは二人の失脚を望んでいるようだ。しかし現状ではどうする事も出来ない。兵隊に隠
れて文句を言うだけに留まっていたのである。
しかし突然の休戦状態に国民はとまどっていた。しかもゴールドランドから国王代理でフラン
ツ王子かやって来ると聞いている。そしてレイランドからも国王代理が来ると言う。
「いったい何が何やら・・オレたちには何にもわからない」
それが国民の正直な気持ちだったのであった。
フランツがシルバーランドに向けて出発しようとした時にレイランドから和解の使者がやって
きた。全てが誤解であり、その証拠も見つかったと使者の持ってきたものに書いてある。
「君のおかげだね」
フランツがサファイヤに言った。
「ハーベイ王子がシルバーランドに向かっていると書いてあるよ。きっと全軍を引き上げさせる
気なんだな」
彼は一人で納得してうなずいていた。これで戦争の危機は完全に去った事になる。
「チンクがいなかったら戦争になってたかも知れないんだよ」
サファイヤが言った。彼の働きはサファイヤがよく知っている。
「本当に天使だったんだね」
フランツがチンクの姿を思い出していた。とても天使に見えないが確かに天使なのだろう。
「さぁ、出発だ。サファイヤ、君はしばらく姿を隠しているんだよ。そしてチャンスを見計らっ
てお后さまを助けるんだ」
フランツは側近の恰好をしているサファイヤに兜をかぶせたのだ。
「勝手なことはしないよ。フランツったら信用がないんだな」
ちょっとむくれ気味のサファイヤがぼやいた。
「拗ねないの。何を着ていても君はかわいいよ」
軽口をたたいたフランツが笑っている。それにつられて苦笑するサファイヤだった。
シルバーランド城の競技場で后の処刑の準備が行われていた。彼女の処刑は見せしめの為に一
般国民にまで公開する予定だったのだ。罪名は王女を王子といつわり国民を欺きつづけていたの
に加え、棺桶塔から王女を逃がしたというものだった。
リッター将軍はもうすぐやって来るハーベイ王子を待ちながら、処刑場に決まった競技場を見下
ろしていた。
"私は恐ろしい男の肩を持っていたのだ・・ ナイロン卿め、よくもこの私を愚弄したな"
ようやく立ち直りつつあるリッター将軍はナイロン卿を憎んでいた。そして彼の失脚を心から望
むようになったのである。
そしてここにも后の処刑を歯がゆい思いで見ている者がいた。プラスチックだった。彼は彼な
りに考えたのだがよい知恵は浮かばない。それに彼には直属の家来が与えられていなかったのだ
った。
「ヘケート、僕はどうしたらいい?」
相変わらずこの調子のプラスチックなのだ。
「とにかくサファイヤを助けるのよ。きっとサファイヤはこの城にやって来る。だって彼女がお
后さまを見捨てるわけがないもの」
ヘケートがプラスチックを自分の方に引き寄せて言った。
「だから・・ 彼女に協力するのよ! わかった?」
彼女の口調は命令口調だった。
「でもどうやって?」
と、突っ込むプラスチック。結局ヘケートにもどうしていいのかわからない。
「私がネコに変身してサファイヤがやって来るのを待ってるわ。そしてあなたが彼女をかくまっ
てあげるのよ」
そして后を助けるのに協力したらいいと彼女は考えたのであった。チンクもずっとプラスチック
の部屋にいすわってサファイヤを待っている。彼は彼で3つ目の願いを何にするか考えていたの
であった。考えてみたら今まであまりにもつまらない事に"お願い"を使っていたような気がする。
それじゃ、せっかく神様が授けてくださった意味がないとも考えていたのである。
ナイロン卿はサファイヤを待っていた。競技場の回りにはいたる所に弓兵が配置され、后が処
刑されるはずの場所に弓を向けていた。
"ここで后と一緒にサファイヤは死ぬ。これで邪魔者はいなくなる・・ その後はプラスチック
を・・ "
彼のあがきに近い野望がまだ燃えていたのであった。
「城門は開放しておけ! もうすぐレイランドの王子が来られる。いつでも丁重にお迎えする用
意をおこたるでないぞ!」
ナイロンは衛兵に命じていた。少し前にレイランド国王からゴールドランドと和解の為にハーベ
イ王子がここに向うと手紙が届いていたからだ。一方ゴールドランドからも使者が来ており、全
