小さな予感編(社会人)   







 タダはたまに長距離勤務の出張が入る事がある。明日からも又、そうだった。彼は長距離勤務
の仕事でも充分にこなすだけの能力を学んで大学を卒業したのだから当然と言えば当然なのだが、
1週間や10日、家をあけるとなると心配になってくるタダだった。フロルももうすぐ出産を控
えている事だし出来れば断りたい気持ちがあったのも事実だった。


「もう… どうしてそんなに泣くんだよ?」

フロルはカリカリきていたのだがタダはそれほど気にしたようすでもない。少しの事ですぐに泣
き出すレイにフロルは不満なのだった。

「そのうちなおるんじゃない?」

タダは言った。しかしフロルはそんなタダの言葉にも腹がたってくるのである。

「お前は腹がたたねぇのか?」

フロルはのんびりとした様子のタダにも腹がたってくるのだった。

「でもフロル、そんな時期もあるんじゃないのかな? それにもうすぐすると妹が生まれてくるん
だもの。君にもっと甘えておきたいんじゃないのかな?」

タダは冷静に判断したのだった。

「でも… 」

フロルは大きくなったおなかをかかえてソファに座った。立ち続けていると疲れるのだ。フロルに
叱られたレイはさっさと長老の方に逃げて行ってしまったのだった。彼はこの家で一番甘い者をよ
く知っているのだ。

「レイって直感力があるのかな? 妹が生まれてくるって知ってるからぐずぐず言うのかな?」

フロルは不思議に思っていた。どうみても焼き餅を焼いているみたいにしか見えないのだ。

「いや、直感力というよりも誰でもが持っているカンだろう。航空局の先輩がそう言っていたよ」

タダはフロルの横に腰掛けて彼女の肩に手を回した。彼女はまだいらついているようだ。タダはそ
のまわした手でフロルの柔らかな髪をなでた。

「僕はよく運命の不思議を感じるんだ」

タダは話しかけて来た。

「今ここにこういう状態でいる事が夢じゃないかと思う瞬間があるんだ」

タダは言った。

「どういう事?」

フロルは聞いた。どうして今頃そんな事を言うのだろうと不思議な気がしてくるのだ。

「いや、何でもない。なんか今日は変だな… 」
「ほんとだ。明日から出張だというのにそんなんでどうすんだよ! さ、今日は早く寝ろよ」

フロルはタダの背中を軽くたたいたのであった。しかしタダはなぜか胸騒ぎがしてなかなか寝付か
れなかったのであった。これは予感なのか? 悪い予感なら当たらないでいて欲しい。しかし… 



 レイはとうとう出発の朝だというのに機嫌がなおらなかった。タダに向かって手を振る事もせず
にずっとしがみついている。

「お前、男らしくないぞ! パパにバイバイだろ!」

フロルはレイの頭をチョコンと小突いたのであった。

 テラ系ジュネの人々はまだ星間連盟の存在を知らない。連盟は未発達の惑星に関してはその文明
がある一定の基準以上になるまでその存在を明らかにしていなかったのだった。しかしその惑星ジ
ュネには今、大きな問題が起こっていたのである。したがって連盟はそれに対処する為にその存在
を明らかにしなければならない事態になっていたのである。しかしそれに対する準備はすでに終わ
っていたのである。タダは連盟から派遣された母船のパイロットの一員として参加する事になって
いた。それはただ単に人数合わせの為の参加ではなく、シベリース航空局がタダの腕をかっていた
ためとも言える。このメンバーに入っているという事は将来を約束されているといっていい事なの
だった。もっともタダの場合は長老の七光りだと陰口をたたく者が無きにしもあらずだったのだが… 
ともかく4つの星系から約200名ほどの職員や政治家が母船に乗り込み惑星ジュネへと向かっ
たのであった。 



「それは確かな事なのか?」

惑星ジュネのに天文学者は自分たちの持てる最高の設備でその事実を突き止めたのであった。惑
星ジュネ、。地表の90パーセントが海で、人口わずか1億程の小さな星だった。

「間違いない、彗星Fは確実にこのジュネを直撃する… しかもあと2年足らずでだ…」

「107年前の大接近の時にはジュネは彗星の尾の中にすっぽりと入ってしまったという記録が
残っている。少しづつ軌道がずれているとなれば充分に考えられる事態なのであった。

ジュネ政府は大パニックになった。当然の事ながらその星の住民には知らされていない。たっ
た2年で何ができると言うのだろう? これから先、自分たちにできる事と言えば何なんだろう? 
ジュネの航空技術はやっと自分の惑星の衛星に着陸する事ができたくらいのものなのに…

