レイ編(社会人)   





 テラ系総合政府所属シベリース公営航空局に季節外れの新人が入って来た。タダトス・レーンという
宇宙大学出身の青年である。地元の大学出身の者ならみな同じ時期に入ってくるのだが、宇宙大学出身
の者はいつもこの時期だったのである。航空局に就職を希望する者は多い。しかし入れる者はほんの一
握りなのだ。しかもタダみたいに大学の推薦状のみで入れるとなるとやっかむ者が出て来ても不思議で
はないのであった。

「 … 最初の5年くらいは短距離勤務を希望します」

タダは希望を言った。1年の内、半分を宇宙で過ごさねばならない長距離勤務に比べ、短距離勤務だと
ほぼ毎日家に帰る事ができるのだった。しかし出世も給料も長距離に比べるとかなり低くなっていて、
宇宙大学出身の者なら嫌って拒否するのが普通だった。一般的に宇宙大学出身者は長距離勤務を希望し、
自分の能力次第で若いうちから副キャプテンになりやがてはキャプテンとなる。

「短距離勤務なら地元の大学出身の新人とかわらないけれど… それでもいいんだね?」

人事担当の上司はねんを押した。彼は不思議だったのだ。宇宙大学から送られた推薦状にはタダの成績
が書いてあった。大学の航空科においてかなり優秀な成績を収めている。欲を出せば出世は早いはずだ。
この星の航空局にとっても期待の新人だったのだ。

「はい、よろしくお願いします」

タダは答えた。そしてタダの希望が通り、5年間の短距離勤務を命ぜられたのであった。




「で、結局希望は受け入れられたんだ。だから今まで通り一緒に暮らせるよ。誰かが言ってた事だけど、
子供は産まれて3年間で一生の可愛らしさを親にプレゼントしてくれるんだって。だから僕はそのプレ
ゼントを受ける権利がある!」

タダは小さなレイをフロルから取り上げた。抱き方も随分さまになってきた。レイはタダの腕の中でし
きりにおっぱいを求めるしぐさをした。

「おまえのおっぱいじゃ無理だな」

それを見ていた長老が笑った。

「ほら、腹減ってんだから!」

フロルはタダの腕からレイを取り上げたのだった。彼女の腕の中でレイは音をたてておっぱいを飲んで
いる。タダはそんな二人をうっとりしたような表情で眺めていた。彼にとって今の幸せを捨ててまでの
出世は無意味だったのだ。

「お前ならすぐに遅れを取り戻せる。そしていずれはキャプテンになりフロルを副キャプテンに迎える
んだろ?」

タダと同じように目を細めて二人を見ていた長老が言った。タダは大きく首を縦に振った。



「その時は、私が孫たちの面倒をみてやるからな、安心しろ」

そう言って長老は笑った。

「そうそう、だからじいさんは元気で長生きしなきゃだめだぞ! 孫はこいつだけじゃないんだからな」

出産直後はもうこんな痛い目にあいたくないと言っていたのに次のベビィの事を考えてるんだろうかとお
かしくなるタダだった。

「いったい何人くらい産むつもりなんだ?」

タダは聞いた。

「7人くらいでいいや」

平然とした顔でフロルは答えた。長老は思わずタダと顔を見合わせた。二人は心で会話していたのである。

「じいさん、体力持つかな?」

おっぱいが終わったレイをタダに預けたフロルは長老の肩を軽くもんだ。一瞬、長老が驚き心が解放され
た。戸惑っている! タダはその戸惑いに驚いた。今まで感じた事のない家族としての情愛がこの家に満
ちていたがそれに気がつかないのはフロルだけだった。




 近くの惑星に向けての短距離ワープが主になる近距離勤務は1年生に習った程度の簡単な勤務でありタダ
にとっては少々役不足のきらいもあったが彼は、持ち前の謙虚さで遂行していった。別に計算していたわけ
ではないのだが近距離勤務についた事でかえって航空局内でのうけも良かったタダだった。もっとも2流大
学出身の直属の上司にとっては何も彼に教えることがなくて、それが悩みの種のようだったが…


 そんなある日、タダはあまり親しくなかった友人から相談を持ちかけられたのだった。

「タダトス、ベビィは元気かい?」
「うん、よく寝てくれるので助かるよ」

本当はいかにレイがかわいいかという事を誰彼となく自慢したいところをじっと我慢してタダはそう答えた
のであった。

「僕はずっと君に聞きたいと思っていた。どうして君が航空科を選んだのかという事をね。だって君はハイ
スクール時代はパイロットになりたいなんて事を一言も言った事はなかっただろ? ただ僕が気づかなかっ
ただけかも知れないが、君は君は良い成績を取るためだけに勉強していると思ってたんだ。言い方が悪かっ
たら許してほしいが… 」

