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良いお年を(12月31日)
今年も終わりとなりました。
皆様にとってどんな年だったでしょうか。
年末になると思うのですが、一年って早いですね。皆様もそう思いませんか。
こうやってあっという間に10年経っちゃったなんてことになるのでしょうね。
2006年を迎えるにあたって、来年の考えの基本を再確認しませんか。
皆さん色々あると思うのですが、前向きに生きてるだけで丸儲け精神で行きましょうよ。
人生は長いようで短いものです。
どんなにお金を稼いでも、どんなに高い地位になっても死んだら持ってはいけません。
だからこそ、楽しむことが大事だと思います。
そう、人生楽しんだもの勝ちだと思うんです。
それは好きなことだけすればいいということではないですよ。それじゃ生活できませんもんね。
たくさんお金を稼ぐより、そこそこ生活でき、その代わり楽しめることを重視するということだと思います。
それはどれだけ楽しめるかとか、同じことをするなら楽しんでしまえという姿勢が楽しい人生を作っていくのだと思います。
歳をとって、楽しい人生だったと思えるような生き方をしていきませんか。
それでは、皆様、良いお年を。
今に集中!(12月29日)
年末ですね。今日から仕事がお休みという方も多いでしょうね。
ところで、私は昨日一日寝不足で何をやるにもパワーが出ませんでした。でも、今日は十分寝たせいか、パワーがあります。
同じ人間でもちょっとの差で違うんですね。
また、私は冬はどうもいけません。暑いほうが体の調子は良いです。
気温によっても体調は変わるというのは皆様もそうおもっていらっしゃると思います。
低気圧などは人間の身体に大きく影響するもので、それに敏感な方は体調を崩される方がいます。
つまり、色々なことがあり、今日の自分は昨日の自分の自分ではないということです。
だからといってなんでも周りの環境次第って風には思いません。自分の考えっていうのも大きく影響すると思うんです。
物事に関しても、昨日成功できないなら今日も明日も成功できるわけはないと思い込むのはどうも違うように思います。
人は限りない可能性もあります。明日はものすごいラッキーなことが起こるかもしれません。
今という瞬間は白紙の状態でそれは過去に縛られてはいけないものだと思います。
だから、マイナスなこと、失敗したこと、今年体調が悪かったことなど全ては過去のことで、いまを新しく生きませんか。
今この瞬間に人生のパワー爆発させていけば、いまの瞬間にできることに焦点を向けていけば、前向きな自分になれそうに思います。
来年はもうすぐ来ますが、私は「今に集中!」を自分の課題というか姿勢でいこうと思います。
メリークリスマス(12月24日)
今年は寒い冬になるそうですね。ホワイトクリスマスの地域もたくさんあると思いますが、風邪をひいてはいないでしょうか?
クリスマスというとキリストを信じない人でもなんとなくうきうきしますね。
それはどこでも同じみたいで数年前にバンコクでクリスマスを迎えた時、仏教国にも関わらず大騒ぎしていました。
日本もそうですね。
正月に神社に行って神道気分、亡くなる時は仏教、クリスマスを祝って。。イスラムのラマダンをやる人は日本人で聞いたことはないですが、そういう柔軟なところって私はいいかなと思います。
でも、精神的にも何か、例えば宗教のようなものに頼ることも必要なのかもしれません。
私はかつて海外で暮らしていた時期があったのですが、現地の同世代の人たちは「無宗教なんて信じられない。どうやって人生を乗り切るんだ。」と言われたことがあります。
その当時は自分を信じて頑張れば良い、一生懸命やれば良いと思っていましたが、世の中がんばってもうまくいかない、一生懸命やればやるほどついていないということもあります。この歳になり、人生の路線図を若い時になって描いてもそのとおりにはいかないことがしみじみ実感としてわかります。
人生半ばの私は宗教というのもありかなと思い始めました。
例えば、キリスト教は2000年以上も人々を精神的に救い、聖書は人類でもっとも読まれた本です。
私は以前、聖書をなんとなく眺めていたら、次の一節がありました。
「私はひとりでいるのではない。父がわたしと一緒におられるのである。」
クリスマスの時くらい自分には父(神)がついているということを思いませんか。
神が一緒にいるから今、ここに生きさせてもらっているのかもしれません。
今、ここにこうしている奇跡、自分ひとりによるものではないのでしょう。
メリークリスマス!
