銀色物語8
昨日の花嫁選びのパーティーでプラスチックが襲われた事はジュラルミンにとっ
て衝撃だった。凶暴な男というプラスチックの証言から犯人の割り出しをしたのだ
が結局分からずじまいだったのだ。当然、真っ先に疑われたサファイヤも、棺桶塔
のガマーがうまくごまかして替え玉を用意していたので事なきを得たのだった。
"どうしてプラスチックがねらわれたのだ。プラスチックがいったい何をしたと言
うのだ?"
ジュラルミンはわからない犯人にいらだちを覚えていた。犯人の隣にずっといたヘ
ケートだけがあのまま引き留められて、あれこれ質問されていたのである。それを
見ていたプラスチックはサファイヤの事がばれないかとやきもきしていたのだが大
丈夫のようだったので安心していたのだった。
ジュラルミンたちの質問攻めにあった後で別室に解放されたヘケートを待ってい
たのは豪華な食事とプラスチックである。
「あら、王子様と一緒にお食事なの?」
驚いたようにヘケートが言った。
「あの・・ ごめんね。実は・・ 僕も聞きたい事があるし」
プラスチックが申し訳なさそうにテーブルについた。おどおどしたその態度はどう
見ても王子とは思えない。
「何が聞きたいの?」
ヘケートが彼の顔をじっと見つめて聞いた。とっさに視線をそらすプラスチック。
「うん・・ あのね、実は昨日の・・ 」
彼の口調でヘケートは大体何がききたいのかを察してしまったのだ。
「あなたはサファイヤをかばったのね」
彼女がズバリと言った。その言葉にプラスチックはイスから飛び上がらんばかりに
驚いたのだった。
「どうして君は・・・ それじゃ君もサファイヤをかばってくれたのかい?」
プラスチックは思わぬ味方を得て嬉しかったのだ。しかしヘケートは妙な表情を見
せたのである。
「変ね。あなたもサファイヤが邪魔だったのじゃないの? あなたのパパと同じで
ね」
ヘケートの母はプラスチックの父の注文で毒薬を作ったのだ。それがサファイヤの
失脚につながり今に至っていたからだ。
「今さら偽善者ぶってもサファイヤには通用しないのじゃない? 毒薬を作らせた
のはあなたのパパだもの」
ヘケートのひと言ひと言がプラスチックに突き刺さる。
「どうして君はそんな事を知ってるんだ!?」
プラスチックはさっきから驚く事ばかりで足が地につかないでいた。
「ふふふ・・ わたしは毒薬を作った魔女の娘よ。あなたは今、魔女と食事をして
いるのよ。
「 ・・・うそ? 」
今度はプラスチックらしくその場で倒れてしまったのであった。
フランツがサファイヤと一夜を過ごした漁師小屋を出て、一番近い村で馬を借り
ゴールドランド城に着いたのは昼を随分まわってからだった。
「門を開けよ!」
フランツの命令で開かれた城門の中では彼の帰りを待っていたじいがいた。
「フランツ王子!」
と、いきなりお説教を始めようとしたが、フランツの後ろにいるサファイヤに気が
付き言葉を飲み込んだのである。
「やぁ、ただいま」
フランツはじいに声をかけた。門兵や警備兵はふたりの格好に何事かと思ったのだ
が決して聞けやしない。
「さ、早く中に!」
と言ってサファイヤの方をチラリと見たじいはフランツの言葉を待っていた。きっ
とこの娘が以前紹介すると言っていた者に違いなさそうなのだ。
「僕の大切な人だ。湯の後で僕の部屋に食事の用意をしておいてくれ」
中に入ったフランツは女中頭に命じた。そしてサファイヤの手にキスをしてから国
王である叔父の元に向かったのだ。
その時フランツは珍しく叔父と親密な話をしたのだった。今まで父親がわりだと
いうものの、それほど真剣になって話し合いなどした事はなかったのである。それ
は叔父王にとって嬉しい事であり、我が子を持てなかった彼が本当の意味でフラン
ツに父だと認められたといって良い出来事だった。サファイヤの事から始まった話
はやがてゴールドランドの将来の事になり、やがてはシルバーランドとの関係にま
で発展して行ったのである。
「おまえを信じているよ」
叔父は言った。
「ありがとう、叔父上」
フランツは改まって叔父に礼を言って彼の私室を後にした。話し合ってわかった事
だが自分は彼に限りない愛情を貰っていたのだった。今になって見えないものが見
