遮光の反映 ― 吹奏楽のために
長崎市民吹奏楽団の委嘱によって2001年に書かれたものです。初演にあたって演奏の便を図るべく作成した「演奏の手引き」を公開いたします。スコアがないと分からない部分が多々あるかと思いますが、興味を持ったかたは是非スコアをご覧になってみて下さい。
なお、曲に関しての情報はこちら、楽曲成立への経緯についてはこちらでご覧頂けます。
参考音源として、二箇所ほど部分的にMP3にして公開します。
| ○冒頭 〜 12小節目くらいまで | 約758KB | |
| ○139小節目くらい 〜 160小節目くらいまで | 約693KB |
なお、演奏は烏山卓/長崎市民吹奏楽団です。
〜演奏の手引き〜
太陽光のように色を感じさせない光を白色光と呼び、波長別に分けられた(分光された)、色を感じさせる一つ一つの光を単色光と呼ぶ。 ニュートンの実験ではプリズムによって分光した単色光をさらにプリズムによって再合成すると、元の白色光になるという結果を得ている。 これからわかるように、白色光は複数の単色光の合成なのである。 吹奏楽を構成する個々の音色を単色光として捉え、それによる減法混色・加法混色の試み。または補色残像現象の模倣。
上記の文章はプログラムノートに載せたものだが非常に抽象的で分かりづらいかもしれない。幾つかの美術の専門用語が用いられているのでそれらについて簡単に説明しておこう。 まず、「○○光」というもの。別に説明を要する語ではないが、いわゆる「三原色」の中でも絵の具などではない「光の三原色」の方が意図されていることは誤解のないようにしておきたい。 「減法混色」というのはこの場合、tuttiから少しずつ楽器が抜けていって特定の音色感を得ることを指す。さらに静寂の状態を透明とするならば「白→他の色彩→透明」というマイナスの方向性。それに対し「加法混色」は個々の音色の集積によって白にいたる途中の状態を指す。「透明→他の色彩→白」というプラスの方向性。演奏に際しては自分のパートが「取りこまれていく」のか「露出していく」のか、はたまた「白に近づけるための材料」なのかをしっかり自覚してそのような音色感を表出するように努めるのが課題となろう。 「補色残像効果」というのは、いわゆる残像現象のことなのだが、特にその残像が元とは違う色彩を感じさせることを指す。例えば、赤い紙をしばらくの間じっと見つめた後すぐに、白い紙に視点を移し見つめていると、青緑が残像としてぼんやり浮かんでくるような事である。スコアリングに際してどのパートが実像でどのパートが残像であるかはディナミックの違いや、実像にオーケストレーションの違いによる補強がなされていることで判別できよう。決して残像が実像を食ってしまうことのないように留意したい。
〜楽器編成に関して〜
この曲はいわゆる「三管編成」から大きく離れたスコアリングをすることが一つの目的であったため、各楽器が「○人以上必要」という書き方をしている。具体的にどのような人数バランスで演奏すればよいかに関しては指揮者の解釈に委ねたい。「指定された人数であれば何人で演奏してもよい」と書かれているが、これは裏をかえせば「下限は定めているが上限が定めていない」ということである。よってtuttiと書かれていても必ずしも全員で奏する必要はないわけで、必要と感じれば各奏者の吹く・吹かないを調整することも一つの手段ではなかろうか。 Optionalパートは無くても演奏可能なように書いてはいるものの、可能であるならばあったほうが音色の多様性が図れよう。用法に関しては最大限の注意を払ったつもりなので加えたことによるバランスの崩壊はまずないものと思っている。また、時折optionalパートにソロが書かれている箇所がある(他のパートに影譜が書かれている)が、これらは一読して分かるように音楽的に主導的な役割をするものではない。彼らが自分の音が聞こえないことを悲しむことのないようにとの配慮からというのが主な理由だが、その楽器を保有しているということでそのバンド独自のカラーを引き出せるようにとの理由もある。 打楽器に関してはかなり限定した運用をしてある。正直「ここにこれがあったらもっと効果的」という箇所は何箇所か存在する。大きく印象が変わってしまうことは避けたいので自由に楽器を加えることは禁じているが、スコアに書かれていない箇所で加えてもよいと思われたものに関しては、別に作成したパーカッションのパートスコアに附記しておいた。また、多少持ち替えに困難が予想される箇所がないわけではない(不可能ではないはずだが)。奏者が余っていれば分担することが望ましいだろう。特に99小節目のFlexatoneは可能ならば2台用意し、通常の奏法(shake)のものとarcoのものはそれぞれ別のもの・別の奏者に分担させるほうが望ましい。
