レイの受験編(レイ4才)(社会人)







 4つになったレイはタダの村から少し離れた町にあるシベリース星立児童センターを受験する事に
した。一応近くの村にある4才児ランドに入所する予定にしているのだが、フロルが“受験”を体験
させたいと思ったためである。レイは少し引っ込み思案な所があって、活発で跳ねっ返りの妹である
ミライに押され気味だったのだ。だからそんなレイに度胸を付けさせようとするフロルの親心だった
のである。

「さ、ちゃんと自分の名前を書くんだぞ。“レイ・レーン”って書けるようになっただろ?」

フロルはレイの手のひらに彼の名を書いた。

「教育ママみたいに見えるよ」

運転しているタダはそんなフロルの様子を見ながら言った。“見えるよ”と、いうのは決してフロルが
教育ママではないと知っているからなのだ。しかしレイはかなり緊張しているようだった。タダにはそ
の気持ちが確実に伝わって来てかわいそうな気もするのだった。しかしこの緊張に耐えられれば、次か
らはこの程度の事は平気になる。こうやって一歩づつステップを上って行く事ができたらと思う。タダ
はフロルに賛成だった。


 星立児童センターはその合格率が極めて低い児童センターなのだ。そこを卒園すると一流の初等教育
スクールに進む事ができるのだった。しかしそこを受験するのにはかなり前からの受験勉強が必要だと
聞いていた。

「だめでもともとだよな」

フロルが言った。ここは筆記テストの会場の外なのだ。レイは同い年の幼児たちと共に今、戦っていた
のであった。

「そりゃ受験勉強をしていないんだもの。きっとだめだと思うけど… 」
「思うけど何だよ?」

フロルは聞いた。

「いや、単なる親ばかかも知れないが、いいところまで行くかも知れないぞ」

タダは言った。

「そりゃきっと単なる親ばかだな」

フロルは言い切ったのである。ここを受験させる為に3才児になる前から塾に通わせる保護者もいると
聞く。しかしそれがいったい何になると言うのだろう? と、タダは思う。それにここの児童センター
は付け焼き刃の知識ではなくごく一般的な常識に関する問題が多いと聞いていた。それがタダを安心さ
せたのである。

「おたくはどちらの塾に行かれてたのですか?」

タダが横にいた付き添いの父親に話しかけられた。タダより少なくとも10歳は年上だろう。

「いえ、僕の息子は塾に行っていないんです」

タダの返事にその父親は驚いた。

「そうですか、それじゃ通信教育か何かでも?」

彼は聞いた。

「いえ、それも… 」

タダは答えたのである。

「まぁ… めずらしいわね。そんな方」

母親が呆れ顔をしている。フロルはそんな母親の言葉に気を悪くしたみたいだった。

「塾に行ってたら遊べないからな」

フロルは母親に向かって言った。しかし本当の事なのだ。

「でも遊んでばかりいたらいい学校に進めなくてよ」

母親はばかにしたようにフロルの方を見ていたのである。しかしさすがに夫は彼女を止めたのであっ
た。
「そうとは限らないぜ。だいたい塾ったってこんな小さい子に何を教えるっていうんだよ?」

フロルも負けてはいない。しかしタダも彼女を止めたのであった。いいところまでいくとは言ったも
のの合格するとは言ってはいない。軽率な事は言ってはいけないと思うタダだった。


 掲示板に筆記テストの合格者が発表されてゆく。

「ドキドキしてきた。オレすごく緊張してるんだ」

フロルは胸を押さえている。

「君が緊張するなんて… 」

タダはおかしかった。彼女の胸の鼓動が聞こえてくるようなのだ。

「自分が受験する時にはこんなに緊張しなかったのに… 」

フロルはおちつかない様子だ。

「ホラ、ごらん。レイのナンバーがあるよ。筆記テストは合格だね」

タダはフロルに教えてやった。落ち着いているように見えて内心は喜びで一杯のタダだった。



「お宅も合格だったんですか」

さっきの夫婦だ。彼らの子供も合格したみたいである。

「次は面接ですね。お互い良い結果だといいですね」

父親の方が言った。

「そうですね」

タダは無難に答えたのである。

「でもいったい何をするんだろう。1人に対して15分間って長すぎるんじゃねぇか?」

フロルは受験案内を見ている。

「そりゃ、親子面接ですもの、そのくらい当たり前ですわ」

母親が答えた。相変わらずトゲのある言い方だ。

“こいつ、気にいらねぇ”

