PUMPのおいたち

  1993年頃、PUMPの原型である「西村歌ダメ企画」結成。実は、この時のメンバーが現在のPUMPのメンバー。「ひらお1/2」などの名称を経て、1995年頃「PUMP」になる。そのころから日本橋GENEを拠点としてライブ活動を始める。数度のメンバーチェンジを経て、こうじい(Dr)の「出戻り」により、現在の編成となる。

なんで「PUMP」になったん?

  じゃんけんできまった。

どんな音楽?

  好みが全員バラバラなので、それらの「ごった煮」となっております。
だいぶ煮込んだので、エエお味になってると思います。


〈うたをうたうまいにち〉  
  98年11月に声帯の手術をした。術後、10日間は筆談で過ごした。12月末まで歌わなかった。
 確実によくなっているということを知りながらも、歌えないという毎日が自分にとってこんなにも
 よくないっていうことがわかった。自分の中ではどんどん泉のように沸き上がるモノはあるのに、
 それを自分の外側へ溢れさせることが出来ない、というか、歌うこと以外にその方法を知らないから
 沸き上がってきたモノは体の中でぐるぐると暴れてた。そして私は太ってしまった・・・(それは関係ないってば)。
  マヘリヤジャクソンはかつて、こんな事を言っていた。

「ブルースは絶望の歌だが、ゴスペルは希望の歌だ。ゴスペルを歌うと重荷から
解放される。罪が癒される気持ちになれる。」

  絶望するために歌っているわけじゃない。私は。"HAPPY"に触れたくて、歌っていたい。
 「希望・解放・癒し」堅い言葉かもしれないけど、歌が持つ不思議なパワーというか、魅力はこの3つのことばで
 全て表現できるんじゃないかなぁ。私は、自分のいのちや呼吸すべてをこの、歌にかけてみたいと思った。

 とにもかくにも再びこうして歌えるようになって、とても幸せです。歌っているとき、嫌なこととかつまらないこと、
 全部私の中から消える。「私は歌があれば大丈夫」だって思うと、自然と笑顔で歌える。
 たった3ヶ月ちょい、ライブすることが出来なかったぐらいで・・・そう思う人もいるかもしれない。けど、
 私にとって、またPUMPにとってはながーい3ヶ月ちょいの「冬眠」だった・・・・。
  またこれから、ぼちぼちいろんなところで暴れたいと思ってる。

「私は私の中にあるすべてを、手、足、そして私の体のすべてに語ってもらいたい。
私はきっぱりと言う、『神様からビートを盗ませるようなまねを悪魔にさせてはいけ
ない。神様は私たちが死人のように振る舞うことを望んではいない。胸に迫るものが
あったら、軽く足を鳴らし、神様の栄光に合わせて踊りなさい』」

  (2つとも、マヘリア・ジャクソン著「マヘリア・ジャクソン自伝」より抜粋)

by南無婆(vo)