「時と場合によりパート割りが変化する」というのは分かりにくいと思うので、参考までに実際に使用されているパート譜の一部を掲載しておこう。下記の楽譜はClarinetのパート譜より14ページ(141〜152小節目)の楽譜である。音高順や難易度順に並んでおらず、「誰がどの段を吹くか」を可変的にしてあることに留意し、もしこのパート譜を従来のように「常に同じ段を吹く」としてしまうと演奏の破綻につながってしまいかねないことは要注意である。
パート譜はスコアのような形になっているが、演奏に支障がないように「めくり」は考慮されている。しかし、混乱をきたすようであれば、各楽器内で各自がどの段を演奏するか話し合ったのちにコピーし、切り貼りして新しい個人用楽譜を作ることも一つの手段である。

余談だが、この形式のパート譜はV.S.を考えるのが非常に難しいのだ。なお、上記の楽譜は画像ファイルに出力する際に若干潰れてしまっているところがあり、印刷したものはもっと鮮明である。
〜奏法説明に関して〜
特に補足が必要と思われるものについて解説しておく。
この曲においては「特殊奏法」を始めとした音素材の選択において特に留意した点がある。それは、「アマチュア(高校生くらいを想定)でも演奏可能なものに留める」ということである。従って、「金管楽器の極端な高音域」や「フラッタータンギング」、「木管のスラップタンギング」、「Flのwhistle tone」などの難易度の極めて高い奏法は一切排除した。しかしながら、逆に言えば「可能な特殊奏法は使用する」ということでもある。
「床を足で強く踏む」であるが、これは最も意図したいのは「体感性」である。バスドラムが音よりも「身体に響く」楽器であることを想像してもらうと分かりやすいだろう。よって重視するのは衝撃音ではなく、いかに「地面を揺らせるか」であり、そのやり方を考えてもらいたい。なお、この効果はステージの床が木であることが前提である(通常のホールはそうなっているはずだ)。万が一コンクリートの床で、足音が「ペチッ」という間抜けな音になるようならば足元に木箱を置くなどの対応策を考えたい。また、女性奏者はヒールのついた靴を履いているとこの奏法ができないことも忘れないでいたい。
重音奏法だが、おそらく用いられている特殊奏法のなかで最も難しいものだろう。管楽器奏者の友人の「指遣いを知らないだけで意外と誰でもできるはずだ」という助言を信用して書いた。一応数ある重音の中でも難易度の低いもののみを選択した。特殊な指遣いと息の方向によってなんとか挑戦してもらいたい。重音奏法は音程が重要なのではなく、一つの音響的塊としてのエフェクトが重要である。異なる指遣いによる他の重音でも構わないため、作曲者より他の指遣いを提示してもらうことも検討したい。それでも万が一できない場合は、指定された指遣いで息を極端に強く早く吹き込みオーバーブロウを引き起こすことで代用するのも一つの手である。なおそれぞれの重音奏法は、Flは小泉浩「フルートの現代奏法」、ClはE.M.Richards「The clarinet of the 21 century」、SaxはD.Kientzy「Les sons multiples aux saxophones」をそれぞれ手引きとした。
Fl.の「jet whistle」とは、歌口をくわえて息を強く吹き込むことにより、鋭い空気音(高次倍音を含む金属的な音)を出す奏法のことである。
打楽器の撥であるが、これは是非よく考えて選んで欲しい。とくにTam-Tamで「ビーター」なのか「マレット」なのか、という指示がどういう効果を意図しているのかなど、様々なところから音色感をイメージし、色々と模索してほしい。
ピアノの同音トレモロであるが、これはラヴェルの「夜のガスパール」におけるスカルヴォのような「粒のはっきりした同音連打」ではなく、限りなく「打楽器(特にグロッケン)のトレモロ」に近いものだと思ってほしい。
〜使用している音列について〜
この曲は次のような音列によって作られている。

この音列はDを出発点とみた場合、2オクターブ単位の音列の繰り返しによって構成されているのが分かるだろう(この譜例には載っていない上下の音域にもこの序列は及ぶ)。
この音列は次のような3つの、4音よりなる断片より構成されている。