タダの友人、マックスは正直な気持ちをタダに伝えた。

「いや、かまわないよ」

悪気がないことをタダは察していたのでタダはそう答えたのだ。

「僕はずっと小さい時からパイロットになる事が夢だったんだ。そして今もそれになる為に大学で頑張って
いる。君のように公営の航空局に入る事はできないだろうけれど、それでも民間の航空会社に入りたいと思
っているんだ」

だんだん彼の心が開かれてゆくのがわかる。シベリースの人間は心にロックする事に慣れている。しかし、
親しい者にむけてはそのロックもゆるむのだった。

“彼は僕を信頼しているのだろうか… ”

タダはそれを感じていた。それに彼はマックスが思っている以上の直感力を持っているのだった。

「僕は航路からはずれている宇宙を飛びたいんだ… こんな事を言えるのは君しかいない。実際君はすでに
プロのパイロットとして宇宙に出ているんだから。こんな事を君に頼むなんて厚かましいのはわかっている
んだ、だけど… 」

タダはいいよ、というように目配せした。
「ワープを経験したいんだろ? 行ってみたいところがあるんじゃないのか」

タダは言った。マックスはタダが自分の気持ちを見抜いている事を知った。やはり噂どおり彼の直感力は強
かったのだ。しかしそれ以上の事を気づかれていないみたいだった。





「 … 船に乗せてほしいんだ。近くでいい、行ってみたい、頼む、タダトス」

マックスはタダに頼み込んだのであった。

「いいよ、ただし航空局の船は使えない、だって僕は新人の局員だからね。だから君の大学の船を借りる事
になるけどいいかい?」
「本当にいいのか? 僕の頼みを聞いてくれるのか?」

マックスは本当に驚いているみたいだった。まさかあまり親しくない自分の為に快く引き受けてくれるとは
思わなかったようだ。

“ … ?”

タダはふと、彼の心に陰りを感じたのだ。それは一瞬の事だったので読み取れはしなかったのだが…B 
“何かある”

タダは悪意の感じられない何かを察したのであった。



「お前、人がいいんだな。でもそいつ、喜んでいるだろうな」

フロルは言った。

「うん、僕は今まで警戒心を持って人と接していたからね、もっともハイスクール時代までの時の事なんだ
けど。でもやめたよ、そのほうが楽だと思っていたけどかえって疲れるって事を知ったからな」
「お前って屈折していたんだなぁ。でもそんなのお前の本当の姿じゃないはずだぜ。だってオレの知ってる
お前、すごくいい奴だもん」
「もう… 本当に君って… 」

フロルの言葉は暖かい。タダは彼女をぎゅっと抱いた。なんだかフロルの言う事が本当のような気がしてく
る。それじゃ今までの自分は何だったのだろう? 

「タダ… 」

フロルもタダの背中に手を回した。そういえば最近レイに振り回されてキスすらしていないのだった。タダ
はレイが眠っている事に感謝したのである。





「いや… こんなはずじゃなかったんだけど… 」

マックスはタダに謝った。彼の大学では思わぬワープの実習ができるという事で大歓迎だったのだ。ここの
大学の航空科はあまり実習が盛んでなかったのである。ペーパーテストでは他の大学より勝っているものの
実習ではかなりの遅れがあったのだ。こういう事はよくあるのだった。選んで入ったはずの学校が希望どお
りのものじゃないって事は。おそらくマックスもそれを感じているはずだとタダは思った。

「はは… いいよ、今日は休みだし… 」

マックスだけでなく、何人かの学生が待機している。こんな事ならレイと遊んでいたほうがよっぽど良かっ
たと思うタダだった。

 シベリースを離れた小型船は小さなワープに入った。

「すげぇ… 教授のワープだと酔っちまうのに君のワープだと平気だ… 」

だれかが感心したように言った。

「そういえば揺れていないな… 」

教授も学生達と一緒にそんな会話をしている。

“マックスは選ぶ学校を間違えたんだ… ”

タダは思った。

「次のワープポイントはこの地点の… 」

タダはみんなに説明している。その横でマックスだけは宇宙の空間をずっと眺めていたのであった。

「 … 」

タダは彼に声をかけようと思ったがやめておいたのだった。彼は深く心を閉ざして何かを考え込んでいる
ようだった。
 次のワープも不快感をほとんど感じる事なく行われた。そこはシベリースの地表から見ると、星が固まっ
ていて白い雲のようになっている所だった。

「タダトス、ここは!」

マックスが叫んだ。パネルには白い雲の部分がワープポイントで記されていた。

「君が行きたがっていた所だよ。どうしてだかわからないけど君は僕に伝えて来たんだと思う」

“君はテレパスだったんだね”

