目 次<関西SPレコード愛好会> <音楽の世界に心の郷愁を求めて> <月例会参加記録> <(参考メモ)<SPレコードの自習メモ書き> |
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8月のある日の新聞(読売新聞・平成14年8月6日夕刊)を開けると、INTERNET情報欄に 音楽趣味世界が紹介されていました。 第一面のキャッチフレーズは、「SPで名曲を聴く」です。
「CDやMDの音楽世界の中で、
古き佳き時代の<SPレコード>に
魅せられた関西在住の人たち。
毎月一回、互いにSP盤を持ち寄り
名曲に耳を傾ける。
年輩者や若者もいて、
蓄音機やSPレコードに関する
情報をネットで提供している。」
(読売新聞・平成14年8月6日付け)
「関西SPレコード愛好会」は、阪急京都線長岡天神駅から、南に歩いて約5分の所にある 喫茶店「ミュージックサロン」を会場にして、毎月第二日曜日に開催しているものです。 会場への案内は、会員の村岡さんのホームページ 「蓄音機とレコード資料部屋」を 引用しておきます。 このホームページの特徴は、次の諸点です。 1.蓄音機やSPレコード関連知識やその歴史の情報提供 (電気に依らず機械式で録音した「旧吹き込み」式の時代情報と当時の演奏家) 2.戦前の歌謡レコード情報の特集(流行歌トップテン) 3.蓄音機音楽提供の店紹介とSPレコード愛好者ホームページリンク 4.SP盤歌謡曲・唱歌関係研究会「懐メロネット連盟」紹介 など、蓄音機とSPレコード情報が満載です。

会の紹介は、新聞記事で、次のように報じられています。 1.結成時期 平成7年(1995年)11月(阪神淡路大震災の年の秋) 2.当初の会場 神戸・元町の中古レコード店 新会場 長岡京市内喫茶店(平成14年7月度例会より) 3.結成の背景 中古レコード店に来るSPファン同志が顔なじみになり SP盤を聞く会を持った。 (震災の後の繁華街に芽生えた愛好会、何となく人の温かみを求めた 人々の結集であるような気もします。) 4.代表世話人 堀田俊一さんと「愛好会」への一言 「過去の名演奏家を掘り起こして聞いてみたいというファンの集まり」 5.音楽世界 主としてクラシック。ただし、ジャンルは限定していない。 6.会員数 40名以上(月例会出席者は、13〜14名) (喫茶店の会場は、20人も入れば満席に近い。しかしこういう 同好の士が集まる会合は、押し合いへし合いの方が話題が沸騰して 面白かろうと推測します。) 7.レコード枚数 会員それぞれ、数千枚のSPレコードに関する情報交換の場 8.7月度特集 7月第二日曜日14日「パリ祭」(フランス革命記念日)にちなんで、 シャンソンの名曲集。 会員の皆さんの一言、特に何故この愛好会に熱心に参加しているかと言うこと 堀田さん「幼稚園のころ蓄音機で聴いた音が忘れられない」 下本さん「LP復刻盤を聴いて、SPの音が聴きたくなった」 佐野さん「LPよりSPの音の方が重量感がある」 中村さん「SP片面5分。音楽を聴く緊張感としては、ちょうどいい」 村岡さん「戦前の映画<会議は踊る>の中のSPが、おもちゃの音みたいに聞こえたが、 不思議と新鮮に感じた」 それからの村岡さんは、SPの世界にのめり込んで、レコード収集と資料研究をはじめ、 その成果を上述のホームページに公開しているわけです。 筆者のように、昔ちょっと蓄音機のハンドルを回してSPを聞いていたことがある頃の 懐かしさで、この種の音楽世界に近寄って行く懐メロファンには、最適の「蓄音機音楽世界」の 情報提供者になっています。 会員の皆さんの「ひとこと」の中で、非常に重要な発言は、次の”六十年前の本物の演奏論” でしょう。 中村さん 「当時の蓄音機では、録音を全て再生するのは無理。現代のオーディオだから 聴けるんです。」 「針の音に」ではなく、「溝に」「刻まれた当時の世界」を完全再現して聞き取ろうという わけです。昔の蓄音機であれば、録音当時の世界は幽かな覗き穴からしか見えないものが、 現代のオーディオの技術に依ると、当時の舞台裏まで読みとれるだけの生々しい録音世界が 甦って来るというわけでしょう。 会員の方は、上記の一言では、「愛好会参加理由」を充分はなしきれていないと思います。 「SPレコード音楽の世界」への思い入れは、それこそ5分や10分では十分に満足するまで 語りきれないからこそ、SPレコードをどんどん収集し、同好の士と思いを一つにして、語り 合う中から、自らの「SPレコード音楽とその存在した世界」を確認していきたのでしょう。 突き詰めれば、確かにSPレコード音楽世界を散策している事には間違いないのですが、 愛好家のその行動のベースになっている心情は、SPレコードによって<耳に醸し出される>、 <眼前に誘導される>、あるいは、<脳裏に連想される>「SPレコードの鳴っている時代に 生きた自分」を求めているのです。 これは、ひとそれぞれ違っていることで、一様な世界ではありません。「おもて面」の 「SPレコード音楽」が歌い出す世界だけが同じです。目次に戻る
