チャコの結婚編(社会人)   





「フロル、用意はいいかい?」

タダは大きな荷物を抱えて外に出た。たった2日間の旅行なのだが子連れとなるとかなりかさ張
るのだ。あしたはチャコとクィーニの結婚式である。ふたりはそれに出席する為にクィーニの星
に向かうのであった。


「久しぶりだ、宇宙船に乗るのって。オレ、お前みたいに毎日空飛んでないからな」

フロルは楽しそうに外を眺めている。大学講師をしているとはいえ実際は講義だけの講師なのだ
から空にでる事はなかったのであった。フロルは自由時間を利用して、大学時代に覚えた事を忘
れぬようにシミュレーション室で操縦桿を握っているのだった。

「自分で動かしたいんだろ?」

タダは聞いた。

「うん、実はね。オレならこの船をもっと上手く扱う事ができるぜ」

フロルは自信たっぷりだった。

「でもいいじゃないか、君が動かしてたらこうやって旅行を楽しめないんだから」

タダはレイをひざに乗せて揺らしている。無意識にそんな動作をとるタダにフロルは彼の父性
を感じ、嬉しいような妬けるような変な気分だった。

「なんだい、レイにやきもちなの?」

タダは片手でフロルを引き寄せキスをした。レイはきょとんとした顔で両親を交互に眺めている。
しかしやんちゃざかりのレイなのだ。突然手を伸ばしたかと思うとキラキラ光るフロルの長い
髪を思い切り引っ張ったのだった。

「もう、このばか!」

フロルはレイの頭にコツンと触れた。

「やめろよ、かわいそうじゃないか」

タダはレイをかばった。

「だめ、悪い事をした時はすぐに叱らないとくせになるんだから!」

フロルは怖い顔をしてレイをにらんだのであった。レイは涙をいっぱいたたえた瞳で救いを求
めるようにタダの方を向いた。

「だめだ… 僕はこの瞳に弱い!」

タダはレイをぎゅっと抱き締めた。もうかわいくてかわいくて仕方ないのだ。

「お前… 甘いな!」

フロルは前々からこうなる事はわかっていたのだが… 彼女はタダの本性を本能的に見抜いて
いたのであった。



 乾いた大地に吹く風は少し肌寒い。しかしこの星では今が夏なのだ。クィーニは寒い星の出
身だった。

「フロル! 久しぶり!」

クィーニは嬉しそうに駆け寄って来た。大学を卒業して以来だったのだ。

「この子がレイ君なのね。ホントにタダにそっくりだわ!」

クィーニは感心したように言った。

「いや… そんなに似てるかい?」

そういうタダは嬉しそうに目を細めた。何度見てもかわいい! 目に入れても痛くないとはこ
ういう事なんだとわかったタダだった。
 
「こいつ、親ばかで困るんだよな」

フロルが苦情を言ったのだ。

「へぇ… タダってそうだったんだ。フロルの事すごく好きだから子供ができたらどうなるん
だろうってチャコと心配してたけど… おせっかいだったわね」
「ところでチャコはどうしたんだい?」

さっきからチャコの姿が見えないのを気にしていたタダが尋ねたのである。クィーニは少し困っ
た顔をした。

「実はね、結婚式には“誓いの言葉”っていうのがあるんだけど、この星の言葉で言いたいと
言ってきかないのよ。一途な人だから… 」
「イイカッコしたいんだな、チャコの奴。今頃ひっしで覚えてるんだろうな」

フロルはそんな所にもクィーニに対する愛情を示したいチャコの純真を、彼女の親友として嬉
しく思っていたのである。

「チャコらしいな」

タダはクィーニに言った。

「うん… まぁね。この星で結婚式をしてくれるって言ってくれたし… 」

かすかにはにかむクィーニはますますきれいになっていた。外見の美しさではなくて内面から
滲み出る美しさが彼女に備わっているのであった。





「やぁ、よう来てくれたな! お前らが一番や」

チャコが嬉しそうにクィーニの家から出て来た。ゆったりとした作りの広い家だ。

「トトとヌーももうすぐ着くと思うんや。後は赤鼻かな? 後のメンバーは休みが取れへんか
ら大学の同窓会の時に披露宴しようと思うとるんや」

クィーニはタダ達を屋敷に招き入れたのである。タダは応接室にいるクィーニやチャコの両親
に挨拶してまわったのだった。もちろん小さなレイはタダの腕にだかれ始終ご機嫌であった。



「これ… チャコの友達の王様がくれたの」

クィーニは上品な箱に収められたレースのストールを見せてくれた。

「この人、入学テストで一緒になっただけの人なのに… 不思議ね。すごく仲がいいんだもん」

クィーニは寂しそうな顔をした。何かを思っているようだった。フロルはこんな時、タダだっ
たらクィーニの気持ちを見抜く事ができるのに、と思った。しかしあいにく彼は応接室でクィ
ーニやチャコの親族に囲まれて大忙しだったのだ。