現実を知る(12月22日)
書くのも恥ずかしい額なのですが、この前、ユニセフにほんの少し寄付しました。
別に何も期待していなかったのですが、印刷のお礼の手紙と私の住所シールが数枚入っていました。
なんとなくうれしくなりますね。
日本は寄付というとお金持ちが寄付すると受け取りがちですが、欧米ではお金はたいしてなくても、少しでも寄付するという習慣があります。
こんなことを書くと、「自分が寄付して欲しいよ〜」なんて思う方がいらしゃると思いますが、この日本で不自由のない暮らしができていること自体、ものすごく恵まれているということを自覚しないといけないと思います。
世界の実態をきちんと知りましょう。私達って先進国の人間じゃないですか。
世界の人口は64億6400万人
一日1ドル以下で生活している人 12億人
2ドル以下 30億人
仕事のない人、仕事があっても貧困に苦しむ人 10億人
世界の3分の1です。
児童労働 2億4500万人
これは5歳から17歳の子供の6人に1人
読み書きができない大人 8億6000万人
初等教育が受けられない子供 5人に一人
きれいな水を飲めない人 13億人
下水のないところで暮らす人 26億人
そのためなくなる人 毎日1万人
予防可能、治療可能な病気でなくなる子供 毎年1100万人 一日3万人 3秒に1人
栄養失調に苦しむ人 8億人
こういった人々はアフリカや南アジアに住んでいる人が多くを占めます。
誰が好んでそのような国に生まれますでしょう。
運命と言えばそうですが、それなら、私達日本人はどんなに強運なのでしょうか。どれだけ恵まれているか。
こういった現実を考えると、私達全てが抱える問題は吹っ飛ぶと思いませんか。
新聞、週刊誌に書いている問題は全て本当に小さなことです。
もうすぐクリスマスです。
私達、現代に生きる日本人は誰でもみな大きな幸運というプレゼントをもらっています。
このときくらい神様に感謝しましょうよ。ね。
楽しみは(12月18日)
皆さんは楽しみってありますか
晩酌が楽しみだ〜という人って結構多いように思います。
私はアルコールがからっきしダメなのでお酒を楽しみにしている人のことをうらやましく思います。
収集家という人々がいます。変わったものを集めることに情熱を燃やす人もいます。
前にテレビで納豆のパックを集めている人をみたことがあります。
ひょうたんの収集家とか、耳掻きの収集家とか人から見たら何でそんなものをというものを集めて楽しんでいる人がいますね。
でも、それが本人は楽しいと言っているのですからいいですね。
集めることだけじゃなくて、ゴルフ命という人、釣りきちという人、そういうインドア系、アウトドア系含めて、楽しみを持つことは生きている上で重要なスパイスではないかと思います。
何かを楽しんでやろうという気持でいつも目をきらきらさせている姿勢って、躍動的に生きていく上で大切なことではないかと思います。
人生一度しかないのですし、私達の今の年齢の今日は一回しかありません。
とにかく楽しむこと、それが大事ですね。
暇だ〜とか、仕事が忙しくてっていう人、どんな時でも無理やりでも楽しみを見つけましょうね。
そういう毎日が良い人生ってものだと思います。
宝くじ(12月16日)
この前の大安の日に妻が有楽町による機会がありました。
なんだか大勢の人が並んで、最後尾にプラカードを持って、2時間半待ちですって拡声器で言っている人がいたそうです。
その列は何かと聞くと、年末ジャンボ宝くじの有楽町チャンスセンタの一番窓口の列らしいんです。一番窓口はよく当選くじがでるらしいですが、その分、たくさん売っていますからね。
それにしても宝くじを買うのに平日の昼2時ごろに2時間半も待って買うとは。。すごいですね。
その反面、12億円分もの宝くじ当選者が受け取りに来ていないという話もどこかで小耳に挟みました。
お金持ちになりたいというのは誰でも思うでしょう。
でも、それ以上に重要なことがあると思います。
良い車を持てなくても、笑って話せる家族がいる。
高級な服を買えなくても穏やかに一日を過ごすことができる。
もっとお金持ちになれば、もっと大きな家に住めればなどの昔ながらの幸福観というのは豊かな時代を生きる私たちにどれだけの「効力」があるでしょうか。
ちょっと目を向けると厳寒に震えるパキスタンの地震被災者もいます。
比較してはいけませんが、私たちと別世界ですね。
同じ時代に生きているのに。。
客観的に自分の位置や自分の心の中をしっかり見つめて、本当は何が大切なのかをよく考えることが重要だなと思いました。それが心の幸せにつながるもののような気がします。
拝啓(12月14日)
拝啓
私の大切な人たち
私は今日43歳になりました。
この数年間、たくさんご心配かけた人、応援してくれた人ありがとうございます。
20代の頃は40代になったら、社会の中心でバリバリやっているのだろうと思っていました。
30歳半ばまでは好調だったのですが、なんだかよくわからないことになってしまいました。
子供時代は40代の親を見て、これだけ大人になったら何でも悟って、立派になっているんだろうなあと思っていました。
でも、そんなことなく、この歳になってもあれこれとふわふわしています。
でも、人生というのはそんなものだとわかってきました。
ふわふわしながらも上達していくのだと。
この数年、あがいては、傷つき、頑張ろうとしてはつまづきを繰り返していました。
でも、ケガの数だけ、少しは精神的に丈夫になりました。
骨折も一度するとその部分は以前より強くなるといいますが、そんなところでしょうか。
しおしおだった私をいつも笑顔で励ましてくれた妻、いつも気にしてくれる親、友人たち どうもありがとう。
そういう時に愛情や友情の大切さを実感します。
つらいことや失敗なんてなんでもないと突っ張ることもなく、心を開いてそれを超越することが大事だと思うようにもなりました。
20代の頃考えていた40代の自分とは全然違うけど、自分の計画通り人生が進まなくてもいいんだと思います。それも人生です。
悩みとは闘いません。
「あるがまま」
これを受け入れるともっと穏やかに人生がおくれると思うようになりました。
私に愛情や友情をくれた人たちに感謝します。おかげさまでここまでやってきました。
大事な人たち そして皆さんに幸せになってもらうことを心から願います。
敬具
疲労(12月13日)
日本人の栄養ドリンク消費量はすごいらしいですね。
これほど栄養ドリンクを飲む国民はいないらしいです。
私自身かつては毎日のように飲んでいました。
でも考えてみると、ものすごく遊びまわる子供たちはそのようなものを飲みませんね。
