銀色物語4
フランツはシルバーランドで出会った亜麻色の髪の娘の事を考えていた。それと同
時にサファイヤ王子の事もである。
"はっきりと顔を覚えているわけじゃない、しかし似ていると思うのはどうしてなんだ
ろう?"
フランツはあれからずっとふたりの顔を思い出していた。サファイヤの顔ははっきりと
わかっている。しかし亜麻色の髪の娘はほんの少しの時間でしかも夜の明かりの下で
、心を震わせながらだったので鮮明な思い出として残っていなかった。今まで出会っ
たどの娘よりも美しいドレス姿だったと覚えている。
"きれいだけれどダンスに慣れていないのかあまり上手くなかったな。物腰からして
貴族の娘のようだったけれど世間にあまり出ていないような・・"
フランツはあまりにも曖昧な自分の記憶にいらだっていたのである。
サファイヤも又、フランツの事を思い出していた。今まで意識して同じ年頃の青年
を見た事がなかったのだ。身近にいるプラスチックや貴族の青年たち、どれも彼女の
心に残った者はいなかった。
"でもフランツって見た目で人を判断するのかな?"
と、サファイヤは思う。
"あの時、後で君が女の子を誘ってるのを見たぞってからかうはずだったのに・・"
しかしサファイヤにはそれができなかったのだ。
"それにフランツが想像してる程きれいじゃないぞ。亜麻色の娘を勝手に美化しても
知らないから! 次に会った時に驚いても僕は知らないぞ"
サファイヤは自分の顔を鏡に写していた。いつもと同じで黒っぽい巻き毛に緑の瞳が
ついている見慣れた自分の顔だった。今まで他の娘たちと比較した事もないし、しよ
うとも思わなかった。
"でも僕、きれいだったら嬉しいな"
彼女はフランツと踊った夜の事を思い出していた。
「ねぇ、サファイヤ」
と、窓から鳥に乗って入って来たのはチンクだった。ちょっと抜けた所があるチンク
だけど、さすがに天使だけあって信頼がおける存在だ。だからサファイヤは彼には何
でも本当の事を話していたのである。
「鏡を見つめてどうしたの?」
と、チンクが聞いた。
「別に見つめてなんかいないよ。ちょっと自分がどんな顔かなって見てただけだ」
と、弁解するサファイヤ。しかしチンクはサファイヤの変化を知っていた。
"サファイヤはフランツを好きになりかけてるんだ"
とわかったのだがとても口に出しては言えない。彼はフランツに出会った事によって
サファイヤ自身が女である事を自覚し、年頃の娘として目覚めた事を嬉しく思ってい
た。
"僕はサファイヤを幸せに、安心してくらせるようにする為に下界にいるんだから!"
彼はそれを再認識したのだった。決していたずらの罰として来てるんじゃないぞ、と
思いたいのだ。
「ねぇねぇ、サファイヤ。さっきオオワシさんが教えてくれたんだけど、フランツ王
子が共も付けずにシルバーランドに向かってるって言ってたよ」
チンクはそれを伝えに来たのだった。
「フランツ王子が? いったいどうして? この国に用でもあるのかな」
サファイヤはチンクに聞いた。しかし聞いた所で明確な返事がかえって来るわけでは
ない。しかし考えられる事といえば亜麻色の髪の女の子を探しに来るくらいのものな
のだ。
「チンク、そのオオワシさんって窓の外にいるオオワシかい?」
サファイヤは窓から見える所で飛んでいるオオワシを指さした。
「あれ? まだいたの。なにかご用だったの?」
チンクは聞いた。オオワシは近寄って来て小さな声で鳴いている。
「え、そうだったの。うんうん、わかったよ」
チンクはオオワシに何か約束しているようだった。
「サファイヤ、大変なんだ。オオワシさんの奥さんがケガをしてるんだって。そして
僕に助けを求めに来たんだよ」
と、チンクが教えてくれた。チンクには少しだけの治癒能力がある。その能力をオオ
ワシは本能的に感じ取っていたのだった。
「それじゃ、早く行っといで」
サファイヤに反対の理由はない。彼女はチンクをせかしたのだった。