「これはもう神の出現を待つしかないのか… 」


 シベリース星人は星間連盟でも重宝されていた。それはその星の持つ特性、直感力の為である。
新たに星間連盟に加入する惑星がある場合、必ずといっていいほどシベリース人がその先発隊と
して惑星探査に数多く起用されるのであった。タダはその惑星探査メンバーにパイロットとして
参加する事になったのである。

「タダ、久しぶりだな」

星間用語で話しかけられたタダはその声の主がフランクだと知って驚いた。

「君もメンバーに入っていたのか!」

この男とはロクな思い出はないものの、やはりなつかしいタダだった。フランク・フォン・ギー
ベンラート、テラ系マースの第2惑星エプシロン出身である。流れる銀髪が自慢だったが航空局
職員になるときに肩くらいの長さに切らざるをえなかったというエピソードを持っていた。

「まあな。オレは今、長距離コースにいる。どこの星でもそうだが出世コースなんだ。お前もも
ちろんそのコースだろ?」

フランクは聞いて来た。

「いや、僕は短距離コースだよ。短期旅行課にいる。少なくとも5年間はね」

タダは答えた。

「宇宙大学を出た者がどうして短期旅行課なんだ? 航空科の秀才が短期旅行課だなんてお前の
腕が泣くぜ!」
「僕の勝手だろ。僕が自分で選んだ道なんだから」

相変わらず嫌な男だ、と思うタダだった。



 星間連盟の代表者である役員たちは惑星ジュネに降りて行った。タダ達のパイロットとしての
任務はその代表者を小型ボートで送り出した後は何もなかったのである。ただジュネの上空で彼
らが帰ってくるのをまっているくらいのもので…

「タダ、フロルはどうしているんだ? 航空局には入っていないのか?」

フランクは一番聞きたかった事を聞いてきた。彼はまだフロルの事が気にかかっていたのである。

「フロルなら大学で航空学を教えている。航空局にはまだ入っていない」
「どうしてお前は彼女の才能を生かしてやらないんだ。お前は女をだめにする男なのか?」


フランクは正直だ。タダのまわりでもそう思っている者がいることは知っていたが口に出して言
う者はいなかったのであった。

「僕はそんなつもりはない。彼女も納得しているからそれでいいと思っている」

タダは憮然として答えた。彼とはその話題ではあまり話をしたくない気分なのだ。どこかに彼女
を束縛しているのかもしれない、そんな後ろめたさがあるのかもしれないと思うタダだった。


「あなたがたは神なのか?」

ジュネ政府の高官は恐る恐る聞いた。明らかに文明の差を感じているのがよくわかる口調だった。

「我々はこの惑星の住民に安全な惑星に移住してもらうためにやって来た星間連盟の役員だ。君
たちに危害を加えるつもりは全くない事を知ってもらいたい」

しかしいきなりジュネの上空から見たこともないような乗り物でやって来た宇宙人を信じろとい
うのは無理のようなのだ。しかしそれはいつものパターンでめずらしくない事だったのであるが。


 星間連盟の役員たちはジュネ星人を安心させるようにテレパシーで伝えたのである。こういっ
た未知の惑星の者と話す時は必ずテレパスが起用されるのであった。



「宇宙人だ! 宇宙人が攻めてくるんだ!」

そんな声が町中に湧き上がった。無理もない、低い文明の惑星にそこの住民を助けるためとは
いえ突然やって来たのだから。

「全く嫌になるぜ。ここの奴らはあまりにも原始的過ぎる」

フランクは町の様子を映し出しているスクリーンを見ながらぼやいていた。

「仕方ないさ、本来ならもっと文明が進歩してから星間連盟を知ってもらうつもりだったんだろ
うけれど緊急事態だから仕方ないよ」

タダも又、スクリーンを見ながら答えたのである。確かにここの文明は未発達で野蛮なのだ。

「ここの人達から見れば確かに僕たちは神か悪魔なんだろうな」

タダはため息をついたのである。



「私にはまだあなたがたの存在が信じられない… 信じられないけれども今はあなたたちにすが
るしか生き延びる道がないことがわかる… 」

ジュネ政府の高官は口をそろえて言った。彼らの言葉に役員たちは満足そうにうなずいたのであ
った。彼らの任務はとりあえず終わったのだから。
「移住はここの星から1、5光年離れた所にある惑星を用意しております。“サバ”と呼ばれて
いる星系で、ここよりは少し気温が低いものの大気などの環境はここと変わりありません。後は
いかにあなたがたがこの星の人達を説得するかにかかっています」

それが一番の問題なのだがそれはこの星の政府が実行する事であって役員たちが関与すべき問題
ではないのであった。彼らは政府高官が見守る中、小型ボートに向かって歩いて行ったのであっ
た。



