

平成16年11月30日は、往年の名指揮者フルトヴェングラー没後50周年記念日に
なります。本日の新聞(朝日新聞「天声人語」欄)は、つぎのように巨匠を偲んでいます。
「・・・約40年前の中学校の音楽室で・・・ベートーベンの「運命」に圧倒された。
・・・久々にフルトベングラー指揮のCDで・・・ドイツの敗戦から2年後の1947年
5月の録音の復刻版で、」
40年前の衝撃を思い返したという。初めて耳にした「運命」がフルトヴェングラー指揮の
レコードであったとは、明記していませんが、暗に彼の演奏であったらしいことが言いたい
ような、と読みとれる「指揮者没後50年の命日」の記事でした。
亡くなって50年経って忘れられるどころか、ますます、一種の歴史的人物として音楽
世界では神格化されていくのではないかと思うような個人の偲び方です。
フルトヴェングラーの後、カラヤンが彼の後継者として指揮者世界の王者的存在になりまし
た。指揮者と名の付く音楽家は数え切れないほどいるわけですが、ごく一部の抜きんでた
指揮者がその実力と名声で、名を成しているのです。しかし、フルトヴェングラーの場合は、
没後の年代が経つほど、ますますその音楽ファンが膨らんでくるような勢いです。それほどに
独特の個性と人を惹きつけるある種の音楽世界の創造能力を持っていたのでしょう。
在る音楽評論では、もはや彼のような指揮者は二度と出てこない、とまで書いているのです
から、評論家が彼の伝説化を助け、相当長年に亘って人気を継続させているわけです。
ちなみにフルトヴェングラー関係の情報は無数にありますが、一例を挙げておきます。
************ フルトヴェングラー関係の情報源 ************
(その1)日本フルトヴェングラー協会
1969年12月、フルトヴェングラーと関係のあった近衛秀麿氏が
名誉会長にフルトヴェングラー夫人を迎えて設立されました。
公式ホームページは次のURLです。
http://www.furtwangler.gr.jp/top01.html
なお、フランス、アメリカ、ハンガリーにそれぞれ協会があり、
連絡を取り合っているようです。
(その2)フルトヴェングラー関係のホームページサイト例
フルトヴェングラー・センター
東京フルトヴェングラー研究会など
(その3)フルトヴェングラー著作集
フルトヴェングラー自著の書籍例として、音楽関係の月刊誌で組まれた
「没後50周年記念特集ーヴィルヘルム・フルトヴェングラー」によりますと、
次のような冊子が挙げられています。
「音と言葉」(芦津丈夫(訳)白水社)
「音楽ノート」(芦津丈夫(訳)白水社)
「フルトヴェングラーの手記」(芦津丈夫、石井不二雄(訳)白水社)
(その4)フルトヴェングラー略歴
無尽蔵に収集できるほど、フルトヴェングラー関連の情報があるということは
「歴史的な名指揮者」「伝説の巨匠」というイメージが出来ているのです。
一例を「名演奏家アルバム」から、略歴を略記します。
1886〜1954
ベルリン生まれ、ラインベルガーやシリングスに師事。
1915(29歳)マンハイム歌劇場指揮者デビュー
1920(36歳)ベルリン国立歌劇場指揮者
1922(38歳)ベルリンフィル、ライプチッヒ・ゲバントハウス指揮者
(ニキッシュの後継者として)
1944(60歳)ウィーンフィルハーモニー指揮者に転出
1952(68歳)ベルリンフィルハーモニー指揮者に戻る。
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当該連載の前回の話題は「ロボット・ミュージシャン」で、人間の創り出す音楽とロボットの 創り出す音楽の違いを寸評してみました。 「生の人間」に音楽で感動を与えうるのは音楽そのものか、音楽を提供する演奏家という 「生の人間」そのものか、という焦点です。その要所は次の通りです。 *********************************** 一体に音楽を聴く、音楽を楽しむ、音楽を奏でる、というような人間の文化活動の根元的な 音楽志向理由は何に依るのか・・・・・・・ ・・・その音楽に人間が求めるものは、「自分が人間であるという実感を持つ」ための時間を 持ち、空間を作り出すと言うことではないでしょうか。 ・・・すべて、人間自身が行動して、人間自身が享受することに音楽的行動や活動の意味が 出てきます。ロボットに代行させるのは、せいぜい、環境つくりや音楽手段の準備程度で 十分ではないでしょうか。 ・・・当然、音楽を演奏することを「生き甲斐にしている演奏家」の「人間性」を奪って しまう「ロボットミュージシャン」は、演奏家の世界からは無視されることになるでしょう。 もっとも、現在のSP、LP、CDが過去の人間の音楽活動を「記録している音楽遺産」で あるという役目を持っていると同じように、ロボット指揮者トロボット交響楽団がある種の 音楽世界を記録として持っているのならば、音楽の図書館的意味があるでしょう。 ************************************ この観点から現存する各種音楽芸術提供システムを考えますと、これらも一種の「ロボット・ ミュージシャン」とみなすことができます。現在、日常世界に溢れているCDをはじめとする 各種音楽再生装置は、あくまでも「再生装置」であって、人間本来の「音楽提供環境」では ないことになるでしょう。 「作曲家」がいて、それを演出する「演奏家」がいて、はじめて音楽という芸術世界が 創造されるわけです。昔、すくなくとも19世紀のロマン派音楽時代のベートーベン時代 までは、自分で作曲して自ら指揮台に立って指揮をしていました。もっとも現在でも自分で 作曲し自分の作品を指揮する作曲家兼指揮者という音楽家はいることはいますが、その場合 でも「あの指揮者は、作曲もやるんですって!」という言い方になって、作曲が「指揮者」の 副業でもあるかのように位置付けられていることです。まず、指揮者がいて、そのあとに 作曲家がいるという状態です。あたかも17世紀、18世紀に於ける作曲家の社会環境に にているわけです。すなわち、王侯貴族とその付属物である音楽家、作曲家、演奏家の関係が 現在では、王侯貴族が「指揮者」の立場をとり、それに各種音楽演奏楽団や演奏家が付属して いるといった形態です。 ほんとうに指揮者が居なければ各種音楽団体は音楽を提供できないのでしょうか。 物理的な音楽演奏という行動は、指揮者が居なくてもできる場合もあります。たとえば スーザの行進曲などの場合、最初にテンポを指示するだけで、あとは自動的に曲は進行して いきます。行進曲などというのは、曲の途中で、遅くなったり、早くなったり、あるいは 音が小さくなったり、突然大きくなったりしたらかえって困るわけですから、指揮の采配が あまり問題ではないでしょう。 ところが、音楽作品によっては、演奏に強弱を付け、早くしたり弛めたりしないと作曲した 人の楽想が醸し出せない場合は、やはり、演奏する人全体をひっくるめて「指導する」 「管理する」「統制する」「拘束する」などの行為を纏めた「指揮する」行動が必要と なります。 19世紀の半ばハンス・フォン・ビューローころから、指揮者が独立した職業になり 「作曲家」以上に「指揮者」が注目されて前面に出る(悪い言い方をしますと、幅を利かす、 にらみを利かす、大きな顔をする、スター気取りになる、などいくらでも悪口は書けそう です。)ようになりました。 考えてみれば、「指揮者」は、「作曲家」在っての話し、「指揮者」だけでは、どうしよう もないのです。 とはいえ、「指揮者」というのは、人間の憧れの「職業」、言い方が悪ければ、「一度は やってみたい役柄」であることは否めません。多くの人が、「指揮者」の挙動をみて憧れる のです。指揮の通りに音楽が演奏されていようがいまいが、その「指揮台」でのパーフォー マンスが一種の気晴らしになるのでしょうか。と、こういう言い方をすると、指揮者に しかられそうですが。 演奏会の会場でも秘かに「足をばたつかせたり」「手で指揮の真似をしたり」「首を振って 一緒に指揮者になった気分になったり」して、「コンサートを楽しんでいる」人があちこちに みかけます。悪いといっているのではありません。そういう楽しみ方もあるわけで、 「指揮台に立てないことの代償行為」であるわけです。 ああ、「音楽は楽しき哉!」「音楽は面白き哉!」、はて、「音楽は奇妙なりや?」 音楽こそ、人それぞれに、楽しい人生の伴侶であれ!目次に戻る

