Anamorphic Aberration
音源のダウンロードはこちら!! MP3ファイルです。12MBです。
この作品では位相による空間表現が多用されているため、ヘッドフォンを使用するなど、2chでの音響推移が体験できる環境での聴取をお願いいたします。なお、この曲で最も音量が大きいのは冒頭です。かなり強烈な音がしますので、あらかじめご了承いただき、耳を痛めないようにしてください。
〜作品について〜
この曲はテープ作品(電子音楽)です。
ある「起音」から発生した余韻に、様々に異なったパルス周期を与え、そのズレから「歪み」を生じさせようというところから着想。音はホワイトノイズに帰り、ホワイトノイズから生まれ、1本の「歌」となる。 また、音響は単なるパルスの集積だけで作られているのではなく、その「結果」から新たに「産みだされた」ものもある。
曲は「全音進行→半音反行」という動機で構成されている。時にはこれから逸脱することもあるが、基本的にこの動機から発生したパルス群によって創られている。
使用された音素材のほとんどはMIDIによって作られたもの。これだけ聞けば、数々の批判の声があがるかもしれないが、これにはそれなりの意図がある。まず、発音タイミングの管理という理由。微妙に周期の異なるパルスを同時に、しかも正確に発生させるのはアコースティックでは絶対に不可能なこと。そこで「人間には演奏不可能な」リズムをMIDIデータによって管理することで実現させた。 もう一つ、「いかにして歪みを発生させるか」ということ。コンピュータによる音響合成を用いれば確かに「未知の音響」を創ることは容易である。しかし、「歪み」を生むには「日常」との境界が近くである必要があるのだ。「非日常」も連続してしまうとそれは「歪み」には成り得ない。そうした意味で、アコースティックの音を模倣しながらもヴァーチャルリアリティでしかあり得ない音であるMIDI音源というのは実に都合がよかった。具体的には「微分音程を持つテューブラーベル」、「余韻がポルタメントするピアノ」、「コントラバスの音域を出す尺八」などの音が使用されている。 無論、私もMIDIの音をそのまま用いるほど馬鹿ではない。これらMIDIの音は一度ハードディスクレコーディングされた後(MIDIデータからオーディオファイルに変換する)、様々な加工をなされた後に(無論、原型を留めないほどではない)初めて素材として使用されている。なお、MIDIデータの管理にはFinaleを使用している。
この作品は別に特別なスタジオなどで作られたわけではなく、全て私の自宅で、一般に手に入るもののみを使用して作成されている。かつてはこのような作品を作るには特別な設備や膨大な手間がかかったものであるが、現代においてはかなり容易にできる(それは同時に危険なことでもあるのだが)。以下に私がどのようにしてこの作品を作ったのかを記しておこう。「五線の書き方は分からないが作曲はしたい」という人が、これを読んで作品を創る参考にしてくれれば幸いだと思う。
〜家庭でできるテープ音楽の作り方〜
まずコンピュータを用意する。これはPro ToolsがインストールできるものであればOSは問わないが、GRM Tools(音素材の加工に使用する。これがなくてもある程度の作品は作れる。詳しくは後述する)を使うのであればMacintoshの方が望ましい。
なお、私はMachintosh powerBook G4を使用している。OSは9.1。メモリは640MB。これより下のスペックでも十分実用に耐えられる。(後日追記:現在は違うMacを使用しています。後述するProToolsのフリー版は、OS X 以降には対応していません)。
次に、Pro Toolsをインストールする。これはハードディスクレコーダ。音の波形データ(オーディオファイル)を録音・再生するためのソフトである。同時に複数のトラックに自在に音声ファイルを配置することができる。また、ヴォリュームやパン情報などの制御もできる。かつてはテープ作品は磁気テープを切り貼りして作成していたものだが、これをコンピュータ上でやってしまおうというわけだ。しかもいくらでもやり直しができ、困難だった多重録音も思いのままだ。音質劣化もほとんどない。なお、MIDIデータの編集もできる。
