第118回 月例会 |
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日時:平成20年12月14日 14:00〜18:00 会場:高槻市市民交流センター内 「音の工房」 (当会場開催回数通算68回) メンバー:17名 | ![]() | ![]() |
いよいよ平成20年も最後の月になりました。区切りの月の持ち寄り会は、「日本の 歌謡曲特集」の内容になりました。懐かしい歌の数々、本当に、年を忘れるのでは なく、昔を思い出す一時となりました。
1.植村さんー「宝塚・松竹少女歌劇のレビュー音楽から」 (1)宝塚少女歌劇レビュー「マリオネット」1935年(星組公演) *「夢はシャボンの泡」(白井鉄造作詩・須藤五郎作曲並びに編曲) 歌手:葦原邦子 伴奏:宝塚管弦楽団 レコード:日本コロムビア28504(NE42176) *「巴里」(白井鉄造作詩・須藤五郎作曲並びに編曲) 歌手:三浦時子 伴奏:宝塚管弦楽団 レコード:日本コロムビア28504(NWE42177) (2)松竹少女歌劇グランド・レビュー「オペラ・ハット」1937年 *「春のいぶき」(河添浩一詩・ジェキル曲・仁木他喜雄編曲) 歌手:光川珠江 伴奏:コロムビア・オーケストラ レコード:日本コロムビア29271(M202660) *「おおファンム」(北村季俊詩・田代朝志曲・仁木他喜雄編曲) レコード:日本コロムビア29271(M202658) (鑑賞メモ)宝塚少女歌劇ファンはいろいろな年齢層にまたがっていて、熱心な愛好家も いるようです。これらのレコードは特に戦前のレビューでの録音ですから、 懐かしい想いの方が多く居られるため、レコードも残っているのでしょう。
2.竹村さんー「郷愁のデュエット(昭和10年代〜20年代前半)」
| 曲名 | 歌手名 | 演奏者 | レコード情報 |
| 夕日は落ちて | 松平晃 豆千代 (歌手の一口メモ参照方) | コロムビア・オーケストラ 久保田宵二作詞 江口夜詞作曲 | Col。 M1200267 28471 (昭和10年) |
| なつかしの歌声 | 藤山一郎 二葉あき子 | コロムビア・オーケストラ 西条八十作詞 古賀政男作曲 | Col.M2206460 S−302 (昭和14年) |
| 目ン無い千鳥 | 霧島昇 松原操 | コロムビア・オーケストラ サトウハチロー作詞 古賀政男作曲 | Col。 M1206587 S−302 (昭和15年) |
| 琵琶湖哀歌 | 東海林太郎 小笠原美都子 (歌手の一口メモ参照方) | テイチク・オーケストラ 奥野椰子夫作詞 菊池博作曲 | Te. M1514 C−3077 |
| 東京の夜 大映映画「東京の夜」主題歌 (昭和22年) | 藤山一郎 渡邊はま子 | コロムビア・オーケストラ 西条八十 竹岡信幸作曲 | Col。 A1210025 A−258 |
| 悲しき竹笛 大映映画「或るの夜の接吻」主題歌 (昭和21年) | 近江俊郎 奈良光枝 | コロムビア・オーケストラ 西条八十作詞 竹岡信幸作曲 | Col。 A2209770 A−96 |
| 童謡「蛙の笛」 | 川田正子・孝子 | コロムビア・オーケストラ 斉藤信夫作詞 海沼実作曲 | Col。 M2210118 C−24 (昭和21年) |
| 涙の駒鳥 松竹映画「駒鳥夫人」主題歌 (昭和23年) | 霧島昇 二葉あき子 | コロムビア・オーケストラ | Col.M1210311 A−389 |
| 愛の灯かげ 新東宝映画「夢よもう一度」主題歌 (昭和23年) | 近江俊郎 奈良光枝 | コロムビア・オーケストラ 西条八十作詞 古賀政男作曲 | Col。 M2210554 A−482 |
| 月よりの使者 大映映画「月よりの使者」主題歌 (昭和24年) | 竹山逸郎 藤原亮子 | ビクター・オーケストラ 佐伯孝夫作詞 佐々木俊一作曲 | Vic.M1322 V−40199 |