ユンケルを飲んでいる幼稚園児なんていないでしょう。
疲れを感じるのは脳の働きです。大脳皮質がそう思っているだけみたいですね。
それ以外の臓器は心臓だって、肝臓だって腸だって一瞬たりとも休まず働いています。
長い間動いたらから心臓を休憩させようと思っても不可能なことですよね。そもそも心臓は休みたがらないです。
体は臓器が連携プレーをして、見事に私達を生かせてくれています。
時々思うのですが、「疲れた」というのは自分の思い込みであることが多いのではないかということです。
つまらない作業をしているときはすぐに疲れてしまいますが、興味があることをしているときは疲れを感じませんよね。
休まないと身が持たないという妄想で疲れの要素が寄ってくるのではないかと思います。
もちろん、このHPのテーマのように、病気での疲労はあります。
現在、増えているCFSも思い込みではない部分が多いと思います。
でも、もしかしたら、必要以上に自分は疲れやすいとか、今、疲れているとか思い込んでいることも結構あると思いませんか。
逆に自分は結構体力あるよという風に今までのそういう体験を通じて自分に言い聞かせませんか。
それだけで疲労はコントロールできるもののような気がします。
流転(12月12日)
私のお気に入りだったダイバーズウオッチが止まってしまったので、電池切れかと思い電池交換に行ったところ、中の機械がダメになってしまったようです。
パチものではないちゃんとした時計が壊れるなんてと思ったのですが、壊れないものなんてないですよね。
仕方ないと思ったのですが、こんなことを思い出しました。
仏教で「人生の全ては流転する」という考えです。
持っているグラスは必ず壊れるということですね。
車だって、テレビだって、何でもです。
時計だって長年使っていたら壊れるんです。
自分の周りにあるものはなくなることが前提なのかもしれません。
でも、何かが壊れたとき、なくなった時にがっかりせずに、それを持っていた時間に感謝しませんか。
同じことが人生の多くの出来事にも当てはまると思います。
自分の周りの人に関してもですね。
人生は感謝するという視点から全てのものを受け止めるという姿勢が大切ではないかと最近しみじみ思います。
皆さんも思いがけず失ってしまったもの、こと、壊れてしまったものに落胆するのではなく、自分の手元にあったことを感謝してみると平穏な気持で過ごせると思いますよ。
死から思う(12月11日)
私は今週43歳になります。まあ、日本人男性の平均寿命から言うと半分以上の時間を使ったということになります。
昨日、偶然、5年前に死んでしまった父の写真を手に取りました。
父は交通事故で65歳で突然亡くなったのですが、父は自分の人生が終わるとき、その瞬間どのようなことを考えたのかかなと思いました。息子だから思うのですが、後悔のほうが多かったような気がします。
人は亡くなるとき、走馬灯のように自分の人生を思い出すといいますが、過去を振り返った時、多くの人が後悔するのではないかなと思います。
私たちは毎日色んなことを考えますね。何を考えているか。
自分は恵まれているにも関わらず、何か不満を見つけがちです。
ど〜でもいいことを気にしたり、しゅんとしたり。。その連続のように思います。
人生が終わるという自分の物語の最後を迎えるに当たって、後悔することになってしまう人が大部分のような気がします。
もちろん、今の私もそうです。
人生が終わる頃に後悔ではなく、今、人生が終わることを考えて、自分が考えていることは自分の人生で重要なのか、気にしていることは死ぬとき、それを気にしながら死ぬようなものなのか、自分の大切にしている人をいい加減にしていないかを考えてみませんか。
そうです。自分の死からの目線で見てみるんです。
そのように見ると、自分にとって大切なことが見えてくると思います。
極端な言い方かもしれませんが、誰もが死にます。
だからこそ、少しでも死ぬとき後悔することがないように今を生きることが大事ではないでしょうか。
背筋をピーン(12月8日)
私はお笑い番組が好きなのですが、ネクタイがぴゅーんと立ち上がって、「ネクタイピーん」っていう芸をする芸人がいますね。
ワンパターンと知りながら、見るといつも笑っています。
まあ、それはいいのですが、皆さんは背筋を伸ばしていますか?
これはヨガで勉強したのですが、背筋をピンとすることで、交感神経と副交感神経の状態がよくなるそうです。
また、脳の働きが良くなるそうですね。
私は知らないのですが、昔は子供たちは教科書を背筋ピーンで読まされたらしいですが、道理にあっているようです。
背筋を伸ばして、前を向いて歩きましょうね。
寒いからと猫背になっていると体調にもよくない影響がでますよ。
さあ、みんなで「背筋をぴーーん!!」で行きましょう。
状況(12月5日)
世の流れっていうのはわかりませんね。
日経平均株価はどうしたの〜というぐらいの勢いで上げていて、2年前の最安値の倍になりました。
銘柄によっては10倍以上になったものもあります。
確か、このHPを開設した時、お金のページでソフトバンク株を一番最初10万円程度と書いたのを覚えているのですが、今では
100万円を超えています。持っていたらなあ〜〜。
ともかく好景気だそうです。
2年前まで新聞では連日、倒産する会社の記事を載せていたのに、今では中間決算が過去最高という会社の記事があちこちに。
円相場にしても今年はじめに102円だったものが今では一ドル121円となっています。
まあ、これは日米金利差が原因ですが。
冬のボーナスが増えたとか、タクシーに乗る人が増えて、それが景気のバロメータだとか。
それはいいのですが、私が思ったのは世の中はどんどん変わるし、一時のことは永遠ではないなあということです。
悪いことが続いても、すぐにいいことが待っている。でも、悪いことも悪いことじゃなかったりすることがある。
私達の人生でもそうだと思います。
ちょっと株の話に戻りますが、日経が2年前、7000円台だったときに、どこまでも下がると思うか、いや、今はこんなに安くなったんだから、株を買いましょうと見るかで資産運用していた人は随分差が出たと思います。
同じ状況でもチャンスと見るか、ピンチと見るか。
もっと言えば、どんなよくない状況でも、どんなピンチでもそこから何かを学べるし、どこからでも逆転を楽しむことも心の持ち方で可能ではないかということです。
どのように人生の事柄を解釈するかによって、私達の人生が決まるって思いませんか。
ぶつぶつ(12月2日)
12月になりました。皆さん、風邪をひいてはいませんでしょうか?