a+bで1オクターブ、a+cで1オクターブ、このa+bとa+cが交互に出てくることで先の音列となっているわけである。a,b,cそれぞれは「半音、全音、半音」という音程構造になっている。それぞれの断片同士の繋ぎ目は、半音もしくは全音+半音となっている(隣接するどちらかの断片とは必ず半音で繋がれる)。これによりメシアン旋法のような水平的な動きが作られるし、垂直的には12音のうちの11音が含まれる、適度に分散されたトーンクラスター的な響きが得られる(この音列にはEの音だけが含まれていない)。11音全てが鳴らされた状態が白色光、それぞれの単音が単色光、という発想。
〜楽曲分析と実演に際して〜
曲はtuttiによる床を踏む衝撃音(光源)から始まる。これには何よりも出だしから「聴衆を異常な世界に引きこむ」効果を狙っている。「Take a posture for playing the instrument, then begin this piece.」とは「楽器を構えてから演奏を始めよ」という指示。多少パフォーマンス的な要素も否定できないが、視覚的な効果も重視したい(聴衆の予想をいい意味で裏切るのだ)。同時になる打楽器は全体的に弱奏であるが、これは打撃音ではなく余韻の方を聴かせるようにしたい。発音の瞬間が認知される必要は全くない。なお、この余韻の核となるのはPfのクラスターである。この混濁した響きの中から低音金管の響きが自然に生まれてくるようにしてほしい。5小節目のTam-Tamは一瞬垣間見える「反映」の予感程度のもの。
6小節目のPf、B-Dは冒頭との対応。Pfの高音の和音は8小節目からのClの光源。Clはその響きをトレースし、低い音から順に消えていくことに気を配ってほしい。S.Cymはかなり控えめに、Tam-Tam(arco)は5小節目との対比を重視してほしい。
冒頭から26小節目までは、前載の「音列」そのままに基づいているが、11小節目のPf(高音部)とPic、Glockだけはそれから逸脱した音に依っている。PicとTubaの下段は呼応関係になっているので目立たせたい。
ここからしばらく11小節目頭の余韻を膨らませていき、「音列」構成音による音響の提示を目指す。全ての楽器において最低音域を集中して使い、重たい音色によるクラスターを形成する。必然的に音程が不安定で芯のない音になるが、ここで重要なのは音程ではなく全体の音響であるので、それは大した問題とはならない。 各々のディナミクス周期を厳密に守ることを最優先し、「全体をクレシェンドさせる」ことを考えるのはここでは不用。楽器が徐々に増えていくので考えなくても自然にクレシェンドは成立する。 Trbのglissは、到達音の際にタンギングは行わない。スラーがかかっている区間は1タンギングで奏すること。 打楽器は4小節周期で完全に一致する発音があるが、これは冒頭との対応。ここだけはズレることなくしっかり合わせたい。それ以外の音は「光源」ではなく「反映」の表現。ここではまだ控えめにしておきたい。Pfはここでは独奏的な立場にある。極めて暴力的な音を目指したい。 Trpは5小節目のTam-Tamの延長線上にある役割を果たす。 23小節目から爆発的に音域が広がっていくが、クレシェンドはf一個程度におさえ、あまり大きくしないようにしないと後がもたないので注意。27小節目の直前にDisに到達するパートが目立つようにしておくと、拍子が変わったときの効果が引き立つ。
27に入る直前に一瞬間をあける。そのときの残響の中からEの音が滲み出てくるようにしたい。Eの音はそれまでの「音列」には唯一含まれていない音。音響空間が一気に変質するその瞬間に敏感になりたい。そのきっかけになるのはPfの音。その反映としてのVib(arco)はよく聴かせたい。Pfの余韻としてEの音が様々なオクターヴで表出していく。26までの音楽が「下から上へ」というベクトルを持っていたのに対し、ここから52までは水平方向の音響を保つ。Eという音が核となって徐々にまたクラスター音響を形成していくが、色々なパートで再投射されるEの音は特別なものであることは常に意識したい。ここから51までの「音列」は前載のものを長二度移旋させたもの。水平方向への広がりはやがてトリルによって音響の震えになる。スクリアビンの言葉「トリルとは滲み出る光のようだ」。 ここでのPfパートは金管群と密接な関係にあるのでお互いにそれは認識しておきたい。 打楽器はこれらの周囲を彩る存在。うるさすぎず、きちんと聞こえる、という音量調節を心がけたい。 46小節目で金管群が11〜26小節を短く回想し(前と違うのは金管群が「鳴る音域」でこの上行系を行うところ)、crescの頂点で冒頭の足踏み」によって流れを断ち切る。余韻として残るのはA.Saxの替指トリル、Triのl.v。Pfは余韻による色づけの役であるから、強く打鍵する必要はない。Flexatone(arco)は場面転換の意外性を強調するために存在している。