シルバーランド城の近くにいた魔女はチンクがオオワシに乗って出て行くのを確認
した。
"やっと邪魔者がいなくなったわ。まさかあの天使がお城に住み着くとは思いもしなか
ったよ。でもこれでしばらくは大丈夫"
彼女は城に向かって飛んで行ったのである。
"私にはわかってるんだよ。この城で誰が悪者かをね。それを利用しない手はないさ"
彼女は低い塔にある窓に入っていったのであった。
その日のジュラルミンは上機嫌だった。やっと彼の意にかなう人物が現れたからだ。
しかもそれは魔女だった。
「ほほ・・ あなたのご希望はサファイヤが女である証拠なんでしょ。ええ、わかっ
ていますとも。サファイヤは王子じゃありませよ」
魔女は言い切った。彼女はサファイヤの負の心から出るエネルギーを欲しがっている
のだ。
「でもサファイヤを殺すのだったら協力はしませんよ。彼女が死ねば私はあなたを・・」
魔女はジュラルミン大公を脅したのだ。
「まさか! そんな事はしませんよ。さしあたり・・・ずっと北にある棺桶塔にでも
幽閉して一生出られなくする、と言うのはどうです? そうすれば一生サファイヤの
エネルギーがあなたのお嬢さんに与えられるわけですし・・ もちろんサファイヤに
近づく男はいないから安心ですぞ。なんせ棺桶塔には恐ろしい番人がおりますからな。
サファイヤはそこできっと自分をこんなにした両親を恨み、運命をなげき、誰も信じ
なくなるでしょうな。それこそあなたの求めるものでしょう」
ジュラルミンは声高に笑った。彼の頭上にはもう王冠が輝いており、彼の息子へと渡
す構図ができていたのである。
「結構。それじゃこの魔法の服を・・・」
魔女は立派な布で仕立てられた服を出してきた。
「何ですかな? この服は」
白っぽい布に上品ないぶし銀で縁取られた襟の付いた、いかにも王子らしい服なのだ。
しかもわざと体型を隠せるようなデザインであり、サファイヤにはもってこいの物だ
ったのである。
「これをサファイヤに着せるのです。そして少しだけ湿らせたらたちまち縮み女の体
型のサファイヤが現れる、そういう事。ほら、これをご覧なさい」
彼女は服と同じ布を取り出した。
「雨よー!」
魔女が呪文を唱えるとジュラルミンの部屋の中で突然雨が降り出した。
「おおっ、これは・・・」
その白っぽい布切れの雨に当たった部分が縮みだしたのだ。まるでゴムのようにやわ
らかくなった濡れた部分とかわいた部分の違いを見せつけられたジュラルミンは思わ
ず感嘆の声をあげたのである。
「そしてこれは雨の魔法が詰まった玉です。これを雨を降らせたい時に高い塔かどこ
かにぶつけるのです。すると雨雲が発生して大雨になるはず。ただし雨の降っている
時間は5分間だけだからね」
と言って彼女は魔法の玉もジュラルミンに渡したのだ。
「さぁ、一刻もはやくサファイヤを棺桶塔に幽閉して下さいな。その時には天使の小
僧はどこかに追っ払って欲しいものですわ」
魔女の条件を飲んだジュラルミンは魔法の服と魔法の玉を手に入れた。これをうまく
利用すればサファイヤの秘密があばかれる。
「ふふ・・こんな便利な服があるとはさすがに悪魔だけの事はありますな。私も息子
の為になら悪魔にだってなれる。親とはそういうものですからな」
ジュラルミンは誂えの衣装ケースにその服を収めた。これを何かの口実をつけてサフ
ァイヤに着せればいい。彼はその計画を練る為にナイロン卿を部屋に呼んだのだ。
「それはそれは大公さま、いい手がありますぞ。このナイロン卿にお任せあれ」
彼はその服と玉を持って出て行った。頭の切れる彼の事だ、何かを思いついたに違い
ないとジュラルミンはほくそ笑んだのであった。
「門を開けてくれ! 僕はゴールドランドの王子、フランツだ!」
シルバーランドの城門でフランツは大きな声で名乗った。彼の顔を覚えていた門番は
あわてて開門し、中に招き入れたのである。国王からもゴールドランドの客人が来た
時には丁重な態度で接するように言われていたから余計であった。それが王子となる
