つれづれ日記               HOME


良い人生(12月23日)

クリスマスですね

別にクリスチャンじゃないですが、そんなことはいいですよね。

外国のたとえば、バリバリの仏教国のタイでもクリスマスは飾りつけが綺麗でした。

東京もあちこちでイルミネーションが綺麗なようです。

私の家から見えるマンションの各部屋が広いバルコニーに電飾や大きな光るサンタを置いて、毎晩綺麗に光っています。

こういう余裕っていいですね。

うちはもちろんそんなことをする余裕はないですが。。

いくつになってもクリスマスはなんとなくうきうきするものですね。

そういうイベントを楽しむっていうのは人生を楽しむ上で大事じゃないかと思います。

私は毎年、クリスマスケーキの前で妻とにっこりという写真をデジカメで撮っておきます。

誕生日もそうです。

去年はああだった、こうだったという思い出になります。

毎日を大事にするにはイベントを大事にすることだとも思います。

私の目の前にはこの前の私の誕生日に妻が買ってきてくれたバラが綺麗に咲いています。

妻の誕生日にも私はいつも花束を贈ります。

大きな出来事ではなく、そういう日々を送りつづけるのが良い人生ではないかと思います。


「感謝」(12月15日)

12月中旬になりました。

実は昨日14日は私の44歳の誕生日でした。

自分ではまだまだ若いと思っていたのですが、テレビに出る人の大部分が自分より年下になってしまいました。

ごついスポーツ選手を見ていると今でも自分より年上じゃないかと思ってしまうことがありますが、はるかかなたの年下なんですよね。

話は変わりますが、これからの人生のテーマは「感謝」と思っています。

今日、食べることができること、今日、暖かい布団で寝ることができること、体が動けること、自分の現状に感謝です。

妻、親、兄弟、友人みんなに感謝です。

病気で色々と面倒かけられたこの体ですが、それでも息をしている、五体満足であることに感謝です。

何もかもに感謝の気持ちで接すると、いかに自分が恵まれているかを実感でき、うれしく思えるものです。

どうせ生きるなら感謝して、気持ちよく、楽しく生きたいものです。

私の「感謝」というテーマはこれから常に忘れないように、何かあったら、すぐにそれに戻れるようにしていきたいと思います。


ふと思います(12月10日)

私が始めて篠永医師のお世話になったのが、約4年前。

2002年11月にはじめてのブラッドパッチ治療を受け、翌月に2度目の治療のために入院しました。

1回目の入院の時は部屋の全員が低髄圧液症候群で入院していました。

皆さん周りからは理解してもらえないと嘆いていました。

ほとんど寝たきりに近い人もいました。

思えば、あの当時の平塚共済病院はこういった患者であふれていたのではないでしょうか。

その後、受け入れを減らしていくのですが、2回目の入院の時はもう一人の人が同じ事情で入院していました。

頭痛がひどいらしくて、一日に何錠もボルタレンという鎮痛剤を飲む生活が数年続いていると言っていました。

私も熱を押して仕事をしていた時はそれを飲んでいましたが、どんどん効かなくなっていくんですよね。

12月の今頃になると部屋でよく話をしたその頭痛が激しい人は今頃どうしているかななんて考えます。

その人は同じくブラッドパッチをして退院しましたが、入院すると本当に色々な状況の人に会います。

5回の入院でこの病気以外の人とも話をしました。

世の中には自分の予期しない病気に陥り、さまようように生きている人がたくさんいます。

話は少し変わりますが、最近、格差に関して言われています。

そもそも格差を生んだのは、所得税の税率が引き下げられたことからここまできたのではないかと思われます。

所得税率は所得が高い人ほど下がっていき、平成11年以後、最高税率が50%から37%に引き下げられました。

今は消費税増税が迫っています。

低所得者ほど痛みがある消費税増税で格差はますます広がっていくでしょうね。

所得税が引き下げられてきたのは、「能力や努力に報いた」収入がやる気を出すということからですが、「能力や努力」っていうのはなんでしょう。

まず前提に「たまたま」体が丈夫、体が健康だったという運があるはずです。

また、たまたま給料のいい会社に入った。

たまたま生れ落ちた家がお金があって、よい教育と資産をもらったという運。

「能力や努力」というのは、「運」という絶対的な条件が必要だと思います。

かつては一億総中流と言われた時代が長くありました。

高い所得をもらっている人の税金が高くて、低い所得の人の税率は低い。

消費税などない、医療費も安い時代です。

その時代こそたまたま「運」がよい人がたまたま「運」がなかった人に富を分配していた時代だったのではないでしょうか。

「運」であることを「能力」と勘違いしている今の時代より、総中流の時代の方が心が平和ではないかという意見は出てこないのでしょうか。

ふと思います。


3つのこと(12月2日)

あのアウシュビッツに囚われて、奇跡的に生き残った中の一人にフランクル博士という人がいました。

この人が晩年、言った言葉に豊かな人生を歩むヒントがあると思います。それは、

・愛すること

・やったことがないことをはじめる事

・耐えること

の3つです。

人間は他の動物と違い何かを愛することで生き生きすることができます。

それは配偶者はもちろん、子供でも、親でも、兄弟でも、友人でもです。

この人のために頑張ろうと思うとパワーがでませんか?

私は時々、妻のために頑張ろうと思います。

2つ目がクリエイティブに何かをすることで生きがいを持つことですね。

何か新しいことにチャレンジすることは楽しいものです。

それより、楽しいものと認識することが大事ですね。

運動でも、趣味でも、仕事でも、たとえば服装を変えてみるだけでも、通勤経路を変えるだけでも新しい出来事が脳を刺激します。それって大事だと思いませんか?

3つ目は逆境やストレスを受けても、それに耐えうることによって、次のステップへ歩めることだと思います。

前に受けたストレスと同じストレスを受けても平気になっているものですよね。強くなるわけです。

豊かな人生は心がけ次第じゃないかなと思います。

せっかく生を受けたのですから、豊かに生きましょうね。


命(11月26日)

命ってなんでしょう

最近、子供だけでなく、世界史問題で学校の校長先生までが自殺をして話題になっています。

世の中はメディアであふれています。

テレビや映画ではまるでカッコいいように人が死んだり、簡単に殺したりします。

なんだか当たり前のように死んで行きます。

私はしませんが、ゲームの世界もそのようです。

そういうメディアに囲まれていると、死というものが自分にとってもそのように簡単なものと勘違いしてしまっているのでしょうか。

分別のつかない子供が勘違いしてしまうのはわかりますが、大人までとは。。

子供は、例えば、ドラマで死んでも、次のドラマにまた出ていたり、ゲームでも死んでも、リセットして生き返ったりというのが当たり前になっているので、その延長線上に考えているのでしょうか。

私がもし子供のときの時いじめられて自殺したいと思った場合(実際そのようなことはありませんでしたが)で、今の私が伝えることができたとしたら、「なんと視野の狭いこと、これからいろんな楽しいことが待っているのに。あーもったいない」と伝えるでしょう。

子供というのは今の世界が大きく占めているので、それを大人がわからせないといけません。

それがメディアであり、教師であり、親であり、大人なのです。

大人はそういうものではないといけないのではないでしょうか。

人生は80年程度を財布に入れられて渡されて、「この80年で人生ゲームを楽しみなさい」と言われたようなものだと考えられませんでしょうか。

どんなことでも苦しむことはない。

楽しいゲームなのです。

せっかくもらった人生の時間を楽しんで使わないともったいない。

もし、あの世というものがあったら、そこの住人はきっとそういうでしょうね。


ほどほど(11月23日)

