目 次<名器の値段に対するある意見> <あるヴァイオリニストの意見> <筆者の意見> |
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楽器の名器に対するある人の疑問は、先日あるテレビ番組の再放送を見ていたら、「4本のヴ ァイオリンの中から本物のストラディバリウスを探し出す」というコーナーがあって、面白かっ たのでその感想を書いています。 その疑問の要旨は次の数点です。 (その1)テレビ番組(骨董品を鑑定する見せ物)の放送で、4本のヴァイオリンの中から 本物のストラディバリウスを探し出す、というコーナーあり。 4本のうち3本は良くできたレプリカで、1本が本物。 それぞれの見た目と生演奏を聴いた印象で決めるが、 結果は以下のとおり。 1番・1億円 1689年製、本物 投票者1人 2番・30万円 フランスの量産品、 2人 3番・200万円 国産の高級品、 3人 4番・700万円 18世紀のフランス製、 0人 (その2)3番ヴァイオリンへの投票が一番多かったということは、普通に考えると、音の 良し悪しは素人には分からない、ということなんでしょうけれども、別の言い方を すると、ストラディバリウスの音色は万人の聴衆にとって、必ずしも良い音では ない、とも言えましょう。 ヴァイオリンの場合、楽器の音色は演奏者がまず第一の選定者です。 次に聴衆が楽器の音と演奏者の腕前をプラスした音を聴いて演奏会が成立し、 音色にうっとりしたり、技量に驚いたりするわけです。 演奏会の楽器については、それに先に(骨董)鑑定家(楽器鑑定家?)が いちいち音色の良し悪しを評価しているわけではありません。 音楽は聴衆のものですから、みんなが聴いて良い音がする、と感じられる楽器でも 充分に優秀ではないか。 ごく一部の聴き比べが出来る立場にある専門家が、ストラディバリウスは名品だ と支持するから、一般の聴衆もそう思ってしまうだけで、「名器だからすぐれた 音楽が発生するはずはない」ですし、一番人気のあった楽器でコンサートを開いて も、お客は充分に納得できるのではないでしょうか。 (その3)一位と二位の楽器価格差が9800万!その違いは、なにか。 (その4)昔、東京芸術大学の海野元教授が業者からワイロをもらった容疑で逮捕起訴される という事件の時にはガダニーニという名器が取り沙汰された。それでNHKが 特別番組でヴァイオリン音色聴き比べ実験をやった。 審査員は音楽評論家、N響団員などの専門家ばかり数名。弾き手はストラディバリ ウスを愛用している江藤俊哉氏。数本のバイオリンがカーテンの向こう側で審査員 には見えないように演奏された結果、国産高級品が1番、ストラディバリウスが 2番。専門家の耳ですら名器の音が分からなかったと言う出来事の紹介。 番組では高価な名器への疑問が投げかけられ、江藤氏がそれに対して、実際に 弾いてみるとストラディバリウスの素晴らしさが良く分かる、という主旨の反論を して終わった。つまり弾く者には良さが分かるけど聴くだけじゃ分からない、と いう結論です。 このNHK番組と、前述のテレビ番組もほぼ同じ結果、すなわち聴衆にとって ストラディバリウスは必ずしも良い音ではない、ということが証明されたのでは。 にもかかわらず、値段が凄まじく高価なのは何故か。 (その5)1億円の貴金属と200万円の貴金属を比べて、その違いが分からない人はいない。 ヴァイオリンの品質について、基準が国際的に決められていない。ましてや 9800万円もの価格差の「客観的な根拠」なし。よく考えてみれば「非現実的な 価格差」ではないか。ストラディバリウスの歴史的かつ骨董的価値は高いが、 「誰が聴いても「良い音」がするわけではない楽器」に、それほどの価値を与える のは行きすぎではないか? (その6)この現象は、名器を崇め奉るという意味で宗教的な共同幻想で、金銭欲のある 人なら誰もがその値段に象徴される幻想に酔いしれ、夢に触れてみたいと願う もの。1億円という宝くじのような丁度いい値段に設定されているのはそのため。 逆に言えば、「音楽の本質」とは無関係なところで、夢を見たい人達みんなで この価格を決めているのかもしれない。 (その7)いわゆる名器と非名器の銘をふせて、多数の演奏家を招いて弾き比べしたら、 どんな結果が出るか?ストラディバリウスを扱っている日本財団にでも。目次に戻る