(鑑賞メモ)懐かしい曲もあれば、初めて聴く歌謡もありながら、時代を感じる 歌曲の数々です。 3.佐野さんー「追悼・遠藤実とフランク永井特集」「クリスマスソング」 ************** 遠藤実(作曲家) ************** 曲名 歌手 演奏 レコード情報 (1)「あんこなぜ泣く」 藤島桓夫 日本マーキュリー・オーケストラ MeH15301 松村又一作詩 飯田景応編曲 1957年8月 (2)「おつきさん今晩は」 同上 同上 MeH15266 松村又一作詩 飯田景応編曲 1957年3月 (3)「からたち日記」 島倉千代子 コロムビア・オーケストラ Co A3092 西沢爽作詞 牧野昭一編曲 1958年11月 ************** フランク永井(歌手) ************* 曲名 歌手 演奏 レコード情報 (4)「東京午前三時」 フランク永井 ビクターオーケストラ V V41646 佐伯孝夫作詞 吉田正作曲 1957年4月 (5)「大阪の花」 同上 ビクターオーケストラ V V41857 吉川静夫作詞 清水保雄作編曲 1958年8月 (6)「こいさんの ABC放送管弦楽団 V V41807 ラブコール」 同上 1958年7月 *************** クリスマスソング ************** 曲名 歌手 演奏 レコード情報 (7)「ジングルベル 雪村いづみ ビクター・オール・スターズ V V5205 マンボ」 井田誠一作詞 広瀬健次郎編曲 (8)「グッドナイト フランク永井 ビクター・オール・スターズ V A5205 スイートハート」 レイノーブル コンネリ 井田誠一作詞 キャンベル作曲 寺岡慎三編曲 **************************************** (鑑賞メモ)演歌や歌謡曲華やかなりし頃の佳き時代と共にその才能を発揮した 作曲家の独りである遠藤実さんも「昭和という時代」を刻む歌謡を残して 去って行かれました。ますます、その時代が遠のいていく感じです。 4.中村誠治さんー「ポーラ・ネグリ」ー (1)「さらばジプシーのキャンプ」 日本ビクター Vー73 (2)「黒い瞳」 (3)「マズルカ」 (伊)オデオン B15035 1933年7月録音 (4)「唯ひと時」 (5)「あこがれを忘れて」 (6)「屋根の向こうに陽沈めば」 (日)コロムビア J2522 1936年3月録音 (7)「あの星を御覧 映画「決戦の夜」 (8)「心ではなく世界を教えて」 (独)オデオン O4613 1938年12月録音 (9)「心は郷愁」映画「モスクワ上海」より (10)「心だけは秘密にしておきたいの」(独)オデオン O4742 1936年9月録音 (11)「幸運は今日来なくても」 映画「夜のタンゴ」より (12)「夜のタンゴ」 (日)コロムビア JX1151 1937年12月録音 (鑑賞メモ)映画女優独特の妖艶さを感じさせる歌曲の数々です。 ネグリの略歴は「参考メモ」参照方。目次に戻る
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1897年1月3日〜1987年8月1日) *サイレント映画時代のポーランド出身の妖艶な悪女役大女優 *本名Barbara Apollonia Chałupiec (インターネット情報WIKIPEDIAなどからの略歴抜き書き) *バレエ・ダンサーから、演技の道に進み、第一次世界大戦終了頃までに、 ワルシャワで人気舞台女優となる。 その後、伯林に移り、エルンスト・ルビッチの映画作品に出演。 *1922年アメリカ・ハリウッドに招待され、エキゾチックで妖艶な 容姿が人気を博し、チャールズ・チャップリンとの婚約やルドルフ・ ヴァレンティノとのロマンスも話題になる。 *1926年ヴァレンティノの死去に伴う彼女の挙動は「売名行為」 として大衆の話題となる。 *1927年にグルジアの王子だと主張する軍人と結婚。 *1930年以降ヨーロッパに戻り、ドイツとイギリスにおいて数本の映画に 出演していたが、1939年、ヒトラーが台頭してきたドイツを去り、 アメリカに戻る。 *1951年アメリカ市民権獲得。 *1964年「The Moon-Spinners」が最後の作品となり、 *1987年にテキサス州のサンアントニオでその生涯を閉じた。 *主な出演映画としては、1918年度の 「呪いの眼( The Eyes of The Mummy)」「カルメン (Gypsy Blood)」、 「染まぬ花( The Yellow Ticket)」などに始まり、 1930年代の「マズルカ(Mazurka)」など、三十数作品となる。 |