今年は野菜が天候の関係で取れすぎたそうです。

なんと大量に処分するとのこと。

市場での価格が崩れるのを防ぐためらしいのですが、消費者からしたら、本当にもったいないと思います。

食べ物を粗末どころか捨てるんですからね。

以前にも北海道で牛乳を大量に捨てるということがありましたが、もうちょっと何とかならないものでしょうか。

たとえば、国が安く買いとって、生活保護の方に現金支給を減らし、現物支給にするとか、公立学校の給食に使うとかです。

給食への補助や生活保護費は税金を使っていますので、歳出削減になると思うのですが。。

それはともかく、ありすぎるというのは困ることなんでしょうね。

例えば、家に魚屋に置いてあるくらいの数の魚があったら、うれしいより困ってしまいますね。

ありすぎはよくない。もちろんなさすぎもよくない。

ほどほどが一番なんでしょう。

お金も同じ。ありすぎても仕方がない。

地位や名誉だって同じ。

洋服ダンスに服がたくさんあっても着る服はたいてい決まっています。

それなのに更に買っても意味がない。

どこまでがなさすぎかを逆に考えると、かなりの部分、無くても平気なんです。

だから、たいてい大丈夫なんです。

人より無いからと悩む必要はありません。

精神上の重要な家族愛があれば、何があってもたいてい大丈夫です。


なんとかなる(11月18日)

街にはクリスマスのイルミネーション。

一ヵ月後はもう年末ですね。

なんだか一年は本当に早いものです。

ここのところ、私は困ったことがいくつも出てきました。

切羽詰っているのですが、以前ほど気にしなくなっている自分を感じます。

1年、2年はあっという間、人生だって43歳の私もあとほんの20年も経つと、63歳のおじいさん。

あれこれ悩んでも、たかがしれている。

何とかなると思うと悩まなくなってきました。

というか鈍感になってきたのかもしれません。

きっと順調に人生を生きている人たちはちょっとした挫折でどん底に陥るのでしょうね。

最近はやたらと自殺に関してよく報道されます。分別がつく大人が自殺するなんて、よほど気楽な人生を送ってきたんだろうなと思います。

ストレスに対する耐性がないんでしょうね。

ずぼずぼと人生のぬかるみに落ち込んでも歩き続けている私にとってはたいていのことを受け入れてしまう癖がついてしまっています。

悪いことも受け入れて、さあ、そこからどうするっていう感じでしょうか。

しかも、たいてい、何とかなるということもわかっていますから、気にしないんでしょうね。

そう、たいていのことはなんとかなる。

皆さんもそう思いませんか。


賢い患者(11月5日)

10月にひたすら歯医者に通って、15本の虫歯と言われた多くの歯を治療しました。

人一倍歯のケアをしてきたのに、なんだかそういうことが私には多いなと思います。

それはいいとして、今、行っている歯医者は土日も営業していて、歯医者さんも5人いるため予約も取りやすく、一回の治療に時には1時間もとってくれます。

普通の歯医者は一人15分程度で、クリーニングだけでも一回来させられますよね。

また、今の歯医者は歯はできるだけ抜かない、神経を取らない方針だということでやっています。

歯の神経を取ると歯に栄養が行かず、もろくなるらしいからです。

ただ、9割以上の歯医者は少し虫歯が深いとすぐに神経を取るとその歯医者さんは言っていました。

そのほうが痛みが出ないので、患者から苦情がないからです。

前の歯医者で歯根治療で抜いてしまった歯に関しても、歯根治療ではたいてい抜かないで治療できるとのこと。

8年ほど前のことを思い出しました。

ある部分の腫れでとりあえず医師を訪ねたのですが、その医師は即手術だと言い出しました。

痛みもなく、本当にたいしたものではないと思っていました。

妙に華美な小さな病院で、車で行くと近くのパーキングの駐車場料金を払ってくれて、ちょっと違和感を感じました。

ばたばたとその日のうちにレントゲンやらいろいろと検査をされました。

私は手術はいやだなと思い、それに関して有名な保険外の病院に行ったところ、診断結果が全く違い手術の必要はないと言われました。その代わり、その病院に通って、薬をもらわなくてはいけなくなりました。

その病院は保険外ですが、有名なためかなり混んでいました。

でも、一回行くと2万円以上かかります。

そこで、知り合いから聞いた別の病院に行きました。

小さな病院ですが、保険治療です。

あまり期待せずに行ったのですが、検査結果は「なんともなっていない。ほって置けば治る」とのこと。

私は混乱しました。

即手術の病院、時間はかかるが薬で治すという病院、治療の必要はないという病院。1ヶ月の間に3つの病院で全く違う診断でした。

結局、最後の病院の指示通り、特に治療はしませんでした。

じきに腫れはひいて、治ってしまいました。

最初の病院の即手術の診断や時間をかけて自費の高い薬で治療していくと言った病院はなんだろうかと思いました。

患者は医師に全てを委ねてしまいますが、それを利用する医師もいます。

どこの医師が良いかという情報は手に入りにくいものですし、治療技術も医師によって全く違うのは当然です。

だからこそ、医師はそういうものであるということを前提にできるだけ賢い患者になることが大事ですね。


元気で長生きであるためには(10月29日)

100才を超えてもスキーをした三浦敬三さんという方をご存知ですか?

三浦敬三さんは最高齢のプロスキーヤーとして活躍。
99歳で、親子3代でモンブラン氷河を走破した人です。

今年の1月に残念ながら101歳で亡くなられたのですが、彼が100歳の時、あの長寿の日野原医師と対談した本をたまたま図書館で見つけて読んでみました。

2人は多くの長寿の方々に会ったらしいのですが、共通することがあるらしいんです。

それはくよくよしない性格、落ち込まない性格であることらしいです。

沖縄の長寿の人も歌って、笑って、おしゃべりするという人が多いらしいです。

ここでポイントは長寿であっても、元気であるということです。

病院で長年生きているんじゃなくて、楽しく人生を過ごしている人がそういう性格の人が多いとの事。

三浦さんと日野原さんが言うには切り替えがうまくできて、ひきづらない、感情的なことはすぐに忘れて新しい課題に集中できることが元気で長生きさせていることかもしれないと書いてありました。

趣味も次から次へと楽しんでいく。

せっかく生きているんですから、2人が言うようにくよくよせずに、チャレンジを忘れずに楽しみましょうね。


あるがまま(10月22日)

この前、新聞で学生が就職活動をなめているという記事がありました。

いくらでも内定が取れる、しかも大手企業が面接一回で内定ということも多いそうです。

簡単に内定を出すところは不信がって辞退をすることもよくあるらしいです。

もちろん、いつの時代もみんながみんなではないと思いますが、かなりの売り手市場のようですね。

いざなぎ景気を抜くと言われている現在の景気が順調なことからですが、バブル崩壊から数年続いた就職氷河期が嘘のようです。

私の学生時代は就職協定がありましたが、もちろん暗黙のうちに解禁日より以前に内定をもらう学生が大手企業では普通でした。

私も入社後、リクルーターをしたことがありましたが、一回程度の面接では相手のことはわからないと思います。

それはそうと、かわいそうなのが、現在20代後半から30代前半の就職氷河期時代の人たちです。

この層がフリーターとなり、年収が低い下流社会で生きている人が多いとの事。

やはり、首相が言うような再チャレンジできる世の中にならないといけませんね。

この前、雑誌を読んでいると、働いても働いても豊かにならないワーキングプアに関して特集していましたが、問題はそういう人たちがかなり鬱屈した気持ちになっているということだと思います。

中にはテロでも起こして、社会を変えたいなどという過激な意見も書いてありました。

同じ日本で上流を生きる人、頑張っても下流を生きる人。

こういう格差は治安悪化も生むのでしょうね。

かつての総中流社会の方がよっぽど健全だったのでしょうね。

ここのHPをご覧になる方は自分の意志に反して、病気というものから希望を奪われた方、社会の下流に追いやられた方もいると思います。

私自身、病気にならなかったら今頃は。。などと考えることがこの歳になってよくあります。

さっき書いた就職氷河期のとばっちりを受けた人は、後、5年ほど生まれるのが遅かったらなあなどと思うかもしれません。

でも、もし。。というのは考えても意味がないことですね。

どんな時でもどんなに状況が変わってもあるがままに適応するのが大事ではないでしょうか。

簡単な例えで言えば、

眠れなければ、寝なければいい。

睡眠は8時間とらないといけないなんていうのは別に決まっていることではありません。

食べたくなければ、食べなくてもいい。

身体が欲しないだけでしょうね。

お金がなければ、そのレベルの生活を楽しめばいい。

私は学生時代、19000円の家賃の4畳半一間に住んでいましたが、それに関して何とも思っていませんでした。

生活もそのレベルでしたね。

身体がしんどい方も、今は部屋でも楽しめるものがたくさんあります。

パソコンでもDVDでも動かなくても好奇心を満たしてくれるものもあります。

社会の中で、人がいやな事を言っても、そのうちわかるだろうと興奮しない。

そう、すべてあるがままに受け入れること。

受け入れ、適応していくこと。

誰とも比べないで自分の状況を受け入れていくこと。

何より大事ではないでしょうか。


自分は何者(10月20日)