52からは、前載「音列」を1octずらしたものを用いている。「音列」は2oct単位で構成されているために、1octずらすことで似て非なる音響を得ることができる。 ここから度々登場する金管楽器による「breathed sound」は、いわゆる「息の音」ではなく、「白色雑音」として存在する。通常から「白色雑音」であるTam-TamのscrachやS.Cymの音と同類の、「金属的な音」の模倣である。
52からの部分は、これまでが「音響空間の提示」であったのに対し、「音楽的動機の提示」として機能する。提示される動機は次の2種類(リズムは不確定)。
| 動機A | 動機B | |
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この曲に使われている旋律的素材は、ほぼ全てがこれら2つの動機から作られている。
55小節目より初出が行われる。核となるパートと、それに対する残響の役割を果たすパートの区別は明確につけたい。ディナミックが他よりも強く、他の楽器によって音色的補強がなされているパートが核である。
60小節目の金管のbreathed soundはS.CymとTam-Tamの余韻に近い音色を目指したい。
61小節目からのClは最高音域での真性カノン。動機Aを延長させたものが各々のラインだが、これは垂直的にみると約10度の音域に含まれる「音列」の音のほぼ全てが同時に鳴らされるように作られており、結局のところ旋律線ではなくクラスター音響として知覚される。52までの音響空間の内部で線的な動きが作られ始めている、という部分。
69小節目のFl、jet whistleは金管のbreathed soundとは全く違い、高次倍音を多く含む「鋭い金属的な音」を求めている。いわゆる「エオリアンサウンド」ではない。
71小節目より「線的要素」が突然露出する。しかし、動き自体が非常に細かく、複数のソロが同時に存在するために、結局61からのClが「ほぐれた」程度の違いしかない。この部分はそれまでの音響的世界と、88からの点的世界の橋渡しをする部分なのだ。
52からは基本的に高音域のみで展開されており、低音は使用されていない。いわば「反映」だけで構成された部分。ゆえに75小節目より一瞬回想される最低音域(冒頭と同じもの)はより印象的になるように扱って欲しい。
52よりの打楽器はT-bell、Glock、Vibr、Pfの間での音色感を大事にしたい。「共通性を持ちつつも個々の個性が失われないような音色」をそれぞれの楽器において工夫し、マレットなどの選択を慎重にしてほしい。また、これらの楽器で一つの旋律線を分担して演奏しているのだ、という意識も忘れないでほしい。
78小節目からのBassDrum、81からのAgogoはPrestoに突入させるための推進力となる極めて重要なパート。この2つのパートはこの部分では独立した存在で、88からの音楽に所属している要素であると思ってほしい。
81小節目のFlは他のパートと違い、fから始まってdimする。11におけるPicに近い意味で存在している。
81からの木管楽器群はB.Clの替指トリルから滲み出て上へ上へと昇っていく。それぞれのトリルが誰から受け継いで誰へ渡すのか、ということを意識して演奏することが重要となる。
同じく金管群はEuphから一気に広がる音響。通常の音色(温かい音色)とMuteの音色(金属的な音色)が一瞬にして交錯する音色の妙を表現したい。
81からの木管群によって聞き手の注意は高音域に集中する。その頂点で一瞬の間(87のG.P.)を置いて一気に中低音域に突き落とす。この落差が著しくつくようにしたい。G.P.の長さは2/4での2拍。これは厳守すること。この間が長すぎて流れが中断されることがないように。
88から「音列」は冒頭と同じものに戻る。中低音楽器のfpによるコードはこの「音列」構成音を1つないし2つおきに取ることで構成されたモード・クラスター。