てが何かの行き違いから起こった事ゆえレイランドやシルバーランドと和解する為にフランツ王
子をよこすとの事だった。
そして先にやってきたのはゴールドランドのフランツ王子一行であった。
「これはこれはフランツ王子さま」
白々しくナイロン卿が出迎えた。冷静を装ってはいるものの心の中は冷や汗状態なのだ。きっと
この王子は自分が全ての元凶だと知っているに違いない。そして自分を失脚させる為にやって来
たのだろうと感じていた。
「お出迎えご苦労さま」
仮にもナイロン卿は国王代理なのだから丁寧に礼を返したフランツだ。しかし表情にはさげすみ
の色があらわだった。
フランツの目が険しい。
「 ・・・ 」
ナイロンの背筋に冷や汗が流れている。フランツ王子の真っ直ぐに差し出した手を振るえる手で
握り返したナイロンは完全に押されていたのだ。
「フランツ王子さま、あちらにお部屋を用意してございます」
ナイロンは近衛兵にフランツ王子とその側近を貴賓室に、そして他の兵士たちを兵士用宿舎に案
内するよう命じたのだった。
貴賓室に通されたフランツは側近と顔を見あわせた。
「サファイヤ、きっとお后さまはこの城のどこかにおられる」
「ボクもそう思う。だから探って来るからフランツはここで待っていて」
さっそく行動をおこそうとしているサファイヤをフランツは引き止めた。
「少し落ち着いて! 無茶をするんじゃないよ。そして必ずここに戻って来るんだよ」
フランツは彼女に約束させたのである。
「ボクはどこにも行かないよ。本当に心配性だなぁ、フランツって」
サファイヤは天井裏に上がろうとイスを部屋の隅に持って行こうとしたが、ふと立ち止まったのだ。
そしてフランツの所にやって来て・・・
「逃げない約束!」
彼女はすっと手をのばしたかと思うとフランツにキスをした。そしてあまりに急な出来事で驚いて
いるフランツを後に、さっさと消えてしまったのだった。
"全く君って・・"
憤慨するフランツの唇に暖かで柔らかな感触だけが残っていたのである。
サファイヤにあせりがないといえばウソになる。しかし今はずいぶん安定していると言えよう。
"お母さまはきっとこの城の中に生きている"
その思いが彼女を熱くさせた。
"思い当たるところはどこだろう? もし自分が誰かを隠すとなると・・・"
彼女は色々考えていた。いくら自分の城とは言え、隠し通路や秘密の部屋は数え切れないほどにあ
る。その全てを網羅している訳ではないのだ。
"ナイロンが考えそうな場所って・・"
天井裏をうろついているうちにいつの間にか自分の部屋に着いてしまったのだった。
「ヘケート」
サファイヤが天井から声をかけた。
「サファイヤ!」
驚いたヘケートが大きな声を出す。
「静かに・・」
サファイヤは人の気配がないのを確認して部屋に下りてきた。
「サファイヤ・・ どうやってここに? 私ずっと探していたのよ。きっとここに帰って来るっ
て」
ヘケートが嬉しそうにサファイヤを抱きしめた。
「フランツと一緒にもぐり込んだのさ。今はフランツの部屋にいる」
サファイヤは今までのいきさつをヘケートに話したのだ。
「サファイヤ、きっとナイロンをやっつけてね! きっとよ」
彼女は母を奪われた悔しさをサファイヤに訴えた。彼女だけではない。プラスチックも同じで父を
ナイロンに殺されたのだから・・
「やるよ! ボクはあいつだけは許せない」
本当はジュラルミンも憎かったのだが、すでに故人であるしヘケートの愛しているプラスチックの
父だからあえて口には出さなかったのだが。
「ボクはおかあさまを探す。それとこれはお願いなんだけど・・ 」
サファイヤはヘケートにある事を耳打ちした。
「 ・・・をして欲しいんだ」
ヘケートはうなずいた。
「まかしといて。きっとナイロンをぎゃふんと言わしてやるから!」
彼女は白いネコに変身してプラスチックの部屋に向かったのだった。
"頼んだよ、ヘケート"
そしてサファイヤは再び天井裏に戻ったのだった。
「王位は誰にも渡さないぞ・・・ 」
ナイロンは血走った目でじっと王座を見つめていた。そしてあたりに誰もいないのを確かめて、
彼は王座に着いた。
"ナイロン王、万歳・・ "
"ナイロン王、ばんざーーーい!!!"