「 !! 」

タダは突然立ち上がった。

「おい、どうしたんだ?」

フランクはタダの尋常ではない様子に驚いていたのであった。

「恐ろしく危険な気がする! 役員たちに何かが起こったのだろうか?」

タダはフランクに自分の直感した事を話した。直感したのはタダだけではなかった。彼の先輩の
パイロットもその危機を感じていたのである。


 その時タダ達のいる母船に緊急ブザーが鳴り響き、役員たちがジュネの暴漢に拉致された事実が
伝わって来たのであった。


「お前たちはこの星を滅ぼそうっていうんだろう?」

役員たちを拉致したグループの首謀格の男が詰め寄って来た。手には原始的な銃を持っている。

「違う!!」

テレパシーの叫びが小型ボートの中で響いた。男たちは船の中に隠れていたのである。

「君たちの星はあと2年足らずで彗星と衝突してなくなってしまうんだ!」B
役員は叫んだ。

「ウソだ、そんな事。このジュネにそんな事があってたまるもんか! お前たちはきっと悪魔な
んだ! オレ達と同じような姿に化けやがって政府をだましているんだろう!」

男たちの目は真剣であり、本気で役員達を悪魔と思っているようだった。

“危ない… ”

役員たちは彼らの純粋に自分の星を思う正義が危険だという事を察していた。
 
“奴らは本気で撃ってくる可能性がある”

役員たちはささやきあった。それが男たちの神経を逆なでしたのだった。



 !!


彼らは床に向けて銃を撃った。床は弾力のある素材でできているために弾丸は一時、食い込みは
したもののゆっくりと押し出されていったのだ。しかし人体ではそういうわけにはいかないだろ
う。役員たちは母船にむけて救助信号を送ったのであった。

「タダトス! 小型ボートをここにつけてくれ。君は誘導を頼む」

タダの上司が命じた。タダとフランクは小型ボートで出て行った先輩に代わり、母船のパイロッ
トとの一員としてコックピットにいたのである。小型ボートはリモコン操作できるようになって
おり、母船からでも操れるのであった。

「取り込む気だな」

フランクはタダに耳打ちした。フランクは計器とスクリーンを見ながらタダに指示を出した。



 急に動き出したかと思うと何かに触れたような軽い衝撃があり小型ボートは停止した。

「いったいどうしたと言うんだ?」

銃を構えた男たちは当たりを見渡した。彼らは自分たちが既に母船の中に収納されたという事を
知らないのだ。

「君たち、もう銃をしまいたまえ。ここは私たちの船の中なのだ。いくら抵抗しても無駄だと思
うがね」

役員たちは話しかけた。

「オレたちをどうする気なんだ?」

男たちは警戒心を解かない。彼らの心は恐怖であふれていたのである。

「何もしやしない。我々の船を君たちに見てもらいたいと思っているだけだ」

役員は彼らを落ち着かせるようにわざとおおげさに両手を広げ笑顔を作りながら心に訴えたの
である。

「 … … 」

男たちは銃をしまった。ここで抵抗しても無駄だということくらいはわかるのだ。小型ボートに
入って来た航空局の職員は彼らをそこから連れ出して母船の中に連れて行った。連行という形で
はなくてあくまでも客人としての扱いでである。

「君たちの星の政府はもうとっくに彗星の事を知っていたのだ。しかし急に話すとたちまちパニ
ックになるから黙っていたんだよ。君たちの星にはこの事態に対処できるだけの文明に達してい
ないからな」

客室に通された男たちにはもう警戒心はなかったのである。彼らは自分たちよりはるかに進んだ
文明を持つ異星人の存在をはっきりと認めたのであった。



 惑星ジュネの政府は自分たちを救ってくれる為に現れた“神”のような存在の星間連盟の役員
たちに暴行を加えようと小型ボートに侵入して行った男たちの存在を知って驚いていた。“神”
の出現を喜んでいたのもつかの間、不本意ながらもジュネ星人はそれを拒否するような行動に
出てしまったのであるからだ。

“神を怒らせてはいけない!”

