悲しいものだね。
明日どころか、今さえも見通せない。
霧まみれな世の中とは。
街を歩けば誰が僕を指差し笑う。
決してそれは幻覚じゃない。
この前、ある人が後ろから刺されたって。
僕だって笑ってなんかいられない。
誰も、誰かの心の中を見通すことなどできないから。
僕の邪な考えをしまった会話を喜んで聞いている人もいれば、
今すぐに殺してしまおうと考えている人に喜ばされる僕もいる。
明日には誰かが死ぬ。
誰が止めようとも、誰かがこの世から消えてなくなる。
明日には誰かが生まれる。
真っ暗な世界のどこかで、誰かが不幸にも生を受けてしまう。
でも、それは決して僕ではない。
ちょっとの世界しかなかった昔、こんなに世界が広いなんて想像がついただろうか?
地球を支えていた神がその手を離し、地球という球を生み出してしまう前は、
限りある面積の平面でしかなかったのに。
境界線を一度越えたら好き勝手やるのが人間なんだ。
僕達はもう戻れないところまで来てしまった。
昔は僕一人の世界が広がっていた。
誰にも干渉されない時を、僕は好き勝手侍らせていた。
今は僕という個人の存在が、抹殺されようとしている。
そのときは非情にも迫ってきている。
音もなく、いつのまにか背後まで忍び寄る。
電話口で話している僕の首根っこをつかんで、
どこか遠くの国に拉致してしまう。
社会に組み込まれたら、運命はコンクリートと同じ。
誰かが落書きして。
誰かが蹴飛ばし。
誰かが、僕の意思など無関係であるかのように
壊すだけ。
進みたいと思う方向があっても、目隠しをされてはきっとたどり着けない。
目をあけたときには一方通行。
人生には常に時限爆弾。昔なりたかった夢も、今は遥か彼方。
昔働きたかった場所は、もうない。
楽譜とメトロノームだけがあるピアノの教室。
許されることはただ弾き続けること。
楽譜に示された音符通りに。
休憩なんてない。
休符は決して休憩じゃない。
嫌だという気持ちとは正反対に、指は動かされる。
ハンマーは嫌な音を立てる。
このまま、レッスンが終わらないような気がした。
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