このHPの内容から読んでいらっしゃる方から「風邪じゃなくても低髄だよ〜」って言葉がかえってきそうですね。
でも、そう言わないで、風邪をひいていないこと、もっと大変な病気になっていないこと、今日も無事過ごせたということに感謝の言葉を出してみませんか。
言葉というのはやっぱり重要みたいです。
何かの本で読んだのですが、成功者は言葉にすごく注意するらしいのです。
否定的なことばを発しているとあまりうまくはいかないらしいですね。普段、話す言葉は人生を作っていくみたいです。
そこで、一人でいるときにつぶやき作戦というのはどうでしょうか。
私はついている。運がいい。うまくいく。という言葉をぶつぶつと。。
「うそも100回言うと本当になる」って言いますが、頭は自分の考えていることで作られていますから、年中、こういった言葉をぶつぶつやっていると本当になった気持ちになるものだと思いますよ。
そしてそのうち本当になると思います。
人に話す言葉はもちろんポジティブに。
自分に話しかける言葉はウルトラポジティブに行きましょう。
さあ、ぶつぶつ言って幸せに。。でも、ぶつぶつは一人の時にしましょうね。
読書感想文(11月21日)
こんないい私小説を読んだのは久しくなかったなあと思いながら、一気に読んだ本、リリーフランキーさんの「東京タワー」。
この本はもうすでにベストセラーになっているので、お読みになった方も多いと思いますが、この本はたまに深夜番組なんかで顔を出して、何をしている人かな〜って思っていたリリーフランキーさんと家族の話なんです。彼は色んな仕事をしていたんですね。
3歳からのことが書かれていてます。彼は私と1つ違い。母親の年齢もほぼ同じくらいでやたらと共感する部分が多くありました。
でも、その時代の男性でしか知らないような、しかも私も忘れていたようなことがちょぼちょぼと書かれていて「この当時、男の子に流行ったこんなことを若い人が読んでわかるのかな」って思いながら、私にとっては懐かしさ満載でした。
子供の頃、貧乏な若い頃、自堕落な時期、そこからの変わり方を淡々と、それに母親とのかかわりを線で結んだような文章が最後の方で母親と子供の深い深い愛情へと昇華されていき、思わず涙しました。
途中、リリーさんのお母さんの癌との戦いが描かれていますが、癌という病気の怖さを感じました。
それはともかく、読後、思わず母親に電話してしまいました。
誰でもみな、親がいて、誰でも親との物語がありますね。
親、子供、配偶者。そういった大事なつながりをみな持っているということをしみじみ考えました。
満員電車でぶすっとして乗っている人も、忙しそうに渋谷の交差点を歩いている人もみなそういうものを抱えている人たちなんだと改めて思いました。
自分の大切な人はいつまでもいるわけではないのですから、大事にしましょうね。
ご無沙汰しております(11月19日)
前に日記を書いてから随分経ってしまいました。
前回もお久しぶりですと書いたのに、今回は「随分ご無沙汰しています。」って感じでしょうか。
どうにも歯車があわないこの数ヶ月でした。
みなさんもあると思います。ついてないな〜って時が。
充電池が切れかけた髭剃りのように、弱弱しくなってしまった。。髭をそっている途中で電池が切れちゃって、顔の半分の髭をどうしょ〜って感じでした。
多くの方から「最近、日記の更新がなくてどうしたんですか?」とメールをいただきましたが、へろへろになっていた私は日記の更新ができませんでした。
そうしたことからなんとか立ち直って気づいたのですが、「何でも何とかなる」ということです。
明日は明日の風が吹くっていいますけど、本当に今日生きていれば、大事な人がいればそれでいいのではないかと思うようになりました。明日のことは明日の私が考えればいいやって。
動物ってほとんど先の心配をしないそうですね。今の現状から先のことを思い煩うのは人間だけみたいです。
老後を心配している猫なんて聞いた事ないですね。
シンプルに幸せはいまいる場所にあると考えませんか。
病気が治ったらとか、定年したらとか、子供が大きくなったらとか家を買ったらとか、出世したらとかどんどん先にリストが並ぶ。
でも、毎日は過ぎていく。
先に幸せがあって、今はそのための我慢なんて思わないほうがいいように思います。どんな状況でも。
今、2005年の冬、存在していることが奇跡的な幸福で、食べることもでき、寝る場所もあり、着る服もある。
平和な日本でこの瞬間を生きている。
それだけで私達は幸せなんじゃないでしょうか。
そう考えると気持が楽になりますよ。
そこで一句
そうだった いきてるだけで まるもうけ
お久しぶりです(7月10日)
日記を書くのが久しぶりになりました。
どうでもいいことかもしれませんが、最近、サザエさんに出てくる「フネ」の歳は42歳という設定で私と同じことを知りました。おばあさんのイメージがあったのですが、そうでもなかったんですね。
バカボンのパパも42歳だそうです。私を入れて勝手に42歳トリオと思っています。
年齢に関してはどうもみんな敏感みたいですね。
最近は年齢に逆らうためのアンチエイジングなるものも流行っています。
女性は誕生日が来るのを嫌がる方もいらっしゃるでしょうね。
でも、歳をとって、しわが増えたり、白髪が増えて、体がたるんできても、その分、英知を得ているはずですよね。
暗記という意味ではなくて、頭脳は鍛えられて強く賢くなっているはずです。
人によって、状況は色々と違うと思います。
病気で大変だったり、経済的に厳しかったりするかもしれません。
でも、そんな中でも、バイタリティを持って生きませんか。
どんな状態であれ、今を、人生を、楽しんでみませんか。
バイタリティは気持の持ちようしだいでもたらされると思います。
年齢や体の状態を気にしない精神から。
生き生きした精神を持って生きましょうよ!
