リボンの騎士のページ
銀色物語2
設定
ヨーロッパの王国シルバーランドと隣のゴールドランドは古くからの友好国だった。
もともとは一つの国だったのだがあるとき兄弟の些細ないさかいの為に二つに分裂し、
中央を流れる河を境に違う国になってしまっていたのである。しかしそれではいけな
いと、いまからさかのぼる何代か前に友好国の誓いをたてて今にいたるのであった。
出会い編(フランツ編)
年に何度か開かれるシルバーランド城の舞踏会に招かれたフランツは、正直な所あ
まり楽しみにはしていなかったのであった。彼は堅苦しい公式の舞踏会よりも、気楽
に楽しめる若い貴族達によるものの方が好きだったからなのだ。しかも彼はシルバー
ランドは初めてであり、あいにく体調を崩した叔父の代理としての出席だったから余
計である。
"これがなかったら今頃彼女と踊っている頃なのにな・・・"
彼女とは最近つきあっている貴族の娘の事なのだが、恋しいからつきあうのじゃなく
て寄って来る娘を拒まないだけだった。
「フランツ王子、いかがかな? 城下の娘たちもなかなかの美女揃いだとは思われま
せんかな?」
隣に座った国王の言葉にフランツははっとした。
"これは図られたな"
叔父は最初から自分とこの国の貴族の娘たちを引き合わす為に仮病をつかったに違い
ない。友好国同士のさらなる結び付きをお互いに求めている国にとってこれほどの近
道はないのだ。
「そうですね。誰と踊ったら良いのか迷ってしまいます」
そういう彼は娘を見ていなかった。本来なら自分の隣に座るはずのサファイヤ王子が
気にかかっていたのである。
「サファイヤはまだ帰っていないのか?」
そんなフランツを察したのか国王が側近に聞いた。どうやら王子は不在らしい。
"バカにしているな。今日僕が来る事を知っているくせに!"
彼はふいに立ち上がった。
「中庭に・・・」
行くと言おうとするより前に国王は手を鳴らし、娘たちを呼んだ。
「フランツ王子を案内してさしあげなさい」
かれはニコニコしながら言った。初老のおだやかな表情がフランツを和ませる。
"父上が生きていらしたらこういう風だったのかな?"
そんな気がしたのだった。
広間に向かうサファイヤにチンクが駆け寄った。
「サファイヤ、今日もジュラルミン大公がナイロン卿に何か言ってたよ!」
彼らは共にサファイヤが実は女ではないかと疑いを持っており、その秘密を暴露し王
位を奪おうとしていたのだった。
「いつもの事さ、ボクのまわりをいつも嗅ぎ回ってるんだから!」
彼女は憤慨している。日常に事とは言えおもしろくないのは事実である。
「そんな事より早く着替えてお父様の所に行かなきゃ!」
サファイヤは前も見ずに駆け出したのである。
と・・・
「痛っ!」
何かにぶつかってサファイヤは大きく尻餅をついた。
「ぼさっと立ってるのは誰だっ? 無礼者!」
彼女は目の前に手をついてかろうじて転ばずにすんだフランツを見て言った。
「君こそなんだ! ぶつかって来たのはそっちだろ!」
しかし二人の会話はフランツの取り巻きの娘たちによってさえぎられた。
「申し訳ありません。サファイヤ王子様」
と、彼女たちは深々とお辞儀をしたのである。
「サファイヤ王子?」
フランツは服をはたいている少年をけげんそうに見たのである。どうみてもこれから
自分と会う服装とは思えない。
"失敬なヤツだな"
フランツはむっとしたけれど顔には出さなかったのである。
「はじめまして、サファイヤ王子。ぼくはゴールドランドの王子、フランツです」
彼はにっこり笑って挨拶をしたのだった。
「さっきはごめん。ボクはサファイヤ、今日はお城の舞踏会に来てくれてありがとう」
彼女もニコっと笑って返事をした。その表情はあどけなく、フランツは思わずさっき
の感情を忘れてしまったのであった。
"あれ・・・"
何かが彼を刺激する。しかしそれが何なのかはわからない。
「 ・・・すぐに行くから」
サファイヤはそう言い残してその場から去って行ったのであった。
フランツの隣にはサファイヤが座っている。さっきとは違いちゃんとした王子らし
い装いだ。
"ひとつ年下って聞いていたのにずいぶん小柄なんだな"
ついまじまじ見てしまうフランツにサファイヤが言った。
「何か聞きたい事でもあるの?」
しかしフランツは否定した。何かを感じたものの、それがわからない違和感。聞きた
い事があるのは確かだが結局何もないままに時間だけが過ぎて行ったのである。
華やかなドレスに身を包んだ娘たちが大広間で舞っていた。本来の目的である舞踏
会なのだが踊る気になれないフランツは、少しお付き合い程度に踊っただけで王座の
隣に腰掛けたままだった。
「フランツ、フランツ」
サファイヤが小声で話しかけて来た。
「退屈そうだね、後でボクがいい所に連れてってあげるよ」
「いい所?」