<<設問に対する全般的コメント>> ストラディヴァリは果たして名器か・・・と言う音楽的設問についてですが、これは大変に 興味ある設問であり、かつまた疑問でもあると思います。これは昔から、多くの人がその謎を 解くために努力をしていますし、インターネット情報網にも探せば色んな意見があると思いま す。 未だに未知の分野ですので、一人の知識では答えは出るはずもありません。恐らく解の無い 或いは多数の解があるかもしれない不可思議な課題かも知れません。常々、楽器、特に前述 提言のヴァイオリンは不可思議な楽器であると思っています。 その解の出し得ないものに対して常々思っていることを少し書いてみたいと思っています。 まずここで、「名器」と言われているヴァイオリンは、名器かどうかについては、まず紛れ もない「名器」だと思っています。ただ当該名器の製作者であるストラディバリも人間であり 名器ばかり造ったと言える保証は無いと思っています。 「バッハの音楽にも駄作がある」という人がある様に。 ヴァイオリン、その音楽とその演奏の歴史を見ていますと、色んな名手が、矢張りストラ ディバリを使い、デル・ジェスを使っており、色々と取り替えても、またストラディバリや デル・ジェスに戻る様に思います。 然し名器の値段は・・・これは実勢価値では無くて、希少価値と骨董的価値によるものと 考えています。 筆者は、第二時世界大戦直後にさる師匠にヴァイオリンを学んでんでいました。 その師匠は、ヴァイオリンの修理、魂柱の調整に堪能な人でした。従って音の微妙な変化にも うるさい師匠でした。常に言われたことは、倍の値段のヴァイオリンを買っても倍の音は出ない よ!楽器に頼るよりも勉強をしなさい、修行をしなさい、と常に言われていました。 そしてハイフェッツのヴァイオリン(ストラディバリ)を友人のM氏が修理したこと、その 時修理が終わるまでヴァイオリンの傍から離れようとはしなかった事なども聴いています。 ヴァイオリン奏者の巨匠エルマンも同様の事があったようです。日本は湿気が多くてヴァイオ リンに対しては、特に梅雨時は余り良くない環境のようです。 そこで設問を総括的にお話をするより、設問の内容を幾つかに分けて書きだして、各々に ついて述べてみたいと思います。 *************************************** (その1)4本のうち3本は良くできたレプリカで、1本が本物。 それぞれの見た目と生演奏を聴いた印象で決めた結果は、半数の人が 本物を当てず、国産の高級品を選んだことについて。 <<その1へのコメント>> ここで一つ疑問点があります。ストラディヴァリは出生年は不明となっていますが、 晩年93才で作ったものには、はっきりと年号を入れていますので、逆算しますと 1644年の生まれと推定されます。 そうすると、この鑑定団のパフォーマンスに使ったヴァイオリンは45才くらいの作では ないかと思われます。ストラディヴァリは天才と言われていますが、ヴアィオリンの奏者と 違って、楽器製作者は、5~6才で才能を現すことは、ヴァイオリン製作では出来ないことです が、一番若い頃のものとしては修業時代のものもあります。 特にストラディバリは晩成型の職人でしたので、45才ではまだ師匠のアマティから脱却は 出来ていない時なのです。彼が師匠を超越して自分のロングモデルという名器を創出した のは約1700〜1716年頃で、その頃の作品が最も素晴らしいものであるとされています。 彼が56才〜72才の作品です。如何にストラディヴァリと言えども生涯の作品すべてが名品と は限らないと思います。ですから此のテレビ番組のパーフォーマンスは的が外れていたの では無いかと思われます。尤もその時に比較された日本の作品は、かなり良いものであった と思われます。 *************************************** (その2)音の良し悪しは素人には分からない、ということなのか、ストラディバリウスの 音色は万人の聴衆にとって、必ずしも「良い音」ではない、とも言えるか。 ヴァイオリンの場合、楽器の音色は演奏者がまず第一の選定者です。 次に聴衆が楽器の音と演奏者の腕前をプラスした音を聴いて演奏会となる。 演奏会の楽器(骨董)鑑定家(楽器鑑定家?)が音色の良し悪しを評価して いるわけではない。 音楽は聴衆のものですから、みんなが聴いて「良い音」がする、と感じられる 楽器でも充分に優秀ではないか。 