自分とは何だろうと思うことがあります。

家族や仕事や友達、趣味などで構成されている自分はこのまま固定されていくのか。

まあ、人生いろいろありますから、そんなことはありませんが、私のように43歳ともなると大体、限界や先を感じることがあります。

体力に自信がないこともそうです。

新入社員の時は無限の可能性を信じて努力していましたが、今となってはこんなものかと思うこともあります。

自分は何者かという疑問はありますが、人間は父親から1万6000の遺伝子、母親から1万6000の遺伝子、計3万2000もの遺伝子を持っていて、使っていない遺伝子のほうが圧倒的に多いらしいです。

つまりいくつになってもまだ使っていない遺伝子を使い始めれば自分でも気がつかなかった能力が開花するらしいです。

体力が衰えたからといって、自分の持っている能力がすべて衰えたと勘違いして、ああだめだとあきらめてはいけませんよね。

突然、俳句に目覚め、俳人になるかもしれませんし。実際、歳をとってから有名な俳人になったというそんな人もいたんですよ。

自分は何者かというのは死ぬまでなんとも言えないのではないでしょうか。

逆に言うと、生きている限り、次はどんな自分が飛び出すかというわくわく感をもっていられるのではないかと考えるようになりました。


落ち込み(10月15日)

先週はどうにも気分が沈むことが多かった。

歯が痛いので、歯医者に行ったら、なんだか15本も虫歯があるらしい。

私は10年前に親知らずを抜いた時の大変さから、もう一本ある親知らずを虫歯にしないようにやたらと歯を磨いてきました。

寝る前にはフロスで一本一本綺麗にしていました。

それなのに1年前に2本の虫歯で歯医者に行った時から一年で15本も虫歯になっているとは。。歯の半分以上じゃない。

大して歯を大事にしていない人も多い中、どうしてでしょう。

身体もそうなんですよね。

人一倍気をつけてきたのに。

日記にははっきりと書いていなかったのですが、仕事も休職しています。

いつまでこんなことをやっているのかと痛い歯を気にしながらぼんやり考えていると、やはり、将来的に不安になってきました。

それ以外に現実を突きつけられることもあり、ある日は極度に落ち込んでしまいました。

そんな中、うちは借り上げマンションなんですが、妻が管理人さんからここの地主は月に500万ほどの不労所得があることを聞きました。

たまたま先祖が土地を持っていただけで、人生が全然違ってきます。

まあ、そういったものがなくてもたまたま身体が元気といううらやましい人も多くいます。

先祖からの資産ももともとの身体の元気さも両方ない私はなんなんだろうと思ってきました。

ここまで落ち込んだのは歯の痛みが倍増させたのでしょうね。

でも、まあ、私はこれでも自分なりの波乱万丈を生き抜いてきたこともあり、落ち込む気分も前向きな気分もすべては一過性だとわかっていました。

落ち込んでもあがくことはありません。

歯が痛いのとほかのことが重なったことが精神的に落ち込ませたのですが、歯なんて治療が進めば直りますし、落ち込みは、そういう時もあるさと割り切ることが大事だと思っていました。

現に歯の痛みが減ってくると落ち込みからも立ち直りました。

気分なんて時間がたてばなんとかなるものです。

現実的に問題があっても、それに対する対処法がなくても、人は自然とそれを受け入れていく。

そんなもんですよね。

落ち込んでも抵抗することなく、優雅に穏やかに。

嫌なことは自然と気持ちから消えていきますし、確実に落ち込みは去っていきます。

人間の頭はたいしたものです。

同じ状況でも気持ちは自然と変わっていくのです。

落ち込みを忘却させる力が人にはあるんです。

同じ状況でもそれに対する抵抗力がついてきます。

どんなことでもその場でパニックにならないことです。

優雅に時間を待ちましょう。

夕日が沈むのを待つように。

どんな落ち込みもやがて沈んでいきます。


不当表示?(10月6日)

なんと私が愛用しているヘナ配合の毛染めやシャンプーがヘナがほとんど入っていない〜。

私は一時このままだとはげてしまうのかと思うくらいの勢いで髪の毛が抜け始めました。

困ったなあと思っている時、母がヘナシャンプーの調子がいいと聞いてちょっと高価なんですが、ヘナシャンプーを買いました。

実は母と私は比較的体質が似ていることもあります。

ヘナシャンプーは何故か効果てきめんで、私の髪の毛の危機を見事に救い、抜け毛が減りました。

ヘナというのは自然のもので髪の毛に優しく染色効果があるというものと説明書きもあり、白髪が目立ってきたので髪染めを含めてちょうどいいと思っていたのですが、シャンプーではぜんぜん染まりません。

そこでヘナの髪染めを買ってきて染めたのですが、赤茶色になるだけです。

まあ、一応染まっているし、いいかなと思っていましたところ、おとといの新聞にヘナ入りのシャンプーなどは大部分がヘナがほとんど配合されていなくて、不当表示で注意喚起されたと書いてありました。

ついでにヘナ自体、日本人の髪をきちんと染める効果はなく、やはり赤茶色になるだけと書いてありました。

問題商品の写真には私の愛用のヘナシャンプーや髪染めが載っていました。。

効果にしても、配合されていないことにしてもこの現代の日本でそんなことがまかり通るんだなあとつくづく思いました。

大事にならないのは別に効果はなくても健康に悪影響を及ぼすことがないということからでしょうね。

まあ、何故か私の髪を今のところ保ってくれたのですから文句は言えませんが。

そういう誤解を与えることって結構あるんですよね。

例えば、ついこの前、「広末涼子浄化計画」なんていうコピーの飲料がありましたが、その飲料をいかにも体の悪いものを排出するデトックス効果があるように宣伝されていました。

でも、その飲料にそんな効果はまったくなく、そのコピーはやはり不当表示ということで注意勧告があってコピーが変わりました。

新しく流行してきたものってそういうのが多いですね。

岩盤浴も流行っていますが、多くの店は清掃不足で白癬菌など菌がうようよいるとのこと。かえってよくない場合が多いそうです。

しっかり信用できるものって長い間の実証が必要なんでしょうね。

私が前からやっているヨガが流行っていますが、ヨガ自体は紀元前から行われているものので、効果があるから続いているんでしょう。

この前、体の痛みがヨガで改善したことを実感した時、長い年月はダデじゃないと思いました。


7回忌(9月30日)

私の父親の7回忌を行いました。

と言っても、ほんの少人数でですが。

7回忌というのは死んでから6年経って行うのですが、お坊さんにお経をあげてもらい、その後、墓参りをしました。

墓は車で1時間くらいのところにあるのですが、行くのは年に2回ほどですね。

ただ、私は必ず毎日、朝、晩にお寺からもらってきたものに向かって、手を合わせて、「ありがとう」と心でつぶやきます。

今日、朝覚めて、一日をスタートできることに感謝。

夜、無事に一日が終わったことに感謝。

人の心は不思議なもので、悪いことを考えはじめると、より悪いほうへ押し流されると私は思っています。

体調のこと、仕事のことといろいろありますが、ネガティブなことを思い煩っていてはいいことはありません。

そんな考えは特に寝る前はなくすことですね。

私は朝、晩、手を合わせて、感謝することにしています。

自分の運命を嘆いているより、感謝して生きるほうがよい方へよい方へと導いてくれるのではないでしょうか。

特に精神衛生的には効果があると思いますよ。


固執している時間がもったいない(9月23日)

