約束



 礫中の夏服に身をつつんだ礼央は掃除の終わった教室で日誌を書いていた。

"なんだか気が抜けちゃったな・・・"

昨日の異種格闘技ジュニア大会本戦が終わり、ホッとしたせいもある。

"結局、皇には勝てなかったんだ"

閃に技を見抜かれてからは一方的な試合になってしまったような気がする。
もっとも成績は男子の部でベスト8に入るというものだが。

"まだまだ修行が足りないと言う事なんだ・・"

礼央はほおずえをついてぼんやりと外を眺めていた。

「おっ、山田! このクラスだったんか?」

突然声をかけてきたのは聞き覚えのある声の主、閃だった。
振り返ったら、閃は窓からひらりと入って来て礼央の前にどっかと腰掛けた。

「お前ねー、戸があるだろ?」

礼央はつい大きな声を出したのである。

「いいじゃん、窓からでも入れるし」

彼に悪気はない。

「それよかおめー、普通じゃん」

閃は礼央を見ていった。

「 ? 」

一瞬リアクションに困る礼央。

「それに山田吾郎ってのは本名じゃねーだろう?」
「 ったりめーだ!」
「火・・月・・つーのかぁ」

閃は礼央の名札を見て言った。

「名前は吾郎じゃねーだろーな?」
「礼央だよ」

彼女はあきらめたように短く返事をしたのである。
だいたい閃はマイペースなのだ。しかも普通が通じない。

"こいつといるとペースが乱される"

礼央は最初に対峙したときから感じていたのである。しかしそれが嫌悪感
ではない事も知っていた。

「じゃ、礼央」

閃は彼女の顔をじっと見つめて言った。普段からこういう風に見つめられる
ことのない礼央は戸惑った。

「な・・ 何だよぅ? あたしに何か用?」

彼女は閃から視線をそらそうとした。しかしその顔を追うように閃の視線が
追ってくる。

「いや、今日さ。ミッチェルに聞かれたんだ。おめーが礫中の1年女子かっ
て。でもおりゃ、転校したてに謹慎じゃん。知らねーつったけど1年の教室
を探しに来るよーな事を言ってたから来てやったんだじぇ」
「別に来てもいいじゃん」

彼女はそっけない。

「でもよー、あいつ誰かに言われたーつってたぜ。同じベスト8でも山田よ
り弱いんじゃねーかってよ」
「それで?」
「まさか教室でー、なんつー事はねぇと思うけど。結構マジでやる気かも知
んねぇと思ったんじゃ」

礼央は閃のよく動く口元を見ていた。

「いくらなんでもそれはねーと思うけど。どっちにしてもあたし、これを書
かなきゃいけないんだ」

彼女は日誌に目を落とした。
これが済まないと下校できないのだ。

「一人で書くのか? 班の奴らはどうした?」

こんどは意外とまともな質問が返ってきた。

「クラブだったり・・ 男子と一緒に帰る約束をしてたりで・・ 」

ふっ・・ と、あさっての方を向く礼央の表情が乙女モードになっている。

「仕方ねぇじゃん。約束してたみたいだしー 」

要するに要領が悪くって一人で居残りになっているらしい。
それでも嫌な顔をせずに書いているところをみると案外人がいいのかも知れ
ないと思う閃だった。

「かーいいな!」

閃が嬉しそうに言った。

「え?」

一瞬彼の言葉が理解できない礼央は聞き返した。

「あたし?」
「そ、おめーの事だじょ!」
「 ・・・・ 」
「怒った?」
「知るかっ!!」

彼女はバンと日誌をたたきつけて立ち上がった。

「職員室に行ってくる!!」

礼央はそのまま教室を飛び出していった。
やらたと頬が赤らんでくるのは自分をかわいいと言った閃の言葉だ原因だ。

"あいつ、とんでもねーナンパ野郎じゃねぇか。なにがかわいいだ!"

かわいいと言われたのは本当に久しぶりのような気がする。閃が後を追って
来ないのが嬉しいのか残念なのかわからないが、取り合えず担任の先生に日
誌を渡し、カバンを取りに教室に戻ったのだった。