彼は心の中で叫んでいた。こう呼ばれる日をどんなに望んだか・・・
"オレはシルバーランドの国王だ! ゴールドランドもレイランドもオレのものだ!!"
自然に笑いがこみ上げてくる。
"そうだ、オレにはする事がある・・・ "
何かを思い立って彼は王座から立ち上がり、城の中央にある塔に登っていったのである。
大きな窓の付いた塔の階段には、上るのを妨げるようにたくさんの木箱が置かれていた。ナ
イロンは細くなった階段を一歩一歩進んで行く。彼はその木箱を一つ抱えていた。
"まさかこんな目立つ所に后がいるとは誰も気づくまい"
彼は持っていた鍵でてっぺんの扉を開いたのである。
「ごきげんはいかがですかな?」
彼は后にあいさつした。
「 ・・・ 」
返事はない。しかし后はその中にいたのである。この広い部屋にはベッドが置かれているだけで、
ロウソクすら与えられていなかったのだった。
「まさかあなたがこんな目立つ塔の中にいるとは誰も気がつかないでしょうな。たとえサファイ
ヤ姫でも」
彼は得意そうに言った。
「 ・・・ 」
后はナイロンをにらみつけたままで何もしゃべろうとはしなかった。
「城で待っていれば必ずサファイヤ姫はやって来る。殺されるのを承知でね」
彼はうっすらと笑みを浮かべていた。
「あなたはかわいそうな人ですね、ナイロン卿」
后が言った。
「かわいそう? この私が?」
「愛する者を持たないあわれな人です」
后は努めて冷静を装っていた。
「私は自分を愛してますよ」
ナイロンが言った。
「自分の為ならなんだってしますよ。自分の障害になるものなら何でも取り除く、それがどうし
てあわれなのかわかりませんな。しょせん、自分以外に愛するものは障害でしかない。その一番
の障害は子どもだ。子どものために命を落とした愚か者を私は何人も知っている」
ナイロンの言葉に后は激していた。
「自分以外の者を愛する事は自分を愛する事にもつながります。私はサファイヤを助ける為なら
この場であなたに殺されても本望です! 愚か者でもなんでも結構! 子供を助ける為に死ねる
なんて私は幸せです!」
「まさか! こんな所で殺しませんよ。あなたは天下の罪人として競技場で死刑になる身なので
すから。その時にはあなたの愛するサファイヤさまもご一緒にね」
「悪党!!」
「はい、何と呼ばれようと結構です」
「きっと神様はあなたをお許しにならないでしょう」
「ははは・・・神さまですか。それじゃ、ここでお祈りでもなさい。それであなた方が救われる
のならね」
ナイロンは不敵に笑っていた。かつてはジュラルミン大公の腰ぎんちゃくとしての存在だったの
だが今では違う。彼はジュラルミンを超えた悪党として成長していたのであった。
「もうあなたとはお話したくありません」
后は横を向いた。
「そうですか。しかし私はこの部屋に用があるのです。しばらくご辛抱なさって下さいな」
彼は木箱を部屋に置いた。
「何です? それは」
最初から気になっていたのだ。
「話さないとおっしゃったばかりですのに」
ナイロンはからかうように言う。
「花火・・ みたいなものですかな」
と言って彼は笑っていた。そして彼は笑いながら出て行ったのであった。
ナイロンの置いていったのはぎっしり詰まった火薬だった。しかし后にはそれが何であるの
かがわからない。
「確か、階段にもこれと同じ物がたくさん置いてあったわ」
彼女は箱を開け、不思議そうに黒い粉を見ていたのだ。
