面影の人編(社会人)





“あ、タダに似ている… ”

フロルは遊園地の木陰にあるベンチの前を通り過ぎた男性を見てそう思った。その男はフロルの視線を
感じてかこっちの方を向いた。フロルはあわててペコリと頭を下げにっこりと笑ったのだった。

「どうかしましたか? お嬢さん」
「いや、単なる人違い… 」

その男が近寄って来たのでフロルはあわてて弁解した。タダによく似た男は軽く会釈してその場を過ぎ
て行ったのであった。



 黒髪に濃い色の瞳、やや細みの体型、あきらかにタダに似ているのだった。

「オレさあ、さっきお前にそっくりな奴に会ったぜ。でもお前の方がちょっといいけど」

フロルはさっきの男を思い出しながら言った。

「何だ、ちょっとだけなのか?」

タダは聞いた。

「そうだな、オレの事、お嬢さんって言ったぞ」

フロルはうれしそうに言った。

「なにニコニコしてるんだ、君はレイのママだろ。それにもうひとり」

タダはフロルの腹部を指さした。まだ外見は変わらないけれど確かにそこには小さな命が育っているの
だった。

「もう、お前って… 」

いつもそんな調子なのだった。タダはフロルが人目を引くという事が嫌になる時があるのだった。この
遊園地はタダの村から少し離れているが、かなり大規模で遊具も充実していたため休日ともなると人出
は多かった。タダは小さいころ、一度だけここに連れて来てもらった事があったのだ。ものすごく楽し
かったような気がする。

 タダは流れる汗をぬぐった。

「お前が楽しんでいたんだろう」

フロルは冷やかした。レイが喜ぶからと言ってさっきからずっと乗り物に乗り続けていたタダだった。

「そんな事ないよ、レイがすごく喜ぶんだ。きっと乗り物が好きなんだと思う。だって怖がる様子を見
せないんだもの、あんがい度胸があるのかもしれないな」

タダは嬉しそうだ。

「お前は親ばかじゃなくてばか親だよ!」

フロルは相変わらずの口調でからかったのであった。



「フロルは本当に丈夫にできているみたいだね」

マリーばあさんはフロルに言った。ほとんどつわりらしいものもなく、平然と毎日をおくっている彼女
にマリーは驚いていたのである。

「そうかな? でもヴェネではこんなもんだぜ。だって一生の内に一人の女が平均して5、5人の子供
を産むんだもん」

それはマリーも初耳だった。

「へぇ… そんなものなんだね。でもシベリースでは平均1、5人くらいなものなんだけどね。それに
10組の夫婦の内、1組は不妊症だし… でもタダなら兄弟は多い方がいいと思っているだろうね。寂
しく育った子だから… 」

マリーは遠い目をした。彼女はタダの子供時代を思い出していたのである。

「オレもうそ思う。だからあいつの為にもいっぱい子供産んで、わけが分からないくらいにばたばたし
てもいいからにぎやかな家庭にしたいと思ってるんだ。それに兄弟が多い方が、いざ両親が死んじまっ
た時に助け合いができるだろ? そう思うんだ。かりにオレがいなくなってもタダがいなくなってもレ
イが一人で困らないようにしたいと思ってる」

フロルは真剣な顔になった。きっと本心からそう思っているのだろう、マリーは彼女の優しさの形を感
じたのであった。



「かわいい坊やね」

フロルは村にある唯一の公園でレイの相手をしている時にひとりの女性に声をかけられた。長い黒髪に
緑の瞳をしたおとなしい感じの女性だった。

「レイって言うんだ」

フロルは地面をはい回って真っ黒になっているレイを紹介した。

「ほんとうにかわいい… きっとこの子のパパは黒髪なのね」

その女性はレイに向かって手を広げた。しかしレイは寄って行かない。彼は少し人見知りをするので
あった。


「いつもこの調子なんだ。だからオレがこうやって子供が多い所に連れてってやってんだけど。でも
子供がいる所に近づこうとしねぇんだよ」
多分タダに似ているのだろうと思うフロルだった。黒髪の女性は再びレイに向かって手を広げた。し
かしレイはやはりその女性の方には行かない。彼女は寂しそうな顔をした。

“子供が好きなんだな、でもいないんだろうか?”

