オルテンシア 〜雨中に煌めく硝子の紫陽花
創価グロリア吹奏楽団の委嘱によって2007年に書かれたものです。
なお、曲に関しての情報はこちらでお読み頂けます。
参考音源として、一カ所、部分的にMP3にして公開します。
○前半クライマックス 〜 Presto途中まで 約1.7MB DLする
なお、演奏は中村俊哉/創価グロリア吹奏楽団(市販されているCDと同じもの)です。
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こちらに書いたように、この曲は、その当時までの集大成のような位置づけとなっています。が、その中でもかねてからやってみたかった試みをしていますので、特にその部分をクローズアップして紹介してみたいと思います。
前半の頂点の後、Prestoに入る前に出てくる音響は、私にとって、ちょっと実験的なものでした。
まず1つ目。
ユーフォニアムのソロに続いて「ピアノの和音」→「ハープの和音」と鳴りますが、その直後にタムタムの強打と同時に鳴らされる和音。これは「リングモジュレーション」を擬似的に用いて作成された和音です。
リングモジュレーションは音響合成の方法の一つで、ある音響と音響を掛け合わせることで、非整数倍音による金属的な響きを創りだす手法です。
例えば、「A」の音と「E」の音を掛け合わせると、次の譜例のようになります。
リングモジュレーションの計算は、音高を周波数で扱って行います。
掛け合わせる2つの音響を、それぞれ「ア」「イ」とすると、リングモジュレーションの結果は「ア そのもの」「イ そのもの」「ア+イ」「ア − イ(ただし絶対値をとる)」という4つの音響を全て同時に鳴らしたものとなります。
上の例では「ア」が「A」、「イ」が「E」に当ります。
A = 440 Hz
E = 659.25 Hz
ですので、
A + E = 1099.25 Hz
A - E = -219.25 Hz(しかし絶対値をとる=逆位相となるだけなので、219.25Hzと考える)
という結果になります。
1099.25Hzが何の音かというと、「C5」が1046.50Hz、「C#5」が1108.73Hzのため、12平均律で考えると「C#5」に近いので、その音とします。
同様に219.25Hzは、「G#2」が207.65Hz、「A2」が220Hzのため、こちらは「A2」とします。
この4つの音を同時に鳴らしたものが、上の譜例の右端の結果です。
さて、「オルテンシア」で使われているのは、先述の公式での「ア」に当たるのがピアノの和音、「イ」に当たるのがハープの和音です。先ほどの例と違って和音同士の掛け合わせなのでちょっと複雑ですが、やり方は同じです。
実際に使っている2つの和音と、その掛け合わせの結果は、次のようになります。
厳密には、周波数の計算結果は12平均律による音高とは一致していないので、誤差が生じます。半音単位ではなく微分音を持ちいて1/4音単位(あるいは1/8音単位)で指定すれば、より強烈な効果となるのでしょうが、演奏の実際においてtuttiでそれを鳴らすのは現実的ではないので、近似値をとっています。
もう1つ、試みたことは、倍音和音の使用です。
先述のリングモジュレーションの和音の直後、ピアノで低いGの音が奏されます。そこから滲むようにクラリネットとフルートで和音を鳴らしますが、この和音が倍音和音です。
ピアノの低いGの音は48.99Hzです。
これを基音とすると、
第2倍音: 48.99 × 2 = 97.98 (Hz)
第3倍音: 48.99 × 3 = 146.97 (Hz)
第4倍音: 48.99 × 4 = 195.96 (Hz)
第5倍音: 48.99 × 5 = 244.95 (Hz)
第6倍音: 48.99 × 6 = 293.94 (Hz)
‖
となり、1/4音単位で記譜(もちろん、正確には誤差があるので近似値で)すると下の通りとなります。
上記のうち、第7倍音が1/4音を使用することを知っている人は多いかと思いますし、第10倍音くらいまでなら暗記している人も多いでしょう。
この倍音列のうち、第17倍音までを5つのグループに分け(使用していない音、重複している音もありますが)、次の和音を作ります。
これを、左から順番に少しずつタイミングをずらして鳴らすことで、倍音層のグラデーションのような響きを目指しています。
微分音をより効果的に響かせるため、この倍音和音の各構成音は、1音につき1奏者で演奏することが指定されています。
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「オルテンシア」では、「太陽の光を受けて、ガラスにより屈折した光」のイメージとしてリングモジュレーションを、「土(基音)の成分によって色を変える花」のイメージとして倍音和音を使用してみました。
「リングモジュレーション」や「倍音和音」といったこうした技法は、「スペクトル楽派」と呼ばれるものの、ごく初歩のもので、別段新しいものでもありません。音のスペクトルを分析し、それを器楽で再現したところで、楽器固有の放たれる倍音が無視されている、という指摘もあるでしょう。
微分音などの繊細なピッチを扱うには、どうしても1周波数につき1奏者となりますし、一つの音響としてまとめるためには同属楽器でそれを行う必要があります。特殊な編成を採らない限り、オーケストラにおいて「同属で多数の奏者を持つ」のは弦楽器だけです。しかし、弦楽器のみでは、同時に発音できる「ある基音上の倍音」は1つだけです。仮に2つの基音上の倍音を同時に鳴らしたところで、その2つの層の差異は明確には現れません(段階的な変化ならもちろん可能でしょうが)。
が、大編成吹奏楽ならば、どうでしょうか。また、クラリネットやフルートのように倍音構成が特殊な楽器にこのスペクトルの技法を当てはめると、どんな音がするのか。それは想像するだに魅力的です。
いつか、もっと大規模にこの種のものを書いてみたいものです。きっと、それは吹奏楽だけではなく、現代音楽の中でも今までに聴いたことがない音楽になるでしょう。
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