ごく一部の聴き比べが出来る立場にある専門家が、ストラディバリウスは名品だ と支持するから、一般の聴衆もそう思ってしまうだけで、「名器だからすぐれた 音楽が発生するはずはない」し、一番人気のあった楽器でコンサートを開いて も、お客は充分に納得できるのではないかと言う疑問について。 <<その2へのコメント>> よく「音がよい」と言いますが、西欧では判定の基準は「レスポンスがよいこと」と言われ ています。即ちヴァイオリン奏者の要求に素早く反応して応えてくれるものが最もよいと 言うことなのです。 ただここで少し考えておく必要がある点は、昔から「女性の色白は七難隠す」と言われて いるように、「音よきは七難隠す」に通じるものがあります。 音がよいことは有利な条件の一つにはなります。然しヴァイオリン奏者の巨匠シゲッティの ヴァイオリンの音はストラディヴァリを使っていながら、決してよくありません。 にもかかわらず、シゲッティの音楽を素晴らしいと言います。これは内容を深く掘り下げて 心から訴えかける歌があるからです。ヴァイオリンの名奏者パールマンの音と比較すれば、 その音の違いが一目瞭然に判ります。これもストラディヴァリを使っています。 かっての巨匠シゲッティと現在活躍している名奏者クレーメルの音が一脈相通じるところが あり、彼の楽器は「デル・ジェス」という名器です。 これ等の点から理解すべき事は、 *** 音楽というのは単に音にうっとりするとか、名人芸だけでは無い *** ということです。 聴衆が感動するのは、音楽・・・歌い方そのものに感動すると言っても過言ではありませ ん。歌わせると言うことの要素には色々とあります。ヴァイオリン奏法の専門用語になり ますが、「フレージング」然り、「アゴーギク」然り、「デュナミーク」然り、 「アーティキュレーション」 然りです。これらが総合してよく吟味されてこそ、訴えかける 演奏が出来るのです。 ・・・こういうと、ではストラディヴァリの名器無くても、と言うことになると思いますが、 演奏家がこうしたいと思ったときに反応してくれるのがストラディヴァリのような名器になる のではないでしょうか。 従ってテレビ番組でどのようなことがなされたかは、詳細まで立ち入れませんが、日本製の ものの音がよく、 *** 演奏家の意図に敏感に反応して、名演奏が出来るのであれば、 名器と言って差し支えは無い *** と思います。 **************************************** (その3)楽器価格差(9800万円)の違いについて。 <<その3へのコメント>> ヴァイオリンの値段は、不思議なものです。一説によりますと、イギリスのヒル商会が 一手に引き受けて売りさばいたために、名器を神格化して値段をつり上げたとも言われて いますが、要するに希少価値と骨董的価値によるものだと思います。 ただヴァイオリンは何の管理もせずに放置しておけば鳴らなくなってしまいます。従って パガニーニのお気に入りであった「デル・ジェス」(カノン・・大砲の様に大きな音が 鳴ると言う意味でカノンと名付けた)の様に博物館に入ってしまえばもう使えなくなって しまいます。よく弾き込まないと鳴ってくれません。カノンの場合は一度エルマンが使用 したのですが、現在ではもう使えないと思います。 その点国が買い取って才能のある人に貸与するとか、日本音楽財団の様に貸し出すと言う のは非常に良いことだと思っています。 ************************************ (その4)昔、東京芸術大学の海野元教授が業者からワイロに関係してNHKが特別番組で ヴァイオリン音色聴き比べ実験をやった。 審査員は音楽評論家、N響団員などの専門家ばかり数名。弾き手は江藤俊哉氏。 数本のバイオリンが演奏された結果、国産高級品が1番、ストラディバリウスが 2番。専門家の耳ですら名器の音が分からなかったと言う出来事の紹介。 番組では高価な名器への疑問が投げかけられ、江藤氏がそれに対して、実際に 弾いてみるとストラディバリウスの素晴らしさが良く分かる、という主旨の反論を して終わった。つまり弾く者には良さが分かるけど聴くだけじゃ分からない、と いう結論について。 <<その4へのコメント>> この事件については筆者ももよく知っています。然しこういうパーフォーマンスは全く 知りませんでした。 この結果に少しも驚きません。なぜならヴァイオリンでは、レスポンスが第一だからで す。