フランツは聞き直した。
「そう、今日はお城の外でお祭りをやってるんだよ。こっちの退屈な舞踏会よりおも
しろいんだから」
彼女はいたずらっぽく笑ったのだ。黙っていれば誰もが振り向く美少年なのだが何を
考えているのかわからないサファイヤにフランツは戸惑った。
「君はさっきそこに行ってたんだね」
彼は聞いた。しかし返事はない。
「後で君の寝室に迎えに行くよ」
と言っただけでサファイヤは前を向いてしまったのである。
豪華な食事が終わり、召使たちに案内された客間は隣国の王子を迎えるだけあって
立派なものだった。
・・・
小さなノックが聞こえて来る。
「失礼します」
てっきりサファイヤだと思っていたのだが、その声の持ち主は違っていた。さっき舞
踏会で紹介された国王の従兄弟のジュラルミン大公と、その側近のナイロン卿だった。
「今日ははるばるお越し下さいまして・・・」
で、始まる一連の挨拶の後でジュラルミンは切り出した。
「実はフランツ王子、この国の王子には秘密があるかも知れないのですぞ」
彼は声をひそめて言った。
「秘密?」
秘密と言う言葉には人を引き付ける魅力がある。フランツは思わず身を乗り出したの
だった。
「そう、秘密です。実はサファイヤ王子は女かも知れないのですぞ」
それが何を意味するのかがわからないフランツは怪訝そうな顔をした。
「この国では女は王位につけません。もし王子が女なら国王一家は国民を欺いている
事になります」
ジュラルミンは自信のある様子なのだ。
「その秘密を僕に探って欲しいって訳かい?」
フランツは不適なほほ笑みをたたえていた。
「御意」
と言ったジュラルミンの隣でナイロン卿もうなずいている。
「ふうん・・ 何だかおもしろそうだな、いいよ。考えとく」
フランツは引き受けたのである。
"こいつらの言う事を聞くふりでもしてみるか"
きっと彼らは叔父にならばこんな事を言わないだろう。なめられているのか信用され
ているのかわからないが、とりあえずうなずくフランツだったのである。
・・・
「フランツ」
今度はサファイヤの声だった。
「君も退屈そうにしていたからね」
柔らかな表情で話しかけるサファイヤの声はまだ少年のままの高い声だ。
"なるほど・・・ 女の子に見えなくもない"
さっきのジュラルミンの言葉がよみがえる。王子は女かも知れないと言う。
「城を抜け出すのかい?」
フランツは聞いた。
「そうだよ、お祭りは明け方まで続くんだ。君の着替えをもって来たから用意ができ
たらでかけよう」
見ると平民の外出着程度の服が揃えてある。城を抜け出す時にはいつも、こんな格好
をしているのだと言うのが察せられるような手際の良さだった。
わずかな時間で着替えをすませたフランツはサファイヤに案内されて踊りの輪の中
にいた。元々彼はこういったシーンになれている。彼も又、城を抜け出す事にかけて
はサファイヤ以上だったのだから。
「君は踊らないのかい?」
息をはずませたフランツが出店に座っているサファイヤの所にやって来た。
「うん、この雰囲気が好きなんだ。それよりフランツは場慣れしてるんだね。君って
ずいぶん遊んでるんだ」
次から次に相手をかえて踊っているフランツをサファイヤはからかった。
「そんな事はないさ。誘ってくれる娘を拒むのは失礼だと思ってね。僕はあからさま
に自分からは誘わないよ」
その自信は彼の容姿から来ているものだとサファイヤは確信した。
「その言葉、ようく覚えておくよ」
彼女はフランツの肩をポンとたたいたのだ。
「忘れない限り覚えておくからね。日が変わる鐘が鳴るまでに帰って来るから」
フランツはウインクをして再び踊りの輪に入って行ったのだった。
フランツの去ったのを見計らってサファイヤは立ち上がった。
"その自信をへし折ってやるぞ"
彼女は辺りを見渡してから一軒の小さな空家に入って行った。そこはサファイヤの秘
密を知っており、いつも守ってくれている乳母の持ち家の一つなのだ。城中に住んで
いる乳母には必要のない家なのだが、手入れが行き届いている室内はいつでも人が住
めそうな状態だった。
"ドレスって着にくいから好きじゃないんだけど・・・"
そう言いつつもサファイヤは背中の大きく開いたドレスを身にまとっていた。頭には
亜麻色のかつらをかぶり、きれいにとかした後でリボンを付けたのだった。
「これで誰が見てもボクだとは気がつかないよ」
彼女は軽くドレスの両脇をつまみ、鏡に向かってお辞儀をした。そして誰もいないの
を確かめてから外に出たのである。
フランツの所に行って誘われたら自分の勝ち、そんな事を考えながら歩いていると
陽気な青年達が声をかけてきた。しかし彼らにかかわっている時間のないサファイヤ
は技を使い荒っぽく拒否して立ち去ったのであった。
その娘は突然フランツの目の前に飛び込んで来た!
