オープンスクール・山田の責任 編



 
 大会に山田の名でエントリーしたとはいえ、すでに彼女が女子であったと気がついている
者もいた。

案の定、王狼館に着くとすぐに館長からの呼び出しがあった。

「火月の気持ちもわかるが、やはりこれはけじめをつけておかないとな」

しばらくのお説教の後で館長は礼央に言ったのだった。

「あたしが直接謝りに行って来ます」

ちょうどその時、王狼館にオープンスクールの案内が来ていたのである。
それをチャンスとばかりに勇んでいる礼央に苦笑しながら、伸びて行く芽をつむ事はなかろう
と許可した館長は1通の詫び状を彼女に託したのだ。それは適切な対応であり、世間でありが
ちな事だった。

「丁重にな、火月」
「はい」

一礼をして稽古に戻った礼央の心は竜炎のオープンスクールに飛んでいたのだ。




 とは言うものの、いざ竜炎に着くとたった1通の詫び状が重くのしかかる。まだ少女である
礼央には社会の常識が苦しいのだ。さっさと済ませたかったがこんな時に限って館長は小用で
出かけているとの事だった。自分のとった行動に対する責任は自分でとらなくてはならない、
そういうものなのだと理解していたからこそ単身で来たのだが・・・


"まず挨拶をして・・・ どうして女子として参加したかを言って・・ くそっ! どうして
こんなにややこしいんだよっ!"

礼央はぶつぶつ言いながら道場に足を踏み込んだ。すると何人かが彼女を指差していたのである。

"あいつは山田・・ とか言ったよな"

そんな声が聞こえる。

"ああ、そうだ。今はまだ山田なんだ"


とりあえず挨拶をしてきた者に対し山田と名乗り挨拶を返した。そう、礼央は竜炎の館長に詫び
状を渡すまでは山田でなくてはいけないような気がしたのである。

"やはり参加してきたな、山田"

当然と言った顔で彼女を見つめていたのは倉橋正人だった。彼は同じ道場の仲間と参加していた
のだった。

"どうせ練習試合なんかがあるはず。今度は前のような無様な負け方はしないぞ"

彼は固く決意したのである。もっとも決意なんぞは誰にでもできるのだが・・・




 一方、礼央は自分の行動に対する責任を感じていた。
男としてエントリーし、そしてベスト8に残った。
たったそれだけの事なのだ。
しかし大人の事情は違っていた。それによって生じる問題の重要性は自分の考えにはなかった
のである。

"でも考えてみたら他流試合が大人のメンツによるもので、子供の可能性を潰すとか言ってな
かったっけ? おまけに体重無差別でジャンルも越えてだし。だったら男女関係ねーじゃん"

とは言うものの、所詮それは言い訳に過ぎない。とりあえず男子の部と女子の部に分かれてい
るのならば自分は間違いなく女子の部に属さなければならないからだった。その理屈はあって
いるにせよ、ルールを破れば謝罪の責任が出てくるのは当然の事だった。

"さっさと謝って稽古したいのに・・・ "

礼央は所在なげに道場を歩いていたのだった。




「  !!  」

突然つっかって来たのは片桐兄だった。何かいちゃもんをつけているようだ。

「うぜっ!」

礼央はやりすごそうとしたがやめた。

"これも稽古だよな、稽古"

礼央は普通に構えたのである。これほどの体重差のある者との対戦はめったにない事だ。
これはチャンスとばかりに構える礼央は内心ワクワクしていたのである。
 蛇蠍拳は一撃必殺の拳法ゆえに、相手からの攻撃にさらされる事は少ない。
ならばそれを使わずしてどう戦えばいいのかを彼女は研究したかったのだ。

思った通りの重くて速いパンチが降って来た。しかし避けられないほどじゃない。前の大会で
皇と戦っているのを見た時と同じ印象を彼から受けたのである。

"こいつは力に頼りすぎている"

およそ自分とは正反対の戦い方だと感じた礼央なのだ。

"狙いやすい!"

礼央は大きくひらかれた急所を見てほくそえんでいたのであった。




 が、その時の事だった。小用で出かけていた竜炎の館長が道場に現れたのである。

"館長だ・・・"

礼央は急に現実に引き戻されたのだ。まず自分がしなくてはならない事、それがよみがえって
来たのだった。


「うわっ!!」

と、叫んだ時には片桐兄のパンチが顔面をかすった。
注意が館長に行き、避けきれなかったのである。

"やばっ!"

彼女が動揺している隙に片桐兄のパンチがもういちど襲ってきた。今度は腹部だった。

"くっそーーーっ! よくも・・・"

これ以上のダメージは危険だと感じた礼央は蛇蠍拳の構えをとったのである。

一撃必殺の拳だった。



片桐兄に向かい、弟が向ってくるのが見える。弟はチラリと礼央の方を見てから兄を抱えていた。

"あんたに構っているヒマはねーんだ。だってあたしにはする事がある"