えた事をフランツは肌で感じていたのである。
サファイヤのお世話を仰せつかった女中頭は信用のおける女中たちを呼び、彼女
を湯殿に案内させたのだった。身分こそ明かされていないのだが、いくらフランツ
のブラウス1枚というおかしな格好をしていても身のこなしとかで高貴な生まれだ
とわかる。
「自分でできるからいいよ」
と、サファイヤは断った。いつも女だという事がばれないように一人で湯を使う習
慣になっていたからだ。しかし女中頭はどうしても世話をさせて欲しいと頼んだの
である。彼女は女中頭の意地にかけてもフランツ王子の命令を立派に全うしたかっ
たのだった。それにはさすがのサファイヤも苦笑して受け入れざるを得なかったの
である。ローブを選ぶ係の者も真剣な表情でサファイヤに一番似合いそうな物を選
んでいた。こっちも又、女中頭の信頼に応える為に必死だったのである。一方サフ
ァイヤはあまりの無駄な時間の多さにうんざりしていたのだが、彼女たちの為にあ
えて合わしていたのだった。
「フランツはいつもああなのかい?」
サファイヤは自分とあまり年の変わらない女中に聞いた。しかしその女中は緊張し
てしまってこたえられなかったのであった。
ジュラルミンは自分に近付く不気味な足音を感じていた。それは誰のものかはわ
からないが確実に自分に迫って来ているようなのだ。
"サファイヤじゃないとすれば誰なのだ?"
彼は誰かが自分をねらっているような気がするのは錯覚ではないと確信していたの
だった。船にいたのは小柄な男だとプラスチックが言っていた。まさかねらってい
る本人が襲ったとは思えないが、それがよい証拠だろう。
"ワシは息子や自分を守るためには何でもするぞ"
ジュラルミンは手段を選ばない強さを持っている。彼なら自分や息子を守るためな
らなんでもするだろう。そんな男なのだから。
ナイロン卿はずっとチャンスを待っていた。彼はジュラルミンの下について、い
や、つくふりをして自分が彼の座に収まりたいという野望をもっていたのである。
"くそぅ、ジュラルミン大公め。この俺様に隠居だと?"
彼は以前ジュラルミンに言われた言葉を思い出していた。プラスチック王子に王位
を譲って自分は隠居をすると。そしてその時にはナイロン卿も隠居すればよい、と
言っていた。
"とんでもない!"
ナイロンは思った。息子にこの国をまかす・・・
"それで満足なのですかい? 大公も所詮その程度の人間だったのですかい? それ
ならあんたにもう用はない"
ナイロンはすでにジュラルミンを見切っていたのだった。彼の野望は果てしなく、
それはジュラルミンが想像だに出来ないものだったのである。
"おれが国王になったら最初にゴールドランドを攻めて自分の国にする!"
そう、彼は覇王になりたかったのだ。ジュラルミンという悪の影に潜み、小さな悪
を育てやがては育ての親を食い殺して取って変わろうという野望の持ち主だったの
である。しかしジュラルミンにあって彼にないものは一時的にでも役に立ってくれ
る参謀だった。ちょうどジュラルミンにとって今の自分のような・・
"俺の目の前の邪魔者はジュラルミン大公になるがこれは結構やっかいだな"
ナイロンは取り敢えず今は野望を内にひめ、彼の忠実な参謀のままでいようと考え
たのである。
プラスチックは自分が悪夢を見るものとばかり思っていた。しかし夢の中に現れ
たのはドレスを着たサファイヤとヘケートだった。ふたりは交替で自分とダンスを
踊っている。きれいな蝶が舞うように、すそをヒラヒラさせながら流れるようにス
テップを踏んでいたのだった。
彼が眼をさました時、自分を心配そうに覗き込んでいたのはヘケートだ。彼女は
自分に驚き倒れた彼を心配して、ずっとつきっきりで介抱していたのだ。
「・・・君・・・」
プラスチックはヘケートの方を向いた。
「ヘケートよ、王子」
彼女はクスッと笑って言った。プラスチックはそれにつられて照れたように笑った
のだった。さっき咄嗟に恐怖に襲われて気を失ってしまったのが恥ずかしい。
「僕はダメなんだ」
彼は言った。
「何がダメなの?」
ヘケートが聞いた。
「僕は何も出来ないんだ。父の陰謀を知っていても阻止できなかったし・・・サフ
ァイヤを辛い目にあわせている・・」
