銀色物語5
ついにジュラルミンは国王を亡き者にして王妃とサファイヤを棺桶塔に閉じ込める
事にした。今までならサファイヤの秘密を暴き、失脚させるだけの消極的ともいえる
行動だったのだがそれでは駄目だと察したのである。その為にはどうしても魔女の協
力がいる。彼は家来に命じ、魔の山に以前から頼んでいた薬を取りに行かせたのであ
る。
「ちゃんと出来ているよ。これが国王を毒殺する薬、まるで眠るように死ねるんだよ。
そしてこれが自白する薬・・ 何でも心の中に気になってる事をペラペラしゃべって
しまうんだ。それにしてもジュラルミンってヤツは人間にしておくのがもったいない
ような悪だね。簡単に人を殺めてしまうなんて」
魔女は薬の包みを家来に手渡した。彼らはうやうやしく礼を言ってから悪魔の山を後
にしたのである。
フランツは亜麻色の髪の娘を探してもらう口実でサファイヤの元に何度も訪れてい
た。ほぼ間違いなくサファイヤが探している娘だという事はわかっている。しかし彼
女から何もいわない以上あえて詮索しないようにしていたのであった。
「じゃ、フランツとはしばらくのおわかれだね」
サファイヤが少し寂しそうに言った。彼は明日から各国をまわる旅に出るのだった。
王子としての修行みたいなもので、代々のゴールドランド国王は青年時代に皆そうや
っていたのである。
「サファイヤも気をつけて。スキを見せるんじゃないよ」
フランツは注意した。しっかりしているように見えて危なっかしいところがあると思
うのは自分をもっと頼って欲しい気持ちの裏返しでもあるのだ。
「大丈夫だよ。君の留守中に亜麻色の髪の娘の行方を探っておくからね」
サファイヤはフランツに約束したのだった。
ジュラルミンはいよいよ悪の本領を発揮し国王一家に迫っている。しかし王は何も
気が付いていないしサファイヤも何も感じていなかったのである。
「ジュラルミン大公さま、ご決断を・・ この薬さえ飲めば王はすぐに・・」
ナイロンは薬を日にかざしたのである。淡い水色のきれいな液体だ。無味無臭らしい
ので何にでも混ぜられる。
「よし、今夜にでも王を・・ そしてサファイヤの戴冠式には王妃に薬を飲ませるの
だ。そうすればサファイヤは約束通り生きたまま魔女の餌食となる」
ジュラルミンは今度こそ確信があった。彼は王に関しては確実性を重視し、殺し屋を
雇っていたのだった。
「ナイロン、ヤツに今夜だと言っておくんだ」
ヤツとは殺し屋の事である。
「はい、かしこまりました。大公さま。今宵シルバーランド王は眠るように息を引き
取る・・・そういう事ですな」
ナイロンはニヤリとし、そっとジュラルミンに耳打ちしたのである。
「そして大公さまは国王に・・」
その返事としてジュラルミンが言った。
「おまえにはもっと高い地位を・・」
ふたりは作戦の成功を祝って乾杯したのである。
しかしこのふたりの会話をプラスチックがドアの外で聞いていた。
"父上・・ まさか本気で?"
彼は父の事を決して善人だとは思っていなかった。しかしそれほどの悪人ではないと
思っていたのである。
"父上が国王を暗殺?"
しかしそれは信じられなくもない。ついに来たか、とも思うのだ。
"しかし父上を人殺しにはしたくない!"
