リボンの騎士のページ
銀色物語3
魔女編
シルバーランドとゴールドランドの国境の河をずっとさかのぼった所に魔の山があ
った。古くから悪魔が住み着いていると言われている山だった。
魔女のヘル夫人はやっと念願の娘の情報が得られ肩の荷を降ろしたのだ。その娘と
は彼女の娘、ヘケートの為に必要なものだった。
「この娘の負の心はおまえにとって魔力を引き出すエネルギーになるんだからね」
そもそも魔女とはもともと強い魔力を持って生まれるのではないのだった。人間の邪
悪な心や悲しみや苦しみから生まれる負の心は魔力を増幅する為に必要なエネルギー
だったのである。その心の持ち主は、吸収する魔女より美しくなくてはならない。し
かもその娘は生娘に限られるというやっかいなものだった。ただしエネルギーを奪う
魔女も同じく生娘という条件だったのである。
「おまえのように美しい娘を持つと苦労するよ。でも相手が美しければ美しい程、そ
の心が生み出す負の心のエネルギーは強いんだ」
ヘル夫人は魔法の鏡を取り出した。悪魔に取って情報源である魔法の鏡はあらゆる質
問に答えてくれたのである。しかしその鏡は相手を選んでおり、魔力の弱い者や気に
いらない者には渋って教えてくれない場合もあった。
「鏡よ、鏡。本当にこのシルバーランドにヘケート以上に美しい娘はいるんだね?」
彼女は鏡に向かって聞いた。
「いると言っただろう! 何回言えばいいのだ。この国の城下町にいると教えたのだか
ら後は勝手に探すがよい」
と言って鏡はサファイヤの姿を映し出して消えたのである。
「ふん、ばかにして! ねぇ、ヘケート。魔力が弱いと鏡にまでこうやってバカにさ
れるんだよ。だからお前は私よりもっともっと強い魔女になって欲しいんだ」
ヘル夫人はサファイヤの顔を脳裏に刻み込んだのである。
「ママ、私・・ 立派な魔女になんてならなくてもいいわ。大きな魔法は使えなくて
もいいの」
ヘケートは張り切っている母に悪いとは思ったが本当の気持ちを伝えたのである。い
ままで母と一緒に美しい娘を探していた。しかし彼女の望みは立派な魔女になる事で
はなかったのである。
"私は寿命が来ると死んで行く人間になりたいの。村か町に住み、楽しく暮らし短い
命を精一杯生きて満足して死んで行けたらと思っているの"
しかしそれは母には言えない。
「まぁまぁヘケート、いいのですよ。遠慮しなくても。この母にまかせなさい! き
っとこの娘を見つけてあげるから」
ヘル夫人はヘケートが本当にかわいかった。だからこそ彼女の為によかれと思った事
は何でもしてやりたかったのである。
ジュラルミン大公は一人息子のプラスチックと共にバルコニーで朝食をとっていた。
息子とふたりきりの時間を過ごすために人払いをし、おだやかな時を楽しんでいたの
である。初夏の日差しを遮る木々がテーブルを緑に染め、飛び交う小鳥がかわいい声
でさえずっていた。
「なぁ、プラスチックよ。何度も言うようだけど、わしは本当にサファイヤ王子は女
だと思っているんじゃよ。15になっても細くて小さいし、声もそのままだ。お前も
小柄だが15の時には声は大人のものだったぞ」
プラスチックはサファイヤよりもひとつ上の16歳である。
「でも父上・・ 成長が遅い人もいると思うしぃ・・ 」
プラスチックは父の考えを否定したのである。どう考えても剣が強く取っ組み合いを
しても勝てたためしもなく、学問の知識が豊富なサファイヤ王子はとても王子らしい
のだ。
「いや、証拠はないが女にしか見えん。もしサファイヤが女だとすれば国民をだまし
ている事になる。そうすれば王位はわしのものだぞ、プラスチック」
ジュラルミンは勝ち誇ったように言った。
「しかしわしはすぐにお前に王位を譲りたい。お前が国王になった姿を見たいのじゃ。