そうすれば、どんな年齢であっても、自分でも生き生きと感じるし、生き生きして見えるのではないでしょうか。
楽しく(6月3日)
私が通っているヨガのクラスで、先生がおっしゃったことなんですが、「人間の脳は賢いようで、そうでもない。気持いい、楽しい、感謝しょうと思い込むとそのような気分になる」って。
確かに、そうかもしれませんね。
人間って長いようで、短い人生ですから、悩みや取り越し苦労をとりあえず止めて、なんとかなるさ〜それより、この季節はいいなあとか、あれは楽しいなあという気持をあえて作りませんか。
努めて悩みから力点を変えて、心の中を楽にしましょう。
悩んでいても、楽しんでいても過ぎる時間は一緒。
それなら、どちらを選ぶかは当然後者ですよね。
数年すれば、忘れられるような不満や不安で大事な時間を無駄にするのはやめましょうか。
どこかの本でこんな文句がありました。
「小言にこだわるには人生はあまりに短すぎる」
悩みを忘れて、楽しくね。
想定(5月29日)
最近、どうもなあという日が続いていました。
私の場合は熱がよく出るのですが、熱が出ていないときでも動けないなんてこともありました。
生活においても色々とあって、いや〜参ったなあなんて思っていると、なんだか自分はどうなってしまうのだろうなんて考えたりしてしまいます。
いかん、いかんと頭をふり、気持を持ち上げることを考えました。
ただ、ポジティブ思考せええっていうのも難しい状況がありますよね。
とりあえず、今の事態をあるがままに受け入れませんか。
なんだかわからない今の事態を、つまり、おきてしまったことをそのまま受け入れることにします。
皆さんも自分の思ったようにことが進まなかったり、失敗したり、体調が治らないことをありのままに受け入れませんか。
更に、もっと最悪な場合を考えて、それも受け入れちゃいましょう。
最悪、死んでしまうとか、食べることができないとか、破産するとか、愛する人がいなくなってしまうとかですね。
本当にもうイヤという最悪を想定しましょうか。
もう何もなくした最悪の自分を思い浮かべましょう。
そこから、現状やこれからのことを考えませんか。
最悪のことをとことん考えると、裏を返して言うと、どう転んでも儲けものですよね。
私はたまにこの最悪の想定をして、「おお〜儲け、儲け」とやっています。
なんとなく気持に平和が訪れる気がしませんか。
好循環へ(5月16日)
もっと感謝してみるといいのになあという人がたくさんいるように思います。
例えば、今の仕事や現状に関して愚痴や文句が多い人がたくさんいるように思えます。
配偶者のことも悪く言ったり。
いやいや通勤したり、自分の状況を嘆いてばかりいるとなんのための人生かわからないと思います。
ある調査によると、そのような人は人の何倍も疲れて老化も早くなるのだそうですね。
いやだと思うと、うまくいかない、悪循環ですね。
どうでしょう。私達の時間の全ては楽しむためにあるんじゃないでしょうか。
楽しむといっても、遊ぶという意味ではなく、仕事でも生活でも楽しむということですね。
配偶者に対しても良い面を見ましょうね。
心がけってかなり大事だと思うんです。
どうせやるなら楽しくやろう!
悪循環から好循環へ変えましょうね。
低髄液圧症候群の環境(5月4日)
4月28日が篠永医師が平塚の常勤医師としての外来最後の日でした。
その最後の日の一番最後の患者は私でした。
先生は元気そうでした。
新しい病院に夢をもたれているように思いました。
国際医療福祉大学付属熱海病院は「温泉が各病棟にあるんですよ〜」とか、「富士山がよく見えるんです」「海が見えるんです」なんていうお話をされていました。
各科や病院自体が協力的みたいで、BPも3人の医師がやってくれるようです。
平塚では考えられないことですよね。
新しい病院で低髄液圧症候群の研究がより進み、発展していくことを願います。
それに昨日、夜のテレビの番組で低髄液圧症候群が取り上げられました。
内容は「あんなに簡単に治るものではないのに〜」って感じでしたが、今までのマスコミよりはきちんとこの病気に関して伝えていましたね。
あの番組に出演された美馬先生の病院への問い合わせがおそらくすごいでしょうね。
いずれにしても、病気が認知されることが大事です。
低髄液圧症候群を巡ることが色々とありましたが、そういった環境が改善されていくように思います。
お金について(5月3日)
最近、思うんですが、人ってお金になんだかんだ言ってこだわっていますよね。
お金があれば。。なんてよく考えることってありますよね。
私は以前はそれなりに給料をもらっていたんですが、それで貯金が増えていたかというとたいしたことがないんですよ。
あの頃は給料があがった分、あれこれとモノを買っていたように思います。
休職して、すぐ必要がないモノを買えなった時、それで苦労したかというとそうでもないんですよね。
本当に必要なモノってそれほど多くはないし、生きていくのにそれほどお金はかからないようですね。
世の中の人は、あちこちでモノを買うことを勧められて、モノを買って、それが家にあふれる。
時にはより大きな家に引っ越して、また、モノを増やす。
そのために自分の大事な時間を切り売りしているように見えます。
皆さんも将来のお金に関して心配しているかもしれませんが、本当に必要なモノだけを買うようにしませんか。
そうすれば、お金からある程度開放されると思います。
開放されると今度は時間というもっと大事なモノに目がいくと思います。
お金で買えない大事な時間というモノに関して。
明日に夢(5月1日)
GWですね。
私はこの時期になると入社して2年目にある国家試験の勉強をGWに朝から晩までしていたことを思い出します。
経営コンサルティングの資格なんですが、この資格をとって当時、会社が進めていた多角化政策で子会社の社長になりたいと思っていました。
資格は取りましたが、結局、会社は子会社をどんどん減らし、私は身体を悪くして、この当時の夢は完全に消えました。
皆さんも夢があったけど、その夢が遠くに行ってしまった人が多いと思います。
思ったとおりにいかないものですよね。
まあ、今、考えたら、私の夢は私の器を越えたものですし、身体に関係なく無理だったでしょうね。
自分の夢や大切に思っている生きがいを100%かなえることができる人なんてそうそういないと思いませんか。
挫折はあって当たり前だと最近は思います。
でも、そこは考えようで、ひとつの生きがいが挫折したら、次の生きがいを設定しなおせばいいじゃないですか!