フロルは思った。

「そうなの… 私、なかなかできなくて… こんな子供が欲しい… 」

その女性は言った。

“きっと子供ができないんだろうな”

フロルはマリーの言葉を思い出していたのである。それにしてもこの星の人間は直感力があるから油
断してると自分の考えている事をみんな知られてしまう、そう思うフロルだった。直感力って神経を
使う事だからそのせいで不妊症が多いのかもしれないぞ、とも思うフロルだったのだ。もっとも根
拠はないのだが… 

「あ… ごめんなさい… そんなつもりじゃなかったの」

心を読んだ事をである。

「いや、オレずいぶんなれたから。オレここの生まれじゃねぇからな」

フロルはあまり気にしていないようだった。その差はあるもののシベリースの人間はみな直感力が
備わっていたのだから。

「バイバイ、レイ君」

そう言ってその女性は公園から去って行った。フロルはいったい何の為に公園に来たんだろうと考え
ながらその後ろ姿をじっと見ていたのであった。




 航空局での勤務を終えたタダは帰り支度をしていたのである。

「おい、電話だぞ。奥さんだと思うけど」

先輩は受話器をタダに渡した。何の用だろうと受話器を受け取ったタダはその声の主がフロルでない
事を知った。

“ピピュア!”

それはハイスクール時代に別れた4歳年上の女性の名である。

「会いたいの… 」

ピピュアは小さな声で言った。

「会わない」

タダは冷たく言った。会う理由がない。

「さっき奥さんに会って来たわ。きれいな奥さんなのね」

電話の向こうでピピュアが言った。

「フロルに会ったのか?」

タダは声高になった。

「会って欲しいの… タダ… 」

弱いけれど拒否できない響きがあった。フロルの名前を出されたら気になって仕方ないの
である。

「それじゃ… 」

タダは約束したのであった。


 
 ハイスクールの近くの喫茶店は学生達でにぎわっていた。かつては自分もこの喫茶店で過ご
していたのかと思うと懐かしい気持ちがあふれてくるのであった。

「随分… 久しぶりね」

相変わらずのやさしい声、きれいな言葉がタダの耳に聞こえてきた。しかしその声は彼の心を
刺激しないのだ。

「フロルに何か言ったのか?」

タダは聞いた。それが一番知りたい。しかし彼女の心を読むのは困難な事だったのである。

「レイ君のパパは黒髪なのねって言っただけよ。一目でわかったの、あなたの子供だって事が」

タダはほっとした。フロルに余計な心配をかけたくないのだ。

「でも… 許される事ならレイ君をさらってでも私の手元で育てたいという気持ちもあったわ… 」
「そんな事をしたら僕は君に何をするかわからないよ」

タダの言葉は冷たくピピュアの心を斬ったのである。彼なら言うだけの事はするだろう。

「 …… 」

ピピュアは黙って泣いていた。その涙すらタダの心を刺激しないのだ。彼女は明らかにタダを誘って
いるというのに…

「やっぱりあなたを愛している… 。シベリースに帰って来ていると知ってからずっとあなたに会い
たかった… 」

ピピュアはそれだけ言うのがやっとだった。

「僕は」

タダは言葉を切った。言うべきか… どうか…

「僕はあの時、君を愛していなかった。それを君に伝えることなく別れてしまったんだった」

やはりタダは言っておいた。これはずっと前に言っておくべき言葉だったのだ。ピピュアは何も言わ
ない。そんな事はタダが自覚する前から知っていたのだから。
「好きだった人の代わりだって事もしっていた」

タダは言った。

「でも私は気づいたの。あなたは決して代わりじゃなかったって事に! でもあなたは人のよさに隠
された冷たさをもっていたんだわ。それは… すごく残酷な事よ!」

ピピュアは激しくタダを責めた。

「否定はしない」

タダはあっさりと認めたのである。冷たい声だった。

「あなたの奥さんはかわいそうだわ。あなたのそんな性格を知らないなんて… きっとあなたの事を知っ
たら驚くに決まってるわ。あなたは本気で人を愛せない人なんだわ」
「 …… 」