彼は何とかしなくてはと思うのであった。しかし何をしたらいいのかわからない。取
り敢えず今夜は父の部屋の外で見張りをしなくてはと思うのだった。それがプラスチ
ックの考えついた精一杯の知恵だったのである。
殺し屋は国王の部屋の天井裏に忍び込んでいた。なかなか眠りにつかない国王だっ
たが床につくとすぐに寝息を立て始めたのだ。
"ようし・・ これで・・ "
彼は天井から糸を垂らしたのだ。そしてその糸伝いに毒薬を一滴づつ、国王の唇へと
送り込んだ。しずくはごく少量づつの為、国王は全く気が付かない。うっすら開いた
口に毒は確実に流れ込んで行ったのだった。
次の朝、国王は誰に見取られる事なく息絶えていた。最初に気がついたのは王妃だ
った。そしてすぐにサファイヤと医師団が呼ばれたのだ。
「ここの急な発作だと思われます」
医師たちは心臓に手を当てて王妃やサファイヤに説明した。誰もが国王の病死を疑わ
ない。それはジュラルミンの雇った殺し屋の鮮やかな腕前と言えよう。
「何か心配事でもおありでしたのかな」
白々しくジュラルミンが悔やみを述べに来た。ナイロンもその後ろで神妙な顔をして
立っている。
"ああ・・ これは父上のせいだ! きっと昨夜の毒でわからないように殺ってしまっ
たんだ。僕は父上を止める事も制止する事もできなかった!"
ものすごい後悔がプラスチックの心を支配した。
"僕はやはり何もできないヤツなんだ・・ 許して下さい! 知っていて何も出来ない
のは知らないよりも悪い事です"
彼は青い顔をして国王に謝った。泣き崩れる王妃の横でサファイヤは気丈にもぐっと
歯を食いしばって立っていた。その姿が痛々しくてプラスチックはついに泣き出して
しまったのである。
"僕が殺したようなものだ! 僕がサファイヤにひと言話していればもっと違う結果に
なったと思うのに・・"
彼は人目もはばからずに泣いていたのである。
「おうおう、プラスチックや。おまえは何て優しいのだ」
ジュラルミンはわが子を抱き締めた。それは泣いていないサファイヤへの当てこすり
ともとれよう。
"泣いているから悲しみが深いと言うのじゃないぞ!"
サファイヤはジュラルミンをキッとにらみつけたのである。
国王なき後は当然世継ぎの王子としてサファイヤが王位を継ぐことになる。しかし
サファイヤにはどうしてもまだその決心がつかなかったのである。
「サファイヤ、あなたはシルバーランドの為に立派に国をおさめる義務があるのです
よ」
王妃が言った。
「国の為に・・ですね」
サファイヤは決心したのである。無事に戴冠式を迎え戴冠した後もずっと王としての
日々を過ごさなくてはならない不安は消えないが、もう行く所まで行くしかないのだ。
「僕は・・ やはり国の為に生きて行きます」
彼女は母に誓ったのだった。
"でも・・ジュラルミンがもっといい人だったらこんな事にならなかったのに・・・"
と、思う。過去に父の代理として王位についた彼が国を思う政治をしていれば父も自
分を王子として育てなかっただろう。
"神様・・僕はそうするしかないのですか? 僕に選択肢はないのですか?
自分の部屋で一人でいるとどうしても不安の波が押し寄せる。だれも彼女がまだ16
才にもならない少女だと見てはいないのだ。
「サファイヤ!」
突然チンクが窓から入って来た。
「チンク!」
彼女は思わず大きな声を出したのである。
「大変だね・・でもこんな事になったのはみんな僕のせいなんだ。きっと今頃、神様
が天国の王様に話していると思うよ。僕がいたずらしちゃったせいで君を王子として
育てなきゃならなくなったんだって」
チンクは神妙にしている。
「そんな事はないさ。きっとお父様は掟を変える事を迷っていたのかも知れないんだ。
だってたとえ燃やされてもその気ならすぐに書き直すだろう? それに・・お父様が
天国に行かれたのなら僕は・・」
言葉のつまったサファイヤをチンクはあらためて気の毒に思ったのである。僕の前で
も泣けないのかな、と自分の存在のちっぽけさが悲しい。そしてこんな時にフランツ
王子がいればサファイヤはもっと違った反応を示すだろうと思ったのだった。
国民はサファイヤの即位を喜んでいた。サファイヤ王子なら今以上に良きまつりご
とをしてくれるだろうと。
"神様、サファイヤを身守っていてあげて下さい。僕は人間の生活を始めてから人間
の事が本当に好きになりました。悪い人や悪い人も多いけど信じる人の為に生きて行
ける情熱をもっている人間が大好きになちゃったんです"
チンクは心から祈ったのであった。
いよいよ時が迫って来ていた。もうすぐサファイヤが国王になる瞬間がやって来る。
城下町には遠くから来た人々が宿泊し、花が飾られ露店が軒を並べにぎやかさを増し
ていた。そして貴族達もお城に押しかけて新王の誕生をこの目で見ようとしていたの
だった。
"ナイロン、例の薬はどうした?"