ひとつの価値観に縛られないようにしないとね。
だめなら、次、これ!ってどんどん作っていく。
頭を柔軟にどんどん切り替えて、明日に夢を持って生きませんか。
お久しぶりです。(4月30日)
気がつけば、随分日記を書いていませんでした。
個人的に色々ありまして。。
まあ、それはおいおい。
とりあえず、きちんと生きて、食べて、寝ています。
それだけに関しては何の心配もありません。
それだけでもラッキーなことだと思います。
日本人はあまり実感はないと思いますが、この生きて、食べて、寝ることができない発展途上国のほうが世の中多いんですよ。
5歳くらいの子供が物乞いをしたりする風景は私が東南アジアの国に仕事で行った時に何度も見ました。
日本人に生まれたこと自体が私達にとってものすごく幸運なことではないでしょうか。国が最低限の生活を保障してくれたりという国はそうそうないんですよね。
病気で大変だという方々、私も含めてなんですけど、食べるお金はありますよね。
寝る場所はありますよね。
エアコンがあったり、パソコンがあったり。。
なんだか本当に恵まれていると思いませんか。
私は個人的にきつかったこの数ヶ月が過ぎ、今、自分の恵まれていることをひとつ、ひとつ数えています。
さあ、みなさんも数えましょう!
ひとつ、ひとつ数えているうちに気分はハッピーになりませんか。
ハッピーになると体調もよくなる、人生はうまくまわりだすはず。
絶対に。
暴れだす(3月20日)
日記を随分書いていませんでした。色々ありました。
それはいいとして、ウルフルズの「暴れだす」という曲の歌詞を下に書きますね。
この歌詞を読むと、この曲を聴くと何か感じる方も多いと思います。
ああ 神様俺は何様ですか
どうしていつもまちがえるのか
悩みはたえず大人になれず
眠れぬ夜を今夜もまた
ああ 笑ってごまかす声もむなしく
飛び出すこともできないままに
ああ 胸が
暴れだす暴れだす
誰かそばにいて
あああのコはなぜ笑っているのか
あきれるほどのおれのダメさに
イヤな顔もせず知らん顔もせず
少ない言葉ではげましてくれる
泣いたりしたら苦しくなるよ
わかっているけど、止まらないのさ
ああ 胸が
暴れだす暴れだす
どうかそばにいて
もしもあの時もっと心に余裕があればなあ
今までこんなに人を悲しませずにすんだな
人のために生きることはあっても
人のために生きることができない
ああ神様オレはこれでいいですか
本当に何もわからないままで
オトナになってやることやって
ケガの数だけ小さくなって
ああ 胸が
暴れだす暴れだす
誰かそばにいて
悠然と(2月26日)
日記をつけるのが随分久しぶりになってしまいました。
仕事をしているとそれだけで精一杯でした。
一息ついて、日記を書くということもやっぱりいいのかななんて前の日記を見て思いました。
それはともかく、私が通勤している電車で乗っている人たちを見ていると、なんだかしかめっ面の人が多くて、毎日を厳しく過ごしているのかな〜なんて思いました。
まあ、電車でにこにこしているのも変ですけどね。
電車の窓から多摩川が見えました。
広くて、空に大きな雲が浮かんでいて、雄大な感じがしました。
一方、電車の中はなんだかそれと反対な感じがしました。
私が感じた雄大な自然。
ゆうゆうと流れる川の水、空を泳ぐ雲。
そうやって流れに任せて、悠然と、小事に神経を使わず生きていきたいと、ふと思いました。
どうせ生きている時間は限られています。
限られた中で、いかに楽しく過ごせるかということが一番大事だと思います。
そのためには、悠然と小事はほおっておくことなんじゃないかなと思いました。
傑作(2月13日)
篠永医師が異動されることに関する詳細を載せました。
ご覧いただければお分かりになるように、プラス面、マイナス面があります。
他にも更新したいことがあるのですが、仕事もあり、ちょっと先になりそうです。
もう一度、平塚で篠永医師の診察を受けることになりましたが、新しい熱海の病院での詳細がその頃にはかなり固まっていると思います。
ところで、昨夜、私が寝ている時、妻があるテレビ番組を見たそうです。
それは最近よくテレビに出るスピリッチャルカウンセラーの江原さんの番組だそうです。
その内容を今朝聞いてなるほどと思いました。
人間は逆ピラミッドとして生まれてきたということらしいんですよね。
まあ、そうですね。
これは、図にすると、
父ー母 父ー母
父ー母 父ー母
父ー母 父ー母
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自分
という感じで、自分は何千年、何万年もの間、莫大な数のDNAがより良いDNAを残そうと頑張った結果で、生きる意味のないひと、才能のない人はいなくて、ただ、自分の才能を見つけられないだけだと言っていたそうです。
そうですよね。私達は気の遠くなるような時間に練りに練って作られた傑作ですよね。
みんなすごいとおもいません?
ただ、世間での自分の価値観が違っているためうまくいかなかったりするかもしれませんが、人と比べる必要なんてないですよね。
自分は自分。
傑作だ〜と胸を張って生きましょう!