江藤俊哉氏の発言もその通りだと思います。これは聞こえる音が音楽のすべてでは ないと言うことを理解すべきだと思うのです。 そして江藤氏の発言は、「非名器の中で、よい音が鳴り、レスポンスのよいものが見つ かれば、それは名器と考えてよい」ということであって、発言の思想は、主旨一貫しており、 いわんとすることに矛盾はないし、破綻しているとは思いません。 ************************************* (その5)ヴァイオリンの品質について、基準が国際的に決められていない。ましてや 9800万円もの価格差の「客観的な根拠」なく、「非現実的な価格差」では ないか。ストラディバリウスの歴史的かつ骨董的価値は高いが、「誰が聴いても 「良い音」がするわけではない楽器」に、それほどの価値を与えるのかという 疑問について? <<その5へのコメント>> この疑問には余り応えたくはありません。と言うのは、男性誰でも宝石の良さが分かる わけはありません、これも似たような話になりますが、有名人がしているから本物だろうな という位なのです。極端な話、一億のダイヤと同じ様にブリリアンカットされたキュウ ビックジルコニアを見せられても筆者には分からないからです。 筆者は陶器のことに少し興味を持っていますが、喜左右衛門井戸茶碗、とか長治郎の黒楽 茶碗とか光悦の不二山 の様な名物と現在の陶芸家の茶碗を持ってこられても判定できませ ん。ところがこの場合もヴァイオリンと同じく一億(国宝だから値段が付けられないくらい) と100万以下のものです。特に光悦のものは良いとは思っていますが、彼は陶芸については アマチュアと考えてよいわけです。 この様に実勢価格と、骨董的価格は全く異なる不条理なものなのです。 *************************************** (その6)名器を崇め奉るという意味で宗教的な共同幻想で、金銭欲のある人なら誰もが その値段に象徴される幻想に酔いしれ、夢に触れてみたいと願うもの。 逆に言えば、「音楽の本質」とは無関係なところで、この価格を決めているの かもしれないということについて。 <<その6へのコメント>> 確かに名器はステイタスシンボルの様に思われる場合が多いのですが、実はそうとばかり 言えない面があります。値段は別として矢張り名器と呼ばれるものには、素晴らしいものが 多いからです。 2年ほど前に諏訪内晶子が、ハイフェッツの愛用していたストラディヴァリの名器である 「ドルフィン」を日本音楽財団から貸与されています。この楽器は暫く使用されていなかった ので、少し弾き込む必要があったのですが、「最近自分のやりたいことによく反応してくれる ようになり、益々フィットするようになって来た」と言っていますし、今年の8月に矢張り 千住真理子が入手してNHKで披露をしていました同じくストラディヴァリの名器について、 彼女のコメントは、「この子は本当に歌いたい歌いたいと言っているのが伝わってきます」と 言っています。そこで彼女たちが自分の音楽がこの楽器に自分の音楽が歌わせられたら、 それはそれで素晴らしいものだと思いす。 *************************************** (その7)いわゆる名器と非名器の銘をふせて、多数の演奏家を招いて弾き比べしたら、 どんな結果が出るか?ストラディバリウスを扱っている日本財団にでも。 <<その7へのコメント>> これについてはかなり問題があります。つまり一つには楽器の調整の問題があります。 まず魂柱の調整によって音がかなり変わります。これをうまく調整出来る所謂耳のよい 調律士的な技術者によって調整されている必要があります。 更に弓の問題があります。ヴァイオリンよりも寧ろ弓の方が大切だと言われています。 例えば強い弓、弱い弓によって音が変わってしまいます。大阪音楽大学音楽博物館での 実験も聞きましたが、同じヴァイオリンを使いながら、音が明確に変わります。トウルテの 弓、ペカットの弓、サルトリの弓等の名弓と名器とがフィットした場合に音はかなり変わると 思います。然し弓でも2〜3千万円もするのです。 更に同じ名器のヴァイオリンでも名手が弾いても初めて弾いたのではヴァイオリンは ついてきてくれない様です。従って日本音楽財団に十数丁あるヴァイオリンを使って弾いて 実験をしてもこの設問提示者の望むような結果は出るはずもないのです。 今まで300年間研究され、また生涯を掛けて理論的に実験を重ねてきた人がいますが、 2回くらいのパーフォーマンスで真実は分かるはずもないと思います。 つまり、ヴァイオリンというのは不可思議な楽器であります。 ****************************************目次に戻る
