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下村誠さんは2006年12月6日の火災により亡くなられました。つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。

下村誠さんを追悼するブログを作成しました。→こちらをご覧下さい。



下村誠アルバム「風待ち」
好評発売中!(税別2500円)

「風待ち」に寄せる言葉はこちらです!

未来の子供達に贈る風の便り

収録曲=新しい風/心のタンバリン/森の魂・風の塔/悲しみは…/海への風02/最後の声/風待ち/アフガンの風/地球にさよならする前に/絶望と苦悩のハレルヤ(全10曲)

NATTY-1032 \2,500(税別)

カバーイラスト:藤代京子



■12月21日、久々のアイタルミーティング(with 吉田ケンゴ)ライブ決定。渋谷FELLOW(03-5458-2010)で夜9時から。一部がボブ・マーリィ・ソングスで、二部はアイタル・オリジナルソングス。¥2000(1ドリンク付)お誘い合わせの上是非!!

■NATTY NEWS 2003
2002年9月の『風待ち』(NATTY−1032以来、しばらくリリースをお休みしていたNATTY RECORDSですが、この夏からいよいよレコーディングがスタート。10月25日に吉本有里『愛の花』(NATTY−1033)、また下村誠が中心となり、呼びかけ、トータルプロデュースを行ったコンピレーションアルバム『MOTHER EARTH SONGS』(NATTY−1034)が04年1月25日にリリースされることになりました(ライヴ会場での発売のみ12月13日から。なお通信販売も1月20日からのスタートします。定価3000円)。現在NATTY RECORDSでは卸し(流通)も行っており、昨年の河口修二のソロアルバム『LEAF』につづき、今年は7月25日にリリースされたばかりの素(中ムラサトコ→の新ユニット)のデビューアルバム『天然』の流通販売も請け負っております。なお、この『天然』は通信販売もしていますので、CDショップに足を運べない方はNATTY RECORDSまで注文よろしくおねがいします。
 6月28日からスタートした吉本有里のソロアルバムのレコーディングは長野県上伊那郡高遠町山室に在る有里さんの自宅で着々と進行しています(9月10日に完成)。プロデュースとレコーディング・エンジニアは下村誠。有里さんの自然体のハートウォームな歌声がNATTY(スナフキン)サウンドに包まれて、生き生きと輝いています。宮谷真人、井上徳子といったオリジナルスナフキンのメンバーも参加し、70's FORK & ROCK サウンドを再現しています。
 当初、下村誠のオリジナルアルバムとして製作が開始された『MOTHER EARTH SONGS』ですが、4曲のレコーディングが終了した時点で、何人かのシンガーが混ざり合ったコンピレーションアルバムとして製作を進めることに変更しました。 ”地球の唄””母なる大地の歌”という共通テーマのもとに吉本有里、梶田イフ、NUU、嵯峨美雅子、HIROKO(川西宏子)、苫米地サトロ、海老原美恵、山口薫子といった歌い手たちが新曲やオリジナル曲(新録音)を持ち寄り、ひとつの空間を築き上げます。売上げの30%(¥900)は《ウォーク・イン・ビューティー・プロジェクト》に寄付され、ビッグマウンテンに住むおばあちゃん(エルダー)の元に届けられます。言わばネイティブなインディアン(先住民)のためのドネーションCDということになります。また、この売上の一部は来年(2004年)6月18日〜22日、富士山で行われる「World Peace &Prayer Day」の基金に使用されます。