このPro Toolsはdigidesign社から市販されているもの。だが、無償版がdigidesign社のサイトからダウンロードできる。無償版は幾つかの機能の制限がある。その最たるものはトラック数の制限である。無償版ではオーディオトラックは同時に8つまでしか使えない。そのため、より複雑な音響を得ようとする場合には何度もバウンス(複数のトラックを1本ないし2本のトラックにまとめる)を繰り返すこととなる。この場合、あとで細かいバランスを調整するのが困難であるために、作曲にあたって周到な計画が必要となる。逐一バランスを修正しながら作成を行いたいのであれば、製品版の購入を検討したい。
作成の第一段階として、必要な音素材を用意する。まず、自分の作品に必要な素材がどのようなものであるかを熟考しておくのは当然である。では、その素材をオーディオデータとしてコンピュータへ持っていくにはどのような方法があるか。
一番望み通りのものを取り入れるには、実際に出した音をマイクで拾い録音したものを、インターフェースを通してデータ化するのが理想的である。しかし、実はこれは非常に難しい。まず、一番ネックとなるのはノイズの問題である。実際に作業をしてみるとよく分かるが、音の加工においてほんの些細な「サーッ」というノイズでも想像以上に邪魔となる。また、このノイズはホワイトノイズ(全周波数を含む)という性質上、除去が非常に難しい上に、種々の変調によってさらに目立つようになる。これを事前に防ぐには「完全に無音の部屋」と「高性能の指向性マイク」が必要不可欠となるのだが、特別なスタジオでも借りない限り難しい。
そこで手っ取り早いのは、市販されているサンプラーCDを使うことだ。演劇用の効果音全集なども使いやすい。CDからならばインターフェースを用いなくてもコンピュータから直接Pro Toolsに取り込めるのも利点だ。ただ、これにも幾つか難点がある。まず、望み通りの素材が手に入りにくいこと。「まず素材があってから曲の構想を練る」という本末転倒なことになってしまいがちなのである。また、肝心のCDに収録された音自体にノイズが入っている場合も少なくない。事前にチェックできないためにこれは恐い。概して、収録数が少なくても値段が高めのものが高品質であることが多いが、これも断言できない。さらに、収録されていた素材を、自分の使いたい形に加工(音程を変化させる、リズムを変える、など)するのは、かなりの慣れを必要とするだろう。もっとも、これは次の作成段階に入れば必要不可欠な経験なのだが。 なお、私のテープ音楽の前作である「水の宇宙」は、この方法で創られている。ここではホワイトノイズの問題を「小川の音(ホワイトノイズに限りなく近い)を同一音量で常に流す」という楽案によりクリアしている。
希望のものに限り無く近く、かつノイズが出ずに得る方法は他にないか、と考えたとき、思いつくのがMIDIによる素材作成である。勘違いしている人は意外と多いので断っておくが、MIDIデータというのは音そのもののデータではない(稀に演奏家の友人に「私の演奏をMIDIファイルにして」と言われることがあったりする)。「どのタイミングで、どの音色を、どのヴェロシティ(音量)で、どの位相で発音するか」という、ある意味で楽譜にも似た数値による情報データである。よって、よい音質を得るためにはよいMIDI音源やMIDI楽器(MIDIデータが楽譜ならば、これは奏者や楽器というところか)が必要となる。Macに最初からついているQuick Timeなどでは到底実用には耐えられない。上に挙げた二つの方法とは違い、欲しいときに望みの素材が作成できるのがこの方法の利点の一つでもあるので、思いきって購入するのもよいかもしれない。今回私が使用したのはYAMAHAのMU-2000。MUシリーズでは2000からoptical出力(光ケーブルによるデジタル出力)が出来るようになったため、音質劣化なしにMDなどにデジタル録音できるのが大きい(ノイズが入る危険も少ない)。 こうしてみると、利点ばかりのようだが、がんばってはいるものの、やはりMIDIによる音だけでは存外安っぽい。これと生楽器で録音した音との差は加工をした際により顕著となる。他の方法による音素材も並行して使用するとよいだろう。また、MIDIインターフェースとオーディオインターフェースがそれぞれ別途必要となる(MIDIで発生させた音は直接HDレコーディングできるわけではない)。