フロルはそっとタダの手を握って伝えたのである。

「しかし大変なものですね。子供の受験って。わたしの小さな頃にはこんなに過激ではなかった」

父親がタダに話しかけてきた。

「そうですね。僕もこんなのは知らない」

タダはこの父親が彼の夫人とは違い、児童センターの受験体制に対する疑問をもっているのを感じて
いた。しかし優れた教育を受ける事は良いことなのだ。

「ここの児童センターは個人に合った指導をしてくれるらしいのです。片寄った教育は行わないと知
ったから私はテストを受けさせる事にしたのですよ。しかしこれほど多くの子供達が受験するとはね。
受験の為だけの塾が繁盛するというものでしょう」

彼の意見にタダは同意したのである。ふるい落とされてしまった者の中には優れた児童もいるだろう。
ハイスクールや大学の受験とは違うと思うタダだった。

「私もそう思いますよ」

父親が言った。思考を読まれているらしい。彼の直感力は確かなようだった。

「失礼しました… あまりに私と同じだったものですからつい… 」

彼は素直に謝ったのである。少し顔が赤くなっている所を見るとよほど悪い事をしたと思っているよう
だ。“いい人なんだ”と、感じるタダだった。

「あなた、私たちの番ですよ」

夫人が呼びに来た。

「お先に」

彼は軽く会釈をしてその場から去って行った。



“個人に合った教育か… この児童センター、良い所なのかもしれないな。レイに合ってるようだった
ら悪くないかも知れない”

まだ通ってもいないのに先の事まであれこれ想像しているタダはやはり親ばかとしか言いようがないよ
うだ。

「何をにやついているんだ?」

フロルがレイの手を引いてやって来た。

「いや、何… もしここを合格したらどうしようかなって思って… 」

タダはフロルの前では正直なのだ。

「それは合格してから考えりゃいい事だろ」

フロルはぴしゃりと言ったのであった。



 親子面接と言ってもそのほとんどが両親の面接のようだった。タダは自分のレイに対する思いを正直に
述べたのである。試験官の中には極めて強いテレパスがいるようだ。もちろんタダは自分の能力の限りを
駆使して彼らの思考を読もうとしたが、どうしても読めない試験官もいる。

“僕たちのテストなんだな、これは”そう感じるタダだった。

「パイロット… ですか」

思考をロックしていた試験官が聞いた。タダの職業欄を見ているようだ。

「はい」

タダは答えた。

「航空局のパイロットですか?」

彼は聞いてきた。勤務先までは記入していない。彼の直感力なのか?

「はい」

タダは答えたのである。そこまで質問する権利はないはずなのだが… 少し不快になったタダなのだ。
 
 2つ3つの質疑応答を終え、3人は面接室を後にしようとした。

「グレン教官はお元気ですか?」

さっきの試験官が後ろから声をかけてきた。

「どうしてグレン教官の事を… ?」

フロルが驚いた声を出した。

「感じただけですよ。今日私の後輩たちがここに来る事を。あなたがただったのですね。私も航空科出
身なものですから」

彼は嬉しそうに笑っていた。タダはさっきの不快さが消え、彼に対する親しみが出てきたのである。



「いかがでしたか?」

父親が聞いてきた。彼らの方が先に終わっていたのである。

「ははは… 何て言うか… それなりだと思うのですが… 」

タダは答えた。レイは目の前にいる男の子に興味を示していた。

「遊ぼう!」

目の前の男の子が声をかけた。

「うん」

レイは大きく首を縦に振ったのである。子供の順応力は早い。二人は仲良く遊び始めたのであった。
その様子はさっき出会った者たちとは思えないほどであり、それがお互いの両親を驚かせていたので
あった。

「僕たちは大学の入学テストで知り合ったんですよ」

タダが父親に言った。だからこの二人が無事にパスする事ができたらと言いたいのがわかる。

「きっと仲良くなるでしょうね」

父親が答えたのである。

「ロトと言います。ロト・チャーヴィーです」

彼の息子の名である。

「レイです。レイ・レーン」

タダも答えたのである。



「ほら、僕こんな事ができるんだよ!」

ロトは薄い紙を取り出して両手でもった、そしてその紙を手を動かす事なく少し揺らしたのである。
風のない日だった。

「僕の友達でこんな事できるのは僕だけなんだ」

ロトは自慢した。

「そうなの… 」

レイはさりげなくその紙を持ち、心の中で動くように念じたのである。

かすかに動く!!