**************** 松平 晃 ******************* 松平晃(まつだいらあきら、1911年6 月26日 - 1961年3月8日) 昭和期の流行歌の歌手。本名福田恒治(ふくだつねはる)。 1911年(明治44年)6月26日、佐賀県佐賀市の福田家に生まれる。小学校の頃から歌が好きで、 佐賀中学卒業後「音楽で身を立てては」と兄の勧めで音楽の道を志す。 しかし旧家出身で父親に猛反対されたが、兄のとりなしで、単身上京。 *古賀政男作曲「サーカスの唄」で大ヒットで、一気にスターダムの地位へ上りつめる。 2月新譜「急げ幌馬車」、11月新譜「曠野を行く」がヒット。 *殊に「急げ幌馬車」は旧満州を舞台として放浪の旅人の姿やその恋愛模様を 描いた「曠野物」・「大陸歌謡」ブームの火付け役となり、松平自身も 青春歌謡と併せ大いに得意とした。 *「曠野を行く」で組んだ豆千代とのデュエット「夕日は落ちて」、 松竹映画主題歌の「人妻椿」などの大ヒットを続ける一方で、甘いマスクが 買われスクリーンにも活躍。日活映画「花嫁日記」をはじめ、新興キネマ 「初恋日記」、松竹映画「純情二重奏」、東宝映画「歌えば天国」と 数多くの映画にも出演している。 1961年(昭和36年)2月、歌謡学院の帰途に倒れ、翌3月8日、心筋梗塞症による 心不全で49年の生涯を閉じた。 *霊前では、愛弟子たちが往年のヒット曲「花言葉の唄」を斉唱し、別れを 惜しむ人々は厳かな雰囲気のなか歌声を聴きながら花束を捧げた。 *長女は、作曲家・福田和禾子。「北風小僧の寒太郎」、卒業シーズンの 定番曲「ありがとうさようなら」などの作曲を手掛けている。 ***************** 豆千代 ******************* 豆千代(まめちよ、1912年1 月2日 - 2004年3 月22日) 昭和期の芸者、歌手。 本名福田八重子。 明治45年(1912年)岐阜県武儀郡富之保村(現・関市)生まれ。芸人にするために幼少から 三味線・長唄を仕込まれ、小学校へ入学後は日舞・義太夫・常盤津などの芸事を習う。 *9歳で少女歌舞伎団の団員として全国への巡業に赴く。 大正13年(1924年) 13歳の時に地元の芸者置屋に入り花柳界入り。その後芸妓になる。 芸者の小唄勝太郎の唄う「島の娘」のヒットによって旋風を起こした鶯歌手 (芸者歌手)ブームによって、2匹目のドジョウを狙ったコロムビア・レコードが 白羽の矢を立てたのが、美貌と美声で評判だった芸妓の豆千代であった。 昭和8年(1933年)生来、芸事を好んだ豆千代は、地元の応援もあってにコロムビア専属と なり「恋はひとすじ」で歌手デビュー。 昭和9年(1934)当時の人気歌手・松平晃と歌った「曠野を行く」がヒット。 昭和10年(1935年)同じくデュエットを組んだ松平晃との共演による「夕日は落ちて」が、 折りしも満州国建国による大陸ブームの波に乗り大ヒット。時代に後押しされ スター歌手の仲間入りを果たす。 *晩年は、地元岐阜で歌手としても活動していたが、平成に入ってからNHKラジオ放送 「歌謡大全集」に出演したのが、豆千代としての最期の輝きであったと言えよう。 平成16年(2004年)年3月22日没、93歳の天寿を全う。 *************** 小笠原美都子 ***************** 小笠原 美都子(おがさわら みつこ、1920年(大正9年)3月25日 - ) 高知県長岡郡大豊町出身の歌手。 昭和10年(1935年) 15歳の時に上京し歌を学ぶ。 同15年(1940年) 20歳でテイチクレコードからデビュー。 「十三夜」「琵琶湖哀歌」など、200曲以上を吹き込んだ。 *テイチク時代に、東海林太郎と吹き込んだ「琵琶湖哀歌」は昭和16年(1941年) 4月6日に琵琶湖で起こった第四高等学校漕艇部(現金沢大学)の部員11人の 悲惨な遭難事故を悼んで作られた歌である。 昭和16年6月 レコードは発売され大ヒットし現在でも歌い継がれている。 *「琵琶湖周航の歌」と共に名作である。 昭和16年10月発表「十三夜」の大ヒットはのちに榎本美佐江のカヴァーでも知られ、 他にも東海林太郎とのデュエット「九段のさくら」などヒット曲多数。 彼女は中国や北朝鮮との友好活動でも知られている。 (この人のみ健在88才) ******************************