ジュネ政府はこの事態を対処するための手立てを必死になって考えていたのである。それはす
なわち… 彼らの死を意味するのであった。



「君たちはもう自分の星に帰りたまえ」

星間連盟の役員が男たちに言った。彼らはそれを素直に聞き入れ再び小型ボートに向かったの
である。これ以上ここに拘留しておく理由はない。彼らの彼らなりの正義ゆえの行動だからと
がめる事は難しいと判断したからである。

「僕が送って行きましょうか?」

暇を持て余していたフランクが上司に言った。

「よし、いいだろう。お前の事だ、活躍の場が欲しくてうずうずしていたんだろう。じゃ、君B とフランクの友達の君、ジュネ政府にその旨を伝えておくから彼らを送って行ってくれるかな」

タダも異存はなかったのだ。

「やっと仕事が回って来たな」

フランクがうれしそうに言った。タダもその言葉に思わずうなずいたのであった。彼もフラン
クと同じく暇を持て余していたのだ。男たちはおとなしく船の中でかしこまっている。彼らか
らは直感を刺激するような事は感じられないのだ。

“思い過ごしだったのかな?”

タダはずっと感じていた悪い予感みたいなものを取り払うかのように操縦桿をぐっと握った。



 ジュネ空港の管制塔にメッセージを送った後でタダはボートを着陸させた。政府の高官たち
やガードマンがいっせいにボートに向かってあつまってくるのが見える。フランクはドアを開
けた。航空局の職員に誘導された男たちはボートの外に出ようとした。

“この事だったんだ!!”B
タダが男たちの前に飛び出した。



   !!  !



それは一瞬の出来事だった。フランクは胸を撃たれたタダが体勢をくずしゆっくりと倒れていく
様子をコマ送りの画面を見るように眺めていた。




 もちろん“神”はジュネ星人を見捨てるような真似はしない。




 母船に収容されたタダは夢の中をさまよっていた。

“こっちの方が夢なんだ。僕はフロルの元に帰らなくては… ”

タダは暗闇の中で両手を差し出そうとしたが体が動かない。彼は今、“死”を意識していたの
である。

“レイ、お前がぐずぐず言っていたのはこの事がわかっていたからなのか?”

タダはレイに問いかけた。しかし答えはない。彼の目の前には空虚な空間が漠然と広がってい
るだけなのだ… 

“魂だけが弾き飛ばされたのだろうか?”

タダは自分の肉体がない事に気づいたのだ。

“僕にはまだやりたい事がある。ずっとここにいる訳にはいかないんだ。
フロルが… 
レイが… そして未来が… ”


タダは声を出した。



“未来… ?”



誰かが応えた。小さな声だがはっきりとした“力強い生”の声…
 
“ミライ?”タダはもう一度呼んだ。
 



 そして目を開いて最初に見たものはフロルの青い顔だった。

「タダ!」

フロルは大きな声で僕の名を呼んだ。





 シベリース星立病院の一室にタダはいた。いつか長老が入院していた病院である。

「目を開けないならひっぱたいてやろうと思ったぜ」

フロルは言った。

「君にひっぱたかれなくて良かった」

まだ青い顔をしたタダが答えた。胸を撃たれているので体に力が入らないのだが話をする
事はできる。

「フロル… 僕たちのベビィなんだけど。今度生まれてくる女の子… 」

タダが言った。

「どうした?」

フロルはタダの汗を拭ってやった。まだ熱があるようだ。

「ミライって名前、どうだろう?」

タダはフロルの手に触れた。

「ミライか… いいじゃん。その名前、オレ好きだぜ」

フロルはタダの手を握り返したのである。



“僕のまわりがだんだん賑やかになってくるな”

タダは同室に入院しているフロルとミライを眺めながらほっとため息をついた。でも決して
それがつらい訳ではない。今日は長老がレイを病室に連れて来ているのだ。レイは自分より
ずっと小さなミライを見て不思議そうな顔をしている。

「レイ、とうとうお兄ちゃんになったんだね」

タダは声をかけた。しかしレイはまだそれが何を示す言葉か理解できないのだった。タダは
レイを抱き締めていた。胸の傷もずいぶん良くなってきたのである。

「ママが遊んでくれなくてもパパがいるからな!」

タダは何も知らないレイに約束したのだった。


 タダは病院の廊下で長老と話していた。

「お前がケガをした事をのぞいたらの事だけどな」

長老は言った。

彼は嬉しそうな表情である。タダはその言葉をかみしめていた。気取った言葉ではないのだ
が心に響くものだった。

「父さんも?」

そう思うのだとタダは知った。

「お前も私も… 」

それ以上は言わなかったがタダには長老の言いたい事が充分に理解できたのである。

「じいさん! レイを頼むよ!」

フロルの声に長老はふりむいた。レイがぐずっているのだ。しかたないな、というよりも
必要とされる嬉しさが先に立つ長老は急いで病室に向かうのであった。タダは腕組みをし
てそんな長老を見ていたのである。

 ふっと笑いが込み上げて来た。なぜだろう? いや、どうしてだかわかっている。
でも… 


 タダは今、幸せに包まれている事を実感していたのであった。

  
                                     終




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