ロトだけでなくレイも驚いたのである。

「レイ、すごい!」

ロトは手をたたいた。

「レイも僕といっしょなんだね!」

自分で自分に驚いていたレイを尻目にロトははこれ以上はないというような笑みを浮かべていた。二
人の念動力の事はお互いの両親はもちろん知らない。



「ロト、お家に帰るわよ」

母親が呼んでいる。彼は声のする方に走って行ったのである。

「レイ、友達になったのか?」

フロルは聞いた。

「うん、ロトって言うんだ」

彼にしてはめずらしく、すぐに親しくなったようであった。馬が合うとでもいうのであろうか…
 
「お互い良い結果だといいですね」

父親が挨拶して帰って行った。

「また遊ぼうね!」

向こうの方からロトの声がする。

「うん、また遊ぼうね!」

レイもロトに向かって大きな声で返事をしたのである。

「無邪気なもんだな」

フロルが言った。

「オレ、胃の調子が悪くなってきた… 」

フロルはまだ結果の出ないテストの結果を気にしていた。

「君、単なる力試しだと言ってたじゃないか」

タダがからかった。

「いや、ここに来るまではオレもそう思ってた。でも… やっぱり気になっちまうんだ」

フロルは不安を隠さない。できるならばと思う。

「実は僕もなんだ」

タダも白状したのである。

「だめでもともとだよな!」

フロルはネンを押したのである。

「そうさ!」

二人は手を取り合って確認し合ったのであった。



 児童センターの近くのレストランで夕食を終えた後でタダは郊外まで車を走らせた。見晴らしの良
い高台で車から下りた三人は近くの岩に並んで腰掛けた。雲が流れる夜空には数多の星がきらめいて
いる。

「ずっと昔なんだけど… 」
B フロルが言った。

「何?」

タダが聞いた。

「雲が流れているんじゃなくて星が流れているんだと思ってた」

そういえば見方によってはそう見える。

「雲に隠れた星が又… 雲の切れ間から現れる。それが不思議だった。今、思い出したんだ」

真ん中にいたレイも夜空を眺めている。

「パパ、僕ね」

レイが呼びかけた。

「どうした?」

タダは顔をのぞき込んだ。

「僕ね、ロトとお友達になったんだよ」

無邪気にレイは言った。

「良かったな、レイ」

タダはレイの頭をなでた。

「また、一緒に遊ぼうねって言ったんだよ」

彼は嬉しそうである。しかしそれは実現するかどうかはわからない事なのだ。

「また、遊ぶんだ」

レイは嬉しそうにもう一度言った。フロルは心が痛んだ。できるならばその夢がかなうといいが、と
思う。

「レイ… 」

フロルが何か言おうとしたがタダはそれを止めた。合格、不合格なんていう事はレイに言ってもわか
らないだろう。

「パパがロトの所に連れてってあげるからね」

たとえ不合格でもそのささやかな夢はかなえてやりたいと思う。


「やさしいな… 」

フロルはタダの方を向いた。

「ほれ直したかい?」

タダは笑った。

「ばか!」

フロルの返事である。



 そして3日後、長老はレイの合格通知を受け取ったのである。

「単なる力試しだと言ってたのにな」

児童センターの入所式に列席したタダとフロルは顔を見合わせた。ロトの両親もそこにいた。レイは
ロトの所に駆け寄り手をつないだのである。少なくともこれからの2年間、航空科出身の先輩のいる
児童センターに通う事になるのだった。

「きっと受かっていると思ってました」

ロトの父親、チャーヴィー氏がタダに手を差し出した。

「これからもよろしく」

タダはその手を握り返したのであった。

「あなたがたご夫婦は大学の入学テストで知り合ったっておっしゃってましたね。あの子たちもきっと
仲良くなる、そんな気がします」

チャーヴィー氏の直感だろう。

「僕もそう思いますよ」

タダが答えたのである。チャーヴィー夫人はタダの方を見た。

“この人が気に入るなんて… ”

タダの事をである。

「どちらの大学なんですか?」

チャーヴィー氏は聞いた。

「宇宙大学です。ヴェネ星出身なんです、フロル… いえ、妻は」

タダはレイの横にいるフロルの方を向いて言った。

「宇宙大学!」

チャーヴィー夫人は驚いた。

“エリートだわ!”

彼女のタダ達に対する見方が変わったのだ。

「レーンさん、これからもよろしくね。うちのロトはレイちゃんがとても気に入っているよ
うなんですよ!」

急に愛想が良くなったその言葉にウソはなかったのである。彼女はフロルに挨拶するために
その場を離れたのであった。

「分かりやすい奴ですみません… 」

チャーヴィー氏は頭をかきながら謝った。

「いえ… フロルも分かりやすい奴なんです」

タダもつられて言ってしまったのであった。二人は思わず顔を見合わせて笑ったのである。




「子供ってだんだん成長して行くもんなんだな… 」

レイのスクールバスを見送ったフロルが言った。長老はフロルの気持ちが痛いほどわかる。

「しかしフロル、それを乗り越えなければ先には進まんぞ」

親としての成長が、である。

「そうだな、じいさんもそんな思いをしてタダを育てたんだな… 」

フロルは寂しそうな笑顔を作り、消えていったスクールバスの方を見つめ続けるのであった。


   
                                       終





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