わしはお前だけがかわいいんじゃ」
このシルバーランドでは国王の掟は絶対のものだった。かつて彼が国王代理だった時
には好き勝手な掟を作り、ずいぶん国民を苦しめたのである。
「父上・・ 」
内気な彼には自分が王位を欲しがっていない事を言い出しにくかった。
"僕は王様の器じゃないのに・・ "
彼はナイロンと悪巧みをする父が、たとえ自分の為だとは言え不快だったのである。
プラスチックは乗馬も得意ではない。しかしある日、サファイヤ王子が自分の馬を
一頭譲ってくれたのだ。
「君にあげるよ。賢いヤツだから乗りやすい」
馬に乗れずにもたもたしているプラスチックにサファイヤは同情したのだろう。
"この馬は王子が2番目にかわいがっていたヤツなのに・・・ "
プラスチックはサファイヤの行為に感激したのである。しかし内気な彼は感情すら素
直に出せなかったのだ。
「ありがとう」
と言ったきり、この馬に乗りもせず面倒だけ見ていたのだった。
今、その馬の前に立ったプラスチックは下僕に命じて乗馬の用意をさせたのである。
「プラスチック様、お一人でお出掛けですか?」
下僕は心配そう言った。
「うん、でも大丈夫だよ。近くにしか行かないから」
下僕にそう言い残して彼は城を後にした。
"サファイヤの言ってたのは確かだな。本当に走りやすいよ"
走っているほどのスピードは出ていないものの彼は無難に乗りこなし、国境近くのさ
んざしの森にやって来たのである。久しぶりの遠出は彼を解放感に浸らせ何となく息
苦しい城での生活からときはなったのであった。
"僕は知っているんだ。ナイロンやヤツの手下は心の中では僕をバカにしてるんだ"
彼はその気持ちが読みとれるだけに苦しかった。彼は決してバカではない。だから自
分の力量も知っていたのである。
プラスチックの馬は何度もサファイヤと来た事のあるさんざしの森を知っていた。
おいしい水の飲める泉の場所も全て知っていたのである。
「あれ、どこに行くんだい?」
プラスチックはふいに歩きだした馬の背中から声をかけた。すると茂みの中から小さ
な泉が現れた。
「水が飲みたかったのか、ごめんね気がつかなくて」
彼は鞍から降りて近くの木に馬を結わえたのだった。
少しだけうとうとしていたのだろうか、ふと気が付くと太陽が真上に輝いている。
"汗で気持ちが悪いな"
プラスチックは水浴びをしようとすぐ側に見える大きな泉に向かったのだ。
すると・・・
「ねぇ、チンク。もう上がった方がいいよ、ふやけてしまうよ」
サファイヤ王子の声だった。プラスチックはとっさに隠れたのである。
"これは・・!"
プラスチックはかつてこれほど驚いた事はない。彼は目の前の事実が信じられなかっ
たのである。
「サファイヤももう一度入んなよー!」
泉の中から裸で水浴びしているチンクが声をかけた。
「僕はもういいから。風邪をひかないうちに出るんだよ!」
プラスチックの隠れている茂みの近くに薄い布を一枚まとっただけのサファイヤがや
って来た。そしてすぐ側で立ち止まったのである。片手で胸をおおった布を押さえ、
濡れた髪をかきあげる仕草が初夏の光を伴って目に飛び込んだ。その光景はプラスチ
ックを一瞬にして彼女のとりこにしてしまったのである。
"こんな事って・・"
彼はサファイヤを見上げていた。王子の姿をしていても確かにきれいだった。しかし
男であると言う認識の元に見たサファイヤと、今の姿のサファイヤとは全く見方が違
っている。とにかく今は一刻も早くここから逃れたいという衝動と、もっとここで見
ていたい欲望とが入り乱れ彼を悩ませたのである。
"確かに父上はサファイヤ王子が女に違いないと言っていた。でも僕には信じられな
かった。でも・・・ 父上、許して下さい! 僕はサファイヤに忠誠を誓います!"