武田久美子さんが昨日テレビに出ていました。

20年ほど前にグラビアアイドルで人気があったのですが、その後、テレビや雑誌から消えて、最近、今度はすごく女性の間で人気があると聞いていました。

どうしてだろうと思って、テレビを見ていたのですが、38歳で美しくいるということで本を出したりと芸能活動をして人気があるそうなんです。

彼女は写真集がかなり売れたのですが、その後、事務所は彼女への支払いを半年間せずに夜逃げしてしまったらしいです。他の事務所では門前払いされて、どうしょうかと思っていると、アメリカに語学留学することを思いついたらしいです。

何だか極端ですが、13才から働いていたので、学校にはほとんど行っていなかったこともあり、青春がしたかったそうです。

そりゃ、日本では学校に行ったりというのは今までの活動がありますし、年齢のこともありますので、米国の学校というのは良いでしょうね。英語を勉強したかったらしいですし。

感心したのは「事務所に支払いされなかったことをこだわらなかったのか」と聞かれた時、彼女はきっぱりと「固執なんてしませんよ。人生は短いのですから、固執している時間がもったいない。次を目指すのよ。」と言っていました。

日本に帰国後、芸能活動を再開して、偶然、ハワイで知り合った男性と結婚して今は一児の母。

でも、体型や美を維持することに努力を重ね、その方法を紹介しているみたいです。

次の目標は「もうひとり産んで、この体型にすぐ戻ること」と言っていました。

事務所倒産で芸能界を一時引退した時は、即、今までできなかった留学という青春を選択する潔さというか、だめなら次って感じはたくましいですね。 テレビを見ていて彼女が今、人気がある理由がわかりました。

人生は短い。失敗や挫折にこだわっていないで、次の目標を目指す。

いつもそんな前向きでいたいですね。


一日一生(9月16日)

セミの声も小さくなってきました。

秋になって数が減ってきているんでしょうね。

この前、歩いているとセミが道にいました。

死んでいるのかと思って、つついてみると動き出す。

でも、飛べるほどの力はもうないようです。

セミっていうのは幼虫時代は6年も土の中にいるそうです。

でも、成虫になって、空を飛べるようになると7日ほどで死んでしまうらしいです。

大人になって7日で死ぬということは、空を飛べる時間はセミにとって貴重な一瞬一瞬でしょう。

内村鑑三という人が彼の本「一日一生」で「一日は尊い一生。空費してはいけない」と書いてあります。

その日一日をひとつの人生と考えるのですね。

ヤンキーズの松井秀喜選手も「一日一生」という言葉を自分の行動の基盤としていると聞きました。

彼は今年、骨折をしましたが、選手復帰して打数も伸びていますね。

一日一生で一日を大事にして、その一日で何かをまっとうするようにしていたんでしょうね。

私たちの人生はセミよりはもちろん長いですし、松井選手のように派手ではないかもしれません。

でも、長い、短いといっても、一日の尊さはやはり変わりません。

地味かもしれない生活も良い時、悪いとき、上り坂、下り坂とあります。でも所詮、人間万事塞翁が馬ということわざのとおりなのでしょう。

一日一生でその日を精一杯生きること、楽しむ気持ちを忘れないことが大事だなあと思います。


音(9月9日)

夜になるとコオロギの音が美しく聞こえる季節になりましたね。

テレビを消して、ちょっと耳を傾けてみるのはいかがですか。

コオロギの音は気持ちを落ち着かせる効果があるそうですよ。

モーツアルトが精神安定に良いというも知られています。

音は脳を直撃する五感に関するものですから、脳に良い影響を与える音はどんどん拾っていくべきだと思います。

私はヨガをやっていることから、時々瞑想をします。

でも、これって難しいんですよ。

瞑想は基本的に不安や心配から気持ちを解放し、また、今晩は何を食べようかというような日常的な思考を中断することによって、精神とそれに直結する肉体に良い効果を与えるものですが、私もなかなかうまくできません。

いつのまにやらあれこれ考えてしまって、結局、それで終わることもよくあります。

でも、心を落ち着かせるような音を聞きながらやるとわりとうまくいくことが最近わかりました。

また、気持ちを高めるような曲を聴くことで、ポジティブになれたりするものです。

音を上手に使って、人生豊かにしましょうね。


9月になりました。(9月2日)

なんだか時間は本当に早く過ぎるものですね。

この前、昆虫の擬態に関してテレビで見たのですが、ふくろうの顔に見える蝶の羽や葉っぱに見える蛾、枝に見える虫などたくさん紹介されていました。

私は以前はよくスキューバーダイビングをやっていたのですが、さんごと同化する魚や土と一体化している魚など色々と見たものです。

みんな生き延びるための手段としてそのような形に変化していったのですね。

なんだかすごいと思いませんか?

人間だって、端々まで張り巡らされた栄養を運ぶ血管や免疫システムなどすごい機能が満載されていますよね。

動植物は天敵から身を守るために擬態や集団行動などと工夫をこなしますが、人間には天敵はいません。

でも、病気というのがあります。

空気の中でも病気がうじゃうじゃ。

それに対して人間の免疫機能が働き生きていく。

すごいことですね。

健康で何も悪いとこないよっていう人はそれだけですごい運と才能だと思います。

でも、ものすごい数のわけのわからない病気があります。

解明されていないもののほうが多いのです。

油断禁物ですね。

過度な飲酒や喫煙は体を悪くするのは周知のとおりです。

自分で自分の体を悪くさせるなんていけませんよね。

このHPの掲示板でも時々書き込みのある「プラセンタエキス」(肝臓病や更年期障害のほか、薬事法適用外で肌の美容に使われることもある注射薬)の注射を受けた経験のある人の献血が、10月にも禁止されることになりました。

他者の胎盤からのエキス注射のため、未知のウイルス感染の可能性を指摘しています。

篠永医師もその件は以前からおっしゃっていましたし、ブラッドパッチで自己血にこだわるのはそのためです。

なんにしても大事な体ですから、悪くするリスクがあることは控えましょうね。


仇桜(8月26日)

こうやって毎日過ごしていると、人生はなんだかどこまでも続いていく錯覚をしてしまいがちですね。

でも、人間である以上、必ず寿命があります。

どんなに元気な人でも。

かつてあの浄土真宗の開祖である親鸞が残した言葉にこうあります。

「明日ありと 心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかな」

仇桜っていうのははかない桜って意味です。

夜半は夜中ですね。

意味は「あした桜を見に行こうと思っていても夜中の嵐が吹き飛ばすかもしれない」

っていう意味です。

これは未来より、今を生きようよということで、明日は阿弥陀様に託そうということなんです。

先のことばかり考えても意味がなく、未来よりも確実な現在をきちんと生きるということなんですね。

冷静に自分を分析しながら、ゆがんだ今を生きないように、今をいきましょう。

今年の夏もそろそろ終わりです。

2006年の夏は二度とありません。

私たちの年齢での夏も二度とありません。

そう考えると今日だって貴重ですね。

日々どうやって今を生きるかをきちんと考えましょうね。


終戦記念日(8月14日)

明日は61年目の終戦記念日ですね。

よく考えたら、1962年生まれの私が生まれるほんの17年前のことです。

江戸から明治、大正、昭和と数百年と平和な時代が続いた後、1904年の日露戦争、1937年の日中戦争と経て1941年からの太平洋戦争。

この1941年からの4年は日本においてはもっとも悲惨な4年間でした。

この数百年でこの4年間に生きることになってしまった日本人はなんと不運なんだと思います。

 日本史において武士の時代に多くの戦があったとしてもそれは一部の限られたもので、戦争でなくなった方の数は日本人だけで310万人にものぼり、間接的な死亡者も入れるともっと増えます。

ところで、この前、2重被爆者の方が米国で原爆に関して語ったと報道されました。

原爆で曲がったビンやらを展示して、一番のイベントはその方の被爆の経験談でした。

2重被爆の方は仕事で広島に行き、そこで被爆した後、家の長崎に帰ってまた被爆してしまった方です。

もう80歳を超える方です。

私にとってショックだったのは、米国人の何人かのインタビューで「二回も被爆しても元気そうじゃない」という短絡的な感想です。まるでたいしたことではないという発言もありました。

その方は後遺症でこの61年苦しかったそうですが、テレビで話すその方は実際元気そうなんです。

たまたま元気な方を出してきたのですが、どうして元気な人が元気そうに被爆体験を話すのか?