となおさらなのだ。
「サファイヤ王子に用がある。案内してくれないか?」
彼は言った。
「僕が案内しましょう」
さっきからフランツ王子の様子を見ていたプラスチックが現れた。
「君は?」
フランツが聞いた。
「ジュラルミン大公様のご子息、プラスチック殿にございます」
門番は彼を紹介した。フランツ王子の案内役としては申し分ない身分の者だ。
「ああ、ジュラルミン大公の。そうか、君が大公の言っていた一人息子のプラスチッ
クだね」
フランツは以前、ジュラルミンからサファイヤが女かどうかを探って欲しいと頼まれ
た事があった。しかしあのジュラルミンとこのプラスチックでは全然タイプが違うよ
うに感じたのである。
"確か僕と同い年だったっけ。しかし年下に見える"
彼は失礼だとは思ったけれどプラスチックを観察してしまったのだった。一方プラス
チックもフランツ王子を見ていた。うわさにたがわぬ容姿を持つ気品ある王子だった。
栗色の髪に青い目を持つフランツは男から見ても凛々しくて整っている。
"いったい何をしにサファイヤの所に来たんだ? 普通なら共を付けてやって来るは
ずなのにお忍びだなんて"
プラスチックはフランツの存在が気になった。
"それともサファイヤが女だと知ってやって来たのか? まさかサファイヤに目を付
けたんじゃないだろうな。うわさではかなりもてているらしいから"
プラスチックにしては勇気を出しての行動だった。第一人前に出る事すら気後れして
いたのに今、こうしてフランツ王子の横にいるのは全てサファイヤへの愛のなせるわ
ざだったのである。
「フランツ王子、無礼を許して下さい。どうしてサファイヤ王子に私的に会われるの
ですか?」
彼はバクバクする心臓を押さえて聞いた。こうやって話をする事じたい初めての体験
だ。
「ああ、その事か。君もこの城下町に詳しいのだったね」
フランツは同世代の青年らしくざっくばらんに話始めたのである。
「 ・・で、その娘をサファイヤに探してもらってたんだ。君も知っていたら教えて
くれないか」
フランツはサファイヤの部屋につくまでに亜麻色の髪の娘の事を話終えたのである。
ただしその中にはサファイヤに対する独りよがりで嬉しい疑惑がまじっている事は
含まれていなかったのだが・・・
"なんだ、そうだったのか"
プラスチックは安心した。彼の最悪の想像が外れていたからだ。
「こちらです」
プラスチックはノックをした。すでにフランツが来る事を知っていたサファイヤが
ドアを開けた。
「やぁ、フランツ。そろそろ来る頃だと思ってたんだ」
サファイヤは明るく言った。前に会った時と同じで元気が良くて気持ち良い。
"おや?"
と、フランツは思った。プラスチックの視線の先にサファイヤがいる。その方面に
鋭いフランツは一瞬にして彼の思いを見抜いてしまったのである。
「プラスチック、ご苦労だった。さがっていいよ」
無情にもドアを閉めるはめになった彼は頭を下げて出て行った。しかしサファイヤ
の眼中にプラスチックがいないのは明らかだ。
"そうか・・ サファイヤには味方がいるんだな。でもそういう事ならもうばれて
るじゃないか!"
フランツは不安になった。彼女はうまくやっているようでもどこかに油断があるの
かも知れない。意識して見るとどこから見ても王子じゃない。れっきとした美しい
姫なのだ。
二人は部屋に運んでもらった軽い食事を楽しみながら王子同士としての会話を
していた。お互いの国の将来、なすべき事、そしてこれからの在り方等、ふたり
には共通点が多い。
「僕は18才になると正式に王位につく。それまでに后を迎えたいと思っている
んだ」
フランツは自分の考えを隠さずに言った。しかしサファイヤはそれに関してはっ
きりとは言えなかったのである。
"じゃ、僕はどう言えばいい? フランツみたいに后を迎えるなんてありえない。
いつか女だとばれて国民の皆からさげすまれるのだろうか?"