前述の音楽雑誌の特集(音楽之友社「レコード芸術」11月号)から、フルトヴェングラーの 「運命」を抜粋しますと、次のようになっています。 ***************************************** ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの完全ディスコグラッフィ (編集 清水 宏 フルトヴェングラー・センター:チーフリサーチャー) ********************* ベートーベン 交響曲第5番 Op。67 <<運命>>の演奏記録 1.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (1)1926年 (10月16日、30日) ベルリン (2)1937年10月8日、11月3日 ベルリン (3)1939年 9月13日 ベルリン (4)1943年 6月27日〜30日 ベルリン (5)1947年 5月25日(ライブ) ベルリン (6)1947年 5月27日(ライブ) ベルリン (7)1954年 5月 2日、3日(ライブ) ベルリン (8)1954年 5月 4日(ライブ) パリ 2.ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 (1)1950年 9月25日 ストックホルム (2)1950年10月 1日(ライブ) コペンハーゲン (3)1954年 2月28日、3月1日 ウィーン 3.ローマイタリア放送交響楽団 (1)1952年 1月10日(ライブ) ローマ *****************************************

巨匠W.フルトヴェングラーの演奏や人物などに関する参考情報は、あふれるほどあり ますが、実際に彼の人物を見、演奏を聴いた人は、皆無といっていいでしょう。それでも 没後半世紀以上経っても、SPやLPレコード、あるいはCD等に残された彼の演奏活動を 鑑賞することによって、ますます「伝説化」され、「崇拝人物」に登り詰めていくのです。 生の音楽演奏鑑賞も音楽の楽しみの一つですが、このように残された歴史的事物のみに 依って、音楽と人物を楽しむのも、ひとつのありかたでしょう。よいとかわるいとか 評価判断できる者ではありません。音楽文化などの芸術に「絶対的存在や事実なるもの」は、 ありえないからです。極端な発言を例えとするならば、 「みんながすごいすごいというから、フルトヴェングラーはすごいといっているが、 レコードでしか聞けないオーケストラのどこがいいのか?」 というひともおれば、 「それは、オーケストラ音楽と演奏のなんたるかをわかっていないからだ!」 と言った調子で、議論がかみ合わないからです。 ともかく、みんなが「すごい、すごい」という「指揮者フルトヴェングラーの世界」を のぞいてあげてください。ここにその一例を添付しておきます。
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サイト名----------<フルトヴェングラー鑑賞室---------- URL-------http://wadadaiki.com/furtwanglerweb/------- 20世紀を代表する名指揮者フルトヴェングラーの真髄に鋭く迫るホー ムページ |