それは彼の心に呼びかけたのだった。タダの言葉にうなずいたマックスはただひたすらに外を見続けていた。
ほかの宇宙空間とたいして違わないのだが、彼にとっては特別の場所のようだったのだ。彼は言葉を発する
事なく眺め続けているのだった。その時タダの頭の中にだれかの声が聞こえたような気がしたのだ。か細い
女性の声のようだった。それはけっしてフロルではなかったのである。タダは探ってみた。しかしその声の
主は結局だれだかわからなかったのだった。


「いやぁ、君には良い体験をさせてもらったよ。いっその事大学教授になれば良かったのにと思うよ」

マックスの大学の教授はタダに言った。なかなか勇気のいる発言である。

「シベリースでは航空科のある大学が少ない。だからこの学生達は少なからず不満を持っていたのはかんじて
いたんだ。しかしこればかりはどうする事もできなかったんだよ。最新式の設備だけはあるのだがね」

彼は正直な教授だった。タダは大学教授という言葉にチャコを思い出した。彼はれっきとした天文学の教授に
なったのだ。

「タダトス、君はマックスの妹の事を知っているのかい?」

ひとりの学生が話しかけて来た。

「いや、彼に妹がいるなんて知らないよ。何か?」

タダは逆にたずねたのだった。

「あいつ、妹を宇宙に連れて行ってやるためにパイロットになるんだといつも言ってるんだ。生まれつき体が
弱くてあまり外に出られないらしい。病気というのではないみたいなんだけどね」

それは初耳だった。



「タダトス」

マックスは呼びかけた。

「今日は不本意な事だが予期できた事なんだ。この星の人間はカンがいい。だまっている事なんてできなかっ
たんだ」

再び彼は謝った。

「でも嬉しかったよ、僕たちが行ってみたい所に行く事ができて… 妹もすごく喜んでいたんだ」
「妹が? それじゃ君たちは… 」
「僕の目を通して宇宙を感じることができたんだ。彼女は僕よりもずっと強いテレパスだから。外の姿を見る
事ができるんだ。君にありがとうって言ってたよ」

“それで… あのときの声は彼の妹だったのか”

タダは納得したのだった。

「本当に… ありがとう!」

マックスはタダの手を堅く握ったのだった。




「ただいま」

と、帰って来たタダはいきなり飛びついてきたフロルに驚いた。レイが大声で泣いている。フロルもべそを
かいているのだった。

「どうしたの? レイをほったらかして… 」

タダはベットで泣いているレイを抱き上げた。

「だって泣きやまねぇんだ。じいさんも留守だし… 今日ずっとこいつとふたりっきりだったんだ… 」

タダはレイを外に連れ出した。夕暮れ時なので風が吹いている。レイはほほに風を感じて泣き止んだのであっ
た。タダはその時、自分の中にふつふつと湧いてくる父性を感じたのである。フロルに自慢してやりたいと
ころだが泣いている彼女にはとてもできないのだ。それに彼女はいつもの彼女ではなかったのだった。

「フロル、君… 最近あまり寝ていないだろ? しばらく休めよ。僕がレイを見てるからさ」

タダはフロルの背中を抱いた。顔色も悪いようだ。夜中に何度も起きているみたいだから無理もないと思う
タダだったのだ。
「いや、オレならもう大丈夫だよ。さっきはごめん。なんかさ、急に疲れちまって… 今までこんな事なかっ
たんだけど… 」

タダの腕の中でレイはいつしか眠っていたのである。
 
「かわいいな、子供って… 」

タダは言った。

「うん。天使がいるとするならきっとレイみたいな奴なんだろうな」

フロルが答えた。

「じいさんも時々こいつのこと、じっと見ているぜ。早く笑ってくれないかなってさ」

タダはその姿を想像して笑っていた。だんだん長老が普通の人に見えてくる。

「もうすぐチャコ達の結婚式だな。そのときには笑うようになってるかも知れないね」
「うん、つれてったらびっくりするぜ」

タダは自分によく似たレイのほっぺをちょんとつついた。少し笑ったような気がしたのはタダの錯覚だったの
かも知れないが、彼はそのとき悟ったのだった。愛情というものは限りあるものではなくて、愛するものが増
えたときには倍増するという事に… 




「お帰り、父さん」
タダは長老を出迎えた。最初は言いにくかったこの呼び方も随分慣れて来た。

「二人は?」

長老は聞いた。

「あっちで寝てる。フロルが疲れているみたいだから休むように言ったんだ」

そう言ってからタダはさっき考えていた事が頭によぎったのだった。愛情は倍増するものだという事を。長老
はすばやくタダの思考をキャッチした。

「わたしは何倍になってもかまわんぞ」

長老は笑った。タダもそれにつられて笑っていた。5年前のふたりとは違う二人がそこにいた。

「変わったな、お前もわたしも」

長老は今度は声をたてて笑ったのであった。タダもなぜこんな事がおかしいのだろうと思いながら込み上げて
くる笑いを止める事はできなかったのであった。






                                           終 



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