ジュラルミンが聞いた。
"はい、それはもう大丈夫ですぞ"
彼は即答したのである。すでに薬は王妃の乾杯用の酒に入れられている。後はその時
を待つのみとなっていたのだった。
しんと静まり返った大広間にサファイヤが入って来た。長いじゅうたんの上を真っ
すぐに王座に向かって歩いて行く。それがサファイヤにとってどういう事を意味する
のか彼女自身充分にわかっている事だったのである。しかしもう振り返れない。生ま
れた時からこうなる運命だったのだから。
"僕は国王として生きて行かなければならないんだ。でもいったいいつまで?"
不安と悲しみが渦巻く胸を誰にも悟られまいと頭をあげ、胸を張りサファイヤは王座
についたのである。
そしてサファイヤの頭上に王冠が輝いた時、大きな拍手と歓声、そして祝辞の嵐と
なっていたのである。
「新王に乾杯!」
ジュラルミン大公の大きな声で乾杯の音頭がとられた。
「乾杯!」
列席したすべての者が高くグラスを差し出し祝ったのである。
グラスの壊れる音がした。しかし歓声にかき消された。しかし王妃が倒れそうにな
り、近くの大臣に支えられた時には大広間の皆が何事かと静りかえったのである。
「どうかなさいましたか? 王妃さま」
ジュラルミン大公が駆け寄って聞いた。
「ああ・・ 私は何という事を・・」
急に襲って来た不安感と焦燥感に王妃は耐えられなくなっていた。そして次にやって
来た罪悪感は彼女を告白に導くのに充分だったのである。
「何をなさったのですかな?」
ジュラルミンやナイロンはほくそ笑んだ。とうとうその瞬間がやって来たのだ。かれ
は努めて優しく王妃に呼びかけたのである。
「私は・・・ 」
彼女は顔をおおった。
「お母様?!」
サファイヤは母の異変に気がついたがそれがまさか薬の為であり、告白に至るとは思
わなかったのだ。
「サファイヤ、ごめんなさい。でももう苦しくて・・」
王妃はほとんど自分で立っていられない程の状態で、それでも何かを話したそうに顔
を上げたのだ。
「お母様・・」
サファイヤはどうしたらいいのか分からなくて母の横で彼女を見ていたのだ。
「王妃様、心配事があるのならここでお話しになった方がお体の為ですぞ」
ジュラルミンが心配顔でうながした。
「ああ、ジュラルミン・・ そうですね。私は・・ もうこれ以上黙っている事はで
来ません。サファイヤは・・ 本当は王子ではなかったのです」
ついに王妃は秘密を明かしたのであった。
「もう子供が望めない私はこの子を王子と偽って育ててまいりました。でももう限界
なのです」
彼女は意識はだんだんもうろうとして来ているようだ。
「では王妃様は国民をだましておられたのですね?」
今度はナイロンが聞いた。
「そうなのです・・ 私たちはずっと・・ 」
王妃が倒れそうになった。大臣たちが彼女をとっさに抱えイスのに座らせた。
"もうおしまいだ!"