「王様はオレ達の仲間なんだ。たとえ大学に入学できなくてもあいつ、ずっとオレ達と一緒に
大学生活をおくっていたと思いたい、オレ、そう思ってる」

フロルの王様に対する思いはそうだったのだ。

「フロル… あたしね、ずっと思ってたんだけど… あたしは決してあなた達の仲間にはなれ
なかったなって。フロルやチャコ、タダやアマゾン… 11人のみんなはやっぱり仲間なんだっ
てさびしく思った事があるんだ。でもチャコはそんなあたしに気を使ってくれて“仲間と奥さ
んは別のもんや”って言ってくれたんだ」

チャコのいいそうな事だな、とフロルは思った。

「チャコがいたからフロルと知り合いになれたし、こうやって話をする事ができるのよね」

クィーニはフロルの手を握った。彼女は少し興奮しているようだ。

「ごめん、あたし何いってんだか… 何か変だわ… 今、何かを言いたかったんだけど何を言
おうとしたのかわからない… 目を閉じたらあたしの小さかったころの思い出が浮かんで来る
の… お父様やお母様にかわいがられた思いでばかりがよみがえって来て… 不思議ね、ずっ
とそんなだった訳じゃないのに」

クィーニはいつしか泣いていた。フロルはクィーニの気持ちが痛いほどわかったのだ。嫁いで
行くとはそういう事なのだ。でも決して家族を捨てるというのではない、しかし別れは別れは
だった。クィーニもフロルと同じく異星に嫁ぐのだ、やはり言いようのない不安が押し寄せて
来るのである。

「どうしよう… あたし… 怖いの… チャコがついててくれるのに… あたし、チャコを信
用してるのに… どうして怖くなるんだろう?」

クィーニはフロルに抱きついて泣き出した。

「きっとこの星にいい思い出がいっぱいあるからだよ」

フロルはやさしく言った。

「でも仲のいい友達なんてここにはいないのに… 」

クィーニは泣き止まない。

「幸せだったから悲しいんだよ。でも今日が過ぎなけりゃ明日はこねぇぞ。だから泣くなとは
いわねぇ。泣きゃいいじゃん、だって我慢する理由なんてねぇんだよ。だって誰でも自分の住
んでた所を離れるのって悲しくなるもんじゃねぇか?」フロルはクィーニの背中をなでながら
いつしか自分も泣きたい気分になっていた。感情とはどうやら伝染するものなのかも知れない。
フロルは今、いいようのない悲しさに襲われていたのであった。


 クィーニの両親が彼女の部屋に入って来たのでフロルは気を利かせて出ていった。クィーニ
は今から一番つらいけじめの時を過ごさねばならないのだ。両親との別れの挨拶… それはか
つて自分が一度経験しているだけにそのつらさは知っているのだった。



「フロル、どうしたの?」

三人の為に用意された部屋でフロルは横になっていた。

「疲れたのか?」

レイを床に降ろしたタダはフロルの横に腰掛けた。

「いや、疲れたんじゃねぇけど… どうして女ってうれしいはずの日を迎えるのに悲しくなっ
ちまうんだろうって思ったら… 」

フロルの言葉が途切れた。

「思ったら?」

タダは聞いた。

「お前、ずっとオレの気持ち知ってるんだろ? だったらいちいち聞くなよ!」

フロルはややきつい口調で言った。そして言ってしまってから後悔した。こんな言い方をして
はいけない。

「ごめん、オレどうかしてた」

フロルは謝った。クィーニの影響なのか感情をセーブできないのだ。タダは黙っていた。

「ごめん、怒ってるんだろ?」

フロルはタダの顔をのぞきこんだ。別に怒っているわけではないのだ。彼女の気持ちがわかって
いるけれど何て言ったらいいかわからず困っているための沈黙だったのだ。

「タダ、何か言って… 」

フロルはとうとう泣き出した。すごく悲しい。タダが何も言ってくれないという事がこんなに苦
しい事なんだと、初めて知ったような気がするのだ。

「タダ!」

フロルはタダを見てひとこと言った。タダはその涙をたたえた瞳を見てはっとなった。

「レイは君に似てるんだ!」

タダはびっくりしたような声で突然言った。レイのあどけない瞳はそのままフロルのそれと重なっ
た。タダはこの単純な発見が嬉しかった。

「フロル! レイは君にそっくりだよ!」

タダはどうしてレイがこんなにもいとおしいのかがわかったのだ。レイをいとおしく思う気持ちは
そのままフロルをいとおしむ気持ちにつながっていたのだった。タダの愛情表現は極めて単純だ。
甘いささやきも気の利いた言葉もない、ただ強く抱き締めるだけのものだった。しかしフロルはそ
んなタダの表現がたまらなく好きだったのだ。

「タダ? お前? どうして… 」

タダは感情の起伏が激しい方ではない。でもこのときの変わりようは今までにないものだった。フ
ロルは戸惑いながらも流れてくるタダの愛情を、抱き締められた両腕から受け取っていたのである。
 