サファイヤはいくら国の事を思っても女の身では何もできない事を悲しく感じて
いたのである。
急に途切れた会話にフランツは後悔した。もし女である事がばれた時、彼女は
はたしてどうなるのだろうか? その不安が彼女を黙らせたのだろうと察したフ
ランツは話題を変えたのだ。
「そうだ。あのさ、サファイヤ。いつかの亜麻色の髪の娘はどうだった?」
ちょっとほっとしたサファイヤがバツのわるそうな顔をした。
「せっかく来てくれたけど悪かったね」
サファイヤは手掛かりがない事をフランツに謝ったのである。
「そうか・・そんなに簡単に見つかるとは思わなかったけど。こっちこそ悪かっ
たよ。無理な事を頼んでしまって」
フランツはたいして落胆しなかった。今日はサファイヤに会いに来たという方が
正しいからだ。亜麻色の髪の娘の事は口実とも言えよう。
「うん、でももっと聞いてみるからね」
サファイヤは約束したのだ。彼女自身はどういう形で亜麻色の髪の娘としてフラ
ンツに会っていいのかわからなくて、少しでも時間が延ばせたらと思っていたの
である。
"でも本当にサファイヤはどうなるのだろう? 何とかいい形に持って行けない
ものなのか?"
それに比べると、同じように国王の子として生まれ、たとえ両親がいないという
ハンデがあるとしても自動的に王位がまわって来る自分はなんと苦労を知らない
事なのか・・・
"でも国の掟なんて国王なら変えられるはずなのに"
フランツはふと思ったのであった。しかし決して口には出さなかったのだが。
ナイロン卿は城内で武術大会を開く事を提案した。昨今ではどの国も強い剣士
を求めており、うまく行けば城で仕えられるようになっていたのである。それに
国民もイベントを望んでおりいつも多くの見物客が訪れるのだった。
「うん、おもしろそうだ」
サファイヤは国王が許可の印を押す隣で喜んでいた。
"フランツも招待して・・・ その時のどさくさに紛れて亜麻色の髪の女の子に
なって・・"
と言う考えが沸いて来たのである。
一方プラスチックは私室に仕立て屋を呼んで新しい服を作らせていた。おしゃ
れな彼は服装にこだわりがあり、いつも何かの行事があるごとに仕立て屋を呼ん
でいるのであった。いつもは服装に興味のないサファイヤなのだがナイロン卿に
ぜひプラスチック様の服の見立てを、と頼まれて同席していたのである。
「ナイロンが来て欲しいって言ったから来たんだけど、お邪魔じゃなかったの
かい?」
サファイヤが聞いた。
「いや、そんな事はないよ! ありがとう。わざわざ僕の部屋なんかに来てく
れて」
もちろんプラスチックに異存はない。むしろナイロンの気転をありがたく思っ
ていたくらいなのだ。
"サファイヤが僕の服を見立てて・・"
もう彼女が選んでくれたものならどんなのでも着ていいと思っていたのである。
「で、プラスチック様。今はこのように上品な淡い色使いが流行っております」
と、仕立て屋が取り出した布は白っぽい黄色でやや光沢をおさえたきれいな色だ
った。
「そうだな、プラスチック。君は黄色がよく似合うな。武術大会用に勇ましいデ
ザインにしてもらえば?」
彼女は布をプラスチックの体にあててデザインを想像した。もちろん彼は即決し
、その布は大至急仕立てに出されたのである。
「サファイヤ王子は服を作らないのですか?」
プラスチックは聞いた。聞いてから後悔したのだが・・
"そうだ、仕立て屋を呼んで服を作らせたら女だって事がばれてしまうんだった!"
「別に服なんて着られればいい!」
ぶっきらぼうにサファイヤが返事をした。その言い方にプラスチックは大きく傷
ついてしまったのだ。
ささいな事なのだがプラスチックはさっきのサファイヤの態度が気になってし
かたがなかったのだった。嫌われてしまったのではないかと思うといても立って
もいられない。
「プラスチック様、どこかお体の具合でも?」
ナイロンが聞いた。彼はサファイヤが出て行った後もプラスチックの部屋にいた
のである。
「いや、サファイヤはめったに新しい服を作らないんだなと思って」
彼は答えになってない返事をした。その時ナイロンはいい事を思いついたのである。
"そうだ、あの魔法の服をプラスチックからのプレゼントだと言えばきっと・・"
本来ならプラスチックが服を作るのを見て自分も服を作る気になってくれたらい