明日は(2月9日)
明日は会社を休んで平塚共済病院に行きます。
それで質問事項等をまとめていました。
平塚共済病院は今まで6度も入院したり、その間に何度か通ったりとしましたが、篠永医師の異動の関係でおそらく平塚共済病院に行くのは最後になると思います。
かって知ったるあの病院にもう行くことがないと思うと、なんとなく寂しいです
今後の篠永医師に関してのことは以前から聞いてはいますが、HPに載せてもOKのお返事をいただけたら、すぐに載せますね。
バネに(2月6日)
出社するようになって、この日記の更新もあまりできなくなっています。
でも、それは悪い意味ではなく、単に会社というところで頑張っていくことに今は全力を出しているということだけなんです。
毎日が過ぎていくのは本当に早いですね。
もう2月。
今日は年始にやっていた10時間時代劇をビデオで撮ったものを見ていました。
まだ、半分も見ていませんが、斉藤道三や織田信長などの話です。
信長はよく「人生50年」というフレーズが入った敦盛という唄で舞ったらしいですね。
でも、人生は決まった時間枠ってありませんよね。
ある人は40年だったり、ある人は100年だったりと。
体調が悪くて寝込んでいた人は今日一日、もっと言えば、この数年は意味なく無駄なような気がするかもしれません。
仕事がうまくいかずに、例えば、自営の方で赤字経営になってしまっている方は働いた時間がマイナス収支になっているかもしれません。
結婚しょうと思っても、良い相手が見つからず、年月が過ぎている方はあせっているかもしれませんし、どうして若い頃に結婚を真剣に考えなかったのかと思うかもしれません。
そういう気持はだれでもありますよね。
でも、今までの時間を後悔したり、無駄だったと思うのは止めませんか。
どんな場面でも身につけたことはあるはずですし、先に書いたように人生時間は人によって枠が違います。
枠を広げてやりましょう!
まあ、一日でも長く生きてやろうということです。
その一日でも長い時間を今までのことを教訓にして充実させればいいと思います。
一日無駄にしたと思ったら、一日長く生きればいい。
一日分が経営で赤字なら、一日分を黒字にすればいい。
今までは良い配偶者が見つからなかったら、目を凝らして、積極的にこれから探せばいい。
後悔より、それをバネに先を作ること。
それが大事なんだと思います。
歯を抜いて(1月29日)
昨日は歯を抜きました。
虫歯ではなくて、なんだか歯の根元がどうのこうのということで、乳歯が抜け落ちた後、40年近くも頑張ってくれた奥歯を根本から抜くことになりました。
抜いた後、痛くて、しおしおしていたところ、妻に「これも厄落としよ。」と言われ、なるほどと思いました。
私はなんとなく風水というものをちょっと怠けながらやっていますが、風水でもこの厄払いということが結構重要みたいですね。
例えば、お金は使うところで使わないといけないとか、その人にとって良い方角に旅行して、下着を捨てるとかです。
そんなことを考えていると、あまりよくないことは私の歯に背負ってもらって、厄落とししたんだなあなんて思えてきました。
そういえば、風水では結婚式などのめでたい席にはできる限り出席したほうがいいとされています。
私と同年代の杉田かおるさんが、結婚式の披露宴で知り合った人と結婚しましたが、まさに風水的な運ですね。
みなさんも何かあったら、厄払いと気持を切り替え、人の喜ばしいことにはくっついていって一緒に喜んで、運をおすそ分けしてもらいましょうね。
じと〜といつまでも悩んだり、人をねたんでもいいことないですね。
他の方々の長所(1月26日)
私の復職した職場では昔の知り合いは全くいません。
人数だけは多い会社で、職場数も多いんです。
当然、新しい人に毎日のように会いますし、同じ職場の人たちともまだ一緒に仕事をしてからあまり経っていません。
休職している時と違って、仕事の関係となると色々気を使うことがあります。
皆さんも働いている人も、そうでない方も人と交流するときも気を使う場合もあると思います。
今は昔やっていた仕事などはおいておいて、また、自分の長所、欲求を忘れて、他の方々の長所を見るようにしています。
そうすると、なんとなく周りと気分よくやっていけるんですよね。
余計なお世辞ではなく、うそでない心からの賞賛の言葉もふっと出てきます。
賞賛を受けた方も気持ちよく、その言葉をいつくしんでくれると思います。
そんな感じでやっていくと、自分も気持がいいですよ。
とにかく、他人の長所を見ましょうね。
そう思って見ていると、みんな長所だらけなんですよ。
自分も楽しいですね。
そんな生活っていいもんですよ。
明日は明日。今日だけは。(1月23日)
私がこの日記を書いている今は日曜日の夕方。
明日からまた、一週間が始まります。
う〜明日から寒い中、仕事だなあなんて思います。
今の体調だと、仕事をしていても後半になるほど体がきつくなります。
そんなことを頭の中で考え出したら、イカン、イカンと頭を振ります。
聖書の中でこんな一文があるんですよ。
「あすのことを思いわずらうな。 あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。
一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」
そう。 明日のことは明日考えればいいんですよね。
今日の自分と明日の自分を連続で考えなくて、明日は明日の自分と考えればいいような気がします。
今日に関しては、「今日だけはこれをしょう」と今日だけというのを自分に言い聞かせれば、以外とうまくいくものだと思います。
例えば、今日だけは、にこやかにしょうとか、今日だけはマイナスのことを考えないとか、今日だけは恵まれているところを考えようとかね。
そうやって、今日だけ、今日だけと毎日やっていけば、なんだか負担なく、楽になるのは私だけではないと思いますよ。
明日は明日。
今日だけは。
それで行きましょう。
給料明細(1月22日)
昨日、数年ぶりに給料明細をもらいました。といっても、私の会社では今は給料明細は社内LANを通じて、自分で打ち出しする形になっています。
ずっと給料というものをもらっていた時は当たり前に感じていた給料というものでしたが、久しぶりにもらってすごくうれしく思いました。
傷病手当はもらっていましたが、自分の力できちんと稼いで、その報酬をいただけたという新鮮な気持は泣けるほど嬉しかったです。
身体はきついし、もちろん、給料だって休職前よりはるかに少ない。
でも、給料明細をもらって、すごく誇らしく、がんばろうという気持になりました。
どんな仕事でも報酬はありますよね。 その報酬はお金だけではなく、幸福感も与えると思います。
その仕事を成し遂げた。
がんばって生きているということから、これからもがんばろう。
そして金銭だけではなく、達成感という報酬をもらおうという気になると思いました。
これは仕事だけにいえるものではないと思いますよ。
成し遂げて得る達成感というものを大切にしましょうね。
最悪の事態を受け入れる(1月15日)
正月等ありましたが、復職して約1ヶ月経ちます。
しかし、木曜日に体調が悪くて休んでしまいました。
これからもがんばれる、やっぱりきついの繰り返し。
今はまだ、復職してそれほど経っていませんので、職場に考慮していただいて助かっていますが、いつまでもそういうわけにはいきませんし。。と今週は色々と考えました。
長い休職でしたから、ストレス的なものは色々あります。
病気で社会から離れていた人が再び社会に入っていく場合、色々あると思います。
また、体調と戦いながら、生きるために働いている方々も多いでしょうね。
なんとなく、今週、考えて出た結論は、とりあえず、最悪の事態を受け入れてしまおうということです。
不安でぐらぐらしている時に、最悪、こうなるということをきちんと想定してみると、その最悪度合いがわかります。
最悪の場合、こうなる。
つまり、私の場合、仕事を続けられない。
その場合はどうなるか。
生活に困る。
それが最悪なのか?
