今年より極力昼間の時間帯と夜間でのコンサート開催ですが、今月は都合により第三 土曜日の午後のレコード鑑賞会となりました。 筆者は時間の都合が付かず、仮想レコード鑑賞会となりました。
| 作品名 | 演奏者 | 備考 |
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| J。S。バッハ (1685〜1750) 二本のヴァイオリン協奏曲 ニ短調 | ヴァイオリン:アイザック・スターン 指揮:シュナイダー、カザルスプラド音楽祭オーケストラ | バッハのヴァイオリン協奏曲は6曲ほど、あると推定されています。 「二つのヴァイオリン協奏曲」はケーテン時代(1717〜1723)の作品。 |
| フランツ・リスト (1811〜1886) ピアノ・ソナタ ロ短調 | ピアノ:ラザール・ベルマン | ピアニスト・ベルマンの追悼鑑賞会です。 下記の演奏者参考メモを参照願います。 |
| モーリス・ラベル(1875〜1937) ーハープ、弦楽四重奏、フルート、クラリネットのためのー 序奏とアレグロ | ハープ:ミルドニアン フランス室内合奏団 |
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| エミール・ワルドトイフェル(1837〜1915) ワルツ「スケーターズ・ワルツ」作品183 |
ドイツ生まれで、パリで没したピアニスト兼大衆的ワルツ作曲家。 ユージェニ大公妃の宮廷音楽家、バレエ音楽指揮者としてヨーロッパで知られ、バレエ音楽を200曲以上書いている。 流麗で、親しみやすい旋律はヨハン・シュトラウスの曲と共に親しまれている。 有名な良く演奏される作品に、ワルツ「女学生」(作品191)など。 | |
| フランツ・フォン・スッペ (1819〜1895) 喜歌劇「軽騎兵」序曲 | 指揮:H。V。カラヤン、 フィルハーモニア | スッペはオーストリアの喜歌劇や通俗曲の作曲家で、 ウィーン音楽院出身、150種ほどの作品を残している。喜歌劇「軽騎兵」はウィーンの詩人カール・コスタの台本をもとに1866年初演されています。他の喜歌劇には「詩人と農夫」「美しきガラテア」等があります。 |
| ー | テノール:ドミンゴ、ニコライ・ゲッタ、フランコ・コレルリ | ー |
Lazar Berman ソビエト連邦出身のピアニスト。 1930年 2月26日レニングラード生まれ。 ペテルスブルグ音楽院出身の母親からピアノを習い、幼時より才能を示し、 レニングラード音楽院付属早期英才グループに入り、S.サフシンスキー に師事する。 1934 4歳 初のピアノリサイタル。 1937 7歳 ボリショイ劇場で演奏会、初めて録音する。 1939 9歳 モスクワ音楽院付属中央音楽学校入学。アレクサンドル・ ゴールデンワイザーに師事。 1940 10歳 モスクワ・フィルハーモニーとモーツアルトのピアノ協奏曲第25番 K。503で、デビュー。ボリショイ劇場管弦楽団とも共演。 1948 18歳 モスクワ音楽院入学。 1951 21歳 ベルリンでの国際青少年音楽祭で第一位となる。 1953 23歳 アレクサンドル・ゴールデンバイゼルに師事。 1956 26歳 ブタペストでのエリザベート王妃国際音楽コンクールで第五位。 リスト国際ピアノコンクール第一位。 1957 27歳 モスクワ中央音楽院マスタークラスを終了。 1958 28歳 ロンドンを含むヨーロッパ各地で演奏活動。ハンガリーでは 「リストの再来」と騒がれる。 1960 30歳 以降約10年間西ヨーロッパでの演奏活動なし。 1971 41歳 イタリア演奏旅行。ミケランジェリに比肩する人気を博する。 1976 46歳 アメリカ楽旅前後から名を挙げる。 1977 47歳 ボンでの「ベートーベン没後150年祭」に招待される。 初来日し、超絶技巧演奏にクラシックファンの間でブームになる。 1978 48歳 再来日。 2001 71歳 久しぶりに来日し、リサイタルを持つ。 イタリア・イモラ音楽院教授として後進の指導に当たっていたが、 2005 75歳 2月6日 フィレンツェで逝去。 常々に自称言 「私は19世紀の人間であり、ヴィルトゥーゾと呼ばれるタイプである」 演奏技法 現代的知性や感覚の鋭さで、勝負するピアノ奏者ではない。 他方、猛烈な超人的テクニックを備えていて、どんな難曲でも 容易に弾きこなすので、現代では望むべくもないほどの並はずれた スケールとロマンチックな感情に溢れている。」 名演録音 リスト、ラフマニノフ、チャイコフスキーなどのピアノソナタやピアノ 協奏曲に多くの名演奏が残されているとの評価を得ています。 (以上、主として音楽之友社「音楽人名事典」による)