いのにと、思っていたのでちょうど都合が良かったのだ。プラスチックはサファ
イヤに一番近い友人みたいな立場にいる。
「そうですな。サファイヤ王子はあまりおしゃれでないご様子。本来ならばもっ
と身なりに気をくばらないといけないお立ち場なのに。じゃ、どうです? いっ
そプラスチック様からサファイヤ王子に新しい服をプレゼントなさってはいかが
ですか? よろしければこのナイロンがサファイヤ王子にぴったりの物を作って
お届けしてまいりますけれど」
ナイロンは言葉巧みにプラスチックをそそのかしたのである。
「うん、よろしく頼む」
プラスチックは喜んでナイロンに任せたのであった。
「でも王子に似合うのを作ってくれよ。招待している隣国の王子に負けない見栄
えのする服をな」
プラスチックは注文をつけたのである。それを承知したナイロンは魔女にもらっ
た魔法の服を丁寧に包装させてサファイヤの元に届けたのだった。
「サファイヤ王子は喜んでおられましたよ、プラスチックさま」
ナイロン卿は魔法の服の布切れで縮んでいない部分を彼に渡した。
「ほら、こんなに上品でしかも肌触りの良い布ですぞ。さぞかし着心地もよろし
かろうと思います」
ナイロンからもらった布切れは確かに肌の白いサファイヤが着たら似合いそうな
色だった。
「ありがとう、ナイロン。実に上品な色だな。どんな服か当日が楽しみだよ」
ナイロン卿はプラスチックに礼を言われて満足げに部屋を出たのである。全ては
うまく行きそうなのだ。彼は笑っていた。
"これでサファイヤはいなくなる。そしてこの俺はジュラルミン王付きの・・"
プラスチックの部屋を出たナイロンはこみあげる喜びを隠せなかったのだった。
数日後、やっとオオワシの巣から帰って来たチンクがサファイヤの部屋にやっ
て来た。どうやらケガはほとんど治ったらしいのだ。しかし彼は少なからず疲れ
ているようだった。
「サファイヤ、それにしてもすごい人だね。今夜はフランツも招かれてるんだよ
ね?」
武術大会を午後にひかえたお城の中は遠方から来た客であふれていたのである。
その中に招待客のフランツがいてもおかしくない事だった。
「ああ、フランツはもう着いてるよ。今はプラスチックと一緒にいる。あのふた
り、結構おしゃれだから話が合うみたいだよ」
彼らはどうやら武術大会の席で、着る服の話をしているみたいだった。そしてサ
ファイヤがやや不満そうなのはプラスチックにフランツを取られた事が原因みた
いなのだ。
「サファイヤは何を着るの?」
チンクは聞いた。
「プラスチックがくれた服がある。着なきゃ悪いからね。でも衣装部屋に突っ込
んだままだから今は見せられないよ」
サファイヤは服に興味がないようだった。しかし新しい服は気持ちがいいものだ
から彼女はそれを必ず着る気でいたのである
「それよりもチンク、君は少し休んだ方がいいよ。あんまり寝ていないんだろう?
後で甘い物でももってってあげるから」
サファイヤの言う通りでチンクは疲れていた。
「ありがとう、じゃそうするよ」
しばらく城をあけていた事が気になったが何事もなくすんだみたいなのに安心し
たチンクは高い塔にある自分の部屋に帰って行ったのだった。
フランツはすぐにサファイヤの部屋に行くつもりだったのだがプラスチックに
呼び止められて彼についてきたのだった。
「君がサファイヤに新しい服を?」
フランツが聞いた。このプラスチックはサファイヤが女だと知っている。その上
で服をプレゼントとなると・・・
「うん、今日の為に取っておくとサファイヤ王子が言ってくれたんだ」
彼は嬉しそうに話してくれた。
「ふうん、君とサファイヤは仲がいいんだね」
ややトゲのある言い方に聞こえなくもないが、鈍感なプラスチックはそれを良い
方に解釈したのか喜んでいた。
「そうなのか。それでその服、君が見立てたの?」
少し気になったフランツが聞いた。
「いや、ナイロン卿が仕立て上げたのを持って行ってくれたんだよ。でも残りの
布をもらったんだけどサファイヤ王子に似合いそうなものだったよ」
そのプラスチックの返事にフランツはひっかかるものがあった。
"どうしてナイロンが? あいつはサファイヤの敵じゃないか? そんな事もわ
からないのか? この男は"
しかしそんな事を言ってもいられない。それにその服に何か秘密があるかどうか
はわからないのだ。
"深読みしすぎるのかな?"