これじゃ逆効果ではないか。米国人に短絡的な発言をさせたことはイベント側の安易さもあるのではないかと思います。

私は父の実家が広島よりの山口なので、広島には何度も行きました。

子供の頃から原爆を恐ろしく思っていました。

もっときちんと戦争の悲惨さ、核の怖さを示していくのは唯一の被爆国の我々日本人しかいないのではないでしょうか。

それを怠っていると思えるのは私だけなのでしょうか。

また、靖国参拝を公約としている首相はなぜ中国や韓国との関係を無視してまで参拝するのか?

学校の歴史では教えませんが、他のアジア全体で二千万人が日本人の犠牲になっています。

アジアの多くの国は日本に攻められました。特に韓国、中国です。

もう少しその事実を謙虚に認めるのも大事ではないかと思います。

ドイツは戦争の責任を認め、精一杯謝り、周辺国と良い関係を保っています。

ドイツの歴史教科書ではきちんとドイツの非を子供たちに知らせています。

ドイツ人の前ではナチスのことを話すのは一般的にタブーです。

それくらいドイツ人はその当時のドイツを恥じています。

事実も責任もおざなりにする日本。

核爆弾の悲惨さをきちんと知らない爆弾を落とした米国民。

亀田君の試合を大げさにやるのなら、日曜昼ににちょろっと再放送で昔の戦争のドラマをやるくらいではなく、マスコミは明日の終戦記念日くらいはもっと戦争に関して語っても良いのではないかと思います。大衆に知らせるのが使命のマスコミの存在価値はそういうところにあるのではないかとも思います。

このHPをご覧の方は戦争経験者はいらっしゃらないと思いますが、平和でのんきなこの時代に生まれたことはどんなに素晴らしいことかを考えてみるのも大事ではないだと思います。

たいしたことないことで悩むのが無意味に思えてきます。

そう、私たちはどれだけラッキーであって、そのラッキーをこれからも継続させることができるかどうかは私たち次第だということもわかっているべきですね。


水分(8月9日)

真夏ですね。

家に帰って、ビールをいっぱいなんて方も多いでしょうね。

それはそれでストレス解消になるでしょうが、アルコールは脱水状態にするらしいです。

ただでさえ気温が高くて、体内の水分が不足している上に脱水してしまうのは健康上よろしくないでしょうね。

とにかく水を飲むことですよ。

水は私たちの70兆の細胞をきれいにしてくれるんです。

体の老廃物を体外に出すという簡単かつ重要なことをするために欠かせないものなんです。

体って過酸化になりがちらしいです。

低髄も水分不足は一番の大敵ですが、過酸化になると色々な慢性病になりがちらしいです。

また、前に老化に関する本で読んだのですが、老化というのは生涯を通じた脱水のプロセスらしいんです。

なんだかよくわかりませんが、専門家がそう言い切っていますから、若さを保つには水を飲むことなんでしょうね。

そうは言ってもがぼがぼ飲んでもおなかの調子がおかしくなりそうです。

基準は30分ごとにコップ1杯の水を飲むことです。

大体一日2リットルが目安らしいですよ。

水の入ったコップを家や職場においておいて意識して体の中を洗いましょうね。


得意なこと(7月21日)

私は股関節がものすごく柔らかいです。

だからと言って、それを聞いた人は「そうか」で終わりそうですが、ヨガの先生もびっくりするくらい柔らかいんです。

例えば、足の両裏をくっつけて座り、前に倒れたらひざが上がらずにぴったりと床に胸がつくんです。すごくないですか?

何を書いてるんだと言われそうです。

考えたら体自体も柔らかいほうで、高校時代、少林寺拳法をやっていた時、また割りがつらくて泣く泣く部を辞めた友人たちと違ってすいすいまたが割れたものです。

確かに少林寺をやっていた大昔はそれなりに役立ちましたが、その後、それを役立てることはなかったです。

履歴書の特技欄に「体が柔らかい」なんて書いても笑われるだけですしね。

最近思うのですが、誰でもなにかこれはほかの人と違うぞというものがあるのではないかと思うんです。

私が例えばバレリーナになれば、このぐにゃぐにゃの体が大活躍したでしょう。

反面、不得意なことを一生懸命やってもそれほどたいした成果はないんでしょうが、私は不得意なことにどちらかというと時間を割いてきたように思えます。作戦ミスですね。

例えばイチローや中田英寿は得意なことに特化して努力したからあそこまでいったのでしょう。

小泉さんもそうだと思いますし、ハンサムなことを最大限に活用したキムタクだってある意味そうですね。

しかし大部分の自分の隠れた特技を活用してこなかった人たちもそれに気がついた時点でなんらかの活用ができるのではないでしょうか。

得意なことを見つけましょう。自分を見つめなおしましょう。得意探しは面白いですよ。

それを何かに結び付けてやろうと思うのはいくつになってもわくわくすることじゃないですか。


思うこと(7月15日)

格差に関しての議論が高所得者の税率改正にまで及んできましたね。

かつて日本は最高税率70%という時代があり、総中流時代がありました。

この税率が現在最高50%まで落ちています。高所得者は本当にすごい所得らしいです。

また、1億円以上の金融資産を有している世帯が50世帯に1世帯という億万長者がいる一方で、いわゆる下流社会に該当する人たちも増えています。

億万長者って結構いるものなんですね。大抵、そういう方々は土地など不動産を持っていると思いますので、それも加えるとお金持ちは本当にお金持ちなんでしょう。

まあ、それはそれで良いと思いますが、稼ぐ人は体が丈夫なことが基本な上に「努力、運、才能」によるものがあると思われます。

体が丈夫なことは「それも自己管理の賜物」などと思うかもしれませんが、そうでもないということはこのHPをご覧の方はお分かりだと思います。

体が丈夫なことも「運と親からもらった才能」であることなんですよね。

運があるかないかで差が生まれています。

土地などを親から贈与された方などはそれこそたまたまの「運」以外何者でもないですね。

たまたま先祖が土地を持っていただけです。

確かにそれは不公平かもしれません。でも、公平な社会など歴史上ありませんでした。

それに関してひねくれてみても仕方がありません。

こういう時代だからこそ、お金や資産ばかりではなく、心の幸福を勝ち取ろうではないですか。

どこかの世界的調査によるとブータンという国は世界でもっとも心が幸福な国民らしいです。

たしかに貧しい国です。でも、幸福と答えた人が多い。

自分の価値観や人間関係に前向きな発想の人が多いようです。

そう考えると、たまたまもらった「運」で形成される資産がないよ〜としょげるより、気持ちで作り上げる心の幸福が大事だと思います。

所詮人間80年、お金は墓場に持っていけません。

それより、この短い人生で「生きているだけで丸儲け」と喜びながら、親、子、配偶者、友人などを大事にして、日々豊かな「心」で生きていこうではないですか。


態度(6月1日)

今月で私は結婚して10年になります。

10年前は元気で、体がおかしくなることなど考えもしませんでした。

この10年、私の妻には本当に頭が下がる思いです。

生きていると意に反した予想もしないことが起こるものですね。

私も10年前に結婚式をした時はその後からだががたがたになってくるとは考えもしませんでした。

事故、病気、災害のような大きなトラブルや人間関係や仕事などのトラブルなどさまざまな事態が襲ってきますね。

ただ、そうやって何かが起こったときにどのような態度をとることができたかということが本当の価値のような気がします。

困難にどう立ち向かったか、その態度の積み重ねが成長ってものですよね。

多分、私の友達は私の状況を不幸だなあなんて思うかもしれませんが、私自身そうは思っていません。

むしろ、割と前向きに頑張ってきたなと思っています。

幸福な連続だからいい人生ではないと思います。

たとえ不幸の連続でも良い人生になりえるのではないでしょうか。

苦難を受け入れて、自分の態度に誇りをもち、人生はすばらしいものであるという態度で日々すごしていくことがいい人生なんじゃないかなと思います。


幸福= (5月24日)

幸福度合いの定義化をしている有名な学者さんがいます。

幸福=√健康×経済力×人間関係 と定義されたそうです。

√となっているのはそのままの大きさにはならないということです。

この式だとどれか一つが0だと全て0になるわけですね。

別な人が言うには経済力に関しては高ければ高いほど言い訳ではなくて、ある一定までは年収が増えると幸福度合いが増すらしいですが、ある点を越すとカーブがゆるくなるそうです。

