錦生如雪創楽会寄書き欄



5.芸事としてのピアノ


 年度末は、全ての学習事の締めくくりの時期でもあります。
 各学校は、次年度の入学試験や卒業式に、大変忙しい時期にかかります。

 一般の習い事の対象としては、色々の芸事がありますが、昔から楽器の演奏を身につけること
もその一つになっています。特に昭和の中頃からさかんになったのはピアノやヴァイオリンを
「子女の情操教育の一環にする」という習慣で、性格や才能に関係なく、とにかく、「子供を
遊ばせない」ために「強制的に詰め込み習い」させること、なきにしもあらずです。

 一般の家庭の場合、これらの音楽教育環境に適しているかと云えば、必ずしもそうではありま
せん。教育システムは大変便利なって、ちょっとした街角には、「ピアノ教室」あり「バイオリ
ン教室」ありで、時間とお金が有れば習うのには事欠きませんが、いざ各家庭の中に持ち込むと
なれば、音響環境が十分でありません。「兎の寝床」の日本住宅では、ピアノの音、ヴァイオリ
ンの音は騒音そのもので、場合によっては、そのために隣近所の迷惑行為となり、極端な場合
は、いざこざが尾を引いて、殺人事件に発展した例は、新聞の三面記事でも拾うことができま
す。

 それでも、「芸事」としての「ピアノ演奏」は、人気が高いようです。
 平成年間になる前後のごく最近10年前後の傾向のようですが、かって昭和の中頃どこの家庭
も「やれピアノだ、やれヴァイオリンだ」と子女の教育に使った楽器が主を失って、育った家に
放置されて眠っているのを、教えた親御さん自身が習い始めたと云うことです。
 「音楽を芸事の一つ」としか考えない「何とも変わった音楽に対する日本人の考え」です。
 明らかに音楽は芸術でなく、何かの添え物であり、それを試してみせることこそ「芸事」と考
えているのです。
 外国の事例はどうなっているのでしょうか。特にピアノやヴァイオリンの発祥の地で、技術レ
ベルの高いヨーロッパのドイツ、フランス、イタリアの一般家庭における音楽教育環境を知りた
いものです。
<HIROSHIピアノコンサートIII>
  「芸事」の頂点を極めたようなピアノの「パーフォーマンス」を披露していただきました。
 吉田洋さん(下注参照)のピアノコンサートで、それこそ素晴らしいピアノ演奏テクニックを
飛び抜けた即興の楽奏技術とともに見せていただきました。

(資料:高槻市・同市文化振興事業団・大阪府・(財)自治総合センターのパンフレット)
 吉田さんは、東京芸術大学在学中から音楽雑誌に投稿したり、編曲活動もはじめ、同大学
楽理科を卒業後も、クラシック他あらゆるジャンルの音楽を取り入れ、エンタテイメント性の高
いライブ活動をして、「ピアノのチャップリン」を目指して2001年第43回日本レコード大
賞企画賞を受賞しているピアニストです。

 コンサートに於ける演奏曲目は、純粋のロマン派クラシックの曲からはじまって、現代映画音
楽の代表であるディズニー組曲、さらには童謡から日本の民謡、演歌まで、正に「レパートリー
の限界を知らぬ幅広いもの」で、加えて、即興演奏の才能のすばらしさも「エンタテイメント
性」の高いものでした。

 このような「ピアノ演奏の芸事」になってきますと、それが正しく仕事になるわけです。
 「芸術」としての音楽の前にまず「ピアノ」をつかっての「仕事」が吉田さんの世界であるわ
けで、これは、誰もが簡単に真似ることはできないものでしょう。
 言い方は、不適当かも知れませんが、一種の「ピアノのサーカス」です。
 本来の「サーカス」は、子供の夢の世界ですが、吉田さんのピアノ演奏の世界は、正にピアノ
を弾きたい、ピアノを習いつつある人たちには、「サーカス」を見ている感覚です。
<一般市民のピアノリレーコンサート>
 吉田さんのピアノコンサートは次のパンフレットに広告があるように、市民参加の「芸事」
ピアノ演奏発表会の特別企画であったのです。