そうか。でも、何とかやっていける方法はあることはあるなあ。
少なくともこうすれば、衣食住は何とかなるなあとアイデアがでます。
よくなったら、このような仕事をしてみるのはどうだろうか。などなど。
とりあえず、最悪の事態を受け入れる。
それを受け入れると、もはや失うものはなくなります。
裏を返して言うと、どっちに転んでも儲けものなんだ。
みなさんも、どうなるのだろうとか心配とか思っている時、最悪の事態を考え、それを受け入れて、最悪でもこんなものかときちんと認識しませんか。
猫を見ていて(1月8日)
今日、いつも来る猫を見ていて思いました。
相変わらず、えさをよく食べるなあ〜と思いながら、この猫とは数年の付き合いですが、しょげかえっている姿を見たことないなあって。
もうちょっと考えてみました。
気のふさいだ鳥や犬も馬も見たことないですし、例えば、自殺するのも人間だけだなあと思いました。
私達って、脳みそが大きい分だけ色々余計なことを考えてしまいますよね。
問題を巨大化したり、病気で他の人のようにいかないことで悩んだりと。
それで自分自身を不幸にしてしまうことがありますよね。
馬や小鳥が不幸にならないのは、「仲間にいいかっこうを見せよう」としないからかもしれませんね。
自分はちょっとすごいんだぞとか、もしくは他の人よりも劣っているということはないんだぞとかを他人にアピールするのはしんどいでよね。
他人と違ってもいいじゃないかって思います。
ある面で他人よりもうまくできなくても、それも自分の個性だとおおらかに考えませんか。
自分の状態や立場を受け入れて、それを恥じることなく、自分は自分と生きていくこと。
そんなシンプルさが今、大事なのかなと、猫を見ていて考えました。
ほんの少し超えて(1月7日)
今日は金曜日、正月の関係で一日短かったですが、数年ぶりに一週間通して仕事をしました。
元気な人には「何言ってるんだ〜」って思うかもしれませんが、数年の休職後、まだ治っていない体で仕事をすること、通勤することって結構きついんですよ〜〜。
でも、とりあえず、今週やり終えて、きつかったけど、達成感があり、自分によくやった賞をあげています。
連続通勤記録を伸ばして、がんばっていこうと思います。
でも、3連休は嬉しいですね。
自分にできる限界をほんの少し超えたことを、毎日、実行しょうと思います。
それが今の私にとって、仕事です。
何でもいいですから、がんばって、ほんの少し超えて、超えたら、自分を褒めて、達成感を味わいませんか。
生きてる実感というかカイカンがありますよ〜〜。
今日を生き抜く(1月5日)
寒いですね〜
休職していたときは家にいたので、寒い、暑いをあまり気にしなくて良かったのですが、今は着込みまくって出勤しています。
休職の期間があまりに長いのと、まだ治っているわけではないので、仕事を連続して行うのはやっぱりきついですね〜。
でも、やっぱり、体調が悪い私のようなものでも、仕事を与えてくれ、給料をいただけるというのは本当にありがたいです。
いつまでも、体調はこのままなのか、今後のことは。。などを考えているときりがありませんが、私は「今日を生き抜くことだけに全力投球」していくつもりです。
人生のあらゆる問題や不安などに同時に取り組むことはやめようと思っています。
例えば、今は自分が以前していたような仕事に就かせていただけませんが、今の状態で今の仕事を一生するわけではないということをきちんとわかっていようと思います。
目の前のことを、今日という日の枠の範囲でやっていこうと思います。
今日を生き抜くこと、今日といっても寝る時間等を抜いたら、15〜8時間程度ですよね。
その枠の中で精一杯生きて、それ以上先のことで考え込まない。
そんな風に毎日を生きていけば、結構気楽にやれると思いますよ。
あけましておめでとうございます。(1月3日)
2005年になりましたね。
年の初めはこれから始まる一年に向かって、どう生きていくかということもちょっとまじめに考えるのもいいですよね。
私はやっぱり生きているだけで丸儲け〜〜って思って、「今日も儲けたぜ」って思いながら生きるようにしたいと思います。
それと、「人生に大きく影響すること以外でいらいらしない」。
何か困ったことや、気になることがあったら、これはどれだけ自分の人生に影響するかを考えることですね。
大して影響がないと思うと、もうそれに関して考えるのは止めましょう。人間関係に関しても同様です。
やっぱりこの2つを軸にして、人生といういただいた時間を楽しみたいと思います。
皆さんもこうやってやるぜっていうことありますか。
自分の行動、考えの指針を作っておくといいもんですよ。