プラスチックの胸は早鐘が鳴り響き、どこをどう通って城まで帰りついたのかがわか
らないほど取り乱していた。彼は部屋に入るなり風邪をひいたと言って閉じこもって
しまったのだった。
大きなコウモリがさんざしの森にやって来た。ヘル夫人とヘケートの化けたものだ
った。
「ヘケート、あの子だよ。間違いない」
ヘル夫人の視線の先にはサファイヤがいた。
「おお・・・ 本当に美しい娘だよ。この子ならヘケートにぴったりだ。やはり鏡は
ウソをつかなかったんだ」
ヘル夫人は喜んだ。魔法の鏡は世界中の鏡を通して世界をのぞいていた。そして得た
情報を魔女に流していたのである。
「ほら、王子の姿をしているけど間違いなく女の子なんだ。あの子は無理やり王子にさ
れているからきっと心の中は苦しみや悲しみがが渦巻いている事だろうよ」
ヘル夫人は一人で納得しサファイヤのいる泉の側に降りた。
「お前はここで待っといで。わたしがあの娘と話してくるよ」
ヘル夫人の姿が消えた、そして次の瞬間にサファイヤの前に煙りと共に現れたので
ある。
「誰だっ!」
殺気ではないが怪しい気配に気づいたサファイヤが剣を構えたのだ。
「お姫様、待って下さいな」
ヘル夫人は素早い剣の動きに驚いてあわてて飛びのいた。一方サファイヤはいきな
り姫と見抜かれて気が動転していたのである。
「お前は何者だ? 僕は王子だ!」
彼女は威嚇の為に剣を一振りした。
「乱暴なお姫様だね。でも突然現れて脅かした私が悪かったわ」
ヘル夫人は丁寧におじぎをした。そしてサファイヤに向かって呪文を唱え始めたの
である。
「 ・・・ 」
サファイヤはこの事態に困惑していたのだった。目の前の夫人は自分の秘密を知っ
ている。
「ほら・・・ 自分の心をのぞいてごらん。男として生きて行かなければ悲しみや
苦しみが見えるだろう」
ヘル夫人が優しく言った。
「いつまでもその状態が続くかどうか、不安になってくるだろう?」
呪文の合間に彼女は話しかけて来る。
「 ・・ 」
サファイヤの視界から景色が消えていった。暗闇の中に目の前の女の目だけが黄色
く光って宙に浮いていた。
"僕は悲しいのだろうか? でもみんなをだましているのは悪い事なんだ。僕は・・
王子なんかじゃない・・ "
サファイヤは泣きたくなって来るのをぐっと我慢していたのである。しかし裏腹に
悲しみの気持ちはだんだん増幅していった・・
「ヘケート、こっちに来てこの娘の手を握ってごらん」
ヘケート夫人が言った。
「手を?」
ヘケートがおずおずと手を出した。すると・・
「あっ!!」
激しいショックを感じてヘケートは手を引いた。しかし体の中に何かが少しだけ流
れ込んで来たのである。
"だめだ・・ 力が・・ "
サファイヤはゆっくりとその場に倒れてしまったのである。
「おお、ヘケートや! 今、何かを感じたんだね? エネルギーが入って来ただろ
う?」
ヘル夫人はヘケートの手を眺めていた。少し赤くなっているもののケガはない。ど
うやらサファイヤとヘケートは相性が良いみたいだった。
「それにしても強情な娘だよ。普通の娘ならばとっくに取り乱して泣きわめく所な
のに」
ヘル夫人は倒れているサファイヤを見下ろした。負の心が生み出すエネルギーを吸
い取られたのでしばらくは動けないだろう。だからと言って決して死にはしない。
「でもママ、この人がかわいそうだわ。ほら、こんなに青い顔」
ヘケートはサファイヤを抱き起こしたのである。
その頃、天国の大天使はチンクがへまをしたのでやきもきしていたのだった。肝
心な時にサファイヤの側から離れ、負の心のエネルギーを吸い取られてしまったか
らだ。彼は腹を立てながら近くに果実を取りに行って帰って来ないチンクに魔女が
来た事を知らせたのである。
「サファイヤーッ!」
チンクが息を切らせて駆けつけた。と、その時にはすでに遅く、サファイヤは魔女
の娘に抱えられていたのであった。
「やい、魔女め! サファイヤを離せ!」
遅れて来たわりには威勢のよいチンクがヘル夫人に近付いた。
「どうして天使が?!」
彼女は大きく飛びのいたのである。
「うわっ、来ないでっ」
チンクが一歩近づいた。ヘル夫人は苦しそうに体をよじらせた。
「ああっ・・・ 」
彼女はコウモリに姿を変えてその場から逃げ去ってしまったのである。そしてヘケ