さっき明るい表情を見せたと思えば暗い顔になるプラスチックにヘケートは彼の正
直さを見いだした。
「決めた! 私、あなたの味方になるわ」
彼女ははっきりと決めたのだった。どうしてなのかわからないが、彼を放っておけ
ない気持ちになったのである。
「・・・・・」
しかしプラスチックは複雑だった。自分は悪魔に魅入られたのかも知れない恐怖、
ヘケートの魔女らしくない態度が彼の頭で交錯し何も言えないでいたのだった。
"でも悪い子じゃないみたい・・・"
それが沈黙後の彼の判断である。
「どうやら信用してくれたみたいね」
ヘケートは立ち上がった。部屋の外に誰かの気配を感じたからだった。
「でも内緒よ、あなたがサファイヤの味方みたいだから私も・・・」
と、小声で耳打ちしている時にジュラルミンが部屋に入ってきたのである。
「おっと! これは邪魔をしてしまったようだな」
彼は息子に詫びたのだ。ちょうど彼女が耳打ちしているポーズを取り込み中と勘違
いしたらしいのだった。
「ははは・・・おまえも中々の男になったものだな。ワシは嬉しいぞ」
彼は誤解をしていたのだがヘケートはあえて黙っているようプラスチックに目配せ
したのである。
「父上、何か?」
彼が聞いた。
「いや、なに・・・お前が元気そうでよかったわい。船で襲われた事が尾を引いて
いるのかと思ってな。しかしその必要はなかったみたいだが」
ジュラルミンは彼なりに息子を案じて様子を見に来たらしいのだ。
「ありがとうございます、父上」
彼は素直に礼を言った。父は父なりに自分を気にかけてくれている、その親心は純
粋に嬉しいものだから。
ジュラルミンは軽く手をあげて出て行った。後に残された二人は顔を見合わせて
笑っていた。妙な連帯感が二人の間に芽生えていた。それをきっかけにしてお互い
の身の上を語り合ったのである。父に育てられたプラスチック、母に育てられたヘ
ケート、共に語る親の肖像は不思議と愛にあふれていたのであった。良い部分だけ
を見れば、親とは善悪を別として限りない愛をそそいでくれているものなのだろう。
そう思う二人だったのである。
フランツは部屋の入り口でサファイヤが来るのを待っていた。ドアの外では下僕
が若い女中たちとしゃべっている。
《本当にきれいな方なのよ。白い肌で体もシミひとつなくて・・・きっとどこかの
お姫様だと思うの》
《そりゃあのフランツ王子様が選んだ方だからなぁ。でもこれでいったい何人の女
が泣くのだろう?》
ドアの内側で聞いていたフランツは照れたりムッとしたりしていたのである。
その時にわかにざわめきが起こりサファイヤが部屋に入って来た。
「 ・・・ 」
ふたりは一瞬無言だった。考えたら短い時間に色んな事があった。お互いに色々思
う事もある。
「フランツ!」
突然サファイヤが彼の名を呼んだ。
驚くフランツ。
「さっきから急に他人行儀になっちゃって! そんなだとボクがここに居づらいじ
ゃないか」
サファイヤは文句を言った。考えてみればそうだろう。少し前までは普通に話をし
ていた間柄なのにと彼女が思うのは無理のない事なのだ。
「いや・・ 僕はそんな・・ 」
意識していないと言えばウソになる。まして亜麻色の髪の娘が彼女だったとはっき
りわかった今では余計だった。彼女との初めてのキスはまだ唇に感触として残って
いる。
"落ち着け!自分"
フランツは一呼吸おいた。少し冷静になって・・・
「昨夜は少しは男らしいと思ったのは錯覚だったのか!」
彼女は憤慨していたのだ。しかし湯浴みの後の上気した頬に涼しい水色のドレスが
似合っていて、フランツじゃなくても魅了される容姿がまぶしい。裏腹に女性扱い
されて怒るサファイヤは非常にサファイヤらしい。
「やれやれ、これでも女の子なんだからなぁ」
フランツはやっといつもの表情を見せて笑ったのだった。
「なんだ、やはりからかっていたのか」
サファイヤはまだ怒っている。
「いや、からかってなんていないさ」
"君が僕にとって大切な人だというのは本当の事だもの"と、まで言うと彼女がまた
怒りそうなのでやめておいたフランツだった。食事の仕度が整ったテーブルで料理
が湯気をたてている。椅子をひかれたサファイヤがおとなしく席についた時、二人