あまりにも目立つその美貌は若いフランツを一瞬にしてとりこにしたのである。
"何だ? この感情は・・・"
初めてのときめきは彼をサファイヤの元に導くのには充分だった。
「あの・・・」
自分でも手が震えているのがわかる。
「僕と・・」
と言って手を差し伸べると彼女は黙ってうなずいて手を出した。
"おかしい・・ "
フランツは思った。いつもならば寄って来た娘を挨拶がわりに抱き締めてキスをする
所なのだ。
"キスができない子がいるなんて・・・"
彼はあせっていた。自分は女にかけては器用な方だと思っていた。しかしその娘を前
にして、その自信は崩れ去ってしまったのである。
フランツはサファイヤの細い腰に手を添えた。
" ! "
おかしい、と思ったのはフランツだけではなかったのだ。
胸がドキドキする。
"男の子ってみんなこんなのだろうか?"
サファイヤは漠然とそんな事を考えていた。堅い胸は男の胸、密着してみると鼓動が
伝わってくる。斜め上からの視線はサファイヤを戸惑わせたのであった。踊っていた
のはいったいどれほどの時間だったのだろうか? ふたりは他の人々の羨望のまなざ
しを意識しないで踊り続けていたのだった。
日が変わる鐘が鳴っている。しばらくほとぼりを覚ましていたフランツがサファイ
ヤの待つ出店に帰って来た。
「ねぇ、サファイヤ」
フランツが切り出した。
「君はこの城下町には詳しいんだろう?」
うん、と答えるより早く彼が言った。
「亜麻色の髪の娘を探して欲しいんだ」
「亜麻色の髪の?」
わざと考えるふりをしてサファイヤはじらしていた。
「知っているなら教えて欲しい! 僕は彼女にもう一度会いたいんだ!」
フランツは強い口調でサファイヤに迫っていた。
「亜麻色の髪の娘なんていっぱいいるからな」
彼女はごまかしたのである。
「とてもきれいな娘なんだ! 頼む! こんな事を頼むなんてどうかしてると思うけ
ど・・ いや、無理にとは言わない。ごめん、僕は自分では冷静な方だと思ってたん
だけど」
フランツは自分で自分が何を言っているのかわからなかった。ただ初対面のサファイ
ヤに対し非常識な依頼をしているのだけは確かだった。
「わかった。何とか探してみる」
彼女は明るく答えたのだ。
「きっともう一度会えるよ」
フランツの勢いに押されたサファイヤは安易に約束した。彼の真剣な思いの前に自分
のいたずら心が申し訳なくて、何とかしようと考えたのである。しかし自分がその娘
だとばれてはいけないのだ。
ジュラルミン大公がナイロン卿を連れてフランツのいる客間にやって来た。
「フランツ王子、昨日の件ですが」
ジュラルミンが言った。フランツは一瞬何かと思ったが、すぐに思い出して即答した
のである。
「王子としか考えられないよ。うわさでは剣が強くてりりしいとか言ってたしね」
それは女中から仕入れた情報だった。
「とにかく僕はやはり男だと思う」
彼は言い切ったのであった。昨夜は亜麻色の髪の娘に一目ぼれをした事で頭がいっぱ
いになっていたのでそんな余裕はない。仮にもしサファイヤが女だとしても何かそう
しなければいけない理由があるはずだと思うフランツなのだ。
"このジュラルミンは信用ができないな"
彼に協力する気はないのだがサファイヤの秘密には興味がないと言えばウソになる。
"サファイヤは彼女を探してくれると言ってたし"
だからと言うのではないがサファイヤとジュラルミンを天秤にかけたら、どうひいき
目で見てもサファイヤに分がある。
「それじゃ、失礼」
と言うジュラルミンの方を振り向きもせずにフランツは思いを巡らせていた。
"もし仮に彼女が見つかったとしてもどうする? 僕は彼女と付き合い守って行ける
だけの男なんだろうか?"
フランツは迎えの馬車が到着するまでずっと部屋に閉じこもったままで考えていた。
あきらかに今までの自分とは違うのがわかる。
"軽い気持ちじゃない。この思いは本物だ"
それを思うと今まで自分のまわりにいた暇つぶしの為の娘たちのなんとつまらない
事か・・・ フランツは大いに反省していたのである。
「サファイヤ、よろしく」
馬車に乗り込む前にフランツが手を差し出した。亜麻色の髪の娘の事をだ。
「近いうちに返事をするよ」
そう言ってサファイヤも手を出したのである。
" ! "
その時フランツは感じていた。
"サファイヤは王子じゃない!"
手のひらは剣を握る固さがある、しかしそれよりもっと違う部分が男のそれじゃな
い。
"いや、それよりも・・・"
フランツはもっと信じられない事も感じていた。しかしそれはすぐに打ち消されて
しまったのだが。さっきのサファイヤの手が亜麻色の髪の娘の手と似ているだなん
て・・・
城門が開きフランツはシルバーランド城を後にした。昨日この門をくぐる時、ま
さかこんな思いを抱いて帰るなんて思いもしなかった。
"二人の気になる女の子ができた・・・と言う訳か・・"
彼はふっと笑ったのだった。
平地をぬって走り森を抜けた河のむこうはもう自分の国だった。ほんの短い旅の
終わりは元気そうな叔父であるゴールドランド国王の、満面の笑顔だったのである。
終