「関西SPレコード愛好会」の皆さんが会員活動されている思いと同じ思いを持つ人は 多いと思います。 筆者も久しぶりに自分で、ハンドルを回さなくてもレコード盤を替えてくれる音楽会に出て、 SPレコードを宝物としていた頃を思い出しました。何とも懐かしい気持ちになる物です。 それともう一つ、50数年前と同じ気持ちになるのは、次の三点です。 1.「シューゥ!シューゥ!」と定期的に同じ周期で繰り返される針のノイズ、溝のノイズ。 これが、むかしの「蓄音機の世界」に誘ってくれるのです。 極端に言いますと、「ノイズのないSP」は、高級LPや現在のCDなどと変わらない、 むしろ「不気味なSPレコード」ということになります。 雑音が鳴っている間がSP音楽の世界で、「現世」を隔離してくれる手段なのです。 2.片面の演奏が終わって、裏面へのひっくり返しの時間は、完全に頭の中は真っ白。 それこそ、なにも音を出して欲しくない、何も思い描きたくない「空白の世界」です。 次のつなぎの音楽が鳴るまで、頭の中で繋いでいるのです。 そういえば、子供のころも盤面ひっくり返しの時は、口をきゅっと結んで、 慎重に盤面を汚さないよう、傷つけないように、いわば宗教儀式のように無言で、 それこそ粛々と執り行っていました。 SPレコードを寝転がって聴いたことがありません。禅僧の如く、正座して聞くもの と思っていました。 3.SPレコードをかける時や、さらにLPレコードでは特にそうでしたが、何度も レコードをかけて盤面を痛めたくないと言う気持ちから、「今回聞くのが最後」と いうようなたいそうな気持ちで、針を降ろしたものです。 したがって、大切なSPやLPほど、多く聞きたい気持ちに反して、実際は、あまり 何回も聞いていないと言うことです。その分、どこか他所に行って聴いてくるわけです。 思うところが同じ人々が集い、「愛好会」「同好会」「倶楽部」などを結成して、 愉しい時を過ごすのは、まことに有り難い人生の一こまです。 自分が一番大切にしている事、思っている事を、理解してもらえる、或いは、理解し合える 事は、人と人とのつきあいの世界では、大変重要なことです。 仲良し倶楽部が発展して、あちこちに、また時を問わず何時でも結成され、それらが繋がっ て、さらには、人間世界の基本になる「平和な世界と心豊かな人生の実現」に繋がったら、 と皆さん思っているにちがいありません。 どの世界を自分の安住できる世界とするかは、人それそれですが、「SPレコード音楽世界」 もその一つであることには変わりありません。 同好の士の世界では、価値観が同じですから、自慢したいことが自慢になり、羨ましいことが 妬みではなく本当に羨ましくしく思えることが、その特徴と言うべきでしょう。 **************************************** あまり出しゃばりますと、ややお小言を頂戴することにはなりますが、ついでの蛇足。 「関西SPレコード愛好会」はじめ、「上方」には、「くだった」「関東」に対して 「関西なにがし」があれこれあります。 「関西」というのは、東京からみて、箱根関で勝手に東西と分けているもの。 近畿や畿内、畿外ならわかる。関で分けるなら、「逢坂の関」で分けるべき。 「長岡京」は上方、それから東、逢坂の関を越えたら鄙の東国。ちと脱線。) **************************** 以下も、言わずもがなでしょうか。 「SPレコード愛好会」の皆さんは人生を積み重ねて、大体暦を一巡した「実年者」が 多いようです。 人は通過していく年代の応じて、自分の周辺の物の見方が変わってきます。 一般的には、物心付いてから学校を上がるまで、すなわち一人で自分で生活できるまでは、 自分の周辺や人生が良く見えない考え無しの「無明」に近い状態です。 青年期になると過去は振り返らず、必ずと言っていいほど、先の世界を見つめるものです。 これは個人だけでなく、人の集団、家族、地域社会、国家、人間社会、すべて、人の 集まりの行動は、その集団が若ければ、若いほど、次の世界である将来を見つめ、語り合う ものです。 それが歳と共に、目線が、どんどん時の流れに同調せず、またついていけず、少しづつ、 斜め横から後ろ、即ち過去の世界を見るようになります。 何時の年代から後ろを振り向く見方になるか。生々しい言い方をしますと、「老人的懐古趣 味」が増長されてくるのでしょうか。なにも懐古の風潮が悪いと行っているのではありません。 人間誰しも、それは年代に応じて当然の心情の流れなのでしょう。 たしかに手足が不自由になって、一日じっとしている御高齢者に 「十年後は、どんな世界を望みますか、また実現して欲しいですか。」 などと聞くのも、当てつけがましい話です。 「もうごはんはたべましたか?」と声を掛けるのが関の山というところです。 上記の周辺の世界への目線が変わってゆく環境に同調してくるのが、どうも今回のような 身辺の五感の世界の出現です。 耳で聞く聴覚の世界(SPレコードを例とする過去の世界の再現) 目で見る聴覚の世界(懐かしい古い映画、<会議は踊る>) 同様に、味覚も嗅覚も触覚も追い求める物は、目線に同調するものとなるのでしょう。 ****************************************目次に戻る
