続くといいな・・・(1)




 それはいつもと変わりない時間なのに妙にそわそわして心が落ち着かない。
変だ、と思う。
皇が気になる。
最近じゃなくって以前から、ううん、もっと前。
そう。
"皇を知ったあの日からお前を意識していたんだよ"
きっと恋だと思う。でも認めるのが嫌だった。
"だってそうじゃない、あたしが男子を好きになるなんてさぁ、笑っちゃうよ
ね。でもたまにあんたの視線を感じる時がある。そんな時、皇があたしを好
きじゃないかって勘違いしてしまう。あたしも好きだよと言って付き合っち
ゃったりするんだ。いっしょに行くところは竜炎の道場だったりしちゃうん
だよな。それで道場破りなんかしたりして大我が怒ってゴジラみたいに登場
する…"

礼央はさっきからひとりでブツブツ言っていた。皇が自分の教室にやって来
るまで少し時間があるようだ。
「火月さん、皇君のクラス、まだホームルーム終ってないよ」
「ああ、ありがとう」
「たいへんね、皇君のお守。でも礼央ならうまく教えられるから」
「そんな事ねえって」
「礼央は何でもできるもん。勉強もスポーツも」
「まさか」
「ご謙遜! じゃ、頑張ってね」
「ああ」
クラスメイトが去っていった教室はガランとしてて寒い。
"色に例えると灰色かな?"
ぼんやりとそんな事を考える。

そんな時に通りかかったのが閃のクラスの女子だった。
くもりガラス越しに声が聞こえてくる。
「火月さん、また皇君に勉強を教えるつもりなのよ」
「テストが終ったのに熱心なコトね」
「いくら先生が頼んだとはいえ、やけにしつこいじゃな〜い?」
「やっぱり火月さん、皇君のことを・・うふふ・・」
「でも皇くんには似会わないよォ。よく校門で待ってるかわいい子の方がお
似合いよねー」
「そうそう。あの子、美人さんだもん」
「皇君、実は火月さんがうっとしいんじゃないの?」
「言えてる」
礼央を意識してしゃべる会話が廊下に響いている。
彼女たちは以前から閃を狙っていた連中だった。
従って礼央が邪魔なのだ。
だから先生の頼みで勉強を教えるというシチュエーションが気に入らない。
勉強でもスポーツでもかなわない彼女たちの唯一の抵抗の手段は悪口ぐらいな
ものだろう。
しかしこれが案外こたえるものだった。

 ほんのさっき閃のことを思っていた礼央にとって彼女たちの生の声は非常に
衝撃だった。
たとえ何かを思われていたとしても聞こえなければ気にならない。
しかしこれ見よがしに言われた言葉は彼女たちの真実であり、ほんのり色づい
た礼央の恋心に突き刺さっていたのである。
"そりゃ、あたしはかわいくないよ。でもあんまりじゃん"
廊下を去っていく彼女たちに言い返すことができない礼央はじっと我慢してい
た。
これが男子ならば、追っかけてってクビをつかんで鉄拳のひとつでもお見舞い
すりゃすむ事だった。
しかし女子にはそれができない。
でもくやしい!
いや、その前に恥ずかしい。
恋心を悟られた自分がすごくみじめで恥ずかしい・・・

 知らないうちにじんわりにじんできた涙に気がついた礼央はあわてて片手で
ぬぐっていた。
悪口なんて慣れているはずだった。
でもそれは彼女の強さに対する羨望の混じった男子の悪口。
今回のはそれじゃない。
"人が誰を好きになっても勝手じゃん。顔のいいヤツしか恋ができねーなんて法
律はないぞ!"
そうは思うのだが・・・
 思うのだが自信はない。
実際、原田みたいなかわいいタイプじゃないけど決して醜くない礼央だった。
女子が10人いれば見ようによっては3〜5番目ぐらいの美人度だ。
しかし彼女自身の自己評価は低かった。

「礼〜央〜っ!」
教室の外から間の抜けた閃の声がする。
するやいなや飛び込んできた彼は礼央の前にどっかと腰かけた。
「どしたん?」
閃は礼央の前髪をかきあげて覗き込む。
「何でもねー!」
その手を振りほどこうとする礼央。
「何でもねーじゃねーぞ!」
閃はその手を握る。
「俺が遅いから泣いてたん?」
閃が聞く。
「バカ・・ なんでだよー!」
「じゃ、なんで?」
「なんでもねー!!」
「わかった。じゃ、おめーが俺に何で泣いてたか言うまで教わってやんねーぞ!」
閃は腕組みをして礼央をにらんでいる。
「皇・・」
これには礼央も困ったしまったのだった。
正直に言うのは恥ずかしくて悔しい。
少なくとも彼に恋している自分を知られたくない。
「なぁ」
閃が礼央の手をつかんだままで目を向けた。
「俺は自分の好きな奴が泣いてるのが放っとけねーんだよ」
いつになく真剣な閃の声に固まる礼央。
「あたしを・・?」
と、だけ聞いた。
そりゃなんとなく感じていたけれど、面と向かって言われると照れくさい。
「おう!」
と返事した閃もまた照れていた。
「なんか今言っちまったけど、本当はいつ言おうと悩んでたんだじぇ」
閃は頭をかいている。
「もうちこっとかっこ良くさぁ、クリスマスとかお正月とかいろいろあるから
俺は計画してたんじゃ」
立ち直りの早い閃は胸をはっている。
「ふふ・・」
礼央の顔が柔らかくなった。。
さっきの女子の悪口が少しだけ遠くなる。
「ありがと」
礼央が照れくさそうに言った。
その自然に浮かんできた笑みが閃を刺激した。
「キスしてーなー」
閃が伺うようにのぞき込む。
「やだ!」
今度ははっきりと答えた礼央。
「俺のこと、嫌い?」
「嫌いじゃねー。でも今はやだ」
予想しなかった展開に戸惑う礼央はとりあえず拒否したのだ。
「じゃ、予約していいか?」
閃がまたまた真面目に聞く。
「いーよ・・」
今度の礼央はうつむきかげんで恥ずかしそうだった。それは肯定の意思。
「いよーっし!」
すっくと立ち上がり教科書を出し、机の前に置いた閃は満足そうに笑っている。
きっと彼は彼なりに悩んでいたのかも知れない。
「便秘が治ったみたいな気分じゃー!」
「じゃ、あたしは下剤か?」
と突っ込む礼央。
「じゃねーけどさぁ」
閃はちよっとだけ考えた。
「ん?」
礼央はその沈黙が気になった。
「つまんねーコト気にすんじゃねーぞ」
閃は礼央の肩をポンとたたいたのだった。
「え・・」

閃はさっきの女子の言葉のやり取りを聞いていたのだろう。
だから誤解を生まないうちに告っておこうと考えたのがわかる。
再び浮かんできた涙に礼央は困っていた。
「もっと俺を頼りにしてくれていーじょ。ひとりで立ってるのは辛いじゃん」
言葉とは裏腹に照れている閃。
「うん・・」
と言いつつ頼ってこない礼央。
"礼央は強がりだかんな"
閃は頼られるのをあきらめて教科書に目を落としたのだった。

「・・・!」
礼央が教科書に置かれた閃の手に触れた。
すかさずその手を握る閃。
そして見上げると優しく微笑む礼央の顔があった。
「続くといいな・・」
ポツリと彼女が言った。
「おお!」
と、返事をした閃。

それは何の変哲もない普段の日の放課後の事だった。


                                        終
 

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