集中下駄箱の所で待っていたのは白羽だった。

「火月礼央・・ 」

と、白羽が言った。当然振り向く礼央。

「全国大会女子の部、連続優勝・・ それでも飽き足らず男子の部に出場っ
てか?」

白羽はややシニカルに言った。
しかし礼央は無視して靴をはいている。

「よく見ると気が強そうでかわいいじゃん。俺のまわりにいないタイプだ
なぁ」

俺のまわりとは彼の取り巻きの事である。

「あんたはあたしのタイプじゃねぇよ。用がないならそこをどきな」

礼央はそっけなく言った。

「あ、いけないな、上級生に向かってその態度・・」

少しだけ白羽の表情が厳しくなる。女子とは言え本戦に出場し、あの皇閃を
てこずらせた相手なのだ。向ってきたら本気で構えないと危ない事は明らか
だった。

「うざっ」

礼央は踵をかえして無視を決め込んだ。
しかし無視をされると余計に構いたくなる白羽は彼女の前に立ちふさがった
のである。

「お前を女子とは思わないからな」

白羽が言った。
それは礼央にとっての賛辞。

一瞬、身構えようと思ったが礼央はやめた。ここは校内だし揉め事をおこす
と謹慎処分になる。

そして再び無視。

「このっ・・ 」

しかし彼女の背に向けられた拳は毒蛇探路によって防がれた。

「あんた、見切りが得意かも知れないが自分だけの技だと思うなよ」

礼央は冷たく言い放ったのである。

「く・・ っそう!」

指をおさえて白羽の目が険しい。
それにつられて礼央はスッと左足を引いた。


・・・・・


「     ―――――― っ!! なーにやってんじゃーーっ!!」

すっとんきょうな声を出したのは閃だった。

「礼央、校門でおめーを待っててやったのに何やってんじゃ?」
「あたし、待っててくれって言ったか?!」
「言ってねーけど」

閃の登場で白羽の気がそれた。

「ミッチェル、礼央に何すんじゃい!」

閃は大袈裟に白羽を指差して言った。

「その呼び方はなんだ! それにおまえ、さっきこいつを知らないと言った
じゃないか」

白羽はなじるように閃をにらんだのである。

「ああ、クラスは知らなかったがな。でもよー、こいつの事は昨日から知っ
てるんだじぇい! それよりおめー、見かけどおりやーらしーやっちゃな!」

閃が白羽を指さして不快な顔つきになった。

「何を・・ ?」

自他とも認める見目麗しい容姿の彼は、かつていやらしいと言われたことは
ない。

「おめー、礼央のスカートの中、見てーんだろ? 期待してもだめだじぇ」
「な・・ やろーっ!! どうして俺が・・ 」

そんな事を考えだにしなかった白羽の怒りは閃に向けられた。心なしか顔が
赤らんでいる。やはり健康な男子である以上想像せざるをえないのだ。

「おめー、じいちゃんから習わなかったんかー? 女には優しくしろって。
礼央は筋肉もついてるけどやーらかいんだぞ!」

「 ・・・ 」

白羽は閃の本気か冗談かわからないトークに怒りが収まっていくのを感じて
いた。

「おりゃ、こいつの体を知ってんだかんなー!」

今度は礼央が赤くなる番だった。

「てめっ・・ 皇、紛らわしい事言うなっ!」

礼央は思わず閃の顔面を殴り倒したのであった。確かに肩の脱臼を治しても
らった事実は否めない。体に触れないと元に戻せないのは当たり前。
だからと言ってあの言い方だと誤解を招かざるをえない。
そして何より恥ずかしい。

「あたし帰るっ!!」

何だかいたたまれなくなってその場を逃出した礼央だった。
 
「バーイ、礼央ちゃん」

その気が失せた白羽が礼央に向かって片手をあげた。が、そんな事を知るよ
しもない彼女だが・・・



「なぁなぁ!」

校門の外の田舎道をズンズン歩いてゆく礼央に追いついて閃は声をかけた。

「うざっ!!」

彼女は肩にかかった手をふりほどこうとした。

「逃げんなよ」

意外と冷静な閃の声。
立ち止まる礼央。

「俺、言っただろ? 責任とるって」

閃がやや声のトーンを落として言った。

「 ・・ん? 」
「あん時どう責任取っていーんかわからんかったが、今日わかったんじゃ。
それが言いたくておめーを探してたんだ」

彼はどうやら本気で言っているようだった。

「どうよ?」


・・・・・


「おめーを守れる男なんてザラにいねーじゃん。誰でも守れる女は誰かが守
ればいい」

「 ・・・ 」

「でもおめーは強いから俺くらいだぜ。だから俺が守ってやる。俺は最強に
なるから俺を倒すために近くにいてくれい」

閃は真っ直ぐな視線を礼央に向けた。

「ばかな・・ 」
「冗談で言ってるんじゃねぇぞ」

受け取りようによってはものすごく意味深で大切なセリフだった。

「なっ? なっ?」
「 ・・・ 」
「礼央は時々反応してくれねぇんだな」

嬉しいような切ないような複雑な気持ちの礼央は返事に窮していた。

「ありがと」

短く返事したのはうっすら浮かんできた涙のせいだった。

「うん!」

閃は嬉しそうにうなずいた。邪心のなさげな表情は試合の時と変わらない。

"こいつ・・ いつでも本気なんだ"

礼央はそう感じていたのである。それにはもちろん自分に対しての態度も含
まれている。

"あたし・・ あんたが結構気に入っているような気がすんだ・・ "

礼央は心の中でつぶやいた。しかし、閃ほどストレートじゃない彼女は何も
言わなかった。しかし差し出された手に素直に指をからめた態度は心に忠実
だったのである。

「行っくじぇ!!」
「どこへ?」
「王狼館!」
「まさかあんた殴りこみ・・ ?」
「違――う!! 礼央を送ってくだけじゃ!!」

そう言って閃は礼央の手をひっぱった。

"しかたねぇヤツ・・ "

彼女はふっと笑い、閃と手をつないだままで駆け出したのだった。

心が温かい・・ 

そう感じる礼央だったのである。


                                  終
  

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