日本だと年収1700万円がその点らしいのです。1700万円ってすごいですね〜。

最近は数字化するのがはやりみたいで、あの有名な下流社会という本では下流というのは年収が年齢×10万円以下らしいです。

まあ、こういった分かりやすい数式は主観と客観が入っていませんよね。

例えば、年収2000万円だった人が1500万円になった場合、ものすごく落胆すると思うのですが、私から見たら1500万円なんて年収はなんとお金持ちだと思ってしまいます。反対に生活できるだけのお金があるというだけで幸せだと思うこともできるのではないかと思います。

健康だって歩けない人が歩けるようになっただけで、ものすごく幸せになれると思いますし、目の見えなかった人が少し見えるようになったら、どんなことより嬉しいと思います。

低髄液圧症候群でよくある症状の頭痛がひどい人の頭痛がなくなるだけで気持の健康度合いは暴騰すると思います。

人間関係も多くの人とうまくやれるというのはそれはそれで素晴らしいのですが、自分のことを一人でも思ってくれる人がいるだけでいいのではないでしょうか。

半年前より、一年前よりどれだけよくなったかという時間軸と主観というものも数式に入るのではないかと思います。

私の定義では幸福=√健康×経済力×人間関係 が自分にとっていいよ〜(主観)。

そうなると3つの要素を全て前よりよかったとか、自分にとっては良いとかの考えで決まってくるのではないかと思います。

まあ、自分の気持の持ち方で自分の世界が全然変わってしまうんじゃないかということになりますね。

3つの要素をいかに満足できるかという「満足力」が一番だという結論になってしまいました。

どうでしょうね。


お褒めの言葉を(5月19日)

この前、オーラの泉という番組を観ていたら、こんなことを言っていました。「自分を褒めることは自分しかできない。ちゃんと褒めてあげること」

まあ、他人から褒められることは時にあるかもしれませんが、それは生きている時間でほんのわずかのことだと思います。

たびたびではありませんよね。だから、自分でとにかく褒めることが大事だと思います。

例えば、今週はジムに行って運動を2回したとか、たばこをすわなかったとか、テレビを見る時間を減らして有意義な読書をしたとかですね。もっと言えば、今日は何回自分をささいなことでも褒めてあげたかということでもいいと思います。プラス思考をどれだけしたかということを褒めるということですから。他人からわからない自分だけが褒めることができることをきちんと褒めるんです。

生きていると自分の理想の自分とギャップを感じることがよくあると思うんです。

私は10年前に40代になったらこうなっていると思ったことからどれだけ外れていることやら。それこそ、30代の前半には予想もできない展開になってしまいました。

だからといって落ち込んでも仕方がないですし、自分の今の状況や考え、日々の暮らしから、自分はなかなかやるねえということって結構あることに気が付き始めました。恵まれている点もいっぱいあるしと思うと自分を褒める材料って結構あるんじゃないかと思うようになりました。 

自分を褒めるという行為は気持の安定にもつながると思います。

とにかくなんでもいいから、ちょっと頑張ってみたということで、自分を褒めてみませんか。

そこから幸せな気持が沸いてくるのは私だけではないと思いますよ。


地上の楽園(5月12日)

最近、よく耳にするのが格差社会です。

まず、所得の格差ですね。同じ仕事をしていても正社員と契約社員では倍ほども収入が違うのが普通です。

会社や職種でも大いに差がありますね。今、発売している東洋経済誌によるとフジテレビ社員は生涯年収が約6億5000万円ほどになりますが、有名な一部上場企業でも2億円台の会社が大多数です。

契約社員を選ぶのも、会社を選ぶのもその人の努力度合いや意思によるものだという考えもありますが、30歳前後の就職氷河期の人たちはそれを選ばざるを得なかったとも言えます。

世代間格差も大きいですね。

私の母は定期借地権を買って、そこに家を建てて住んでいるのでいます。その地主の人が昨年亡くなったのですが、その人は土地を多く所有しているので、一度も働いたことがなかったそうです。多くの人が家を買うために35年ローンを組んでそれを返すために働いている中、土地をうけついだ人はまことに幸運としかいえませんね。自分の努力や意思決定と別の世界ですから。

しかし、資本主義の現代日本でそれを問題視しても答えや解決は不可能だと思います。

それより、格差社会をもっと地球規模で考えてみてはどうでしょうか。

世界の人口の半分は栄養失調に苦しんでいます。

1%は瀕死の状況。

もし、今、生きているなら、私たちは今生き残れないであろう100万人の人たちより恵まれています。

もし、冷蔵庫に食べ物があり、着る服があり、頭の上には屋根があり、寝る場所があれば、世界の75%の人より恵まれています。

銀行口座に残高があれば、世界の裕福8%に入ります。大学に行けた人はたった1%

そうです。

格差でいうと、私たちはとんでもなく恵まれています。途方もなくです。

そんな私たちが格差について論議しているのどのようなものでしょうか。

恵まれた人生をありがたく思いませんか。

私たちの環境は地上の楽園なんです。

天国にいるかのように生きていきましょう。


3年(5月10日)

このHPは明日で立ち上げてから3年となります。

早いものです。

篠永医師に質問してきたことを公開して役立ってもらおうと始めたのですが、この病気一本のHPでアクセス数が23万ほどとなっています。

途中色々あって引越しを2度しましたが、今のところは落ち着いています。

ただ、掲示板は色々あって何度か変えたり、減らしたりして、今は一つだけになってしまっています。誰でも書き込めるとアラシというものがどうしてもでてきますが、そういうのは困ったものです。

3年前に布団の中で横たわりながらもこのHPを作成したのが懐かしく思います。

その後も更新していきましたが、お役にたったという方がいらっしゃれば嬉しく思います。

2003年春と言えば、不況もいいところで、ある程度大きな会社も倒産ということがやたらとありました。

HP立ち上げの頃の日記にりそな銀行への公的資金注入に関して書きましたが、あれが不況からの脱出の始まりだったのだなあと思います。あの頃はモラル的にどうしたものかと思っていましたけどね。

私には実感できませんが、現在はバブル景気を抜いた長期景気拡大らしいです。

谷があったら、山があるのはなんでも一緒ですね。

私たちの人生も同じ。今まで谷だった人にもきっと山が来る。

希望を持っていきましょうね。


シンプルに生きる(5月1日)

5月になりました。

今日は暖かくて私の住んでいる神奈川では28度ほどになったそうです。

久しぶりに夏のようなそよ風を感じられました。今日は公園で長く過ごしましたが、自然と親しむことはいいですね。

最近は昔以上に色々と生活の中で時間をとられることが多い世の中となりました。どこにいっても携帯電話で話すかメールをみんなしています。確かに便利ですが、私の学生の頃にそのようなものがなくてよかったと思います。そういうものに縛られまくっている若い人たちはある意味お気の毒です。若い時代にするべきことはたくさんありますからね。

最近は携帯電話でテレビを見ることができるワンセグが出てきました。便利なものですから使えば良いのですが、今度は空き時間をテレビが占領してしまうことになりそうですね。働く人の少しの自由時間がそれに費やされますね。

ぼーと自然を感じたり、ゆっくり本を読んだり、物事を考えたりということがなく、最近のメディアに翻弄されすぎていませんか。

なんとなく疲れた時はシンプルに生きるということに戻ることが結構大事だと思いますよ。


手帳(4月21日)

光陰矢のごとしですね。ここのところ日記をつけるペースが遅くて、前回書いたのが3月25日ですから、一ヶ月近いんですね。ぼーとしていると一生なんかあっという間です。

私の家の近くに大きな木があるのですが、樹齢は200年を超えていると聞いて、100年どころか平均寿命ははるかに低い人間っていうのは短い間だけ生命を享受できる程度のものなのだなとも思いました。

皆さんもこの10年を考えたら、あっという間じゃないかと思いませんか。

こうやって春を迎えることができるのも43歳の私にとってあと50回もあるかどうかかなとも思うと時間の貴重さを感じます。

時間とともに、私は時々、うれしい、よかった、しあわせだと感じたことをなるべく素直に受け止め、文字や言葉で表現するようにしています。まあ、それようの手帳に書いているだけですけどね。