スナフキンからの手紙#43

■■■アルバム『風待ち』へのセルフ・ライナーノーツ■■■

2000年9月、このアルバムの2曲目に収録されている『心のタンバリン』そして『悲しみは…』を含む6曲のレコーディング・セッションを2日間にわたり行いました。
そのときは、アイタルミーティング名義のニュー・アルバムを制作するつもりで、メンバーは吉田健吾とTENこと宇杉典子、そして下村誠による3人だけでスタジオに入りました。結局、10月9日の「風の塔音楽会」(日の出のトラスト地強制収用の全日のライブ)を最後にアイタルミーティングが解散し、最初のレコーディングセッションはお蔵入りになりました。実際、吉田健吾のジャンベ・プレイも、そのときのレコーディングでは彼の本領がまるで発揮されず、不本意なものだったようで、僕自身の中でもその2000年9月のセッションの音源をずっと聞かずに忘れようとしていました。(今回のトラックは一部ほ除いて新録)
その後、チナキャッツのおはること村岡雄治の提案による3枚組のオムニバス・アルバム『OPEN TUNE』への参加という話がきたことで、2000年12月に新曲『森の魂・風の塔』を尚美の学生を中心にレコーディング。日の出のゴミ処分場建設問題のモニュメントとして、トラスト地に建っていた風の塔が撤去され、その再建をめぐって、行政とのやりとり確執があったわけですが、この歌に込められた祈りが、天に通じたかのように2001年8月にはトラスト地にほど近い中西邸の敷地ないのハイキング・コースぞいに再建されました。この時点でまだアルバムをつくることは考えてませんでした。音楽サーカス団ろまろまに加入することで、ある種ミュージシャン気質がグーンとあがってきて、作詞作曲/ソングライティングするためにエネルギーを注ぐことは減っていきました。
そんなときにあの事件が起こったのです。2001年9月11日。それこそ膨大な数の犠牲者を出したあの「テロ事件」です。そしてブッシュは一週間もしないうちに、報復を開始。目には目を!歯には歯を!という勢いで敵(ビンラディン氏)が潜むと言われていたアフガンを空漠しはじめました。(それも無差別に何万人もの民衆を巻き込みながら…)
『アフガンの風』『新しい風』の2曲は空爆がいちばん激しかった11月中旬に詞を書き、メロディーは両曲ともレコーディングの前日に浮んできたものを記録したというわけです。この2曲は空爆(現在もなお続いている)にめげず、アフガンに井戸を掘り続ける「ペシャワール会」のスタッフに。そしてアフガンの子供達に捧げたいと思います。
この2曲と不思議にリンクして響いているのが『地球にさよならする前に』と『最後の声』だと思います。アイタルミーティングの1st『LIVE 1995』に収録されていたこれらの楽曲は、作った当時(1994年)よりも現在の方がリアリティを増してきています。
特に『地球にさよならする前に』の方は、何人かの人(女性ですが)に唄い継がれ、いまもライブで演っている人がいるのですが、それぞれが個人の思い入れで、自分なりの解釈をして、うたっていて、すごく新鮮で嬉しいかぎりです。何枚か、いまだにオーダーがあり売れ続けているアイタルミーティングの2枚のアルバムの縁で、近頃いろいろなライブハウスからお声がかかるようになり、遠くても期待に応えるべく、うたいに行くようにしてます。
『海への風'02』は、僕が1988年に書いた"旅立ちの歌"です。最近、活動をともにすることが多い、ろまろまの中ムラサトコ→は他にも『アフガンの風』『地球にさよなら…』で、その美しい歌声を聴かせてくれます。
タイトル曲の『風待ち』は僕が幼少の頃、毎年夏になると滞在していた祖父の家(奈良県吉野郡下北山村)の思い出を歌にしてみました。間奏部分の"夏の合奏団"は、僕と中ムラサトコ→がふたりで多重録音したものです。
ラストの『絶望と苦悩のハレルヤ』は、『アフガンの風』とほぼ同時期に書いた詞と、レナード・コーエンの『Hallelujah』を組み合わせて完成させた我流カヴァーです。
2001年に始まり、今も静岡の浜岡原発のストップを願いウオークしている山口晴康ほかビッグマウンテン・ロングウオークの仲間や、日の出のトラスト地で出会った人々。そして、今は「有事法制」に反対し、ディジュを手に国会議事堂の前に座り込んでいるポンタやピース・ウオークの友人達の顔を浮かべながらこの曲をうたいました。
このCDを聞いてネガティブな印象を持つ人もいると思います。でも、思うにその人の精神状態がそのネガティブなものを想起させ、映し出しているのだと思います。
実はこの作品には「勇気」という主題がありました。が、しかし…ここにある歌の在り方は人々を勇気づける安易さと気楽さは持ち合わせていないのかもしれない…とも思います。メッセージ色が強いからです。
僕がこのアルバムに『風待ち』というタイトルを付けた理由は、"風"という言葉が歌の中にたくさん出てくるということもあるのですが、もうひとつは…今は行動を押さえて、風が吹くのを待つ、そういう時期なのではないか…?そんな思いが僕の中にあるからかもしれません。風が吹かなければ風の塔のプロペラも回りません。だからこそ、やる気十分な、ビー・ポジティブなR&Rやレゲエナンバーがこのアルバムに1曲も入ってないのでしょう。けれども、いま…2002年の夏にこれを、この思いを人々に伝えなければ…アルバムをリリースしなければおれない…逸る気持ちがあったのです。

下村 誠



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