今度はタダが黙り込んだ。ピピュアの言葉はとげがある。彼女と話しているとなんだか自分がものすご
く悪い人間のように思えてくるのだった。沈黙が二人をおそった。その時タダの携帯用通信機が鳴った
のである。

《タダ、今からそっちに行くよ!》

フロルから通信が入った。

《じいさんがばあさんとメシ食いに行っちまったんだ。オレ達もどっかに行かないか?》

フロルの声は明るい。タダは救われたような気持ちになったのである。

「何も知らないで幸せな人ね」

ピピュアが言った。

「何も知らないのは君のほうじゃないのかな?」

タダは立ち上がった。ピピュアはとっさにタダの手をつかんだのである。

「キスをして… タダ… 」

ピピュアは言った。

「さよなら、今度こそ本当に」

タダはピピュアの手を振りほどいたのだった。その時タダは心のどこかに残っていたしこりのような
ものがとけたような気がしたのである。

“僕はまだ彼女とのけじめをつけていなかったのかも知れない”

でもそれは今日終わりを告げたのであった。




「ごめん! 待ったか?」

バスから降りたフロルがあわててやって来た。どうやら道が混んでいたらしい。タダはフロルの顔
を見てほっとした。なぜだか分からないが彼女を見ていると自分がいい人間のように思えてくるか
ら不思議なのだ。レイはタダの顔をみると両手を伸ばして抱っこをせがんだのだった。

「レイがいるからファミリーレストランに決まりだな!」

タダが言った。

「それでいいや、気を使わなくていいから」

フロルも応じたのである。タダはついさっきまでピピュアと会っていたという事を忘れてしまった
のだった。それほどフロルやレイの存在は大きかったのである。タダは今、レイに食事を食べさす
事に四苦八苦していたのであった。





「今週もいくのか?」

フロルは呆れたようにタダに言った。

「だって天気もいいし、レイも行きたいって言ってるよ」

タダは言った。<>br
「まだしゃべんないのによく言うよ… 」

フロルは文句を言った。

「でもレイは僕に呼びかけてくるんだもの、仕方ないだろう?」

それはうそだった。

「結局お前が行きたいんだろ? 子供みたいな奴だな、お前って… 」

フロルはしぶしぶ用意を始めたのである。子連れの外出は用意をするものが多くて嫌になるフロル
だったのだ。





 今日もフロルは遊園地にある木陰のベンチで座っていた。タダはレイを連れて乗り物に乗っている。
彼女は暇をもてあましていたのだった。

「またお会いしましたね、お嬢さん」

先週出会ったタダによく似た男性が声をかけて来た。手には飲み物を二つ持っている。だれかと来てい
るのだろう。

「偶然だね、あんた達もまた来たんだね」

フロルはその飲み物を見ながら言った。

「夫婦でデートですよ。子供がいないもんだから」

男は近くにあるベンチの方を向いて答えた。その視線の先には彼と同じ黒髪の女性が座っている。フロ
ルはその女性を見てあっと声を出した。

「あんた、確かあの時の… 」

フロルはその女性に近づいて行って声をかけた。

「あら… 今日はレイ君、一緒じゃないのね」

ピピュアだった。

「レイならパパと一緒に乗り物に乗ってんだ。男の子って乗り物が好きだからな」

フロルはちらりと男の方を向いた。タダとよく似ている。彼女は悪いとは思ったが、ついじっと見てし
まったのであった。

「何か? お嬢さん… じゃなくて奥さん?」
「いや、何でもねぇよ。でもいいな、夫婦でデートだなんて」

フロルはピピュアを見ながら言った。その真っすぐな視線がピピュアには痛かった。タダを愛するピピュ
アの心をフロルは知らないのだ。彼女はフロルから視線をそらしたのであった。

「子供がいない分、夫婦で楽しまなくてはね」

男は明るく答えたのだった。

「私たちもうすぐこの町を離れるの。ずっと遠い所よ、主人の仕事の都合だからしかたないんだけどね」

ピピュアは言った。どこの星でもそうなのだがワープしてよその惑星に行く方が、自分の星の反対側に
行くより速く着く事があるのだった。交通網が発達し過ぎて規制が多くなっているから起こる現象なの
だが…
B 「明日なの、出発が」