皆さんもどうですか。人に見せるものではないですから遠慮せずどんどん書きとめてみませんか。

書き留めたことを夜寝る前に思い起こしてみるといい安眠ザイになりますよ。


睡眠(3月25日)

春になりましたね。春になるとなんとなくよく寝る人も多いのではないでしょうか。

動物である人間はそのようにできているらしいです。

あのゲゲゲの鬼太郎の水木しげるさんが以前、新聞のコラム欄に書いていましたが、彼は漫画が売れてくるとそれはそれで嬉しいのだが、忙しくて寝る時間がなくなってきたことに困ったそうです。

普通は漫画家でも芸能人でも売れてくるとどんどん仕事を入れるみたいですね。サラリーマンのように収入が安定していないですから、仕事があるうちに頑張ってやるのが普通なのでしょうか。

手塚治虫さんみたいな大御所でもやっぱり睡眠を削ってでも無理してでも頑張ったみたいです。

水木さんは仕事が増えてくると寝る時間がないことに不満が出てきたそうです。

そして仕事と寝ることでなんと寝るほうを選んだらしいです。せっかく売れてきたのに寝るために仕事をどんどん減らしたとのことです。

彼が言うには、人間が幸せになるのに一番簡単な方法は寝ることであるとのこと。

睡眠を減らすから早死にするというのが彼の持論みたいです。

一日10時間くらい寝ると書いてありました。

もう結構な高齢ですが、それでもお元気なのは眠いときは寝るという一番簡単な方法の賜物かもしれません。

色々悩まずに時間を作って春眠を楽しんでみませんか。

睡眠不足では前向きな思考はできないと思いますよ。


お金の優先順位は(3月11日)

3月も中旬近くなって、暖かい日と寒い日の差が激しいですね。

こういう時は体調がすぐれなくなることが多いですから、気をつけてくださいね。

この前、テレビでジェイコム株で20億円儲けた27歳のネオニートの人がテレビに出ていました。

顔まで出して、インタビューされていました。なんだか資産は100億円超えるらしいです。

でも、彼はあまり幸せそうでないようです。彼の生活は株の取引のみみたいです。

こういう内容でテレビに出演して良いことはないと思うのですが、彼は人に認められたい欲求によって人前に出てきたのでしょうね。

人間には誰でも人に認められたい欲求が基本的にあるというのは有名な行動科学者のマズロー先生の説なのですが、これを何とか満たしたいための行動なのでしょう。

よく考えてみると、お金はある程度あればいいもので、そればかりを追求するとかえって不幸になってしまうのではないかと思われます。お金以外のものを持たない彼が幸福そうに見えない、むしろあせっているように見えたのはそのせいでしょうね。

お金は物と当然交換できますが、物に関して考えてみると高いからといってどれだけの価値があるのかと思うことがあります。

例えば、新車のポルシェと中古の国産車は値段は全然違いますが、同じ4つのタイヤで同じように走ります。

数百万の時計も5000円の時計も今は性能はたいして変わりません。

テレビだって薄型プラズマ式を新しく買っても、前のブラウン管でも写る番組は変わりません。

人が一日に食べることができる量もお金持ちだから増やせるわけではありませんし、高いステーキのようなものばかり食べているとかえって身体によくないのです。

お金はあの世に持っていけません。だから、心が貧しくならない程度にあればいいのでしょうね。

それより、家族の絆をしっかりとさせ、友情をきずき、自分の時間を大事にするほうがずっと大事であって、お金を増やすためだけに時間を使い、もっと大事なことを犠牲にするのは本末転倒ではないでしょうか。

花を見て、鳥のさえずりを感じて微笑むほうがずっと良いと思います。

短い人生の優先順位はお金では決してないはずです。


歯医者(3月4日)

ここしばらく、歯が痛いと言っていた妻が昔から行っている、ちょっと遠くの歯医者まで行きました。

歯医者なんてどこでも同じだから、近くの歯医者に行ったほうがいいんじゃないって聞いても、そこがいいと言います。

遠くだと何度も通うと大変だろうと思っていたところ、歯医者から帰った妻に聞いたら、一回で治してくれたそうです。

しかも料金も極めて安い。妻の家族全員が昔からそこらしいのですが、いつも安くてすぐに治してくれるそうです。

そこの歯医者は遠くから来る人が多いらしいのですが、小さい、きれいではない歯医者らしいんですよね。

普通、虫歯で歯医者に行くと何度も通わないといけなくなり、これくらいなら一気にやって欲しいということまで次にまわされます。

時には何だか特に治療が必要ではないものまで治療させられたことがあります。

最後には歯のクリーニングで一回来させられるのが普通ですよね。

あるところで聞いたのですが、患者は一回行くごとに基本診察料、治療費や時には指導料まで取れるので、来た患者はなるべく長く通院してもらうようにわざと一回の治療を短くして、何度もリピータになってもらうみたいです。歯医者さんに行ったときに明細書はくれませんが、色々とプラスされているみたいですよ。

妻が行った歯医者はそういうことを全くしない、純粋にきちんと治療する珍しい歯医者さんなんですね。

医療費削減が強く言われているこの時代、少しでも稼ごうとしている歯医者の何度も来させるという手法に関して何の議論もされていないことが不思議に思います。患者も時間を作るのが大変ですし、医療費もかかりますよね。

歯科医師会が政党に対する発言力が強いということもバックにあるのでしょうが、世の中どうにも解せないことってありますね。


景気(2月26日)

景気が回復しているようですね。

何だかマンションが売れている。

大手企業の経常利益が過去最高なんて話も出てきています。

デフレ脱却で来月か4月には長かった量的緩和も解除されそうです。

次は0金利解除も話題に上がってくると思います。

つい3年ほど前は新聞で倒産の記事がしょっちゅうありましたが、ここしばらくはそういう記事を見ません。

この3年で日経平均株価は2倍以上になっています。

思えば、この日記を始めたころ、りそな銀行への公的資金注入に関してそれはモラル的問題があるのではないかなんてことを書いたことを思い出しますが、結果的にあそこから日本経済は底を脱したんだろうなと思います。

今はミニバブルなんてことも言われていますが、3年前には考えられなかったことですね。

考えられないことが先に待っている。

この3年だけの話ではなく、たとえば、過去50年を考えても、これだけ豊かな、平和な時代を長くすごせること自体、戦争を全く知らない43歳の私は幸せだと思いますし、皆さんもそうではないでしょうか。

個々人にしても、うまくいっていてもつまづくこともあり、つまづいて怪我していても、復活して充実した人生を取り戻すことができると思います。そういう環境です。

そういう恵まれた世の中に生きていることは本当にありがたいことです。


複線(2月19日)

テレビ、新聞を見ていると、私ぐらいの年齢ー43歳ーの人が社会の中心になっていることに気が付きました。

どこかの社長さん、国会議員、売れている小説家などなどですね。そうでなくても会社で重要な地位についていたりしています。

正直、なんとなくおいて行かれたような気持になることがあります。

20代で社会に出たときは、頑張るぞ〜って感じで全速だったのに。。

かなり身体に無理をしながらも、夢見る青年だったような気がします。

線路をどんどん走っているうちに、いくつかの線路が現れて、どんどん下っていく線路を選んだようです。

自分の意志で選んだわけではなく、病気で選ばされたという感じでしょうか。

一度選んだ線路は戻ることができません。

それでも線路は続きます。

しかし、昔、思っていた順調に山を登っていく線路には戻れませんが、いくつもの複線があるという事実は認識しないといけないと思い出しました。

そうです。人生はまっすぐな単線ではなくて、下ったら下ったきりの線路を行くだけではないのです。

探してみると、下りから全然違う乗り換えて当初の目標と全く違っても新しい目標に到達した人って結構いるものです。

自ら作った理想の自分に縛られて、生きずらさを感じている人ももう一度考え直してみるのもいいかもしれません。

老後まで見透かしたと思っても、考え直せば、まだまだわくわくする未来を目指せるのではないでしょうか。

色々あった私だからおもうのですが、人生は一直線ではなくて、あちらこちらでぶつかり、人との出会いをはじめとする偶然に翻弄されながら絶えず先が変わっていくものであって、あきらめや悟ってしまっては人生がもったいないとつくづく思います。