((財)高槻市文化振興事業団パンフレット)
  一日7時間二日間ですから14時間ぶっとうしで、137名のいろいろなピアニストが、
500〜600名収容できる中ホール舞台上の「スタインウェイ」ピアノで演奏しました。

 (注)米国「スタインウェイ」社製のピアノで演奏するところにこの催し物の魅力を
    持たせているのです。
    世界のピアノといわれるのは、次の三社のものが最も有名です。

    ウィーン ベーゼンドルファー社(1828〜)
    ニューヨーク シュタインウェー社(1853〜)
    ベルリン ベヒシュタイン社(1853〜)

    したがって、世界の名器で演奏できることが、ピアニストの念願でもあるわけです。


 以下にその演奏内容を分析することによって、最近の「芸事としてのピアノ」の現況を
垣間見たいと思います。

 1.演奏者の年代
   主催者からの「出演者の條件」は、小学4年生以上で、暗譜演奏できること。
   一人一曲曲目自由ということでしたが、最年少は小学生で、高齢者は60代の
   男性女性です。
   演奏前に紹介される各人の出演へのコメントの内、高齢者の方の参加一言を聞いて
   いますと、「生活に追われなくなった自由の時間に初めてピアノに挑戦した」とか、
   「嘗ての腕を磨き直す余裕が出てきた」といったことでした。
   やはり、最も多い年代は、20〜40代であったように見受けました。

 2.演奏者の男女別
   「ピアノ」といえば「お嬢さんの習い事」であったものが、最近では、「定年退職者の
   習い事」にまでなっているのです。日本の文化(ピアノ演奏もそれに含められるとして)
   に対する一般人の姿勢や考え方が少しづつ変わりつつあるのでしょうか。  
   今回のコンサートでは、18名(13%)が男性で、119名(87%)が女性でした。
   やはり断然女性が多いとはいえ、それでも8人に1名は、男性ピアニストと云うことです
   から、西欧男性社会は、いざ知らず、日本の男性はピアノ演奏に興味ありと見て良いで
   しょう。男性の割合は、これからも増えて行くのではないでしょうか。

 3.作曲家の内訳
   取り上げられた曲の作曲者は、約60名ですが、そのベスト5は次の通りです。
   
   ショパン     22曲 「バラード第3番」ほか
   ベートーベン   16曲 「ソナタ・テンペスト」ほか
   モーツアルト   10曲 「ソナタ K545」ほか
   チャイコフスキー  5曲 「花のワルツ」ほか
   ランゲ       5曲 「荒野の薔薇」ほか

   予想通りショパンが一番人気でした。
   ピアノといえば、「ショパン」のイメージが日本人に強く、又、ピアノで弾いたときに
   弾き甲斐があり、聞き映えがするのが、「ショパン」と云うことなのでしょう。


   著名な作曲家で、意外と少ないと感じたのは、バッハ、ハイドン、ヘンデル、
   シューマン、ウェーバー、サンサーンス、フォーレ、ドビュッシー、シベリウス、
   バルトーク、プロコフィエフ等です。
  
   日本の作曲家は、次の8名(約13%)です。
   平井康三郎 幻想曲「さくら」「さくら」2回取り上げれれています。
   吉武希美  Emotional Variation
   丸田昭三  ソナチネ第三楽章
   西村由紀江 誕生
   田丸信明  ワルツ 私の王子さま
   久石 譲  サマー 
   木村 弓  久石譲と合作として、映画の主題歌「千と千壽の神隠し」から
   朝来一弥  「報復幻想曲ー米国同時多発テロより」というトピックすてきなもの
 
