風待ち/アルバムへ寄せる言葉

   

普段、僕はエレクトリックだが、実はオーガニックな音楽が好きだ。下村誠の「風待ち」を聴いて、心がスッとした。
信念に沿って唄い続けていくことはたやすいことじゃないだろう、と思った。

佐野元春


夢の井戸の底に青空があった。雲一つ無いインディゴ・ブルー、アフガニスタンの空。向こう側からは可愛いきれいな瞳の子供達がこちらを覗き込んでいる。そして、その背後にはアメリカの爆撃機が見える。愛という名の報復。遠い彼等の飢えと渇き。
豊かさの病の只中にいる者達にそれは消費されるニュースの一コマに過ぎないのか? 死がすぐ隣にある貧しい国で浮き彫りになる命と水。逆に死が隠ぺいされた豊かな国でCG映像のように消費される人間と自然。
"うた"はかけ離れた現実を一つに結ぼうとする。抗議(プロテスト)する言葉が自らにはね返り、一歩も動けなくなりそうな日々をなんとか横断するために。
下村誠のニューアルバムの「風待ち」"うた"達は井戸掘りのシャベルやハンマーのようだ。水脈に当たっているかどうかさえ分からない魂をただひたむきに掘るための。水が湧き、噴き出した時の歓声を信じて、汗まみれであえて重い"うた"を掘り下ろしているように僕には聞こえた。
仕事場である遺跡の発掘現場。古い井戸の底の水に青空が映っていた。東京の空。覗き込んでいるのは僕自身。そして背後には基地に帰ろうとするアメリカの軍用機…。

村田 博


下村誠の不器用さが好きだ。
真面目に人と向き合うのが苦手なんだろうか。
つぶらな瞳を細めて、ニッと笑って冗談のひとつも言って誤魔化してしまう。
独りで唄を創り出すときの下村誠は、きっと泣きそうな顔をしているんだと思う。
『セイクレッド・ソウル』のときは、あふれそうになる言葉を心の中にしまいこんだ。しまいこんだら、心の端っこにある、どうにもならない孤独と淋しさがスピードをつけた。
歌い手としての下村誠が好きだ。
飾りけのない思索しつづけるミュージシャンのリアルな生きざまはドキッとするものがある。
『風待ち』が、泣くほど好きだ。
レコードだったら擦りきれていたかも。
「風を待つ…」という言葉の静かさの中にある優しさと強さが、それぞれの唄の中から満ちあふれている。

中田亜由子


歌いたいことを歌う。容易に見えて実はいちばん難しいこと。
下村誠はずっとそれをやり続けてきた。史上最悪の時代とも言われる2002年のいまも彼は歌いたいことを歌い続けている。
新作『風待ち』の歌たちはそれぞれに強く、それぞれに美しい。『風待ち』というタイトルも魅力的だ。如何にも彼らしいニュートラルなアティテュードがそこにはある。そして『風待ち』は、あの『風街』をも連想させる。
ここから始まる未来に期待したい。

吉原聖洋

下村誠はうたいつづける。ひさしぶりに会った友だちに、笑顔で近況を告げるように。最近聴いたロックのアルバムについて興奮ぎみにしゃべるように。
旅先で見た心が洗われる景色について静かに語るように。この20年あまり、彼はそうやってうたいつづけてきて、それはこの先も変わることがないのだろう。
届いたばかりのアルバム『風待ち』には彼のやむにやまれぬ気持ちが込められている。いつもの彼の歌とは少し違って、口調はどこか重く感じられるが、ここでの彼は感情を抑えることで、歌そのものに語らしめようと考えているかのようだ。
去年の9月11日に起こった同時多発テロ事件のことを思い出される歌も多く、そうした歌をとおして、彼はわれわれに静かに問いかける。
「きみはどう思うか?」
「ぼくたちはいま、何をどのように考えるべきなのか?」
彼は、悪夢のようなあの悲劇を歌のテーマとして選び、それを自らの問題として内面に取り込んで、歌を書いた。彼は自らが書いた歌に突き動かされるように、一言ひとことを噛みしめながら、うたっている。そして、その真剣な歌が聴く者を立ち止まらせる。

山本智志


ジャック・ケルアック、ニール・キャサディ……オン・ザ・ロードを彷徨う自由な魂。
その途切れることのないたびの途上でシモムラマコトは聖地ビッグ・マウンテンを訪れ、そこでニッパチというジャパニーズ・インディアンのエルダーと出会う。
それは偉大なる神秘の存在により導かれた魂の兄弟の再会であり、聖なる場所を守るためその身を捧げる、戦士の秘儀サンダンスの最中のことだった。
……地の果てまで続く道を時速120マイルで駆け抜けたキャサディ、奪われゆく聖地にその生命すべてを捧げたニッパチはボクのヒーローだ。
そのあとには一本のハイウェイが続く。世界のインディアンの聖地に至るその道は、かつては無数の連なる生命の美しさに輝いていた。流された涙に架かる虹のハイウェイ。
その上を光速120マイルで駆け抜けるビート・シンガー、シモムラマコトはまぎれもなくボクたちの、連なるすべての魂の叫びを謳う…大地の、森の、風の、虹の戦士である。
ホッカ ヘイ!

山口晴康
(2002年夏 ビッグ・マウンテン・サンダンスにて)


「風待ち食堂」という店が日本のどこかうらぶれた場所にあるらしい。ぼくはそこへいったことがないけれど写真を見た。その店はほとんどお客もこなそうな食堂で、「風待ち」じゃなく「客待ち」食堂とという方が正しいような店、なのかもしれない。でもその店に入っていって壁に貼ってある「カレーライス」「コーヒー」という札を見ながら"カレーください"と言っても、"今日はなにも出来ないよ。コーヒーなら出せるけど"と言われたりすると思う。要するに客なんか待っていないんだ。
下村誠も風なんか待っていない。彼が風なんだから。風になって愛を運びたいと唄っている。ぼくたちはあの日、日の出の森の壊されてゆく姿をみながら泣いた。次はみんな風になりたがっている。愛を運ぶために。現実には森は大きな処分場になって、悪魔(ダイオキシン)の愛を運ぶ風が地元に住むぼくらの家に吹いてくる。でもぼくたちはあきらめていない。下村誠といっしょにうたいつづけよう。「風になりたい 愛をはこぶ風に」と…。

田島征三



風待ち/下村誠 NATTY-1032 \2,500(税別)

 



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