サファイヤは心の中で言った。どうしてこうなったのか、どうして今なのか、訳がわ
からないまま彼女は立ち尽くしていたのである。
「国民をだました罪は大きいぞ!」
「掟では女は王位につけないはず!」
その声はあらかじめ命じておいたナイロンの手下の声だ。
「そうだ・・ な。国王夫妻はだましておられたのだな」
ようやくそこで列席している貴族たちに、自分たちもだまされていた事に対する不満
の声が上がったのだ。
「国民をだましていた王妃と王子を逮捕しろ!」
それはナイロンの手下の声だった。
「戴冠式は中止だ! 即刻ふたりを捕らえろ!」
今度はジュラルミンの声だった。サファイヤが失脚した後は彼に王位が回って来る。
当然時期国王の命令に従う警備兵だったのであった。
「王妃さま、サファイヤさま、残念な事ですが・・・」
警備兵がふたりに言った。しかし王妃はもうぐったりしていて聞いてはいない。騒ぎ
が大きくなり始め、大広間は厳粛な雰囲気がどこかに行ってしまったのである。
「サファイヤ王子・・ じゃなくてサファイヤ姫。国民をだました罪で逮捕させてい
ただきますぞ」
ナイロンは含み笑いをして言った。彼はサファイヤの腕をつかもうとしたが彼女に逆
にねじられてしまったのである。
「ナイロン、仮にも王子だったお方だ。失礼だろう」
一人の大臣が言った。
「ありがとう、大臣。僕は逃げません」
サファイヤがきっぱり言い切ったのである。そして大広間を後にしようとした時、振
り返って皆の方に向き直ったのだった。
彼女は突然話し始めたのである。
「ここにおられる皆さん、聞いて下さい。僕は確かに皆さんをだましていました。僕
は女です。生まれた時から王子として育てられていたから小さな頃は本当に自分の事
を男だと思っていたのです。でも、やがては気が付きます。そしてその時からずっと
皆さんをだまして来たことを心苦しく思っていました」
サファイヤはうなだれてひと息ついた。
「でも男であろうと女であろうと国を愛する気持ちに変わりはありません。掟を破っ
たのはいけない事ですが僕はせいいっぱい頑張って来ました! それだけはウソはあ
りません! 皆さん、国を案じる心に男や女の区別はあるのでしょうか? でも・・
でもやっぱり人をだます事はいけない事なのです。皆さん・・ ごめんなさい・・・」
サファイヤの真剣で、飾り気のない言葉に誰もが感じるものがあった。
「皆さん・・ だましててごめんなさい!」
サファイヤはもう一度、深々とお辞儀をして謝ったのであった。
しんと静まり返った大広間にサファイヤの声だけが響いていた。さっき彼女を非難
していた声も今は無く、多くの者がサファイヤの心の叫びともいえる言葉の意味を深
く感じていたのである。
「おい、やめさせろ」
ジュラルミンが大臣に命じた。そして抵抗しないサファイヤは大臣たちにつれて行か
れてしまったのである。
最初から決まっていたように二人は棺桶塔に閉じ込められる事になった。
「終わちゃったね、お母様」
サファイヤは棺桶塔に送られる馬車の中でサバサバしたように言った。
「僕はこれで良かったと思ってるんだ。だってもう苦しまなくてすむでしょ?」
それは強がりではなく本心であった。
"でもフランツともう会えない事がつらい・・ "
すでに地位も身分も財産も何もなくなり罪人という烙印を押された者がフランツと
会う資格はないと思う。
"フランツ・・ フランツ。永久にさようなら"
その時になってサファイヤは急にたまらない悲しみに襲われたのである。しかし母
を悲しませる事はできないのだ。彼女は泣きたい気持ちをぐっとこらえて遠くにけ
ぶる棺桶塔を見つめていたのであった。
フランツは遠い旅先でシルバーランドの出来事を聞いたのである。しかしその時
にはもうサファイヤは棺桶塔に送られた後だった。ちょうど長旅の終わりであり、
馬車の旅を満喫していた時だった。
「馬を貸せ!一番早い馬だ」
その知らせが入るや否やフランツは家来に命じたのである。
「後は任せたぞ、大臣!」
彼は馬車からおりて馬に飛び乗った。一路、シルバーランドへ!
しかし急いだからと言ってどうにかなるものではなかったのだが・・
終