礼央は真っ直ぐに館長の所に歩いていったのであった。ドキドキするけれど、これが終わると開
放される・・ 叱られようが無視されようが要は自分が蒔いた種だった。




 単刀直入に礼央は謝った。
一瞬の沈黙があった。館長は礼央を見、そしてふっと笑ったのだ。

彼女にのしかかっていた重圧はいとも簡単に解けた。もちろんオープンスクールにも参加できる
し責任も問わないという事だった。

「確かに男女に区別しているが、真の最強には男女別はない」

館長はそう言った。そして故意か偶然か近くにいた息子の大我に事情を話し、女子の代表者に礼
央を紹介するように言ったのである。その時、大我が少しも驚かなかったのは持ち前のポーカー
フェイスのせいだろうと思う父だった。もっともポーカーフェイスというのも少々語弊があるの
だが・・・



 当然のことながら女子の部は大騒ぎだった。さっきの片桐兄との試合を見ていた者は、礼央を
女子として迎え手合わせするのを強くこばむ者が多かった。男子の部でもすでにその情報は行き
渡っており、興味の目を向ける者も多かったのである。






"しかし・・ "

と、礼央は思う。今はすっきりとしたものの、今までの重苦しさはどうだろう?
責任をとるってこういう事なのかと痛感した礼央の心は少しまいっていたのだ。

"皇がこんな思いであたしの事を見ているのだとしたら、あたしが何とかしなくちゃいけないんだ"

けなげにそう思う礼央だった。
しかし皇はまだ来ていない。どうしてこんな日に遅刻なんだよ?と思う。
それともどこかで迷っているのかとも。いや、待てよ。ここは奴の居候している道場の隣りじゃ
ん!と思考が交錯する。





そして休憩時間になった頃に皇閃はのこのこと現れたのだった。入口のロビーにある自販機の前
で礼央は思わず大きな声を出してしまったのだ。

「あんた、今まで何してたんだよ?」

待っても来ない閃にイラついていた礼央がつっかかっていった。

「いやさー、眠くってよー。大樹の格闘ゲームに付き合わされてよ。あいつつえーんだぜ」
"何をやってたんだーー!"

呑気そうに笑っている皇の脳天に思わず手刀を入れた礼央だった。



「あー、おめー! 顔と腹、どしたん? 穴あいててヘソが見えるじぇ!」
「ああ、これはさっき片桐兄とやったんだ。」
「なにーーっ? で、大丈夫か?」
「ああ、奴は医務室にいるよ。それよりさ」

礼央はいつになく神妙な表情で閃に言った。

「なになに? 俺をじっと見つめてどーしたんじゃ?」
「どーしたって・・」
「いんや、俺に惚れたのかね? 礼央」

惚れたと言われてカッと熱くなる礼央。

「ちがっ・・ !!」
「じゃ、どーして?」

訳がわからない閃は礼央の目をじっと見たのだ。いつもと変わらぬ真っ直ぐな目は礼央の心の内
を見抜いているようで恐い。彼女は体をかたくしたのだった。

「俺が恐いの?」

閃がニコッと笑った。礼央は少しだけ視線をずらす。こんな時の表情が非常に女の子らしいと感
じる閃なのだ。

"ひょっとしてこいつ、誰より女の子らしいんじゃねぇの?"

と、思う。強気なくせに踏み込まれると一歩退く、そんなタイプだと思うのは自分だけだろうか?

「な、皇。もういいよ」

と、礼央が切り出した。

「何がいいんじゃ?」

と、閃が聞き返す。

「責任なんていーよ。あんた前に言ったろ? でももういいって。疲れるだけだからさ。だから
気にしないで」
「 ? 」
「だ・か・ら、先週の試合で・・・ 」

礼央は後の言葉をにごしていた。顔面を殴られ指と肩をはずされ胸まで触られてしまったと自分
の口から言えやしない。

「あんたに責任なんてないんだから。あたしが勝手にエントリーしてあんたに負けた、それだけ
でいいじゃん。気にしなくていーっつってんだよっ!!」

礼央はつとめてあっさりと言った。




「 ・・・・ ったく!!」

閃はあきれたように礼央を見た。

「おめーさ、俺が責任取るって言った事を気にしてんのか? だったら見当違いだじぇ。
おりゃ別にそんなに思っちゃいねーから」
「でも!!」
「じぇんじぇん平気。だって俺、おめーを気に入ってるんだかんな」

閃の目はウソを言っていないようだ。

「でも・・・ 」
「礼央は迷惑か?」
「 ・・・ 」
「な、それよか道場に行こうじぇ。俺の相手をしてくれよ」

これは明らかにコクリだ。

「うん」

今度は顔を上げ、頬を染めてはっきりと答えた礼央だった。

「かわいいじぇ!!」

しかし今度の答えは腹部へのパンチだったのだが・・・





オープンスクールという試みはどうやら成功をおさめたようだった。皆は満足して帰って行き、
又の参加を決意した者も多かったらしい。その中に倉橋に原田、そして閃と礼央がいたのは確か
だった。



"たった1週間なのにな"

と、礼央は思う。
その1週間前に知り合ったばかりの閃に心を動かされる人生が始まるなんて考えもしなかった礼
央は前をゆく影をぼんやり見ていた。

「ん? 疲れたんか? だったらおぶってやっからさ」

閃は腰をかがめて両腕を後にまわした。

「ばかっ!」

礼央ははっきり断わり顔をそむけていた。しかし明るく笑っている閃の顔だけは目でとらえていた
のだった。


                                    終
  

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