目 次<NHK時報放送> <聞こえる音と聞こえなくなった音> |
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「正午をお知らせします。プッ、プッ、プッ、プーーーン・・・・・」 NHKのラジオからいつも一時間毎に聞くことが出来る「電波による日本人の音空間」の 代表例です。人それぞれにラジオが知らせる時報に、いろいろの想い出を呼び起こすことで しょう。最も単純な人工音でありながら、最もいろいろの風景が頭の中に連動しているかも しれません。「いつ、何処で、どのようにきいたか」によって、「時報」音はうれしくも、 かなしくもいろいろの思い出と感情を呼び起こすことになります。 毎日の時報放送に加えて、日本人のだれもが思いをこめて聞き入る音は、一年に一度の 時報とも言うべき「除夜の鐘」ということになります。除夜の鐘と友に過ぎ去っていく 一年を思い、108回聞ける鐘の音とともに新しい年への祈願へと切り替えてゆきます。 まさにNHK番組の「行く年来る年」ということになります。 ラジオやテレビから聞こえてくる電波に乗った鐘の音に加えて、住まいのまわりの 寺院から生の音として聞こえてくる鐘の音を交えながら、年を区切る「鐘の音の世界」に 浸ることによって、時間の流れに対する思いを新たにするとともに、何か自分自身も 生まれ変わったような気分になれる一時でもあるのです。 これらの「時報」と「除夜の鐘」は、これからも日本人社会では消えることのない、また 消すことが出来ない「音の世界」でありつづけることでしょう。目次に戻る
「電波に乗った日本人の音世界」を考える時、「(今でも)聞こえる音」と「(もはや) 聞えなくなった音」の世界があることに気付きます。 音の世界の風景を分野別にあるいは世代別に分類しますと、いろいろの音の歴史があり それぞれに、聞こえなくなった音、今でも聞こえる音、新しい音の世界に聞き分けることが できそうです。 NHKの長寿番組の一つに「ひるのいこい」という毎日正午のニュースの後、12時 15分から15分間の放送で、<ふるさとだより>のような番組があります。 この番組のテーマ音楽は「古関祐而作品」で、昭和25年に放送開始され、少なくとも 50年以上は放送されているものです。 このテーマ音楽を聴く度に、これまでの人生の一こま一こまが浮かび上がります。筆者の 場合は、この音楽に夏休みの昼過ぎの風景が巡ってきます。 (注)NHK「昼の憩い」番組の一口メモ 1950年に放送が開始された「農家のいこい」という番組の後を受けて、1952年から放送 されている。2006年度からはFMでも放送されるようになり、年中通してこの番組を聴く ことができる。NHK農林水産通信員(※2006年10月2日より「ふるさと通信員」(農協 漁協の職員)から提供された季節や農業・漁業関連のニュース・話題、受信者からのお便り、 投稿された俳句を読む「暮らしの文芸」から構成されている。目次に戻る
現在、電波に乗った音の世界は、「ラジオ」と「テレビ」という音源媒体で提供されて います。「テレビ」が登場した当初は、果たして「ラジオ」の出番はあるのか、と思った ものですが、よくよくかんがえてみると、それぞれに情報伝達手段として大変重要なもので あることがわかってきました。現在では、受信者がそれぞれに使い分けて、どちらも なくてはならない存在になっていると言えましょう。 「ラジオ」が提供する音世界は、「テレビ」が存在しないとき以上にその特徴がいかされ 益々重要なマスメディア手段となりつつあるのではないでしょうか。 如何に車が発達した自動車社会であっても、運転者は車内「テレビ」を停車中しか見る べきでないし、また見られるようにはなっていないようです。当然でしょうが。「ラジオ」は、 聞きながらでも情報が得られる音源手段であるという特徴があります。眼を閉じながらでも、 また暗闇の中でも、情報源となれるのが「ラジオ」です。受信システムも「テレビ」よりも 簡易なもので、場所は取りませんし、いつでもどこへでも持ち運べ、耳の中まで入り込める という便利さです。 21世紀にはさらに便利な情報伝達手段が生まれてくるかも知れませんが、当面は 「テレビ」と「ラジオ」が重要な位置を占め続けることでしょう。したがって、これまで 以上に、これらの情報手段は、活用していくことが大切です。目次に戻る