よい面(1月28日)

去年から株式投資がらみの話題が新聞や雑誌をにぎわせていますね。

去年の12月にジェイコムという新規上場株のみずほの誤発注で20億円以上儲けた27歳男性の話が話題になっていましたね。

その人は100億円の資産を持っているというのですからすごい人もいるものです。

でも、その人は雑誌のインタビューで、1億や2億をいつ失くすかが怖くて寝ているときにうなされることもあるし、生活は楽しいものではないと答えていました。

庶民の私にはよくわかりませんが、拝金主義になっていると見失うものも出てくるのでしょうね。

お金は大事ですが、生活ができれば、それ以上に大事にしないといけないものがあるのではないでしょうか。

お金が十分あるのに不安になっているその人やよい状況にあるのにあれやこれやと不満を漏らす人より自分の恵まれている点をきちんと感謝できる人のほうがずっと生きていく能力が高いと思います。

どうでしょう。

自分に生きる楽しさを与えてくれるものだけを考えませんか。

あらゆる出来事のもっともよい面にだけ目を向けませんか。

そうやってこの先、生きる人は数十億持っていても不安で生きる人とは比べ物にならないくらい良い人生をおくれると思います。


雪景色(1月21日)

「世界は美しい」今日朝起きた時に一面の銀世界を見てそう思いました。

私の住む川崎ではこれだけの雪は久しぶりです。

大雪で大変な地域の方はお気の毒ですし、雪はもう勘弁してくれ〜って感じかもしれませんが、私は久しぶりの雪景色を楽しみました。

たぶん、それは川崎ではほとんどない大雪で、もうすぐに溶けるはかないものと自覚していることもあるかもしれません。

何か散り行く桜の美しさに似たはかなさにうっとりするような感じでしょうか。

旅行に行ったときにその場の美しさに息を呑むことがあります。

沖縄の海を昔潜っていた時、その場の美しさに時間を忘れた時もありました。

でも、もし私が北海道に住んでいて雪が当たり前なら雪に対してなんの感心もなく、かえって面倒だと思うかもしれません。

沖縄の漁師だったら、何も思わないかもしれません。

昔、トルコのカッパドキアに行った時、あのきのこ岩だらけの景色にびっくりしましたが、そこに住んでいる人には何でもないものでしょう。

そのことが日常になっていることに関して、その価値を感じなくなってしまうものですよね。

一時だから、すごく感動するものかもしれません。

でも、一時というのはどれくらいを言うのでしょうね。

人生そのものも一時と言えば一時ですよね。

本当に短い一時だと思いませんか。

散っていく時間を愛でるように、大切に、眺めませんか。

それくらい貴重なものだと思いますよ。


春の楽しみ(1月15日)

今日は私の住んでいる川崎は春のような天気でした。

昨日の大雨が嘘のようにきれいに晴れて、温度も3月並でした。

豪雪地帯に住んでいる方は本当にお気の毒に思いますが、今日は多くの地域で良い天気だったのではないでしょうか。

12月からやけに寒い日が続いていましたので、今日の暖かい天気はやけにうれしく感じました。

1時間くらい陽だまりを散歩していました。

私がそうなのか、誰でもそうなのか、それがすごく幸せに感じました。

もしずっと暖かい地域に住んでいたら、春の暖かさの嬉しさを感じないと思います。

ずっと寒かったからこそ感じるんでしょうね。

何でもそのようなものかもしれません。

今ある幸せな点を当たり前と思っていて、それをなくした時、その大事さを知る。

幸せな気持になることを探していきましょうね。

今日はまだ一月上旬ですから寒さはまた戻るでしょうけど、春が来るのが楽しみになりました。


解放(1月14日)

私はある意味、自己否定していたのかもしれないなあ〜と最近思います。

病気で長い間休職し、身体にも、自分の運にも自信がなかったように思います。

皆さんの中にも自信のなさや恐怖心から夢や希望を捨て、これでいいのだと生きている方が多いのではないかと思います。

わくわくするような夢というものを捨て、20年先まで想像できるような今の生活。

家庭もあるし、冒険などできないと現実的で賢い理由づけのような言い訳。

そりゃ、40歳超えて、今からイチローのような野球選手になろうとかというのは普通は止めたほうがいいよ〜って思うのは当然ですよね。成功の可能性はゼロですから。

そういうことではなく、失敗することへの恐れっていうものばかりに押されて、自分をつまらなくしているものからの脱出することが大事なような気がします。

とりあえず、自分の人生を変える何かを試していきませんか。

手始めにこれから一ヶ月、心の中の否定的な考えや恐怖心を捨てる、もしくは無視すると決心してみませんか。

一緒に。

否定的な感情がわいてきたら、というか絶対戻ってくると思いますが、それを力づくで無理やり脇に押しやりませんか。

否定や恐怖などに干渉されない人生を取り戻したら、次に自信と夢に向かえそうな気がしませんか。


主人公(1月7日)

バブル当時のことを思い出すと世の中人の考え方が随分変わったなあと思います。

あの当時はボランティアとかNPOという言葉さえ定着していませんでした。

環境問題に関しても感心が今よりはるかになかったと思われます。

日本の社会って変わりましたね。

価値観が変わったのでしょうね。

拝金主義が崩壊して、何のために働いているかとか、何のために生きているかという根本的な問いを生んだのでしょうね。

バブルの頃、24時間働けますか〜なんてコマーシャルがありましたが、会社が中心だったんですね。

最近も景気がよくなったということで、ちょっと雰囲気が変わってきましたが、この10数年の間に培われた「何のために」という考えは定着しているようです。

あの当時、たぶん、私が社会に出るずっと前から「会社が主人公で自分は駒」という考えがあったのでしょうが、今の世の中だと正々堂々とあくまで自分の一部が会社であって、それは一部に過ぎないと言えるのだと思います。

それは会社だけではなく、社会生活全てで自分は主人公という一人称で生きることが大事なように思います。

自分はどうやって生きていきたいのか、いかに主人公として生きるかということをいつも胸に持って今年を過ごしたいと思います。

そうすれば、他人がどうしたとか、会社がどうしたってのはあまり関係ないじゃないかなと思います。

これは4日に書いた日記を自分で読んでみて、考えた結果、今年のテーマはこれだなって感じになりました。

後悔や比較じゃなくて、いつでも、いつからでも主人公ですよ。みんな。


もし(1月4日)

皆さん あけましておめでとうございます。

正月に年賀状をもらってどうしても思うが、「もし」「たら」です。

もし病気にならなかったら。。もし休職しなかったら。。そして、その「もし」が2つなければ今頃、子供もいて会社での生活も順調だったと。

私は今、43歳ですが、年賀状で多くの友人や知人たちが大きくなった子供の写真つきで送ってくれます。

それはそれでみんなの子供も大きくなったなあ〜なんて思って眺めるのはいいものですが、そういう時特に自分の「もし」をすごく感じてしまいます。

体がおかしくなって、もう7年で、その後、長い休職となり、去年はどうにもあれれ〜という感じで参った状態になってしまって、全くなあなんて思ってしまうことがあります。それくらいこの数年で私の人生は変わってしまいました。

このHPをご覧の方でそういう方も多いと思います。

たとえ、病気じゃなくても家族のことや会社のことで予想外のことになってしまった人も多いと思います。

でも、予想外の展開があってこその人生じゃないかとも思います。

予想どおりに全ていき、予想どおりに人生を終えるなんてことはありえませんし、今まで予想外に悪かったら今度は予想することとは違って素晴らしい予想外の展開に人生をもっていくことも可能ではないかとも思います。

そう、全てはいつの段階でもこれからですよね。

人生はゲーム〜っていう言葉を聞いたことがありますが、人生ゲームの駒としてゲームを楽しんでいきましょうよ。

今を楽しみましょう。

今年も楽しみましょう。

楽しんでいるかということをいつも自分に言い聞かせて、確認していると今の自分を大事にできるのではないでしょうか。