「フロル、ティラとカズが着いたで!」

チャコがフロルを呼びに来た。

「あれ? 何やお前ら、夫婦ゲンカでもしとったんかいな」

チャコがフロルの顔を見て言った。

「いや、何でもねぇよ」

フロルはあわてて涙を拭った。誰が見てもこの場面は夫婦ゲンカの図なのだ。しかしチャコは知っ
ていた。この夫婦に大きな夫婦ゲンカはおこらないだろうという事を。さっきのセリフはただ言っ
てみただけだったのだ。

「フロル、行こう」

タダはレイを抱き上げた。元気よく床をはい回っていたレイは父親に抱き上げられて不満そうに足
をばたつかせていたのである。しかしいつもの居心地の良い腕にすっぽりとおさまった彼は安心し
たように父親の襟をいじっていたのであった。

 大学時代の友人達にも祝福されて二人は式をあげたのだった。ゆうべの迷いが消えたクィーニは
晴れやかな顔で今日の式を迎えていた。

「ごめんね、フロル。昨日は迷惑をかけちゃったわね。でももう大丈夫だから」
と言いながらも少し声が震えるクィーニの肩をチャコは抱いていた。

不安がないわけではないのだがそれはチャコがいやしてくれる、かつてのタダがそうだったように
と思うフロルだった。ヌーやトトもこの幸せそうな二人に心からの祝福を送っていたのである。


「四世やガンガが来月の披露宴に来てくれるんや」

披露宴といっても石頭の教官室を借りての内輪のものだったが四世やガンガが出席できるらしいの
だった。細かい手配は大学に残っているヌーとトトと赤鼻がやってくれる。

「タダ、フロルぜったい来いよ。石頭もレイの顔が見たいゆうとったからな!」

チャコがねんを押した。

「うん、大丈夫だよ。僕は休みが結構多いんだ」

タダは返事した。チャコは嬉しそうにレイの手をにぎったのであった。レイは無邪気にチャコの方
を見てにこにこ笑っている。

「タダ、ほんまにお前によう似とるなぁ」

チャコは感心したように言った。

「いや、でもこの子の目なんてフロルにそっくりだよ。僕そんな気がするんだ」

トトがすかさず言ったのだ。タダはその言葉にぎくりとした。トトは一瞬にして見抜いていたので
ある。恐るべし、トト! 


 二人の幸せな旅立ちを祝ってみんなはクィーニの星を後にした。久しぶりの再会もつかの間で、
また明日からそれぞれの道が待っているのだった。その道はこれから先も時々出会い、そして別
れ… 又、交わって行くだろう。そんな予感と共にタダは帰りの船でまどろんでいたのである。




「友達っていいもんだな… 」

フロルの呼びかけにタダは目覚めた。シベリースはもう目の前だ。

「あれ… どうしたの?」
涙ぐんでいるフロルに気づいたのだ。昨夜のクィーニの影響でか彼女は情緒不安定になっているよ
うなのだ。

「また会えるじゃないか」


タダは慰めた。
「そうだな… また、会えるんだよな… 」

フロルはタダの肩に頭をあずけた。タダはそっとフロルの背中に腕をまわしたのだった。



 シベリースのステーションでは長老が待っていた。到着時刻を知らせていなかったけれど彼は
知っていたのである。

 小さな旅行でもかたずけは手間取っていた。それもようやく終わり、居間のソファーでうたた
寝していたフロルの横でタダと長老はくつろいでいたのである。レイはテーブルの横の小さなベ
ッドで気持ち良さそうに昼寝をしていた。

「え?」

一時の静けさの中で二人は顔を見合わせた。


聞こえて来る!!


リズミカルな心臓の音。
音と感じるのは直感力のなせる技なのか? 
フロルはまだその事に気づい てないようだった。

「タダ!」

長老はタダにその喜びを伝えるかのように笑いかけた。

“そういえば思い当たる事がある”

タダは昨夜からのフロルの様子を思い出していた。クィーニの影響で感傷的になっていたのではな
いのかもしれなかったのだ。長老はさっそくその事をマリーばあさんに知らせにいったのだった。
これから先、ますます彼女の仕事が増える事になるのだから… 

 居間に残されたタダは一人で悩んでいた。今、こんなにレイがかわいいのに新しく生まれて来る
命を自分はかわいがる事ができるのであろうかと。しかしそれはぜいたくな悩みというものなのだ。
タダはそんな事は充分わかっていた。しかし人間とは悩まずにはいられない性質をもっているもの
なのだ。とりあえずそんな事しか悩みのないタダは幸せな人間なのだろう。




 静かな環境に慣れていないせいかフロルはすぐに目覚めた。タダはまだ何も気づいていないフロ
ルがおかしくて、しかし話さない訳にはいかなくてただ笑っていた。

「何がおかしいんだ?」

フロルは聞いた。

「いや、君はのんきだなって思ったんだ」

そんな事を言えばフロルが怒るのは分かっていたのだが、言わずにはおられない気分のタダだった。
 何も知らないレイはまだ眠っている。タダはフロルが止めるのを聞かず、そんなレイを抱き上げた。

“パパはお前の事もずっとずっと愛してるよ!”

そう言って、タダはレイの心に呼びかけたのであった。



                                           終



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