とも思う。しかしとりあえず気にとめておこうと思うフランツだった。
快晴の午後から始まった武術大会はゆっくりとしたペースで進んで行った。国
王の隣にはゴールドランド国王が、そしてサファイヤの隣にはフランツ王子が座
っていたのである。フランツは時々サファイヤの方を向いたが彼女はその視線に
気が付いていない。
一方ジュラルミンはナイロンと共に一段低い席からサファイヤの様子をうかが
っていた。
「なぁ、ナイロン。そろそろいいのじゃないか?」
ジュラルミンが聞いた。サファイヤとフランツの模範試合を提案する事をなのだ。
そして試合中に雨雲を発生させて公衆の面前で密を暴く、そういう計画になって
いたのである。
「いや、今だと不自然ですぞ。まだまだ序盤ですからな。もっと人が集まって来
る遅い時間帯の方がよろしいかと思います」
ナイロンはより効果的に自分の策略を実行するために待ったをかけたのだった。
やがて夕方を過ぎて出場者も強い者ばかりになってきた。こうこうとともされ
た篝火はあたかも真昼のように出場者たちを照らしている。屋根を付けられたそ
れは光を広間の中央に送っていたのだった。
「サファイヤさま、じつは家来どもから要望がございます」
ナイロン卿はサファイヤの前にひざまずいた。
「何だ? 行ってみろ」
彼女が聞く。
「実はこちらにおられるフランツ王子様と模範試合をお願いしたいのですが・・
なんでもフランツ王子さまは名うての剣士とお聞きしております。ここはひとつ
家来どもだけじゃなく国民の為にも」
彼は丁寧にお願いしたのである。
「僕ならいいよ。以前この城の女中たちからサファイヤ王子はすごい剣の使い手
だと聞いていたからな」
フランツは快諾した。
"何をする気だ、ナイロン卿"
心の中で、やっとナイロンが何かを仕掛けて来たと思ったフランツだが表情に出
してはいない。しかしこの試合で何かがおこるかも知れないと気を引き締めたの
である。
「よし、それじゃお相手願おうか」
サファイヤは立ち上がった。
王子同士の試合であり親睦の為という事なので鎧もつけない軽いものだった。
フランツは黒地にグレイの糸で刺繍してある服に真っ黒のマント、そしてサファ
イヤの白っぽい服は対照的であり視覚的に見ごたえがある。そのいかにもイベン
トらしい組み合わせに拍手が巻き起こっていたのであった。
合図と共に試合は開始された。真剣を使っていないものの鋭い剣の音が飛び交
っている。ふたりの素早い動きやフランツの力強い攻撃、そして相手の力を利用
したサファイヤの攻撃は目を見張るものがあった。
"強い! なんて強いんだ? どうしてこんなに強い? 僕はこれでも小さい頃か
らずっと一流の剣士に習っていたんだぞ"
フランツはサファイヤの剣技に驚いた。確かにこれほどの腕を持っていればまさ
か誰も彼女が女だとは思うまい。
"本気でかからないと負ける! いや、本気でも互角! 今だけは君が女だと言
う事を忘れる"
フランツの手加減なしの攻撃が続いていた。サファイヤも又、本気で受けている。
ふたりは今、剣士同士としてお互いの腕を競い合っていたのだった。
王子同士の親善試合は当然の事ながら盛り上がっていた。しかも二人は互角な
のだ。おまけに強い! 人々の歓声の中で戦うふたりはお互いに国をしょってい
る自覚があり、その気迫が皆を圧倒していたのである。
「今だ!」
ナイロン卿は手下に命じ魔法の玉を高い塔の上で炸裂させたのである。すると突
然黒い雲が低くたちこめて土砂降りになった。あわてて建物の陰に隠れる見物客、
雨に濡れてたたずむ出場者たち。消えぬ篝火は人々の様子をはっきりと映し出し
ていたのである。
「いったいどうしたんだ?」
試合が中断した競技場の広間で雨に濡れながらふたりは空を見上げていた。
「 !! 」
その時フランツはサファイヤの異変に気が付いたのである。
「サファイヤ!」
彼はサファイヤの手を引いて競技場から出て行った。
「何をする!」
サファイヤは手を引っ込めようとしたが彼はかまわずどんどん歩いて行く。
「ジュラルミン大公さま。サファイヤが!」
ナイロン卿がサファイヤを指さした。
「追え!」
ジュラルミンはサファイヤを追うように手下に命じたのである。
「サファイヤめ、気がついたのか」