ピピュアは寂しそうだった。

「ずっとここで暮らして来たから… 」

うつむくピピュアにタダに似た主人は慰めるように腕を回したのだった。

「でもいいじゃん。二人いっしょなんだろ? 夫婦そろってりゃ別にどうって事ねぇよ。だってその為
の夫婦なんだろ? オレ、ヴェネって星の出身だけどタダがいるから… タダってオレのだんなさまな
んだけど。そいつがいるから平気なんだ」

フロルは屈託なく笑っていた。軽く言っているくせに妙に説得力がある。

「僕の奥さんも君みたいな性格だったらもっと平気なんだろうけどね」

そう言って主人は笑ったのだった。

「あーっ、別にオレも平気じゃねぇよ! でもひとりじゃねぇから… 平気なような気になってくるんだ」
「そんなものかも知れないね」

主人はピピュアに向かってそう言った。B
「でも、あんたとはもう会う事はないかも知んないな。気をつけてな」

フロルは手を差し出した。ピピュアとその主人もつられて手を出したのである。その場限りの後腐れなし
の別れだった。



「どこ行ってたんだ? 荷物をほったらかして!」

タダはベンチで待っていた。

「いやぁ悪い悪い、この前オレの村の公園で出会った女に出あっちまったもんだからしゃべってたんだよ」

“ピピュアの事か!?”

「でもそいつ、遠くに引っ越しするんだって。寂しそうにしていたな。でさぁ、そいつの主人ってのがお前
にそっくりでさぁ… 」

フロルはレイを抱き上げた。相変わらずの事なのだが地面をはい回るために土にまみれて汚れていた。タダ
はその土埃をはたいてやりながらピピュアの目を思い出した。

“あの時、別れの言葉を言いたかったのは彼女ではなかったのか?”

タダはフロルに聞いた会話の内容からそう察したのだ。彼女も遠くに行く前にけじめをつけておきたかった
のかもしれないな… と、タダは感じたのである。




「こいつ、遠くから見たらゴミみたいにみえるんじゃねぇか?」

フロルは感心した。

「いいじゃない、子供なんだもの。少々汚れてても平気だよ」

タダは気にしない。

「お前ひょっとして服を汚さずに大きくなったんじゃねぇか? 本当は泥んこになって遊びたかったくせに」

図星だった。

「でもさ、じいさんなら泥んこになって遊んで欲しかったのかもしんないぞ」

フロルはなんでも思ったことをはっきり言う。痛い所も突かれるが悪い気はしないのだった。もっともフ
ロルだからこそなのだが…

「はいはい、そうだよ。これは反動なんだ!」

きっとフロルならもっと泥んこになって遊んでいたんだろうという事が想像できるタダだった。





「ん? どうした?」

フロルがしゃべらなくなったのだ。

「気分悪くなってきた… お昼から何も食べてなかったんだ… 」

フロルの顔色は悪かった。

「いつもと一緒なんだけどファミリーレストランにでも行くかい?」

そう言ってタダはゴミみたいな息子を抱き上げて車に乗り込んだのであった。





 車線の多い道を走っていたタダは横に並んだ車に乗っている人が手を振るのが見えた。フロルはそれ
がさっき別れた夫婦だと知り、大きく手を振ったのである。レイはわけもわからず母親のまねをして手
を振った。タダは運転しながらその夫婦に向かって軽く会釈したのである。しかしつかの間、彼らの走っ
ている車線は大きくカーブし、脇道へと入って行ったのだった。

「これでいいんだろ? ピピュア」

彼女の主人が言った。

「ごめんなさい… あなた」

ピピュアは謝った。

「いいさ、でもいつかは僕たちもあの二人みたいにいい夫婦になりたいね」

彼はそう言ってピピュアを片手で引き寄せたのであった。





 タダはいつもと同じくレイにてこずりながら食事をしていたのである。

「なぁ、お前さ、レイひとりにその調子だったら二人になったらどうすんだ?」

人事みたいに言うフロルに何も言い返せない自分はつくづく彼女にほれているんだと感じるのであった。


                                         終 



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