筆者が初参加できた例会は、次の例会からです。 (初参加月例会) 日時:平成14年9月8日 14:00〜18:00 会場:「ミュージックサロン」 メンバー:堀田代表 植村マスター以下 10名 その内容は<月例会参加記録>を引用願います。目次に戻る
「関西SPレコード愛好会」の皆さんによって、再び、筆者の持っていた過去のSPレコード 世界がすこしづつ再現されてきました。 村岡さんのホームページを見ながら、改めて、SPレコードなるものを自分なりに、メモに 取ってみました。 (参考資料:歌崎和彦「証言ー日本洋楽レコード史(戦前篇)」 音楽之友社(1998年3月第1刷)) 1.エジソンの蝋管時代(1877)(明治10年)〜(1887)(明治20年) 音の世界を残してくれたことに関して、エジソンは本当に人類の恩人です。 これまで人類の行動の記録として、いち早く文字が発明され、言葉の文化が記録され ました。 続いて、映像の記録として、写真が発明され、それが映画へと発展しました。 耳による聴覚に対しては、音の記録として、遂にエジソンが人類の歴史何十万年を変える 偉業を成し遂げました。 残る嗅覚の香りや物を保存することは、缶詰やその他のいろいろな料理方法で、工夫 されて、近年にいたって、冷凍技術を手にしつつある人類です。 ちなみに「エジソンの蓄音機」は、かの明治の外務大臣陸奥宗光が、明治19年 (1886)米国出張の帰り、 お土産として持ち帰り、文明の利器の啓蒙活動をした とのこと。 (今の政治家も、これに見合うことをすべし。税金を私物化している現状の小粒の 政治屋がなげかわしい) 2.ベルリナーの平円盤時代(1887)(明治20年)〜(1924)(大正13年) アクースティック録音(機械吹き込み、ラッパ吹き込み)方式で、300〜3000Hz の音の記録が取れたとされています。 ベルリナーは、円盤の材料をいろいろ工夫して、南洋産コパールゴムの硬質加硫ゴム (1894・明治27年)、ラック虫の分泌液を使ったシェラック混合物の使用(1897・ 明治30年)など改良しています。 一方日本国内では、明治41年には、現在使っている「レコード」の用語が一般的になり、 明治43年には、東京音楽学校でレコードコンサートが開かれえるまでになりました。 製造面でも明治40年(1907)には、日米蓄音機製造株式会社が、明治43年には、 日本蓄音機商会(日蓄)が、日本コロンビアの前身になり、国産レコード、国産蓄音機を 製造しました。 レコード市場も大正時代に入りますと、レコード月産15万枚、蓄音機5000台となり、 大正11年には、それぞれ月産50万枚、一万台まで、伸びてきました。 3.電気吹き込み法平円盤時代(1924)(大正13年)〜(1948)(昭和23年) 米国ウェスタン・エレクトリック社が完成した電気吹き込み方式は、高忠実度(ハイ フィディリティ)高音質でおおよそ200〜56000Hz(実際は、5000Hz程度) まで、録音できたとされています。 これが本格的なSPレコード(Standard Playing Record) の 登場です。 一方日本では、大正14年(1925)ラジオの試験放送が開始され、翌年には、NHK 日本放送協会も設立されました。 いよいよ昭和の時代は、SPレコード全盛時代です。 昭和2年(1927)日本ビクター社が設立され、日蓄は、米国コロンビアの傘下に 入り洋楽レコードが国産プレス化され始めました。 因みに昭和7年(1932)洋楽レコード総品目は約7000点とされています。 昭和11年(1936)29、683、000枚の戦前に於ける最高記録を達成しました。 このレコード販売枚数に回復するのは、戦後15年経った昭和35年(1960)における 29,683,000枚の販売実績まで待たねばなりません。 4.LPレコード時代(1948)(昭和23年)〜(1991)(平成3年) 1939年からコロンビアが研究を進めていたLPレコード(Long Playing Record)が、1948年(昭和23年)からSPレコードに取って代わる一大革新的 レコードになりました。 しかし、1980年(昭和55年)の年間売り上げ枚数2000万枚をピークに、 昭和50年代の終わり毎からで始めた次世代の新たなデジタル式録音によるCDに取って 代わられることになりました。 以上のレコードシステムの変遷の中にあって、SPレコードは、機械吹き込み式、電気式を 合わせても、1887年から1948年まで約60年間の歴史を持つことになります。 振り返って考えますと、「関西SPレコード愛好会」の皆さんが、核心をついているように このSPレコードこそが、過去の我々の先の時代を音に留めていてくれるわけです。 このようなことは、かっての人類の歴史にはない文化記録です。 大切にしたいものです。 すこしでも、約50年〜100年前の世界をSPレコードによってじっくりと堪能したいと 思っています。そのためにも、この種の愛好会の今後の発展を祈念して止みません。 (以 上)目次に戻る