先ず一般的コメントとしては次の通り。 1.[音楽]を演奏したり、聞いたり、あるいは、教えたり、商売にしたり、いろいろな人間の 行動が「音楽」という「芸術」(「科学」ではありません)の周りにはあります。 これらは一律に、どれが正しくて、どれがいけないと言えないでしょう。 人間には一人一人考え、価値観、あるいは行動様式などがありますから、「音楽」に 対しても人それぞれに付き合い方、アクセスの仕方が違うのです。 自由にものを考え、行動することは、民主主義社会の憲法です。 2.「音楽」と言ってもいろいろな音との対象と内容があり、人それぞれに、音楽と 思ったり、雑音と受け取っています。音楽でもいろいろなジャンルがあり、みんなが 一様にすべてのジャンルに係わっているものではないのです。 ある人には、「いい音」でも、他の人には、「雑音」でしかありません。 極端な例では、「蒸気機関車」「電車」の音を素晴らしい「芸術」とまで言うのは いいすぎでしょうが、今流行の「癒しの音」として扱われ、現にそのCD等が商品に なっています。 3.どのジャンルの音楽が良くて、どのグループの音楽が悪いとは言えません。 楽器の値段をもてあそびたい人は、せっせと楽器の値踏みをすれば良いわけで、それは 禁止されているわけではありません。趣味として、同じ考えや好みの人と、お金の 勘定をしたらいいのです。それを他の人がいけないとは言えないのです。 4.「音楽」は、芸術です。人類共通の絶対的価値判断を要求される分野でありませんし、 また出来るものでもないのです。基本的に値段を付ける分野の話しではありません。 以上の一般的な考えに立って、前述の設問に「個人的コメント」を述べさせていただきます。 これも、「一個人はこう考える」と言うことであって、ある人から見れば、「わかってない な」と言われるかも知れません。 ************************************** (その1)これは、そういう「一種のゲーム」であって、芸術的な音楽教育、鑑賞、評価など ではないのです。そういう楽しみをテレビのプロデューサーが仕掛けただけです。 これにまんまとのって、やんやという「まちの音楽に一言言いたい人々」が 刺激されて、あれこれ論議するのを楽しんでいるだけです。この番組で楽しんで いるのは、実はテレビのプロデューサーその人だけかも知れないと思っています。 (その2)「音の善し悪し」とはなんぞや?「良い音」とは、なんぞや? 一般的考えの所で言いましたように、ある人にはいい音でも、他の人には、 雑音です。「音楽」の絶対的「良い音」など、押し付けしてはいけません。 「いい音」は、その人が自分に対して決めるのです。他人が決めるものではあり ません。 (その3)もっと値段に差があっても面白いのではないでしょうか。それは、金銭の大小に 興味を持っている方々の世界の話しでしょうから。興味のない人には、1万円の ヴァイオリンでも1億円のヴァイオリンでも良いのです。 お金に興味が無く、「それで演奏される音楽に興味のある」人は、値段抜きにして、 奏でられた音楽を各自個人的に評価すればいいのです。 しかし1億円のヴァイオリンの音楽が「絶対よいと言え!」等と押し付けることは できません。 (その4)これは、(その1)に全く同じ。当時のNHKのプロデューサーは、その当時 新聞の三面記事を賑わしている「スキャンダル」をテーマにしたテレビ番組が 絶対視聴率を上げると見たから企画したことだと思います。 (その5)音楽に絶対の「良い音」はないでしょう。また、そういう万国共通、人類共通の 「科学」を芸術の世界に持ち込まないで下さい。「音楽」が「芸術」でなくなり、 「音楽」の楽しみが無くなります。 (その6)経済学やら、宗教やら、芸術やらごっちゃにしたくありません。 コメントの余地無し。 (その7)そういう企画に踊らされたい方々は、どうぞお祭り騒ぎをして楽しんで下さい。 最後の方は、いい加減なコメントになりました。 しかし、「音楽を楽しむのも、「楽」じゃない「音」(ね)!」 これが、ほんとの結論です。目次に戻る