100小節目から136小節目までは大きな一つの区分。動機Aより作られたTrpに初出される点的な動きが「反映」であり、中低音楽器のコードが「光源」である。37小節かけて「反映」が「光源」を凌駕していく、というのがこの部分。 背景にあるリズム・オスティナートは8小節単位。Tam-Tamとslap-whipはその区切り目に打ちこまれる(分類は「反映」)。木管楽器の重音奏法はそのオスティナートの区切り目付近で行われるが、これは曲頭近く、10小節目のTam-Tamのarcoと密接な関係がある。
この部分のFlとClは、光源と反映の相克の結果として生まれる一種の飛沫のイメージ。分かりにくいが動機A、Bが織り交ぜてある。例えば108からのClは、4つのパートに順番に新しく現れる音を拾い出せば動機Aになることが分かる。
「反映」は前載「断片a,b,c」のどれか2つにまたがって作られている動機。断片間の音程関係が完全音程を形成しているため、「反映」が増殖していくと自然にいわゆる「4度堆積和声」による音響が形成されていく。「反映」が出現の間隔をせばめながら増殖していくと、それによってクラスターの音響に帰結することになる。
136に突入する際、FlとClは「はみだす」。これは各自ができるだけ早く演奏すればよく、同じ段を吹いている奏者同士で揃える必要はない。
136で「光源」と「反映」の融合。100からもこれらは基本的に補完リズムの関係を持っていたが、それを密接にすることで両者の区分が消滅する。136に入った際にディナミックを落とすが、「弱い」と感じない程度の音量は保っておきたい。音量を落としすぎるとせっかくためたエネルギーが失われ、推進力がなくなってしまう。
147で「音列」は断片a+cによる1オクターヴ単位のものに凝縮され、クラスター的な響きが和らげられる。そうすることにより165からの調性的部分への移行を準備している。
147から150小節まで(特に150小節)では、各小節1拍目における休符あるいはアクセント音というのを大事にしてほしい。間違ってもクレシェンドを長くしすぎて音の谷間を埋めてしまうことのないようにしてほしい。その意味でT-bellの音を皆が聴く、というのは重要なことである。
150からの木管楽器は、クレシェンドの起点と終点それぞれが段階的に変化しているということは、書かれているディナミクスを厳密に守ることが重要なのではなく、「8小節にわたる長大なクレシェンドの中に、さらに小さいクレシェンドの波が多数ある」ということを意味している。16分音符と3連符が同時に存在するために結局「漠然と上行している」というようにしかならないのだが、最後の瞬間に全てのパートが頂点になるように計算して書かれているのでリズムを厳密に守ることは大事である。
158からのPic、Flは特に指定のないところではdimをしないようにし、強いままで吹ききってほしい。 ここで大事なのは何よりも「騒乱感」である。
165からはDes-dur(正確にはB主音のエオリア)に転じる。前述の「断片a+c」の「aの最初の音」と「cの最初の音」をそれぞれ半音ずつ下げると、旋律感を損なうことなく調性に転じることができる。 ここからの部分はリズムオスティナートの上で、11小節〜26小節の雰囲気を再現させたものである。調的な響きに支配されるので印象は大きく異なったものとなるはずだ。ここから曲尾までは「温かい響き」というものを心がけてほしい。
ここから先の部分は、とにかく「遅れる」ことが予想される。1小節を4拍でカウントすると遅れやすいので、1小節2拍でカウントすることも検討したい。 なお、打楽器のリズムオスティナートは100小節からのものと音高関係が異なる箇所があるが、これは拍子感をより明確にするためと、196での変化をより特徴付けるためのものである。
184から、各楽器間の関係が複雑になる。基本的に「実像と影」の関係がここでも成立しているので、「誰が実像で、誰が誰の影なのか」ということをはっきり認識しておきたい。ここでは実像が誰であるか、は「espr」がつけられているパートがそうであり、それ以外は全て影(エコー)である。なお、FlとClはそれとは無関係に存在し、背景となる音響を形成している。
196の木管の装飾音はアクセントのついた音は拍の頭に入れる。実音Cで伸びているパートにはトリルは指定されていないので注意。
201小節目のPicのソロは自由に解釈してよいが、Es-Fのトリルの後の装飾音にはスラッシュが入っていないので、そんなに早くは演奏できないはずである。