だけの会食が始まったのである。
「ボクはやはり気になるんだ」
フランツと向き合って食事をしていたサファイヤが唐突に言った。
「え?」と聞くフランツ。
「シルバーランドが気になるんだ。今のままじゃいけないと思う。ボクはずっと考
えていたんだ。自分が治める時にはどうしようとかね。そしてそれは今も変わらな
い。そう思わない?」
彼女はフランツに聞いた。彼とて一国の王子である。それなりに自分の国の事をち
ゃんと考えていたのである。
「僕は叔父上の政治が好きだよ。会議に列席している大臣たちもみな前向きにとり
くんでいるし。だからそれを守りながらもう少し裕福に国民が過ごせるような何か
を見つけたいな。そう、理想が現実になるように」
未来を語るフランツの目は魅力的で、サファイヤは思わず彼をじっと見つめてしま
ったのだった。遊んでいるように見えてちゃんとした意志を持っている、そんな彼
はやはり王子の資質を充分兼ね備えていると言えよう。
"ゴールドランドは安定している・・・"
サファイヤはジュラルミンやナイロンの顔を思い出していた。そして自分の見て来
たシルバーランドの城下町の様子をフランツに話したのである。
「生活が苦しくなってるみたいだし、新しい掟も多い。国民と王家が離れている状
態だとボクは思ったんだ」
サファイヤの憂いは国民の憂いに共通する。まだ未熟かも知れないが、彼女なら国
を上手く統治するだろうとフランツは思う。二人は真剣にお互いの国について語り
合ったのであった。
その時ふたたびドアの外がざわめいた。それもそのはず、国王がフランツの部屋
の前に立っていたからだ。彼は単純な好奇心からサファイヤを見に来たのだった。
以前会った時は王子の姿でしかも帽子をかぶっていたため顔すらおぼえていなかっ
たのだ。
「姫は中におられるのか?」
と、彼が聞くと直立不動の番兵がはっきりした声で「はい」とこたえていたのであ
った。国王の言葉でサファイヤが姫である事を知った女中たちは一応に納得したの
である。あこがれの王子様がただの娘を連れこむはずがないと、つまりそういう事
なのだ。
「叔父上、こちらが僕のサファイヤです」
僕の、を強調し、わざと"姫"を付けずにフランツが誇らしげに紹介した。そこには
彼の意志があらわになっており、改めて彼のサファイヤに対する愛が確固たるべき
ものだという証明にもなっていたのである。
彼女は国王の前で公式の挨拶をした。若いながらも物怖じしない、王女としての風
格を備えている印象がサファイヤから感じられたのである。しばらく雑談した後に
彼は部屋を出て行った。満足げな表情は今の彼の気持ちをあらわしているのだろう。
少し暗くなった時、二人は棺桶塔に向かったのだった。町を抜け森を越え小さな
湖を駆けている時、サファイヤは湖面の丸い影を見た。
「ほら、今夜は満月だよ」
ふいに見上げた空に大きな月が出ていたのだ。
「満月か・・・月なんて長いあいだ意識して見た事がなかったな」
フランツも同じように見上げて言った。
「この月が・・・」
彼が言葉を止めた。
「何?」と、サファイヤが聞く。
「いや、この月が・・・いつか未来にふたりの思い出に出てくる月になるのかな・・・
なんて思っただけで・・」
我ながらキザなセリフを言ってしまったと照れくさい思いなのだがサファイヤは笑
わなかった。
彼女は静かにフランツに寄りかかった。
「ボク、甘えるのは嫌いだけど君がいると安心する」
彼女は目を閉じてフランツの胸の鼓動を聞いていた。それだけで癒される自分が嬉
しい。
「髪、伸びたね」
異常にときめく胸をもてあましたフランツが、それを誤魔化すために彼女の黒っぽ
い巻き毛を引っ張った。肩に届いていたのはそれだけの日々が流れた証拠なのだ。
月明かりに二人の影が融合した時、夜空に流れる淡い銀河があたかも祝福するかの
ようにゆれた。ふたりの至福の沈黙はどれほどだっただろう?
「行くね」
馬から下りたサファイヤが言った。
「帰って来るんだよ」
と、フランツが冗談めかして返す。微笑みながら抜け道に消えたサファイヤをフラ
ンツは見つめていた。
せめて彼女の母の待つ部屋にたどり着くまではここでずっと見守っていようと思う
フランツであった。
終