 4.ショパンの曲目内容
   「幻想即興曲」(5人によって演奏されました。)
   バラード 3番(Op.47) 4番(Op。52) 
   舟唄(Op.60)
   ソナタ (Op.35)
   スケルツォ 第3番(Op.39)
   軍隊ポロネーズ(2人によって演奏されました。)
   ワルツ(Op.18)(Op.34−3)(Op.64−2)
      (Op.69−2)(Op.70−2)子犬のワルツ
   ノクターン(Op。48−1)
   幻想曲(Op.49)
   ポロネーズ 遺作       
<日本に於けるピアノとピアノ製造の歴史>
  <一口メモ>
 1709年イタリア・フィレンツェの楽器製作者クリストフォリ(1655−1731)に依
ってハープシコードに強弱を付けられる楽器としての「ピアノ」が誕生し、Gravicembalo col
piano e forteなる楽器から、Piano forte または、Forte pianoとなって、現在のピアノ
は、ほぼ18世紀に完成しました。

 十二平均律で調律された88鍵盤からくり出されるピアノ音楽は、
 (特色1)音量が豊で、幅広い音域が得られ、豊かな音色の変化が楽しめます。
 (特色2)単旋律、複旋律、和声いずれも演奏でき、旋律楽器や和声楽器としても使える
優れた特徴を有しており、正に楽器の女王様というに相応しいものです。

 <日本に於けるピアノの濫觴>
 1823年(文政6年)シーボルトが長崎にもたらしたものが最初で、現在萩市熊谷美術館に
保管されているとのこと。アップライトピアノは1880年(明治13年)音楽取調掛教師に
外人教師として採用されたL。W。メーソンが持ち込んだとのこと。

 日本人自ら手掛けたピアノは次のようになっています。
 1887年(明治20年)西川虎吉がドイツやアメリカのモデルに倣って試作。
 1897年(明治30年)山葉寅楠(1851−1916)日本楽器製造会社設立。
 本格的に国産のピアノが製造開始されたのは、
 1900年(明治33年)アップライトピアノ
 1902年(明治35年)グランドピアノ

 したがって、2002年で丁度100年目ということになります。西欧のピアノ世界は、
丁度300年を迎えるわけですから、日本と西欧では、ピアノの歴史に3倍の差があるわけで
す。
 1927年(昭和2年)には、河合楽器研究所も設立され、遂に20世紀末に、日本のピアノ
生産台数は、世界一(年産1200億円の市場)になり、品質も先に言及したヨーロッパや
アメリカの有名メーカーに追従しているとされています。
 年産30万台を超える台数の内訳は、アップライト型が9割を占めていて、約25%が海外へ
輸出されているとの盛況です。
<ピアノの次世代>
 ピアノ楽器の構造も従来型のものに加えて、電気ピアノや電子ピアノまで、多彩な機構の
ものも市場に出回っています。

 これらの楽器の普及により、より音楽が誰にでも身近なものになっていくのでしょうか。
 豊かな音楽世界創出の手助けになることを期待したいものです。

 ただし、ピアノは、基本的に十二平均律で調律された音楽の世界を提供するものであり、
その音楽規格の世界以外は純正な音楽とされませんから、ピアノによる絶対音感の世界に閉じこ
められると云う條件がつきまといます。
 突飛な音の世界を創造したり、体験したいと思うことがあるやも知れませんが、それは、ピア
ノの音楽世界を十分体験してからでも良いのではないでしょうか。
  
 ピアノもヨーロッパ社会に現れて300年経ち、日本でも約100年間その恩恵に浴して
います。
 萬の文明文物に改良を加えるのは、日本人の最もお手の物。ピアノについても上述のように、
各種の機構のものが出回りつつあります。
<夢のピアノ>
 ここで、一つ夢のようなピアノの新機構を提案します。 
 現在のピアノは、正に楽器の万能選手なのですが、欠点は、簡単に運べないことです。
 そこで、容易に組み立て分解運搬可能なピアノが有れば、どこでも何時でもピアノ音楽が楽し
めます。
 電気電子技術の発達を有効に活用して、鍵盤・弦・発音体を全て折り畳める材料で作り袋に詰
めて、持ち運べる電子システムにできたらと考えます。「夢のピアノ」というべきでしょうか。

 

平成14年3月25日 *** 錦生如雪 ***


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