202小節目はPicの替指トリルのみに1小節を当てられているが、これは203小節目のtuttiを確実に合わせるため。よって厳密に202小節と203小節の長さが同じである必要はなく、202小節目のPicはフェルマータ気味になっても構わない。
1番最後で最も重要なのはFlとPicによるjet whistle。Pfの残響の上に、高次倍音を多く含む鋭い音で打ちこみたい。 書くまでもないが、最後の足踏みのところがrit気味になるのは一向に差し支えない。
以上が、演奏の手引き兼アナリーゼである。
〜作曲イメージ〜
| 冒頭〜10 | 遠方にある重く沈んだ光源、その残滓。微かに滲む朧げな反映光。 |
| 11〜26 | 積載されていく灰色のくすんだ色彩層。歪む反映光。 |
| 27〜51 | 急に啓ける視界。透空の世界に投げ出される。真直ぐ延びる一本の光線。増幅する光線。揺れる反映光。滲む空間。 |
| 52〜87 | 取り残された反映光。高い所にある残滓の帯。孤光の綾。圧縮される空間。 |
| 88〜99 | 近接する光源。連続する再投射。 |
| 100〜135 | 増幅し、光源を凌駕していく反映光。やがて到達するカオス。副次的に生まれる光の飛沫、残滓の帯。空間の歪。 |
| 136〜146 | 凝縮された光塊。一体化した光源と反映光。細かい単位で圧縮され、伸縮する空間群。 |
| 147〜149 | 一気に開放された空間。そこから吹き出る光線群。 |
| 150〜157 | 涌き出、上昇する光線群。光群は開放へ向かう。 |
| 158〜164 | 光の乱舞。そこに光源と反映光の区別はもはや無い。 |
| 165〜199 | 性質を変え、積載される色彩層。光群に包括される空間。 |
| 200〜曲尾 | 包括より嵌み出した孤光。それをきっかけに逆流する光群。無へと帰す。 |
私は本来、こうした表現を束縛するような「言葉」を残すことを嫌うのだが(第一、こっぱずかしい)、この曲に関しては「作曲する時ってどういうイメージでやったの?」と訊かれることが多いようなので、今回だけは、とあえて掲載してみた。
〜打楽器奏者に余裕がある場合〜
この曲は打楽器奏者が3人であれば演奏できるように書かれているが、演奏団体によっては奏者が余るところもあるだろう。持ち替えが困難な部分を分担するだけでも5人ほどまでなら楽器を加えなくても各自それ相応の出番はあるだろうが、「ここにこれがあったらより効果的である」という箇所を下記にいくつか紹介しておこう。これらはスコアには記載されていないが、パート譜とは別に作成した「パーカッション・スコア」という形で楽譜にしてある。
ちなみに、初演時は打楽器奏者は4人であったため、幾つかを足した。
| 71小節目 | Vibraphone(arco)を追加。リズムなどは次の譜面の通り。![]() ペダルは、この後(mt-m)に持ち替えるため、82小節目末まで踏みっぱなしにする。 |
| 99小節目 | Flexatoneは可能ならば2台用意し、通常の奏法(shake)のものとarcoのものは、それぞれ別のもの・別の奏者に分担させるほうが望ましい。 |
| 100小節目 | 1拍目頭にTam-Tam(ord)を。Pfのクラスターに合わせ、余韻の強化を。 ディナミクスはPPで。余韻がかすかに聞こえる程度で。L.V.で。 |
| 124小節目 | 1拍目頭にSlap-whipを。Tam-Tamに合わせる。今まであったのに、ここにこれがないのは単にBongoに人をまわしたからであって、人が余っていれば今までと同様にするほうがよい。ディナミクスはfffで。 |
| 154小節目 | 4拍目頭にBass-DrumをPPで。Tubaのアクセント付きの入りの補強の意だが、あくまでも補助的なもので、ほとんど聞こえない程度でよい(体感的な効果を狙う)。硬めのビーターを選択。 |
| 196小節目 | 1拍目頭にBass-Drumをmfで。いわゆる「キメ」である。これは本当に欲しかったのだが、3人という制限のために泣く泣く削ったものである。ぜひ可能なら入れて欲しい。 |
なお、この作品は第七回「響宴」で演奏されました。
そのときのライヴ録音がCD発売されています。演奏は龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽団(指揮:若林義人)です。
また、楽譜はブレーンよりレンタルされています。
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