ナイロンの計算ではあのまま競技場で正体がばれるはずだった。しかしフランツ
の機転によりサファイヤはそこからいなくなってしまったのだった。
「早く何とかしろ! ナイロン!」
いらだったジュラルミンはナイロンにあたっていた。
「はいっ! 何とか!」
ナイロンもあせっている。まさかこうなるとは思わなかったのだ。
「早くサファイヤを見つけだすんだ!」
ジュラルミンはもう一度ナイロンに向かってどなったのであった。
フランツに手を引かれたサファイヤは走っていた。
「どうしてこんな事に?」
雨に濡れて縮んでゆく服に驚くサファイヤ。
「罠だ! 君ははめられたんだ」
フランツが冷静に答えた。
「何かあると思っていた。しかしこうだとは思わなかった。しかし今は・・ 」
何も身を隠す所のない競技場を抜け、比較的小さな中庭に出たフランツは大き
な茂みを指さしたのである。ここは訪れる者もいない。小さな篝火がポツリとあ
るだけでほとんどが闇に包まれている。それでも後ろの方から追っ手の足音が聞
こえて来たのだった。雨はもうやんでいる。
「サファイヤ、ここに隠れろ! 僕のマントは黒いから。夜の闇だと見えやしな
いさ」
茂みに入ったフランツはさっと彼女にマントをかぶせたのだった。走っているう
ちに雨に濡れたサファイヤの服は見事に縮み、彼女の女性らしい体型がはっきり
と現れていたのである。
「フランツ!」
サファイヤは抵抗しようとしたがフランツの腕に引き寄せられてマントにすっぽ
り収まった。
「ごめん、狭いけど見つかるよりはマシだろう? 追っ手が通り過ぎるまでじっ
としてるんだよ」
フランツがマントごしに背中を抱いている。サファイヤの顔にフランツの胸が密
着し、鼓動が聞こえて来る。
"あれ? 変だぞ・・"
ふいに涙がこぼれて来た。ものすごく安心した事と、自分がやはり女であること
の再認識、そしてこんな形でかばってもらう嬉しさ・・フランツの優しさ。色ん
な思いが込み上げてきたのだ。
少しだけ肩が震えているのをフランツは感じていた。それをごまかそうと大き
く息をしている事も知っていた。だからフランツは何も言わないし何も聞かない。
ただ追っ手が通り過ぎた後も、彼女が泣きやむまでずっとマントの下に隠し続け
ているだけだった。
「行っちゃったみたいだね。それじゃ僕は退散する。君も気をつけるんだよ。僕
のマント、かぶってれば見つからないから」
フランツは闇に紛れて去って行った。
月のない夜だったので彼の表情までは見えない。しかし別れ際につかまれた両
腕が暖かくうずいている。
"フランツ、どうして助けてくれたの?"
急に疲れが出たサファイヤはしばらく動けなかった。
"君は僕の事を知っててかばってくれたんだね・・"
彼女は降るような星の下でフランツの泊まっている部屋のある塔を見上げていた。
あっと言う間の出来事だったがサファイヤにとっては長くてせつなく、そして甘
い思い出になったのだった。
大雨の為に中止になった競技場ではさっきの名勝負が引き分けだったと人々の
話題になっていた。誰もが消えたふたりを不審に思わなかったし王子たるもの雨
に濡れてまで下々の者の為に勝負をつけるべきではないと思っていたのである。
ただジュラルミンだけはナイロン相手に苦虫をかみつぶしたような表情を見せ、
くさっていたのだった。
フランツは複雑な思いでシルバーランドの来賓室で寝そべっていた。深夜だと
いうのに眠れない。さっき感じたサファイヤの鼓動が彼の心をざわつかせるのだ。
震える肩も腕の感触もすべていとおしい。別れ際には思わず抱き締めてキスをし
てしまいそうになったのはどうしてなのだ?
"もう一度亜麻色の髪の娘に会いたい! 会って確かめたい! 彼女はきっとサ
ファイヤだ"
そんなに都合よくふたりのよく似た娘が現れる訳がない。
"それに僕はもうサファイヤを愛し始めている"
仮に二人が別人であり、今、目の前に亜麻色の髪の娘が現れたら自分はやはりサ
ファイヤを選ぶだろう。
"まさか僕がこんな思いで夜を迎える日が来るなんて思いもしなかった・・"
それでも明日になれば朝が来る。その時にはどんな顔でサファイヤに会えばいい?
何を話したらいいのか?
そしてフランツのため息と共に夜はますますふけてゆくのだった。
終