そう、ナイロンは城の中央の塔に火薬を仕掛けていたのであった。一つ一つの威力はたいし
たことはないのだが、これだけの量だし中央の塔だけに始末が悪いのだ。窓も多いこの塔に、
火矢でも打ち込まれたら城は大破するだろう。
「なにやら恐ろしい予感がするわ。サファイヤ、私のことなんてどうなってもいいからおまえ
だけは生きのびておくれ・・ それがお前を守りきれなかった母の最期の願いです!」
彼女は神に祈っていたのだった。
「ここにもいない・・ いったいどこにいるの?」
サファイヤはしだいにあせって来る自分を隠せなかった。一人の人間を探すには、この城は広す
ぎたのである。
「フランツ、お母さまが見つからない・・・ 」
部屋に戻ったサファイヤが落胆を隠せなくて泣き言を言った。
「元気を出してくれ、サファイヤ。きっと見つかる。いや、見つけ出すんだ!」
フランツはサファイヤをはげました。しかし彼も后を見つけられなかったのである。
「もうすぐ処刑の日が来てしまう!」
サファイヤは気が気じゃない。
「家来にも命じている。少しでも不審なところがあったら報告するようにと」
フランツは最善をつくして后を探したのだった。
ヘケートは城下町の中央にある掲示板に文書を貼り付けていた。プラスチックが預かったナ
イロンの陰謀が記されているものだ。
「これを見た国民がどう思うかしら?」
彼女は夜明け前に作業を終えたのだった。手伝いをしていたチンクもヘケートと同じ思いであ
る。
「きっとナイロンの化けの皮がはがれるよ」
チンクも国民の反応を楽しみにしていたのだ。考えてみればヘケートにチンクとは言いえて妙
な組み合わせだった。悪魔と天使はあい反するものだが二人とも非常に人間に近い精神構造を
持っているのだろう。だからこそ近づけると言うものだ。
「でもチンク、お城から兵隊がやってきて邪魔しないかな?」
ヘケートが心配している。
「だったらボクたちでこれを守っていればいいじゃん」
チンクは"えっへん"と胸を張って当たり前の事を言った。その様子がおかしくてヘケートは失
笑したのだが・・
「なにーーー?」
と言ってやって来たのは城の兵隊たちだった。
「きさまらか? こんな物を貼り付けたのはっ?」
彼らの隊長はナイロン卿の陰謀を暴露しているこの文書を破り捨てようと思っていたのである。
「だめーーっ!」
チンクはその隊長を追っ払おうと立ちふさがった。しかし結果は明らかだ。
「邪魔をするな! 小僧」
手加減したつもりの隊長のこぶしがチンクにまともに当たった。
「チンク!」
駆け寄ったヘケートはチンクの前に立ちふさがった。
「娘! 痛い目にあいたくなかったらこの場から立ち去れ!」
隊長はすごんで見せた。しかしそれにひるむようなヘケートではない。
「あんたたちこそナイロン卿に悪事を知って従っているんでしょ! 恥を知りなさい!」
あくまで強気のヘケートなのだ。
「生意気な小娘め!」
隊長はヘケートに向かってこぶしを振り上げた。しかしそのこぶしは彼女には届かなかったの
だった。
「ガマー殿! どうしてあなたがここに?」
隊長は自分のこぶしを受け止めた初老の男に敬語で話しかけた。ガマーは元々彼らの上司であり、
何かと世話を焼いてかわいがっていたのであった。
「おっと、あまり話はできそうにない。なにしろナイロンの殺し屋にやられた傷が痛むのでな」
彼は苦しそうに体を丸めていた。
「ナイロン様が?」
隊長の質問に、待ってましたとばかりにガマーが今までのいきさつを話し始めたのである。