この他にも幾つか音素材を作る方法は考え付くだろう。例えば波形を直接書く、Maxのパッチから音を出す、などが考えられる。この素材作りの段階でテープ作品の質の七割は決まると言っても過言ではない。私の場合、今回はMIDIによる音の他、電子ピアノ(YAMAHAのP-80)によって出したエレクトリックピアノやチェンバロ、弦のクラスター音を直接MDに録音したり、アンプからオーディオインターフェースを通してテレビのホワイトノイズを録音したりなどしている。
このように、CDから直接取り込む場合以外ではインターフェースが必要となる。ノイズが入らない限りどのようなものでも構わない。参考までに、私が使用しているのはMIDIインターフェースはYAMAHAのUX-96、オーディオインターフェースはRolandのUA-3(音声取り込みにはこれに付属のsound It!を経由している)。どちらもUSB接続なのだが、これは転送速度に若干問題がないわけではない。もし、テープ作品だけではなくMaxなどによるリアルタイムでの電子音楽も将来考えているのであれば、別のものも視野にいれておきたい。
素材を用意したら、次はそれを加工する。もっとも、必ず加工しなければならないというわけではない。日常にある音(具体音)のみをそのまま並べることでも立派に一つの曲を創ることは十分可能である(そのようにして創られたのが初期のテープ音楽である「ミュージックコンクレート」=具体音楽 である)。まず「加工する必要があるのか」という見極めは大事にしたい。
必要と思われた音は、Pro Tools上に配置し加工を行う。Pro Toolsに初めから備わっている機能だけでもある程度の加工は可能である。例えば、1セント単位で音程を変化させることができる「Pitch Shift」。一般にもお馴染みの種々の「delay」。レコードで回転数を変化させるような「Time Compression Expansion」。波形を逆から再生する「Reverse」。基本的ながらも効果的な加工は可能である。
これらは元の波形を極端に変化させるわけではない。もっと大胆な加工をしたくなる人も少なくないだろう。そこで必要となるのがプラグインである。Pro Toolsには様々なプラグインを付加することができるが、テープ音楽の作成において最もよく使われるものにGRM Toolsがある。これはフランスの研究機関INA/GRMによって開発されたもの。幾つかの種類があるが、お馴染みの「Doppler」のような比較的温和なものから、「Reson」のように複数のフィルタによってかなり強烈な変調を起こすものまで幅広い。これらのプラグインは個別にGRMのサイトで販売されている。決して安価なものではないが、適切に使えばこれほど強力なものもない。二週間のみ使用できる試供品が無料でDLできるので、どのような効果があるものなのかを色々と自分で模索し、必要と思ったものを購入すればよいだろう(二週間で一気に加工を終えてしまう、という荒技もあるが、後で手直しをすることを考えるとお勧めできない)。
こうしてできたオーディオファイルをPro Toolsで望みの位置に配置し、音量バランスやパン情報を操作すれば晴れて完成、である。最終的に1本のステレオファイルにまとめるまでには幾度となく修正や、新たな加工の必要が出てくるだろう。うっかりしがちなのがクリップ(音量が大きすぎてメーターを振切り、プチッというノイズが発生すること)することである。あと、途中でバウンスしたファイルをPro Tools上に戻した際にパン情報を左右に振るのを忘れたりすることも意外と多い。
このように、家庭でも簡単にテープ音楽を作成することは可能である。テープ作品では全ての音を素材として用いることもできる。また、強力なプラグインをかけることによって、誰でも「それらしい」音楽を創ることはできる。しかし、だからこそ「何を使うか」とか「どういうコンセプトなのか」ということを明確にしておかなければ、単なる「知的遊戯」にすぎないものとなってしまうことも忘れてはならない。このような音楽であるからこそ、作曲を通じて「何故作るのか」を考える機会としたい。
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