ートもその後に続いたのだった。
「サファイヤ、サファイヤ」
チンクは倒れているサファイヤを揺さぶった。
「あれ・・ チンク?」
彼女は気がついた。
「僕・・ さっきの子に手を握られたら急に力が抜けちゃって・・君が助けてくれ
たんだ。でもなぜ?」
しかし彼女はまだ何が起こったのかがわからない。
「君は悪魔に・・ さっきの魔女に目をつけられたんだよ」
チンクが教えてくれた。
「魔女だって? でもさっきの人、そんなに恐ろしそうに見えなかったけど」
サファイヤは半信半疑だった。
「そんなに悪い魔女じゃない。でも君の苦しんだり悲しんだりしている心をねらっ
てるんだよ。さっき吸い取られたのは君の負の心から出るエネルギーだったんだ」
「負の心? エネルギー?」
彼女はまだ訳がわからない。
「僕も初めて知ったんだけど、悪魔の子供の成長には人間の邪悪な心や悲しみや苦
しみから生み出される負の心・・ つまりエネルギーが必要なんだ。若い魔女が成
長するには美しい生娘の心がいる、そういう訳なんだよ」
チンクは一息ついた。
「あいつは魔女だけど・・ 言い方が変だけど全ての人間に危害を加えるタイプじ
ゃない。だから殺せないや」
チンクはさらりと言った。天使としての力を発揮すればあの程度の魔女ならすぐに
やっつけられるに違いない。
「美しい生娘って・・ 」
サファイヤは赤面した。それが何を指すのかがわかるからだ。
「僕じゃなくてもいいのにな・・ でも仕方ないか。誰だって何かと戦って生きて
いくんだもん。僕の場合は魔女やジュラルミン・・・だよね」
彼女は明るく笑っていた。チンクはそんなサファイヤをたのもしく感じていた。
"いつか神様がおっしゃっていたけど・・ 試練に耐えられる者にのみ試練が与え
られるって"
それはサファイヤにあてはまる、と思うチンクは自分にもその試練が与えられて
いる事に気づいていない。
「そう、その調子だよ。サファイヤ」
チンクは彼女を励ますように言ったのだった。
魔の山に逃げ帰ったヘル夫人は魔法の鏡を取り出してわめいていた。
「娘のまわりに天使がいるなんて教えてくれなかったじゃない! あやうく殺され
る所だったよ!」
彼女の怒りは大きい。しかし鏡も負けてはいないのだ。
「それはお前が聞かなかったからだ。聞かないお前が悪い」
と、とぼけている。ヘケートは無益な言い争いを遠目に見ながら今日の出来事を
思い出していた。
"あの子・・ 早く誰かと結ばれればいいのにな・・ 私は大魔女になんてなりた
くないのに"
魔力の弱い彼女は逆に言うとこわい物も少なかった。教会にでも出入りできるし
十字架もこわくない。もちろん天使にだって触れられそうな気がしていたのだ。
"でもしばらくママもおとなしくしてるでしょうね。だって天使が側にいるんだ
もん"
彼女はまだ鏡とケンカしている母を見てくすっと笑ったのであった。
プラスチックが平静を取り戻したのは夜になってからだった。目を閉じるとま
だサファイヤの姿が焼き付いている。
"僕はずっと以前からサファイヤが好きだったんだ。今日はじめて自覚しただけな
んだ・・ 僕はサファイヤを愛している・・ "
彼は彼なりに結論を出したのだった。
「あれ、プラスチック。起きても大丈夫なの?」
城に帰って来たサファイヤが隣に立っていた。
「あれ・・いや、たいした事はないんだ。疲れてただけで・・ 」
彼は視線をそらして答えたのだった。さっき割り切ったものの、やはり気恥ずか
しい。
「そう、気をつけないと駄目だよ。じゃ」
サファイヤはポンと背中をたたいて彼の前から去って行ったのである。
ベッドに入ったサファイヤは今日の長い一日を振り返っていた。
"あの魔女の子、何だか寂しそうだったな・・・ "
なぜか母親の魔女より娘の方が印象に残っている。
"でもだらしがないぞ! 魔女の呪文にかかってエネルギーを吸い取られちゃう
なんて"
その時の脱力感を体がまだおぼえている。
"僕は強いはずなんだ。僕がもっとしっかりしないと!"
サファイヤは何度も自分に言い聞かせていた。
広い城内の一角にチンクの為の部屋が作られた。まだ寝苦しい程の暑さではな
く過ごしやすい初夏の夜に、チンクだけは今日の失敗を天の神様にわびていたの
であった。
終