「しかしナイロンさまは我々には正義の為にサファイヤ姫を生かしてはおけないと申されてい
たのです」
まだ迷いがある隊長にガマーは言った。
「あのお姫様こそ統治者にふさわしいと思うがね。それに・・・」
サファイヤ姫がいないと二つの国が一つに戻れないのだ。
「プラスチック王は案外それを望んでいるかも知れないぞ」
ガマーは持ち前のカンでそう思っていたのである。彼の人生経験で、流れを作る者、流れを上手
く泳ぎきる者、おぼれる者、流れるままの者がいるのを知っている。プラスチックがどの者かは
っきりとは言わなかったが、決して愚かなだけの者ではないような気がしていたのだった。
「俺はお前に正義を教えたつもりだ! 人それぞれの正義があるのは否めないが、自分に恥ずか
しくない正義を選ぶことだな」
遠回しな言いようだが賢い隊長には感じるものがあったのである。それに彼も多くのものたちと
同様、サファイヤ姫の処分には大きく胸を痛めていた者のひとりだったのである。
「ガマー殿・・・この文書が本物だとすれば大変な事ですね・・」
隊長はガマーをこっそり城内に招き入れ、自分の部下たちに彼を紹介したのだった。その前に一
緒にいた兵隊たちを掲示板の前に立たせ、破り捨てるものがいないかを見張らせたのである。
ヘケートとチンクはガマーが無事に城に入ったのを見届けてから掲示板に戻っていった。ヘケー
トの顔をプラスチック王の部屋で見かけたことに気づいた兵隊は彼女に服従したのである。
「よかったね、ヘケート」
チンクはほっとした。これを見た国民はきっとナイロンがいかに悪者であるかを知るだろう。
「案外うまくいくものね、チンク」
ヘケートが言った。
「今までがうまくいかな過ぎただけだと思うけど」
チンクが笑いながら返したのだ。
「子供のくせに生意気言うんじゃないの!」
ヘケートがチンクのおでこをちょんとつついて言った。
「子供の格好をしてるけど君より長く生きてると思うよ!」
チンクはムキになっていたがやはりこれが子供っぽい証拠だろう。彼女は笑ったままでチンクを
抱き上げてさっきつついたおでこに軽くキスをしたのだった。全てがうまく行く、そんな流れが
感じられるからこそ彼女はハイになっていたのである。それはチンクも同じだった。
フランツ王子に与えられた貴賓室でサファイヤはまだ眠っていた。連日遅くまで后を探してい
たせいで疲れがたまっているのだろう。
"サファイヤ・・ "
こんなにも身近に彼女を感じられるのはフランツにとって幸せなことなのかもしれない。しかし
今はまだ幸せを充分に感じられないのだった。
"必ず君を幸せにしてあげるからね"
そのセリフを口に出せば滑稽であるのはわかっていた。しかし自分に言い聞かせる為にも、彼女
への思いの為にも必要なつぶやきだったのである。
もうすぐレイランドからハーベイ王子がやって来る。戦争の終局の後に何が起こるのか、それ
は自分たちの行動次第だろう。
サファイヤの国民を欺いた罪は消えるのだろうか?
シルバーランドの国民は彼女をどう見るのだろう?
このまま彼女を国に連れて帰り、后にしたのならゴールドランドの国民はどう思うだろう? フ
ランツの中にはサファイヤが王位を奪回する思考はきわめて薄く、とりあえず不名誉な囚人の立
場から逃れられたらと思っていた。幸い叔父王はサファイヤを気に入ってくれている。それだけ
が救いだった。
フランツはそっと彼女の手を握り貴賓室を後にしたのだった。
終